ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~ 作:マーケン
読んでいただき、反応まで頂けるのは作家(にわかだけど)冥利につきます。
評価の点数が高くなるようこれからも自分なりに精進します。
閉校式から数日、鞠莉さんら三年生は沼津を発ち私はなんとなく無気力な感覚が払拭出来ぬまま日々を過ごしていた。けれど今日はしっかりしなくてはいけない。
何を隠そう今日は穹が沼津に来るのだ。
私は自分に言い聞かせるようにそう意気込んで沼津駅前のロータリーに来ていた。
「おはよ、星」
「おはよう、穹」
今日は天気にも恵まれ電車に遅延などもなかったのだろう。重そうなギターケースを軽々と担いでいる出で立ちで現れた穹は予定時刻通りに到着した。
「今日は電車なんだね」
「それがラブライブ決勝の日以降エンジンが点かなくてさ。今メンテ中」
「寧ろ今までよく走ったんじゃない?」
穹の乗っていたバイク、パンペーラ250はトライアルバイクとしてのコンセプトで製作されたものだ。それをカスタマイズ、というか魔改造して長距離走行するという設計思想と真逆の使用をしていたのだからガタの一つも出るだろう。
「また復活させるよ。次はもっと獣のように走らせる」
「ホント好きだね」
「まあね」
とは言え私も穹の家で仮面ライダークウガのBDを夢中で見ていた口だ。そのマシンへ憧れる気持ちは充分すぎるほど分かっているつもりだ。
「取り敢えず少し歩きたいな。ずっと座ってて尻痛いのよ」
「揉もうか?」
「尻子玉抜かれそうだから止めとく。それよりバカ言ってないでとっとと歩いた歩いた。散策がてら案内してよね」
「はいはい」
地方都市で必要なのはどこに行けば何があるか把握することだ。もちろんこの一年弱伊達にこっちに住んでいたわけではないのだ。今では歩いて沼津駅から浦の星女学院まで歩いて行ける程度には地理を把握している。
一先ずは駅前のアーケード街を歩くことにした。
屋根つきの商店街は歩けばついつい寄り道したくなる誘惑がそこかしこにあるけれど、今はまだ朝だ。個人経営の店などは流石に開いていないところが多い。
やば珈琲店は開いているけれど、座りすぎで尻が痛いという穹と入るのは間違いだろう。
私達はアーケードをだらだらと歩きながら話をする。
「いいところじゃん。私達の住んでたところより寧ろ都会じゃない?」
「栄えてるのはほぼ駅周辺だけなんどけどね」
「どう思ったの?ここに来たとき」
「あー・・・そうだなぁ」
丁度善子ちゃんの家のマンションに近付いてきた頃に発した穹の言葉が切っ掛けだった。
「初めての土地。想像もしてないくらい遠いと感じた土地だったよ。最初に来たのは入学試験の時だったんだけどーーーーー」
少しずつ、私は穹に話始めた。穹が知らない私の話を。
親の転勤が決まり引っ越しする羽目になったこと。反発して音ノ木坂学院に入学し一人暮らししようとして最後まで抵抗したこと。
「なるほどね。まぁ高校生の一人娘を東京の高校に通わせるために一人暮らしさせるのはちょっと抵抗あるね」
「けど・・・・・・認めたくなかった」
「だから 音ノ木坂学院を受験したんだ」
「うん」
気づけば私達はアーケードを抜け沼津港の大型水門びゅうおまで来ていた。
駅からは見えなかったけれど、ここまで来ると海ともご対面出来る。
海の香りにももはや慣れ親しんだものだ。
「何で私に話さなかったの?」
“なんで何も言ってくれないの、星っ!”
