ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~ 作:マーケン
限られた時間の中で必死に足掻く。一年前の私は正にそんな気でいた。いや、それ事態は間違いなくそうだったのだろう。けれど、私は足掻き方を決定的に間違えた。誰に相談するでもなく、一人では越えられない壁に一人で挑み続けた。
私は穹に心を開いていたのだろうかと、先程の果南さんと千歌先輩のやり取りを見て、ふと自分に疑念を抱いた。
これまで深く考えてこなかったけれど、今一度考えなければならない。私は何故、穹に本音を話せなかったのかを。
まだ果南さん達の居る砂浜からそう離れていないけれど、どうせこんな中途半端な時間に、こんな中途半端な場所を好き好んで通る人はそうは居ない。
私は海岸線のブロック塀に腰を下ろし、空との境界が曖昧になった海を眺めながら物思いに耽った。
初めてこの町に来て海を見たとき、その存在感の大きさに一々心を騒がせていたけれど、今は少し変わった。相変わらず圧倒されるけれど、そのお陰か余計な思考を吹き飛ばしてくれるようになった。シンプル化された頭で私は沢山時間を使って考えた。
これまで私は穹に話をしなかったのは私自身が自分のことを信じていなかったからと考えて、そこで思考停止していた。けれど、私はそこから先を考えなければならない。自分自身のことをどう思おうとそれは取り合えず棚に上げ、穹のことをどう想っていたのかを。
ひょんな事から一緒に音楽をやることになって、切磋琢磨しながら共同作業をして一つのものを作り上げる。それは楽しかった。その感情に嘘は無い。一緒に沢山の時間を過ごしたこと、それは全て掛け替えのない時間だったと確信を持って言える。
こっちに来てから他の人と濃密な時間を過ごすことでそれをより自覚した。それと同時に私は穹に対して感じていたことも何となく分かるようになった。ただ、これまではそれを見ないフリをしていた。
そう。私は穹に嫉妬していたのかもしれない。
なんでも出来るようになってしまう穹。なんでも興味をもって飛び込める穹。
それと比べ、器用なフリをする私。本当は出来ないことも多いのに、出来ないことはとっとと諦めて出来ることだけを伸ばす私。
隣に居ることで私の小ささを自覚させられる穹に私はきっとそんな感情を抱いていたのだと思う。
そう思うと無意識に千歌先輩に対し親近感を覚えていたのはどこか立ち位置が私に似ているからなのかもしれない。
上には運動神経抜群の体力おばけである果南さん。同い年には器用に何でもこなせる曜先輩という二人の幼なじみがいる。千歌先輩はどこか自分に引け目を感じていただろうことは想像に難くない。
でも、千歌先輩は何故引け目を感じていながらずっと一緒に居るのだろう?
私と穹の付き合いとは比べものにならない程の時間を過ごして、劣等感を抱いて、それでどうして一緒に居られるのだろう?
「あれ?星ちゃん?」
「・・・・・・また3ケツして。捕まるよ?」
「女の子がケツとか言っちゃ駄目だと思うな」
海は穏やかに波を起て、空は見守るように星を煌めかせゆっくり時間を掛けて軌跡を描いていた。答えの出ないまま、どれくらい時間それを眺めていたのだろうか?
