ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~   作:マーケン

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第百六十六話

 閉校式も終わり、各クラスでの最後のホームルームも終わるといよいよ浦の星女学院を閉める時が近付いてきた。

 私達生徒にはその下校までの束の間の時間だけ、校舎を思い思いに巡る時間が与えられた。お別れの準備をするために。

 私はAqoursの面々と共に屋上に訪れていた。

 秘密基地の気分で一人、未練がましくハーモニカを奏でていた場所。幾度となく練習した場所。語り合った場所。みんなで音楽を響かせ、沢山踊った場所だ。

 遮るもののない空はどこまでも広く、深い。ここで歌えば世界中に響き渡るのではないかと思えるくらいに。

 

「さて、そろそろ時間ですわよ」

 

 でもそんなことは無いのだ。練習したのも、語ったのも、音楽をしたのも踊ったのも過去の話。これから先、ここから発信するものは何もない。それはもう叶わない。

 

「まだ誰も帰ろうとしてない」

 

「ほっといたら明日でも明後日でも残っていそう」

 

「完全に同情ずら」

 

 それが寂しくて、あの頃を続けたくて、こうしてダイヤさんが声を出していなければ本当に何時までたってもこの場所から動けなかっただろう。

 

「そしたらまた学校続けてもいいって言われるかも」

 

「そんなことになったらみんなびっくりだよ」

 

「だね」

 

「ちゃんと終わらせよう」

 

 その軽口は願望の残滓。折り合いをつけた憧れがつい溢れたにすぎない。本気でそうなるなんて考えてる訳ではない。だからみんなは一人、また一人と屋上を後にする。

 私もそれに続いて屋上から階段室に戻るとそっと屋上の扉を閉めた。思い出を閉じ込める宝箱のように。

 

「じゃあ部室で」

 

 私達は学年毎に一度解散する。それぞれの思い出を閉じに行くために。

 私もまたみんなと一度解散し体育館に向かう。

 校舎内にはまだ沢山人が残っていて、黒板にアート作品を残していたり、几帳面に掃除していたり、各々最後を迎える準備に余念がなかった。

 校舎から繋がる横に吹抜けの渡り廊下を歩くと、さっきみんなで描いた寄書きが中庭に面する校舎内を彩っているのが見えた。

 これまでなかった浦の星女学院のその姿に慣れるということは無いだろう。もうここに通うことは無いのだから。

 私は一瞬止めそうになった足を進めて体育館に入った。

 誰も居ないそこにはもう、閉校式で使った椅子も、紅白幕も、何もかも残っていない。

 誰も居ないステージにはかの日の輝きは無い。

 千歌先輩、曜先輩、梨子先輩、三人のAqoursのファーストライブの日、彼女達がAqoursとして初めて立ったステージ。トラブルはあったけれど、なんとか乗り切った晴れ舞台。

 ダンスもそれほどまだ上手くなかったけれど、がむしゃらで、楽しそうで、でもトラブルの時には涙が流れそうになって・・・・・・人間が持つ全力をただただ見せ付けられた。

 そのスクールアイドルに、音楽に、全力でぶつかる姿は私の閉じ込めていた衝動を引きずり出したのだ。

 ステージ上の三人の姿は、穹と離れてから人前で演奏するなんて二度としない、してはいけないという私の戒めを解き、気付いたときにはハーモニカを取り出して演奏していた。だからこの場所は特別なのだ。私の見ないようにしていたものを突きつけた場所だから。

 

「よいしょっと」

 

 あの日私が見ていたのはステージの下だった。そこからステージに上って回れ右をする。

 視界に広がるだだっ広い空間は閉校式で人が詰めかけていた時よりも遥かに広く感じた。

 私は深呼吸して気持ちを落ち着かせ、誰も居ない、ありもしない客席に向かって口を開いた。

 

「私達スクールアイドル Aqoursと星です」

 

 この行為に意味は無い。けれど、あの日引きずり出された衝動は今に繋がったのだ。だから確かめたかった。彼女達が見た景色を。もしかしたらどこかの可能性の世界ではあり得たかもしれない景色を。

 

「やっぱり凄いな、Aqours」

 

 彼女達のファーストライブは当初、千歌先輩が開始時間を間違えたこともあり、準備を手伝ってくれた人を抜かせば十名にも満たない人しか見に来なかった。そして今、それに近い景色を見て思った。本気で音楽を届けようという心持ちで立ったステージでこの景色はあまりにも気持ちを折る。がっかりするだろうし、音楽をすることに懐疑的にもなっただろう。

 でもーーーー

 

「キラリときめきがーーーーー」

 

 千歌先輩は、Aqoursは踏み出した。

 そして今、私は誰も居ない場所であの日の彼女達のように歌った。

 誰かに向けての歌は、自分に向けての歌でもある。その一音一音が次に奏でる音楽を豊かにすると今ならそう思える。

 一年を経てようやく、私はAqoursと同じラインに立ったのだ。

 

「ダイスキがあれば ダイジョウブさ」

 

 過去とはもう向き合える。今という時間が全て無駄にならないことも体得している。

 

「ありがとうございました」

 

