ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~   作:マーケン

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第百六十二話

 秋葉原にある日本有数のドーム型球場、通称アキバドームは嘗てビッグエッグとも称されていたこともある。それは白く丸い形状が由来とも言われているけれど、他にも意味はあるのかもしれないと、そのただ中にあってそう思った。

 日本を代表するこのドームは野球の試合以外にも今日のようにライブ会場として使用されたりする。当然規模が大きい会場のため、一流と謳われる人達やイベントでなければ会場を埋められないけれど、その際には沢山の人の願いや夢がこの会場を埋めつくし、そして新たな夢を作っていくのだ。

 そう。夢が生まれる場所、という意味として卵、というのは唸らされるネーミングだと、私はそう思うのだ。

 今だってドームの中には総勢4万人以上とも言われる人達が私の眼下や周囲に居るのだ。

 スクールアイドルをやっている人、スクールアイドルが好きな人、学校や友人や身内の応援に来た人、ただお祭り騒ぎが好きな人。みんなそれぞれだけれど、期待に輝く瞳とラブライブレードを持ってステージ上で繰り広げられる各スクールアイドルのパフォーマンスを楽しんでいる。

 客席にいるスクールアイドルをしている人はいつか自分がそこに立つことを夢想し、応援に来た人はステージ上のスクールアイドルの更なる活躍を期待し、お祭り騒ぎが好きな人は際限無い娯楽を求める。

 

「次がAqoursの出番だ・・・」

 

 私はステージの正面、スタンド三階の最後尾席から様々なスクールアイドルのパフォーマンスを見ていた。

 どのスクールアイドルも全国の各地域のトップだけあって凄いクオリティだ。

 きらびやかな衣装、緩急の妙、メリハリのあるダンス、個性を活かした歌、ここまで勝ち上がってきたという自負が滲む力強さ。それらが合わさったパフォーマンスは圧巻で、優劣をつけるほどの差は無いように思う。

 もっとステージ近くから見たら多少印象の違うグループもあるのだろうけれど、私はこの席になって不満は無かった。これからAqoursが見せるのは彼女達だけのパフォーマンスではない。世界を作るのだ。それを見るには広い視野が必要だ。

 それに千歌先輩は言った。どこにいてもみんなの顔は見えていると。

 UTX前でやり取りして以降は千歌先輩達と会っていない。だからみんなの今のコンディションがどんなものなのか伺い知ることはできない。けれど想像は出来る。今が最高の状態であろうと。

 全国のスクールアイドルがこの日のために研鑽したパフォーマンスでもってステージで歌い、舞う姿は見ているだけでも力をくれる。きっとAqoursのみんなも同じ筈だ。

 

「見ているよ、みんな」

 

 グループ名 Aqoursと、そして披露する楽曲のタイトルがメインモニターに映し出される。そしてここに集っている最高に気持ちの良い人々は自ずとブレードの色を青に変えた。

 Aqoursのイメージカラー、そして披露される楽曲“WATER BLUE NEW WORLD”のから連想される色でもある。

 

“イマはイマで昨日と違うよ”

 

 立ち込める霧、どこまでも広がる青い世界。航海の果てに辿り着いたAqoursは今、この奇跡のような舞台に来た。

 全ての困難に打ち勝った訳ではない。楽な道のりでもなかったし、グループとして纏まるまで一筋縄でいかないこともあった。それを最初から知っている鞠莉さんの伸びやかなソロパートから始まるそれはとても説得力があった。

 他のグループのことをとやかく言うつもりはないけれど、他のグループにないものがAqoursにはある。それは実現不可能な奇跡を本気で起こそうと戦って破れた経験だ。

 他のグループにも挫折はあっただろう。けれどその多くは努力で乗り越えられる挫折だった筈だ。だからこそ勝ち上がってきたし、自信にも繋がっているだろう。

 Aqoursは違うのは努力ではどうにもならないことに立ち向かったこと。二度と同じ夢は見ることの出来ない故に新たな夢を手にしたことだ。

 その痛みが新たな希望に変化して、それが歌に載せられている。これ程のリアルは他のグループは無いだろう。

 

“あきらめない”

 

 単純明快に、けれど実績を持って真実を突くその言葉は心にすっと迫る。

 

“動け!”

 

 Aqours全員が声を揃えている姿には自分もやらなければという気持ちにさせる力が宿っている。

 

“最高のトキメキを 胸に焼きつけたいから”

 

 重ねられる詩はAqoursの歩みだ。そして、彼女達の原動力を、今日ここでラブライブ決勝を迎えるにあたっての心持ちは余すことなくこの一節に込められている。

 時は過ぎ行くし、最高の状態がいつまでも続くことはあり得ない。なら、せめてそれを自分の中の永遠にする。その自分の中の永遠があればどこへだって羽ばたいて行ける。先の見えない海だって進み続けられる。

 その言葉はまるで魔法のように鮮やかで、けれどどこまでも現実的な響きを伴って紡がれ、この青色に染まる卵の中を伝播する。それと共に花丸ちゃん、鞠莉さん、梨子ちゃんの下半身の衣装の外装は羽のようにみんなの手で飛ばされた。これは比喩表現だけれど、その瞬間私は確かに見たのだ。青い羽が舞い散る様を。

 

“次の輝きへと海を渡ろう”

 

 そして夢のその先へと思いを馳せていく。Aqoursがその活動の在り方を変化させていったように、Saint Snowが終わりの先を描いたように。

 夢に終わりはない。どこまでも、水平線のその先までも続いていけるのだ。

 

“イマを重ね そして ミライへ向かおう!”

 

 Aqoursが指で形作った九つの“L”はそれぞれ別の方向を向いて天を差す。夢の在り方も、目指す先も自由でいて良いのだと肯定するように。そして、どんなに違う道でも、広大な夢という空はどこまでも受け入れると言うかのように。

 気付けば私もまた、いや、他にも沢山の人が指で“L”を作り掲げていた。“Love Live”を通して得たものに万感の思いを込めて。

 

「あっ・・・」

 

 一瞬、ホントに勘違いかもしれないその刹那、曲が終わり空を仰いでいた顔を下ろす千歌先輩が此方を見た気がした。

 ここからだと顔など輪郭しか分からない。けれど千歌先輩は噛み締めるようにここにいるみんなの顔を見ていると、見えていると、確かに感じた。

 “みんな届いた?”とそう言っているかのように。

 

「届きましたよ」

 

 みんなが見せてくれたAqoursの世界。なら、次はーーーー

 

「私の番ですね」

 

 私の世界を見せつける。Aqoursの優勝への確信と共に私の決意は本当の意味で固まった。

 


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