ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~ 作:マーケン
中庭での寄書きで生徒の多くは体のどこかしらにペンキ汚れを付けて式への参加となった。結局、私は何も校舎に書くことはなかったのだが、気付けば肩にピンク色のペンキが付いていた。多分ルビィちゃんを宥めていた時に付いたのだろう。
普通の卒業式ならばこんなに制服を汚したら怒られるだろうし、自分自身失敗したと思うことだろう。けれど、今日は卒業式であるのと同時に閉校式でもある。だからこの汚れもまた浦の星女学院で刻まれた証なのだと思うと愛おしく思えた。
「卒業生代表 松浦果南」
「はい」
この学校は少なくともこの一年、生徒の自主性が尊重されてきた。
例えば、普通なら学校説明会などは教職員先生が主体となる流れを作り、生徒はそれに乗っかるような形を取るところだが、ここの先生がたは裏方に回った。今回もそうだ。主役は君たちだというかのようにそっと見守る立場にいる。だから卒業式の進行も生徒会長のダイヤさんが務めている。
ダイヤさんに呼ばれ、すっと背筋を伸ばした姿勢で果南さんが壇上にあがると、そこにいるのは理事長である鞠莉さんだ。
この三人がこうして同じ場に立っていることが改めて不思議な縁があったのだと思う。
私が入学した時にはまだ鞠莉さんは表立っては理事長に就任していなかったし、果南さんも休学していた。オマケに関係がギクシャクしていたのだから、本当に人生どうなるか分かったものではない。
私もまさかこの学校でこんなにも心を動かされる出来事に出会うなんて思ってもいなかった。
「ーーーーーーー」
「ーーーーー」
壇上で鞠莉さんと果南さんが軽いやりとりをしているけれど、声はマイクには入らなかった。
いつもの三年生の様子に今日が卒業式で閉校式であるなんてことがまるで嘘なのではないかと思ってしまうけれど、その意識は次の瞬間にマイクを通して発せられた鞠莉理事長の「卒業おめでとう」の言葉ですぐに現実に戻された。
なぜ一瞬でもそんなことを考えてしまったのだろう?こんなに大勢の来賓が居て、こんなに舞台を整えているのに何故?
初春の陽気とはいえ十分に暑いこの体育館の中で汗ひとつ掻かない果南さんは凛とした姿勢を崩さぬまま自分の席に戻る。そして他の卒業生の名前が一人、また一人と順に呼ばれていく。
そんな中にあって親しい先輩が居た人の中にはその先輩の名前が呼ばれた瞬間泣き出す子も居たりして、私はそれを見てようやく三年生が卒業していくのだという実感が沸いてきた。
頭では分かっていたつもりだったけれど、心は多分向き合っていなかった。ラブライブ決勝だとか、穹との決着だとかにかこつけて。
そう自覚すると、この蒸し暑い体育館から急に温度が抜けていったような寒気を感じた。
こんな気持ちは思えば初めてだ。
頼りになる先輩。一緒に居ることが心地良い先輩。もっと沢山一緒に歩んでいきたい先輩。敵わないと思える先輩。そんな風に思える存在は中学時代には存在しなかった。
来月には私達は新しい学校で、新しい人と学舎を同じにする。けれどそこに三年生のみんなは居ない。
「星ちゃん」
隣に座るルビィちゃんが驚いた表情でこちらを見て息を呑んでいる。その理由として思い当たる熱い滴が頬を伝っているけれど、私はそれらに気付かないフリをした。今日は笑顔でという暗黙の了解があるから。自覚しているのなら涙を拭かなければならないから。だから拭われない涙はゆっくりと頬を流れていく。三年生全員の名前が呼ばれ終わってもそれは乾くことはなかった。
最後に生徒会長であるダイヤさんが卒業生代表として壇上で語る。
「浦の星女学院はその長い歴史に幕を閉じることになりました」
私はその中のたった一年。けれど、とても大切な一年を過ごした。
「でも、私達の心にこの学校の景色はずっと残って行きます」
忘れられる筈がない、その日々を。だからこそ寂しさが悲鳴を挙げて胸を締め付ける。ただ次の一言に私はハッとさせられた。
「それを胸に新たなる道を歩めることを、浦の星女学院の生徒であったことを誇りに思います」
掛け替えのないものを手に入れた場所。帰ってくるべき場所。そして一緒に歩めると認められる人達の集う場所。ダイヤさんにとって浦の星女学院とはそんなと場所であったことは想像に難くない。
ならば今、こうしてただ涙を流すだけの私は誇れるものの内に入るのか?そう思うと私は目の奥と拳にぐっと力を込めた。
「只今をもって浦の星女学院を閉校します」
そして奇しくも私の涙が止まったと同時にダイヤさんの閉校宣言はなされた。
「私達はやったんだ!」
その終幕を華々しく飾るのは赤を基調とした一振りの旗、ラブライブ優勝校に渡される優勝旗。鞠莉さんが高らかに掲げるそれはつい数日前までの日々を思い出させる。
Aqoursは浦の星女学院の名前をラブライブの歴史に残そうと、私は自分の過去と向き合おうと走り続けた日々。終わりのその先なんて考えられなかった日々だ。でも、今の私にはあの日々ほどに明日のことを真剣に考えられないでいた。
それではダメなんだと、私は溢れそうになる涙を堪える。こんな気持ちだって浦の星女学院に入学していなければ多分抱くことはなかったのだから。だから、それさえも大切なことなのだと言い聞かせるように。