 けれど未来とはどう向き合えば良いのか、それに自信が持てない。

 二年生の三人が私に過去と向き合わせるハジマリをくれた場所は、けれど未来との向き合いかたを見せてはくれなかった。

 私は誰も居ない体育館に向かって頭を下げると、ステージから下りて体育館に併設されるスクールアイドル部室に行った。

 そこにはまだ誰も来ていなかったので、壁に背を預けて目を閉じる。すると個性豊かな足音が聞こえてくるので数を数えた。

 静かにあまり音を発てないようにしているダイヤさん、ランニングの癖なのか前に出した足を後ろに蹴る時に地面に着ける果南さん、陽気さが歩幅に出る鞠莉さんの三人だ。

 

「あら?私達が一番乗りだと思ってましたのに」

 

「先を越されたね」

 

「チャオ」

 

 部室に来た三人を見て一つ目に留まるものがあって私は上手くいったことを察した。

 

「ダイヤさん、果南さん、ありがとうございます」

 

 鞠莉さんが手にしている卒業証書を入れる筒にはきっと生徒全員で準備した感謝状が入っている筈だ。生徒側の立場としてみんなで準備したサプライズプレゼントだったのだが、渡すこととそのタイミングは誰よりも親しい二人に託していたのだ。

 

「星もありがとうね」

 

「はい。三人はこれからどうするんです?」

 

「イタリアに卒業旅行だよ」

 

「そういえば前に言ってましたね」

 

「星さんも、春休みの予定ちゃんと決めているんですか?穹さんとのこと、上手くいく目処が着いたのでしょう?」

 

「そうですね・・・・・・まだ検討中です」

 

 本当は余り先のことを考えられなくなってしまったとは言えない。他でもないこの三人には。

 

「ふーん・・・ま、そういうことにしておきましょ」

 

「あ、みんなこれで揃ったね」

 

 なんだか鞠莉さんには見透かされているような気もするけれど、Aqoursの一年生組、二年生組が一緒に部室にやってきてその会話は続かなかった。でもそれで良いのだ。少なくとも明日からもう三年生は居ない。自分で考えなければいけないのだ。

 

「最後はここ」

 

 みんなそれぞれの準備は出来たのだろう。みんなは数秒噛み締めるように部室を見て、餞別のように一言ずつ残していく。

 

「ここがあったから」

 

「みんなで頑張ってこられた」

 

「ここがあったから前を向けた」

 

「毎日の練習も」

 

「楽しい衣装作りも」

 

「腰が痛くても」

 

「難しいダンスも」

 

「不安や緊張も全部受け止めてくれた」

 

「帰って来られる場がここにあったから」

 

 だから私も心に浮かんだ感謝を言葉にした。

 

「肩を貸してくれるみんながいつでもいたから」

 

 私達は千歌先輩を残して校門へと向かった。

 最後にここを閉じるのはスクールアイドル部部長でありスクールアイドルAqoursのリーダーである千歌先輩を置いて他に居ない。

 

「ありがとう」

 

 体育館から出ると背中からそんな千歌先輩の声が聞こえた。けれど私達は振り返らずに歩く速度も緩めずに校門へ向かった。振り返ってしまったら、止まってしまったら動き出せなくなりそうだから。

 音を失ったように静かな校舎を抜け、満開の桜が校門の両脇から私達を見守る中、私達は無言で校門を通り抜けた。

 校門の前には今日学校に来たみんなが待っていた。その最後を見届けようと。

 

「千歌ちゃん」

 

 それから間もなく、校舎に残っていた最後の生徒となった千歌先輩が校門に辿り着く。

 敷地と外のその境界線を踏まないように飛び越えて千歌先輩は私達に合流した。

 校舎の後ろで沈もうとする夕陽が私達の目を開けさせないように爛々と輝いているけれど、私達は目を背けても、閉じてもいけない。

 

「みんな」

 

 学校のためにフラッグシップとなっていたAqoursのみんながお互いにアイコンタクトを交わし頷きあうと、託された最後の仕事をやり遂げようと三年生が、一年生が三枚組のスライド門を一枚づつ閉じる。

 

「千歌ちゃん」

 

「千歌」

 

 最後に残された一枚のスライド門はけれど今だ動き出さない。動き出させるには一人の力では足りなくて、千歌先輩は呼び掛けられるまで校門に近寄ることすらできなかった。

 

「ぅっーーーー」

 

 ようやく動き出した千歌先輩に引かれた校門は鈍い音と共にゆっくりと閉じよう動く。

 その重さ、鈍さはなにも錆び付いているからだけではないだろう。そこに至るまでの時間の重さがそのまま千歌先輩の肩に掛かっているようですらあった。

 

「浦の星の思い出は、笑顔の思い出にするんだ。泣くもんか、泣いてたまるか」

 

 自分に向けて言い聞かせる言葉はけれど、この場に居る多くの人がそれを守れそうになかった。

 耐えれば耐えるほど、止めどなく溢れるものがあるのだ。だからせめてもの抵抗にと千歌先輩は顔だけは誰にも見せないようにしていた。

 

「千歌ちゃん」

 

「一緒に閉じよう」

 

 曜先輩と梨子先輩がそれを支え、三人でスライド門を動かす。

 逆光に写る彼女達の背中はラブライブ決勝で見たあの大きな背中ととても同一に思えないほど小さく見えた。

 そして校舎の影に夕陽が落ちると同時に、校門は音を発てて閉じ、浦の星女学院の長い歴史に幕を下ろした。

 

 


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