ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~   作:マーケン

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第百三十七話

 こじんまりとしたそこはだが、息苦しい圧迫感ではなく、心安まる温かみがあった。外が極寒なだけにここは凄く居心地がいい。店員さんも可愛いし文句の付け所はない。

 

「何?人の顔じっと見て」

 

「眼福ですなーって思って」

 

 ずずーと音を起ててほうじ茶を啜りながらそう答えると態とらしくそっぽを向くのだから、あざといったらない。

 

「いい?食べたらすぐに出て行くのよ」

 

「理亞!」

 

 そう。可愛いし店員さんとは他でもない、Saint Snowの二人のことだ。

 片やツインテールの吊り目がちな女の子。片やサイドテールのお姉さん。二人とも大正ロマン風の給仕服ベースにメイド風味のアレンジを効かせたピンクと黄色の制服に身を包み、カウンターの中から私達の相手をしてくれている。

 ここは喫茶 菊泉。今流行の古民家カフェの先駆け的存在で、函館の観光ガイドにも載るような有名なお茶処だ。

 北海道予選の次の日、市内観光と洒落込んだ私達が偶然にも辿り着いたのだ。

 外装も内装も昔の物をそのまま使っていたり、囲炉裏だったところを炬燵にするアレンジをしたりと、所謂近代風ではなく、家庭的アレンジを施しておりとても気持ちが休まる。

 

「良いお店ですね」

 

「本当に。これなら住めそうなくらい」

 

「住めそう、じゃなくて住んでるの」

 

「実際私達の自宅でもありますからね」

 

 つっけんどんな理亞さんと、苦笑いの聖良さん。表面上、取り繕えるくらいには気持ちの整理ができたのだろう。

 

「でも驚きました。学校に寄られるかもとは聴いては居ましたが」

 

「まさかドンピシャでお家まで来ちゃったなんてね」

 

「世間は存外狭いみたいですね」

 

「それは私が保証する」

 

「鞠莉さんは世界中飛び回ってますもんね」

 

 鞠莉さんの言葉の妙な説得力に苦笑いしながらも間違いではないと同意出来る部分もあった。

 片田舎のスクールアイドルが偶々東京で出逢ったスクールアイドルに会いに函館まで来られるのだ。距離なんて壁は案外ハードルとしては低いのかもしれない。それこそ距離なんてバイクをかっ飛ばして越えてくるくらいに。

 

「素敵な街ですね。落ち着いてて、ロマンティックで」

 

「ありがとうございます。私も理亞もここが大好きで、大人になったら二人でこの店を継いで暮らしていきたいねって」

 

 何てこと無いその夢を語る聖良さんの姿は、何処か親しい誰かに、いや、彼女達に似ていた。地元が大好きで、みんなが大好きで、だから精一杯一緒に居る、そんな彼女達に。

 

「残念でしたわね。昨日は」

 

 だからだろうか。普通なら踏み込まないそれに触れたのは。

 誰もが避けようとしたそれをダイヤさんが口にした。

 

「いえ、でも」

 

「食べたらさっさと出て行って」

 

「理亞、なんて言い方を」

 

 言い淀む聖良さんに先じて理亞さんはそう言い捨てると、何事かをルビィちゃんに耳打ちして奥の厨房へと引っ込んでしまった。

 

「ごめんなさい。まだちょっと昨日のこと引っ掛かってるみたいで」

 

「そうですよね、やっぱり」

 

「会場でもちょっと喧嘩してたみたいじゃない」

 

 喧嘩してたという情報のソースは不明だけど、そんなうわさ話を会場で言っていた人達もいたのは事実だ。けれど、根拠の内ことを言うなと花丸ちゃんがジト目で善子ちゃんを睨め付けていた。

 

「いいんですよ。ラブライブですからね。ああいうこともあります。私は後悔していません」

 

 聖良さんは本当に大人だ。後悔はないというその言葉が嘘か、本当か、まるで読み取れない。

 

「だから理亞もきっと次はーーーー」

 

「いや!何度言っても同じ、私は続けない。スクールアイドルは・・・Saint Snowはもう終わり!」

 

 次、という展望を理亞さんは許容できないのか、厨房から姿を見せると、聖良さんの言葉を真っ向から否定した。

 

「本当にいいの?あなたはまだ1年生。来年だってチャンスは」

 

「いい!だからもう関係ないから。ラブライブも、スクールアイドルも!」

 

「お恥ずかしい所を見せてしまいましたね。ごゆっくり」

 

 自分のことは完璧にコントロールしているけれども、理亞さんのことはそうではないみたいで、どこか寂しそうな顔をする聖良さんが頭から離れない。

 私達はごゆっくり出来るはずもなく、デザートをしっかりと平らげて店を後にした。

 

「何も止めちゃうことないのに」

 

「でも理亞ちゃん、続けるにしても来年は一人になっちゃうんでしょ」

 

 理亞さんがスクールアイドルを今後続けていくのは困難であるのは間違いない。それは分かる。

聖良さんと同等の人材はそうはいない。

 それにステージで起きたミスが心にこびり付いているのならそれを乗り越えないと次など考えられないだろう。

 

「結局、ステージのミスってステージで取り返すしかないんだよね」

 

「でも、すぐ切り替えられるほど人の心は簡単ではないってことですわ」

 

 それ以前に、聖良さんの変わりなど理亞さんにとって居ないのでは無いか?そう、私にとっての穹と同じように。

 

「自信無くしちゃったのかな?」

 

「違うと思う。聖良さんが居なくなっちゃうから、お姉ちゃんと一緒に続けられないのか嫌なんだと思う。お姉ちゃんが居ないなら、もう続けたくないって」

 

 ルビィちゃんが言ったその言葉は果たして理亞さんの気持ちを代弁した言葉なのか、それともルビィちゃん自身の言葉だったのか。

 

「そう、だよね」

 

「ち、違うの!えと、これは理亞ちゃんが泣いてて、」

 

「泣いて?」

 

「ピギィ!?ぅ、ぅあああ!」

 

 盛大に自爆したと思ってルビィちゃんは走り去ってしまった。

 

「任せてください」

 

 それをダイヤさんがゆっくりと後を追う。ルビィちゃんが何処に行くかなどお見通しだと言わんばかりに。

 

「他人事じゃないんだよね」

 

「私達はスクールアイドル」

 

「その時は必ず来るもの」

 

 Saint Snowを通じて奇しくも自分達の未来を垣間見たAqoursメンバーはそれぞれどんなことを考えているのだろう?

 私はと言えばみんなとは少し違う想いがあった。

 どんな形にせよ、最後まで駆け抜けたならそれは一つの終わり。私の様に半端な終わりでないだけ美しい終わり方なのではないかと少しだけ羨ましかった。

 

「どこを終着駅にするのか、決めるのはみんなだよ」

 

 けれど、私はみんなのお陰で終わったと思ったそれが終わりじゃないことを教えて貰った。

 だからきっと、みんなが思っているより、最後となるのはずっと先なんじゃないかと思う。

 きっとSaint Snowだってそれは同じ。

 私は聖良さんにメッセージを送り、少ししてダイヤさんに手を引かれて戻ってきたルビィちゃん達と市内観光に戻った。

 

 


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