突然掛けられた声に振り返ると、何時しか見た光景があった。
自転車に三人乗りするという道交法的に完全にブラック・オブ・ブラックなことをしているAqoursが1年生組の三人が通りかかりに声を掛けてきた。
「何でまたここに?」
「本番は明日、というか今日なのよ。千歌が習得しているか確認に行くの!」
「とか言って、善子ちゃんさっきまでオラ達に、絶対に大丈夫に決まってるって力説してたずら」
「ずーらーまーるーーーーって、ヨ・ハ・ネよ!」
そう。明日はラブライブ予選の日。
千歌先輩の大技以外のフォーメーションは既に完成しており、後は千歌先輩さえ、と言うところまでパフォーマンスは出来上がってる。
「星ちゃんこそこんな所で黄昏れてどうしたの?」
私が疑問に思ったことはそっくりそのまま彼女達の疑問でもあるため、当然のように質問をされる。
「ルビィちゃんは身近に優秀なお姉ちゃんがいてどう思うの?」
「どうって?」
ふと、私はルビィちゃんなら分かるかなと思い、気付けばそれを口にしていた。
「嫌になったりとか、距離を取りたいなとか、本音で話せないとか」
「穹さんに対してどう思っているのか、それを考えちゃったんだね」
質問に対して唐突な質問で返してしてしまったけれど、ルビィちゃんはその意図を即座に見抜いた。
これまでずっと人の気持ちばかり考えて、人目を気にしてきたルビィちゃんだからこその観察眼だ。
「私の答えは参考にならないと思うよ。だって、どんなに理由を並べても、最終的に家族だからって、その一言で片付いちゃうでしょ?」
「確かに。ルビィちゃんがその一言を言わなくても私がそう思っちゃうかも」
「だから行こう。その答えを見に」
「答え、分かるの?」
「きっと」
自転車から降りて、行こうと差し出された手を私は何かを考える前に取っていた。
「言葉にしなきゃ分からないこともある」
「けど、百聞は一見にしかず、ともいうずら」
善子ちゃんと花丸ちゃんの背中を追い、ルビィちゃんに手を引かれて私は砂浜へと戻る。
驚いたことに、私は一晩もの時間を明かしていたようで、すでに空が白みはじめていた。
私達が砂浜に着いた頃、いつの間に来たのか、梨子先輩と曜先輩もまた砂浜足を運んで千歌先輩を見守っていた。
千歌先輩は相変わらずムキになったようにチャレンジと失敗を繰り返していた。砂に塗れ、擦り傷を作り、それでもなお必死に、そして懸命に。
それは私が何かを上達しようと練習に取り組んでいる姿勢とは真反対のもの。
私は伸びしろがあると思ったものしか伸ばそうとしないけれど、千歌先輩は0だったものを1にしようとしている。
果南さんの言葉を鑑みるに、千歌先輩はこれまでは結局0のまま終わってしまっていたようだけれど、今は確実に1に近づいている。そんな様子が垣間見られた。
「あーもう!」
何度目かの失敗の直後、砂浜に横になり、天を仰ぐ千歌先輩は自分自身へのもどかしさに声を上げる。その声は誰に当てたものでもなく、ただただ見上げた空に吸い込まれていくけれど、確かに私の、いや私達の耳に届いた。そしてそれは私の心に問い掛けた。
私自身が何かが出来ないことに対しこれ程までに悔しいと感じたことはあるか、と?
「何で?私まだ、何にもしてないのに。まだ、何も返せてないのに!」
思わず漏れる千歌先輩の嘆き。それは弱気とも取れるけれど、それだけ取り組んでいることに本気だからこそのものだ。
砂にまみれ、傷を作るその姿は見る人が見れば無様なのだろう。けれど私はその姿にこそ、私に無いものを見た。それを表すのに相応しい言葉は一つしか心当たりがない。
「びー、どっかーん、普通怪獣ヨーソローだぞー」
「ずびびびびびー、がっしゃーん、普通怪獣りこっぴーもいるぞー」
突然戯けたように、幼児のように怪獣の小芝居をする曜先輩と梨子先輩の様子に、千歌先輩は体を起こして怪訝な顔で振り向いた。
普通じゃない人が何を普通怪獣なんて言っているのだと。
「ねえ、千歌ちゃん」
「まだ自分のこと普通だと思ってる?」
けれど、そう思ったことはそのまんま二人の思っていること。いや、みんなが思っていることだ。
「普通怪獣ちかちーで、リーダーなのにみんなに助けられて、ここまで来たのに自分は何も出来てないって、違う?」
「だってそうでしょ?」
それを千歌先輩に納得させられるのは、千歌先輩のことを信じ続けた人にしか出来ない。
「千歌ちゃん。今こうしていられるのは誰のおかげ?」
「それは学校のみんなでしょ?町の人達に曜ちゃん、梨子ちゃん、それから」
千歌先輩はけれど、やっぱり自分のことを普通だと思っていて、問い掛けでは思い至ることが出来ない。だから曜先輩は優しく諭す。握った拳を解きほぐすように。
「一番大切な人を忘れていませんか?」
「なに?」
「今のAqoursが出来たのは誰のおかげ?最初にやろうって言ったのは誰?」
「それは」
ただの始まりの切っ掛けならばそれは特別ではない。そう千歌先輩は思っているのかもしれない。けれど、本当にそうなのか?始まりの切っ掛けこそが、心に火を付けたその瞬間こそが特別なのではないか?
