ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~ 作:マーケン
夢のように輝いて、けれどどこまでも現実だったラブライブ決勝から数日、私達はその余韻に浸る間もなく閉校式(卒業式・終業式含む)の準備に追われることとなった。
穹からはようやく話をする許可を貰えたけれど、先ずは目先のことをやり遂げてからゆっくり話そうということとなり、私達はとんぼ返りで沼津へと戻ったのだ。
そして慌ただしい数日の後、今日、燦然と輝く太陽の下、無事に浦の星女学院は閉校式を迎えることとなった。
ここ数日の片付けで資材や備品が殆んど残されていない学校は、この一年ずっと通っていた筈なのにどこか寒々しく、こんなに広かったのかと妙に落ち着かない気分にさせた。
「落ち着かない?」
「ルビィちゃんは?」
「私も」
教室の机は片付けが面倒になるからと昨日の内に既に取っ払っているため、私達は教室に来ても地べたに座るしかなく、落ち着かないのはまぁ自業自得なのかもしれないと自嘲した。
「それだけじゃないでしょ?」
「・・・そうだね」
花丸ちゃんのいう通りだ。
なんと表現すべきなのだろう。少しでもここに居たいという気持ちと、変わってしまったここにもう居たくないという背反する気持ちが混在するモヤモヤした感覚。それが少しばかり居心地を悪くしているようだ。
「リアルこそが正義」
「ぶれないね、善子ちゃんは」
「ヨハネ!」
起きることを自分なりに意味のあるものとして受け入れて先を見据えるのは善子ちゃんの人生観の一つだ。だから善子ちゃんのその強さが今は頼もしかった。
「時間よ。準備しなさい」
「そうだね。こんなこと、一生に一度しかないもんね」
そう言って私達は連れ立って中庭へと移動した。
鞠莉さんから全校生徒に通達されたその案は最初物議を醸し出した。
学校そのものに寄書きするなんて失礼ではないかと。けれど、廃校になればいずれ校舎が取り壊される可能性が高いこと、範囲を中庭に限定し外観からは見えないようにすること、現生徒だけでなくOBも参加可能であることを条件に、すでに連絡の取れるOBの過半数からは賛同を頂いているとのことで、私達も遠慮なくという運びになったのだ。ラブライブ決勝直前の期間にこっそりそんな手配までしていたというのだから鞠莉さんには頭が上がらない。もっとも、今日に向けて私達生徒側も別件で仕込みをしていたのでおあいこだ。
私達生徒一同は校庭の中庭に集まる。こうして生徒全員で集まるのは廃校が決定した後に自然発生した集会以来だ。
あの日は初冬の夜中に集まって朝まで語り明かしたけれど、今はその時とは何もかも違う。
空はどこまでも高く澄み、草木は生き生きと緑に生い茂り、桜は祝福するように満開に咲いている。そして私達はあの日望んだ夢を掴んだ。
「さて、それじゃあ注意事項に気を付けて始めようか」
珍しく果南さんが音頭を取る。そういえば卒業証書授与式では果南さんが生徒代表を務めるらしいので、その延長なのだろう。
果南さんの一声で生徒は各々動き出す。
鞠莉さんが手配していたペンキとブラシを手に思い思いに中庭に面する校舎にペインティングし始めた。
感謝の言葉、自分の名前、オリジナルのロゴマークなど様々だ。
「ガンバルビィー」
ルビィちゃんは大胆にも理事長室の窓に大きくそう書くと、中から鞠莉さんとダイヤさんが窓を開けて顔を出した。
「卒業式の前だというのに」
「私達らしくていいじゃない」
呆れたように言うもののダイヤさんは本気で言っている訳ではないようで、鞠莉さんの言葉に無言で同意していた。
「星は何か書くの?」
「私はーーーーー」
善子ちゃんに問われるまでも無く実は私は手が止まっていた。
書くべきことはこの学校のみんなが書いてくれている。百人に満たない生徒しかいないけれど、みんなのことを知っている。もしも私が 音ノ木坂学院に入学していたとしてもこれ程仲間だと思える人達とは巡り会えなかっただろう。
私が何を書くか悩んでいる内に、一人、また一人と書き終えた筆を置いていき、Aqoursの九人もそれぞれのパーソナルカラーで九色の虹を描くと筆を置いた。
「ーーーっ、ぅ・・・」
「ルビィちゃん・・・」
それと同時に涙を流してしまったのはルビィちゃんだった。
最後は笑顔で、と誰が言うでもなく暗黙の了解のように決まっていたことだったけれど、それを守ることは難しい。何よりルビィちゃんにとってはそうだろう。
単に涙もろいというのもあるけれど、自分の心の底にある感情を外に出すことの大切さをルビィちゃんが獲得したのはこの浦の星女学院に入ってからだ。だからルビィちゃんにとって悲しいという気持ちは閉じ込めてはいけないことなのだ。
笑顔でいたい。けれど涙も流したい。そんな二律背反した気持ちを前にルビィちゃんは自らの顔を両手で隠すしかなかった。
だから私達もそれをそっと手伝うしか出来なかった。
花丸ちゃんと善子ちゃんが両肩を支え、私がルビィちゃんの顔を隠すように頭を抱き締めた。その涙が枯れるまで。ルビィちゃんが笑顔になれるまで、私達は寄り添い続けた。
春の風が私達を慰めるように頬を撫でる。
暖かくて、海の匂いを乗せた風は落ちている桜の葉を舞い上げる。落ちて終わりではないのだと。だから今は安心してその涙を落とせばいいと励ましているかのようだった。