ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~ 作:マーケン
千歌先輩の練習は難航を極めた。当然だ。人によっては何かしらの分野において早熟な人も中にはいる。ちょっと練習をしただけでコツを掴んでしまう人もいる。けれど、そういう器用さがないからこそ千歌先輩はこれまでスクールアイドル以外に夢中になれるものが無かったのだと思う。
そんな人が壁にぶち当たっている様を見ると、無闇矢鱈に応援することも出来なかった。
「やっぱりこうなるか」
全体練習の後、日も暮れそうな空の下、自宅前の浜辺で個人練習に勤しむ千歌先輩を果南さんは物陰からそっと見守りながらそう呟いた。
今日たまたま早めに帰ろうとしたからこそ自販機の影に身を潜めた果南さんに気付いたけれど、このフォーメーションをやることになってから、きっと果南さんはこれまでずっとそうしていたのだろう。
嘗て自分がやるはずだったフォーメーション。それを千歌先輩に引き継ぐことにどんな想いを抱いているのか、私には想像も出来ない。そして、それを聴くほど私も野暮ではないつもりだ。
「ああ、今の惜しい」
「うん。千歌はよく頑張ってる。何をやっても長続きしなかった。いや、続けられなかった千歌がホント・・・よく頑張ってるんだ」
思えば幼馴染みというポジションとして同学年ということもあり曜先輩が目立つけれど、果南さんもまた千歌先輩の幼馴染みなのだ。その言葉にはずっと見てきたからこその実感が篭もっていた。
「そういえば、千歌って昔は結構臆病なところがあったんだよ」
苦笑いしながら果南さんは言う。
結構人見知りして、いつも果南さんの背中を追い掛けていた女の子。それが幼少期の千歌先輩だったのだという。
けれど、何時しか物怖じしない、今の千歌先輩になっていたらしい。どうしてそうなったのかは果南さんも心当たりが無いみたいだけれど、きっと果南さんに影響されたのではないかと思う。
「そうそう、何時だったか千歌、海に入るのが怖いって、あの桟橋の上でしゃがみ込んだことがあってさ。信じられないでしょ?今は自分から飛び込んじゃうくらいなのに」
昔語りする果南さんは練習を続ける千歌先輩から目を逸らすことなく苦笑いしていた。
本当に果南さんが語るようなか弱い女の子から随分と変わったものだ。そりゃ苦笑いもしたくなる。
「でも、その分色んな事に手を出して失敗して、平気なフリをして、また新しいことに挑戦して、失敗して。その繰り返し」
果南さんの千歌先輩像とは何なのか、それが分かった気がする。
挑戦と失敗。届くことの無い成功に手を伸ばし続ける永遠の挑戦者。おそらくはそんな人物像なのだろう。
心配、諦念、悲哀、そんな感情が入り交じると同時に淡い希望を信じたい。そんな気持ちで果南さんもまた千歌先輩にどう声を掛けて良いのか分からない。だからなんとなく私に話をしてしまったのだろう。
「千歌先輩がスクールアイドルをやっているのは、これまでの繰り返しと同じだと思います?」
「どうだろう?ことが大きくなりすぎてもう分からない。ねえ?逆に聴くけど、私達、ラブライブで勝てると、学校を救えると思う?」
気付けばそう、ラブライブで勝つことと学校を救うことは同義になっていた。それしか選択肢が無いのだから仕方ないとは言え、その在り方は一スクールアイドルとしての在り方としては異質だ。そして、それがより成功という結果を困難なものにしているのは否めない。
「わかりませんよ。わかりません。千歌先輩だってそんなの分からないって分かっててやってる筈です。ねえ果南さん。もし今練習しているのが例えばルビィちゃんなら、こんな風に影からこそこそと見守ります?失敗するのではないかって疑います?」
先のことなんて誰にも分からない。それは千歌先輩だって果南さんだって、みんな同じだ。
「それは・・・」
どうなのだろうか、と果南さんは言葉を続けられなかった。気付いたのだろう、千歌先輩だからこそ果南さんは気にし“過ぎてる”ということに。
「果南さん。言い方悪いですけど、千歌先輩のこと、見くびってません?」
千歌先輩との付き合いはそう長くは無い。けれど、これまで見てきた千歌先輩は、果南さんが思っている千歌先輩像とは逆の千歌先輩像を私の中に造るだけのことをしていた。
「できるかな?そう問われたらどう返すのか?果南さんはどう返すのです?」
お互いに掛けている色眼鏡は違うけれど、だからこそ視点が増えれば見えるものだって変わるのだ。
果南さんはその気付きがあったからなのか、それとも期限を既に決めていたからなのかは分からないけれど、物陰に隠れるのを止め砂浜へと歩みを進めた。
「千歌」
大技を失敗して天を仰ぎ見る千歌先輩に向け、果南さんは伝える。
「約束して。明日の朝までに出来なかったら、諦めるって」
それは聴くものが聴けば心ない最後通告。けれど、私は知っている。以前、曜先輩が言っていた。千歌先輩は止めるかと問われれば絶対に止めないと、力を発揮するのだと。
知っているからこそ、信じているからこそ言えること。穹との関係において、私が持ち合わせていなかったことだ。
私は物陰に隠れたまま、二人の前に顔を出すことなく帰ることにした。
二人のこの関係性がとても羨ましくて、嫉妬しそうだったから。