ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~   作:マーケン

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第百四十二話

 冬の北海道の、それも夜に態々外を出歩くなんて私の頭はどうかしているのだろうか?でも、理亞さんの部屋から外を見ると空には雲ひとつなく、とても綺麗な星空だったからもっと大きく外を見たいと思ったのは致し方ないことだろう。

 夕食後、食器を洗うのを手伝ってから上着を着込んで静かに外に出ると、鹿角家から徒歩一分ほどにある学校の敷地内に入り込んだ。

 他校に、それも完全に営業時間外に入るなんてちょっと気が引けるけれど、別に悪さする訳ではないし、校舎内には入るつもりはない。それに、いても不自然ではない年齢なのだからグレーゾーンだ、きっと。

 この学校は浦の星女学院と同じ様に坂の上にあるけれど、校庭は校舎の更に上にある。

 そのため白い息を吐きながら坂を上っていくと段々と体も暖まってきた。そうなると刺すような寒さも幾分気持ち良く感じる。雪が降っていたらまた違っていたのだろうと思いながら歩いていると、やがて広い交代に出た。

 野球やテニスをする専用の校庭とサッカーや陸上をする校庭が併設されており、とても広い。

 そのお陰で山側に寄って空を眺めると遮蔽物のない、とても大きな空を見ることが出来る。

 澄んだ冬の空はとても綺羅びやかで、地上にある百万ドルの夜景にだって劣らない。きっと観光に来る人の大半は冬場を避けているだろうからこの空を見ることができないのだろう。

 函館山からの展望台で景色を眺めたなら、鏡写しになっていると錯覚してしまうかもしれない。

 

「何やってんのよ、こんな時間に」

 

「んー、夜のお散歩?」

 

 いつの間にか着いてきていたのか、理亞さんが私に呆れたように声を掛け、私の返答のテキトーさに白い息を吐き出してまた呆れた。

 

「楽曲のテーマは?」

 

「決まった。眠っている・・・秘められた力の覚醒」

 

 満天の星空に向けていた視線を理亞さんに向けると、その顔には自信が満ちていた。そして、その瞳には頭上の星空に負けない輝きが宿っていた。

 

「なんか意外。理亞さんってもっとクールな印象だったけど、結構・・・んー、わんぱく?」

 

「テーマが決まったのが嬉しくてアンタに言いに来た訳じゃないから!勝手にどっか行くから気になっただけだし」

 

 話せば話すほど私の中にあった鹿角 理亞という人物像が変わっていく。でもそれは不快でも何でもなく面白いと思う。本当に、人とは接してみないと分からないし、接してみて初めて見える姿があるのだ。

 例えばルビィちゃんなんて人見知りなクセにダイヤさんのことを語ると饒舌になる。

 花丸ちゃんも引っ込み思案なところがあるけれど本や哲学を語るといつまでも話せる。

 善子ちゃんは普段堕天使というキャラクターを纏っているけれど、TPOに応じて礼儀を弁えた行動や言動がしっかりできるのだ。

 それらは普段から接していたからこそ気付くことのできる特徴なのだ。

 

「だいたい、それを言ったら私だってアンタの印象、かなり違うんだけど」

 

「どんな印象ーーーーっていうか、ほぼ今回の北海道旅行が初対面だし印象も何も無いんじゃない?」

 

「姉様と一緒に芽が出そうなグループはリサーチをしていたの。それに、最近姉様と連絡取り合ってたでしょ。だから調べたのよ」

 

「ジェミニのアカリを?」

 

「そう。あんなパフォーマンスしてるの後にも先にもアンタ達だけ。アンタ達だけのオリジナルーーー悔しいけどカッコ良かった」

 

 ジェミニのアカリについて鹿角姉妹が知っていることは私も知っていた。けれど、まさかこの函館の地でそんな感想を直に聞くことになるとは夢にも思ってみなかった。

 

「アンターーーーー」

 

 埼玉から北海道まで一体どれ程の距離があるのだろう?

 ジェミニのアカリとして活動してからどれ程の音楽が生み出され世に出たのだろう?

 それと比較して尚、私達がカッコ良いなんて言われて嬉しくない筈がない。

 ねぇ穹。私達はやっぱり音楽やってて良いみたいだよ。カッコ良いって、オリジナルだって、こんなにキラキラしている子に言われたんだよ?

 

「・・・ほら、凍えないうちに帰るわよ、星」

 

「・・・うん」

 

 涙って嬉しい時も流れると知っていても、それを実感することなんてあまりない。

 頬を伝う暖かい滴はきっと、この寒空でも凍りはしないと、そう思う。でも現実はそんなこともなくて、流れ出た水は0度を境に氷になるのだ。

 だからそんな現実に直面して、暖かくなった気持ちが冷めてしまわぬよう、理亞さんは私の手を引いてくれた。

 

「理亞ちゃんの手、子供みたいに暖かいね」

 

「うるさい」

 

 おまけに“さん”付けしていたのを取るのも先を越されてしまった。

 本当に不意討ちのように心に響く言葉を言えるのだから流石はSaint Snowのラップ担当だ。理亞さんは自覚がないかもしれないけれと。

 聖良さんが言っていた理亞さんはもう既に昔の理亞さんになっていた。きっと、楽曲のテーマと向き合うと共に、理亞ちゃん自身の秘められた力が目覚め初めているんじゃないかと、そう思った。

 ふと、なんとなく思い立った曲を今日は口笛で吹く。今は塞がっている片手を離したくないから。

 こんな時間に少々お行儀が悪いかもしれないけれど、私なりの感謝の気持ちだ。

 

「ーーーーー何て曲?」

 

 理亞ちゃんは歩く速度を落として最後まで私の演奏としてそれを聴いてくれた。

 

「STARGAZER~星の扉、根岸さとりの曲」

 

 この楽曲は“機動戦士ガンダムSEED C.E.73 STARGAZER”のタイアップ曲だ。

 バイオリンとピアノの音で世界観ならではの切なさと深遠さを作り上げ、それを歌い手の声で只のバラードで終わらせない力強さを感じる一曲となっている。

 辛いこと、悲しいことがあったって、誰かが側に居てくれるなら、誰かが見ていてくれるなら、見えない明日だって、痛みがあったって迎えに行ける。そんな風に私は歌詞を解釈している。

 

「色々知ってるのね」

 

「好きだったから、音楽が」

 

「それは今もでしょ」

 

「お互いね」

 

 一度自らの嘘で終わらせた私、一度自らの失敗で終ってしまった理亞ちゃん。言葉にすれば小さな違いだけれど、そこには大きな違いがある。違いがあるのに、私は理亞さんにシンパシーを感じている。

 

「ジェミニのアカリ。またやらないの?」

 

「やりたい。でも、まだ出来ない。曲が出来ないんだ」

 

 きっと理亞さんからすれば何のことを言っているのかさっぱり分からないだろう。けれど、すっとその言葉が出てしまった。

 

「なら見てて」

 

 理亞さんはそれだけ言うと辿り着いた自宅、喫茶菊泉に入っていった。

 これから先、もしかしたら起こり得る未来の姿を感じさせる、そんな背中だった。

 

 


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