過去の穹の言葉が別の形になって私に向けられる、けれど、今の私はそれを突き付けられる刃だとは思わない。
「穹と離れたくなかったんだ。だから無理を通したくて、無茶して、見ない振りしてた。見ない振りして進んでたら引き返せなくなってた」
一緒に 音ノ木坂学院に入学して音楽を続けたいという願いは本物だった。けれど私を取り巻く状況が余りにもその願いを現実のものから遠ざけた。遠ざかる岸を見なくても動き出した船は止まらないのに、ただ駄々をこねていたのだ。
「せめて引っ越す前に星の口からホントのこと話してよ」
「ごめん。怖かったんだ」
離れたくなかった人から嫌われてしまっては本末転倒だ。だから私は逃げたのだ。他に言い繕うことが出来ない程に。
「それで?」
びゅうおの展望スペースで埼玉では見られない水平線を一望しながら一息を入れ、私達は再び歩き出した。
「穹の事を傷付けたのは分かってた。だけど合わせる顔もなくて・・・・・・穹を傷付けたのに人前で音楽はやってはいけないなって」
沼津港を脇から眺め、狩野川を渡りひたすらに真っ直ぐ進む。
遮るものの無い温かな陽気とは裏腹に、私は背筋を凍らせながら穹と会話を続けた。
分かっていたつもりだったけれど、やはり自分の間違いと対峙することは心を締め付けるし、逃げ出したくなる。けど、穹が来てくれたから、こうして耳を貸してくれるから私も本音をぶつけなければならない。
「そうやってもやもやしながら過ごしてたんだけど・・・・・・」
「切っ掛けがあったんだ?」
「うん。Aqoursに、いや、まだスクールアイドルに憧れる気持ちを持ったただの女の子達に出会ったんだ。浦の星女学院で」
出会いとは、その時には大した意味をなさないことが多い。けれど、その関係が続いていくならば変わることだってあるのだ。
「ただの憧れだけで走り出して、その道が険しくても障害があっても乗り越えようとする。そんな姿が思い出させたんだ」
「中学時代の楽しい時を」
「うん。穹と一緒にいたあの時間を」
足は気の向くまま暫く真っ直ぐ歩き、右折したらまたひたすら真っ直ぐ進む。もう考えて歩いている感覚は無い。
「本当はこのままじゃダメだってのはきっと分かってたんだと思う。だけど意地張って、それでもAqoursのみんなの側が、音楽が心地良くて、それでーーーー」
「ずっと一緒に居たんだね。花火大会の動画見たよ。私がAqoursのことを知ったのはそれが切っ掛け」
「見てくれてたんだ」
「花火大会のだけじゃないよ。ダイスキだったらダイジョウブ、夢で夜空を照らしたい、その後にも公開してた曲全部、PVを見たよ。星が惹かれたスクールアイドルがどんな人達なのか知りたくて」
それから少し話は脱線してしまった。
各曲毎に好きなところを言い合ったり、もし自分がアレンジするならどうだとか、ダンスについてやら語り合った。それは中学時代に下校しながら音楽談義に花を咲かせていたような、そんな気持ちにさせた。
JA南駿、ホームセンター Jambo Enchoを過ぎ、曲がりくねった住宅街を越えるまで話は尽きることはなかった。ただ楽しいことを追及していた日々のような会話の中、流れ行く景色だけが、やっぱり時間が経ったのだと感じられることだった。
「でもやっぱり一番センスがあると思うのは歌詞だね。あの詞には多分、Aqoursの辿った道のりが刻まれてる。経験の片鱗が見えてくる」
「正解」
「お気に入りは“君のこころは輝いてるかい?”だね。あの曲の凄いのは聴く時々によってガラッと表情が変わるんだよ」
「ーーーーそうだね」
本当にそうだ。そのタイトルの問い掛けを前に今の私は何と答えられるのだろう?
直近の別れに乱れた心はまだ先を見通せる程の視界を得ていない。
「Aqoursはね、私に私を見つめ直させてくれたんだ」
「うん。凄く分かる。歌詞のセンスが微妙なあんたの曲からですらそれが伝わってきたから。だから直に会ってみたいと思ったんだ」
トンネルを潜るといよいよ海沿いの道だ。
練習した砂浜、淡島とより親しんだ場所を巡ると中学時代の気分も徐々に今に戻ってくる。
「でも、もう三年生は・・・」
「卒業した?」
「うん」
「でも会えるよ」
「え?」
「星が会わせてよ、私に。星の中にあるみんなの思い出を通してさ」
なるほど、と舌を巻きながら私は誰の話からしたもんかと思い、やはりまずは卒業してしまった三年生達の話からした。
一人一人、最初の出会いから関わった案件、印象の変化など途中で駄菓子屋や喫茶店 松月などで水分補給をしながら喋り倒した。
「素敵だね。それがあの舞台、あの旗に繋がったんだね」
ほら、と穹は指差す。千歌先輩の自宅である十千万屋旅館の前の砂浜に刺さったラブライブ優勝旗を。その横には所在なさげに紙飛行機を飛ばす千歌先輩の姿があった。
ちょうどいいと思い、改めて穹に紹介しようとしたが、穹はなんとも理解し難い事態に出くわしたような顔をしていた。
「なんだろう?なんか、違う?」
その目は千歌先輩に釘付けになっているけれど、どこか訝しげだった。