ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~   作:マーケン

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第百六十話

 梨子先輩の答えには迷いがなかった。帰る場所は沼津にあると。それは東京を離れたこと、この一年弱のことを後悔していない証だ。そしてまた、私もその答えには同意だ。かの場所はもう、私にとっても特別になっているのだ。

 

「そう。リリィも運命の交差する地に向かったのね」

 

 梨子先輩をリリィと呼称するのは善子ちゃんだ。由来は不明だけど、善子ちゃん独自の感性がそう言わせているようだからいちいち突っ込んだりしたことはないけれど、と言うかだーーーー

 

「運命って個人的には良い印象がないんだけど」

 

「人それぞれでしょ。さっきのロマンチスト問答と同じよ」

 

「盗み聞きはいただけないなぁ」

 

「しょうがないじゃない。地獄耳ってやつよ。堕天使だけに」

 

 ギラン、とわざわざ口に出してポーズを決める善子ちゃんに呆れつつ、けれど、こんな軽妙なやり取りが好きであると再確認する。

 

「上手いこと言ったからってどや顔はどうかと思うよ」

 

「やめなさいよ。恥ずかしい。それよりも星は見送り要員?こんなところでボケッとして」

 

「ボケッとしてる訳じゃないけど、ちょうど一人一人用があったから」

 

「私にも?」

 

「うん。お礼を言いたくて」

 

「お、お礼?どうしたの改まって?」

 

「それ言うならみんなはラブライブ決勝前に改まってるじゃん。私も同じ」

 

 善子ちゃんの普段の発言は兎も角として、実際付き合ってみるとTPOに合わせた発言も出来るし、現実的なものの見方もしている。そして一番感心するのがその独自の世界観だ。身に振りかかる出来事に意味を見いだしそれと向き合う力。それはAqoursの誰よりもしっかりしているだろう。

 そんな善子ちゃんの世界の捉え方、思考法は私には斬新だった。

 

「ふっ、星が私を崇める言葉を言うのならば私からも一つ呪いを掛けよう」

 

「崇めている訳ではないんだけど」

 

「いいこと?抗うことを止めないならば貴方はずっと私のリトルデーモンでいられるってこと、努々忘れないことね」

 

 多分に善子ちゃん節、つまりヨハネ語が含まれているけれど、言わんとする意味は何となく通じた。善子ちゃんはなりに私に発破を掛けてくれているのだ。

 

「なら、そういられるように努力させてもらうよ。ありがとう」

 

「ーーーーーーならお礼ついでに美味しいスイーツのお店を教えなさい。必勝前の儀式をしなくちゃいけないから」

 

 やはりそういうのに慣れていないのか、善子ちゃんは目を泳がせると照れ隠しに早口に言った。

 

「なら“穂むら”が良いかな。古き良き茶屋って感じで」

 

「和スイーツね。まぁ良いわ。おすすめメニューは?」

 

「穂むらまんじゅう、まぁ揚げまんじゅうのことね」

 

「詳しいのね」

 

「言わずと知れた店だから」

 

 何を隠そうμ’sのリーダーこと高坂穂乃果の実家だ。もっとも、そこまでいくと情報としてはややマイナーで、調べればすぐに情報は出てくるけれど単推しでないと調べない、そんな感じだ。

 おおよその位置関係を秋葉原駅、万世橋を目印にして教えると善子ちゃんは少し浮かれた様子で出掛けていった。

 

「あら?一緒に出掛けないのですか?」

 

「ダイヤさんはもう帰ってきたのですか?」

 

「ええ。穂むらに行ってきたところですわ」

 

「・・・・・・その店名を言って通じるのは多分私くらいですよ」

 

 気付いた頃には既に旅館を出ていたダイヤさんが善子ちゃんとすれ違いに帰ってきた。まさか行っていた場所まですれ違いになるとは思ってもいなかったけれど。

 

「聖地巡礼も済みましたし、あとはゆっくりとお茶していようかと」

 

「ダイヤさんもブレないですね」

 

「そんなことありませんわ。それに、ブレることは悪いことではないですから」

 

「中学生の頃の私なら絶対に同意しませんですよ、それ」

 

「今の星さんなら?」

 

「同意しますよ」

 

 ブレることは思考を固定しないことだ。起きること、出会うことに心を揺さぶられ、感動し、それを受けて考えることは無駄ではないし、大切なことだと今なら言える。この一年弱で多くのことと出会い、迷い、奔走したからこそ得た価値観だ。

 