「千歌ちゃんが居たから私はスクールアイドルをはじめた」
「私もそう。みんなだってそう。」
「他の誰でも今のAqoursは作れなかった。千歌ちゃんがいたから今のAqoursがあるんだよ。その事は忘れないで」
いつか千歌先輩がスクールアイドルをやろうと決めたその瞬間。それはきっとスクールアイドル高海千歌の今を形作っている特別。千歌先輩にとってμ’sがその特別なのならば、Aqoursのみんなにとっての特別こそが千歌先輩なのだ。
誰かにとっての特別な存在が普通であるなんて筈が無い。
「自分の事を普通だって思ってる人が諦めずに挑み続ける。それが出来るって凄いことよ。凄い勇気が必要だと思う」
「そんな千歌ちゃんだからみんな頑張ろうって思える。Aqoursをやってみようって思えたんだよ」
「恩返しなんて思わないで。みんなワクワクしてるんだよ。千歌ちゃんと一緒に自分達だけ輝きを見付けられるのを」
その特別な存在は自覚はなかったのかもしれないけれど、ずっと普通ではない人達に並び立とうと足掻き続けることのできる、輝こうとすることを諦めない人だった。だからこそ、普通ではない人とずっと一緒に居られたのだ。
「みんな」
曜先輩、梨子先輩をはじめルビィちゃん、花丸ちゃん、善子ちゃんもまた同意だと頷く。
そして、訪れた3年生の三人も話を聴いていたのだろう。言葉にこそ出さないけれど、その目が物語っていた。
「千歌。時間だよ」
千歌先輩の正面に仁王立ちする果南先輩は全幅の信頼を乗せた言葉で刻限だと告げる。
下ろしていた腰を上げる千歌先輩からは先までの気負いは消えていて、けれど、力が漲っているのがよく分かった。
そして千歌先輩は一歩を踏み出しーーーーーー
ステージに立つ彼女達はこれまでのAqoursとは違う姿を見せていた。
スタイリッシュに見えるようにへそを出すように絞られた黒いTシャツ。可愛らしさを演出するのは羽織られた短い上着とスパッツに装着されたフリフリ。白とピンク色のそれは跳ねれば揺れて素材の滑らかさが弾く光をキラキラと輝かせるだろう。
そして一見するとブーツのようにも見えるのはレッグカバー。それは動きやすさを損なわないようにする地味ながらも優良なアイデアだった。
小気味良いギターとドラム音に招かれ、吹き出す煙の中から現れたAqoursはそんな衣装に身を包んでステージを跳ね回った。
やろうとする自分と、心の声。そんな歌詞の掛け合いとともに前へ、前へと足を進ませる力がこの曲を応援歌たらしめている。
“悔しくて じっとしてられない”
それはみんなが抱いていた気持ち。そして多くの人が持つ気持ちだ。
サビ前のそのパートで千歌先輩以外の八人が頭~足の順に地面を舐めるように伏す技“ドルフィン”を千歌先輩の歩みに合わせて波を作ると、千歌先輩はソロパートを歌い、練習していた大技、後方着地側転からの後方倒立回転跳び、つまりロンダートからのバク転を決めた。その様は波間から海面に飛び出すイルカの様だった。
今朝、千歌先輩はみんなの前で習得したそれは3年生から受け継いだ絆。Aqoursという名前と共に今に届いた波紋、みんなと共に完成させたAqours WAVEだ。
“できるかな?”
そんなAqoursの問い掛けに、この会場に集ったみんなはその通りだと“Hi”と肯定する。
“信じようよ”
その言葉はいつか輝けると信じ続けて壁を乗り越えた千歌先輩だからこその言葉だ。
客席から見る私達は“YEAH!”とそのMIRACLE WAVEを称えたのだった。