ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~   作:マーケン

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第百五十二話

「夏休みのラブライブ予選の時に学校の皆でステージに立とうとしたの覚えてる?」

 

「覚えてますよ。ハッキリと」

 

 Aqoursに感化された浦の星女学院の全校生徒が学校を救いたい、輝きたいと願い、それを予選に出場という形で叶えようとしたことがあった。けれど、レギュレーション的にメンバー登録されていなかったためそれは幻となったのだ。

 

「私ね、その時のことが頭からずっと離れなくて、それでいつか皆で同じ歌が歌えたらなって、こっそり曲を作ってたの。皆にも込めたいフレーズを書いてもらったりしてたんだけど、実はまだ纏まってなくて」

 

 ほら、と見せられた千歌先輩のノートには沢山のメモ紙が未整理の状態で挟まっていた。

 “勇気”、“本音”、“希望”、“想い”、“信頼”、“旅立ち”、“諦めない”、“夢”、“本気”、“強さ”、“覚醒”、“未来”、“完全燃焼”、その他沢山の想いが各生徒の名前と共に綴られている。

 統廃合が決定してAqoursが折れそうになった時に学校に集まった皆の顔が浮かんでくる。学校一背の高い子、高校で平穏を取り戻した子、バイトをするようになってお金の使い方を覚えた子。沢山居る皆の顔が分かる。いつの間にかちゃんと分かるようになっていた。

 

「メロディーの方は?」

 

「主旋律だけなら梨子ちゃんが作ってくれたんだけど」

 

「まだ編曲出来てないんですね。じゃあ、作詞と編曲ですね」

 

「良いの?完全オリジナルじゃなくて」

 

「むしろこの方が良いです」

 

 私がもし、単なる引っ越しとして内浦に来てこの学校に入学していたなら、きっと普通に学校の友人と音楽を共有していただろう。スクールアイドルとして活動していたかはさておき、きっとそうしていた筈だ。だって音楽が好きで、誰かと奏でるのが好きで、誰かと分かち合うのが好きだから。自分達の思い出を自分達の音楽で彩ればそれはとても綺麗だと思うから。

 

「この短い間にできるかな?」

 

 千歌先輩はどこか挑発的にそう私に問うけれど、答えなど一つしかない。

 

「千歌先輩がそれを言います?できますよ」

 

 できるかな?と問い掛けられたら答えなど“Hi”しかない。荒波だってできると叫んで奇跡の波に変えてしまう千歌先輩と学校の皆の力ならできると信じてる。そもそももう基礎はあるのだから。

 

「じゃあ部室行こうか。パソコンにデータ入ってるから」

 

 千歌先輩は自分のクラスメート達にクラスの出し物の手伝いを少し抜けると行って私と共に教室を出た。

 

「すみません。突然押し掛けちゃって」

 

「いいんだよ。私はどちらかと言えば当日の方が仕事が多いから」

 

 千歌先輩のクラスでは大正ロマン風の喫茶店をするらしい。なんでも梨子先輩が熱望したとかで、珍しく梨子先輩が陣頭に立って張り切っているらしい。

 

「千歌先輩はクラス以外には?」

 

「私は今回は個人では何もやらないよ」

 

 千歌先輩は私の問い掛けに首を振って答えた。

 

「閉校祭をやるよってなって、私も何かやり残したことないかなって考えたんだ。改めて考えるとね、μ’sと・・・スクールアイドルと出会ってから私やりたいことは全部やってたんだ」

 

 やりたいことは全部やってた、なんて普通は言えないし、言っている人がいたとしても信用などできない。けれど、私は千歌先輩の歩みを知っている。その歩みは決して平坦では無かったし、後悔だってきっとあっただろう。けれど歩みは止めなかった。それを知っているから、本当なら信じられないような言葉もすっと胸に入った。

 

「だから私は誰かのお手伝いが出来ればそれでいいかなって」

 

「・・・なら、遠慮なくお手伝いしてもらいますね」

 

「良い曲にしようね」

 

「早く聴きたいですよ」

 

「そう?ならーーーー」

 

 千歌先輩はちょっと悪戯っぽく笑うとハミングで曲を奏ではじめた。

 それはとても楽しそうに、純粋に音楽というものが好きで好きで堪らないとでもいうように。

 そんな千歌先輩の隣を歩くのがとても不思議な気分だった。

 はじめは千歌先輩とはそもそも道が交わることは無いと思っていた。Aqoursが活動しだして音楽的な経験では私が先を行っていた。それもあっという間にAqoursが追い抜いて行った。とても速く、遠くまで。だからこうして足並みを揃えているのが不思議なのだ。

 

「だから僕らは がんばって挑戦だよね」

 

 ワンフレーズだけ、千歌先輩は歌を乗せた。

 それはすれ違ったり、廊下で準備をしている生徒はそのまま聞き流してしまう程度の声量しかなかったけれど、ただ一人、隣にいた私はそれをハッキリと聞き取った。

 

「皆から集めた歌詞を見ているとね、この言葉だけは外せないかなって」

 

 照れたようにそう言う千歌先輩に私は頷いた。

 

「とても浦の星女学院らしいんじゃないかなって思いますよ」

 

「そう言えるってことはすっかり星ちゃんも浦女に染まったね」

 

「ーーーーーーそうですね」

 

 凄く今更だし、特別な言葉でもない。でも、千歌先輩から浦の星女学院の生徒らしさがあると言われるのはどこか嬉しかった。それはきっと私に限った話ではないだろう。今の浦女生は皆ここの生徒であることを誇りに思っているからだ。

 

「到ちゃーく!」

 

 千歌先輩は勝手知ったるスクールアイドル部部室の中に飛び込むと、くるりと反転してこちらを見つめる。

 

「お邪魔しーーーー」

 

 そして私がそう言おうとした口を人差し指でそっと押さえた。

 

「今日は同じ目標を持ってるんでしょ?」

 

 ならその言葉はいらないよ、とそれだけで伝わってきた。

 

「・・・じゃあ、良い曲に仕上げましょうね」

 

「うん!」

 

 そんなやりとりがあったからなのか、その日の部室は私が用のある時に覗きに来た時よりもちょっとだけ居心地が良く感じられた。

 

 

 


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