「やっぱり三年生ってそういうところ大人ですよね」

 

「あら?星さんにしてはイメージが先行した言い方ですね。大人なんて言葉で人を表すのはどちらかと言えば嫌いそうだと思ってましたけど」

 

「ーーーホントかなわないなあ」

 

 確かに漠然とした概念で人を枠に納めようとする言い方はわたしの好むところではない。けれど思わずそう思わせるくらいにダイヤさんは優秀だ。

 

「でも、だからこそ好きですよ」

 

「な、ななっ!?」

 

「ありがとうございます」

 

 凄く先を見ていて、みんなを見ていて、それとなく支えてくれて。そんな頼りになるダイヤさんを自慢に思う気持ちは、ルビィちゃんじゃなくても抱く。ダイヤさんみたいな人とは今後出会えないのではないかと思うほど貴重な存在だ。

 

「行ってきます」

 

 パーソナルカラーのように染まった顔をしたダイヤさんを尻目に私は旅館を後にした。別に宛があるわけでもない。ただ、漠然と足の赴くまま町を歩く。

 樹立する雑居ビル群、海も山も見えない大通り、濁った川、大きなデパートにきらびやかな電器店、活気溢れる専門店の数々。かつての私ならばそれを眺めては、有り得たかもしれない日々を夢想していただろう。けれど今は違う。これから作る明日を想像するのだ。

 時々遊びに来て待合せする電気街口を、路地裏にあるラーメン屋を、スピーカーやイヤホンを見てまわる専門店を。

 そこには私と穹と、時々Aqoursの誰かや、もしかしたらSaint Snowの二人も居るかもしれない。

 そんな光景を妄想に終わらせない。その決意はもう十分だ。

 

「少し肩の力を抜くずら」

 

「冷たっ!?」

 

 秋葉原駅電気街口前の広場で不意に首筋に刺さる冷たい感触に現実に気持ちが戻される。

 後ろを振り向くと花丸ちゃんがガリガリ君を差し出していつものアルカイックスマイルを浮かべていた。

 

「花丸ちゃんも相変わらずだなぁ」

 

「ずら?」

 

「折角お祈りしたのにずらって言ってる」

 

「ずっーーーー」

 

 はっ、と思わず自分の口を塞ぐ花丸ちゃんを見て私は自然に笑顔になる。

 

「花丸ちゃんって本当に人の機微を読むのが上手いよね」

 

 これは完全に憶測だけれども、花丸ちゃんは他意はなく自然に人を癒してくれる。それはいっそあざといと思うくらいに。

 口癖の“ずら”なんかはその最たるもので、正直本人は言うほど気にしていないだろうし、場合によっては言うことが正解であると本能的に察して、あえて道化のように振る舞っているようにも思える。でも、それで話の方向性を微調整されていたり、花丸ちゃんが居なければ円滑に話が進まなかったことなど多々あるのだ。

 そして、花丸ちゃんと言えばグルメ家だ。

 

「今だって私にこうやってガリガリ君を突き出すあたりホント良く分かってる」

 

「ガリガリ君の工場は埼玉にあるって聞いたことがあるずら」

 

「それそれ」

 

 私は花丸ちゃんからガリガリ君ソーダ味を受け取り封を解いて齧る。最後に食べたのがいつなのか最早覚えていないけれど、無難に美味しい相変わらずな味だ。噂では同じ味の表示でも時代の経過とともに少しずつ味が微調整されているらしい。

 

「ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 そうやって当たり障りなく、けれどしれっと人の力になってくれる花丸ちゃんに私は感謝を告げる。

 独特な口癖、グルメ家、と花丸ちゃんの特徴を表現するとそうなるのだけれど、それはあまりにもわざとらしいと私は思う。その人の内面が全く見えないのだ。それは花丸ちゃんなりの処世術であるのだろうと思う。

 誰かにとっても(表面的には)分かりやすい存在であること、独特な口癖で言葉が柔らかい印象があることで花丸ちゃんは特に意識されることなく人をそれとなく良い方向に導いている。考えすぎかもしれないし本人に問うことはないけれど、私は花丸ちゃんとの付き合いを通してそう思い、そしてそんな花丸ちゃんに感謝しているのだ。

 

「花丸ちゃん」

 

「どうしたの?」

 

「ありがとう」

 

「ずら。また会場でね」

 

 今日もまた花丸ちゃんは“ずら”と言う。その“誰もが知るいつもの花丸ちゃん”に私は安心感を覚えるのだ。


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