ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~   作:マーケン

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第百二十八話

 果南さんから、いや、旧Aqoursの三人から伝えられたフォーメーション“Aqours Wave”の練習は、その当日から始まった。

 これは個人のスキルと全体の動きが連動する高度なフォーメーションで、最初は全体の動きを合わせる以前に自分のスキルを磨く必要があった。

 基礎トレを終え、早速体育館に行った私達は分厚いマットを用意しながら各々頭の中で動きを想像していた。

 

「ちなみに星ちゃんは?」

 

「できませんよ。体操選手じゃありませんし」

 

「だよね」

 

 ちょっと不安そうに笑う千歌先輩は今回の目玉だ。

 チア的な連動した動きの中でサビ前の大一番を飾る千歌先輩の大技があってこそのフォーメーション。けれど、その大技こそが最難関で素人がおいそれと手を出して良い分野から一歩外に出ている。果南さんの懸念するように下手をすれば怪我たってする。

 

「ただ、出来るようになる練習の仕方は聴いたことあります」

 

「どうやるの?」

 

「恐怖心から来る体の硬直を無くす練習からするみたいです」

 

 怪我をする可能性のある動きをいきなりやれと言われて出来る奴は頭がおかしい。だから、どんな分野でも動き以前の心構えの練習から始まる。

 スキージャンプの選手が小さなコブ山から跳ぶのを始めたり、高飛び込みの選手が競泳と同じ様な普通の高さからの飛び込みから練習を始めたりするように、まずは心と体を馴れさせるのだ。

 

「今回の千歌先輩の場合はベッドに背中からダイブするような、そんな練習からですね」

 

「背中から・・・」

 

「そうです。無理して回ろうとせずにまず跳ぶことそのものを覚えるんです」

 

 他にも側転の入りに捻りを入れるところから初めて徐々にシフトする、という練習方法もあるみたいだが、そちらは変なクセが付きやすいようだ。

 

「さて、準備完了」

 

 どうぞ、とみんなが見据える中、千歌先輩はーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ざっぱーん、ともう何度目になるか分からない水の音を聴きながら私はスマホの録画を止める。

 学校での練習を終え、千歌先輩が思い詰めた顔をしていたことから私や曜先輩、梨子先輩が千歌先輩と一緒に帰って見れば案の定、千歌先輩は自宅に帰ると40秒で水着に着替えて浜辺に出てきた。

 

「海だったらもっと上手く飛び込めるかも」

 

 そう言って茜から紫に変色し始めた海に背面から飛び込むのを何往復もしだしたのだ。

 別に今日、明日が本番という訳では無いのだけれど、千歌先輩は取り憑かれたようにひたすら練習をする。

 その様を見て、きっと旧Aqours時代の鞠莉さんも同じようにハードな練習をしていたのではないかと、ふと思った。

 

「無理しそうなら私達で止めよう」

 

 曜先輩がそう言うように梨子先輩も私も、無理だけはさせまいと決めたけれど、練習そのものを止めようとは思わなかった。

 

「曜先輩はーーーー」

 

「やらないよ。きっと果南ちゃんも。これは千歌ちゃんじゃなきゃ本当の意味で完成しないと思うから」

 

 運動能力で言えば曜先輩か果南さんが行うべき大技。多分二人なら容易でないにせよ練習をすれば出来るようになるだろう。けれど、それでは意味がないのだ、きっと。

 自称“普通怪獣”の千歌先輩がやるからこそ、ただの片田舎のスクールアイドルから脱却するのだ。何より今のAqoursを形作る物語は全てとは言わないけれど千歌先輩あってのものだ。だからこそ千歌先輩がセンターとして、みんなを輝かせることでAqoursらしさを獲得できる。それが私達の共通認識だ。

 ただ一つ、私は懸念していることがあった。それは千歌先輩がその事に無自覚であるかもしれないということだ。

 

「今のどうだった?」

 

 息を整えながら、手でずぶ濡れの体から水滴を払い、千歌先輩が駆け寄ってくる。

 私は録画したばかりの映像を再生して千歌先輩に見せる。

 

「あまり変わってなさそうかな?」

 

「でも、思い切りは良くなってそうですよ?」

 

 最初学校でマットに飛び込む練習をしていた時は飛び込むどころかへっぴり腰になりすぎて後転していた。今ではへっぴり腰ながらも後ろに倒れることは出来ている。

 

「やっぱり私、まだ跳べてないんだ」

 

「はい。でも今は意識改革の作業を始めたばかりですからこんなもんかと」

 

 私の言葉に頷きながらも釈然としない顔をする千歌先輩は、だが、もう間もなく完全に日が暮れてしまうと気付き慌てた様子で手をパンと合わせた。

 

「ごめん!付き合わせちゃった」

 

「そろそろお開きですね」

 

「勝手知ったる海の浅瀬と言っても真っ暗な夜は流石に危ないしね」

 

「じゃあ千歌ちゃん。また明日」

 

 じゃ、と曜先輩はそれとなく私の腕を引き、私達二人は連れだって砂浜を後にした。

 

「これ以上長居したら千歌ちゃんに余計なこと考えさせちゃうからね」

 

 曜先輩の家は千歌先輩の家からそれなりに遠くにある。バスの無いこの時間帯になると徒歩での帰宅を余儀なくされるため、長居したらそれこそ千歌先輩の家の人に車を出して貰うとか、そんな結末になるだろう。

 

「ダイヤさんからフォーメーションの話が合ったとき、星ちゃん賛成してくれたじゃん?」

 

「はい。流石にここまでのことを要求されるとは思ってもいなかったですが」

 

「そうだね。でもね、その時思ったんだ。千歌ちゃんに乗り越えて貰わないとって。漠然とだけどね」

 

「そうですね。やっぱり曜先輩にとっても」

 

「うん。Aqoursは千歌ちゃんが居ないとね」

 

 幼馴染みとして千歌先輩の一番側に居た曜先輩にとってその存在は大きいのだろう。

 

「見守るしかないってのはもどかしいですね」

 

「そうだね。でもね、誰かと何かするってことってこういうことなんじゃないかな」

 

 千歌先輩が挫けそうになったら励ます。間違えそうになったら道を正す。無茶しそうなら止める。それを出来るのは一緒に同じ道を探す仲間だけなのだ。曜先輩はただの幼馴染みというだけではなく、千歌先輩と同じ道を探す仲間であるということが嬉しいのだと言っている気がした。

 私が穹と組んでいた頃、私は穹をどういう風に思っていたか、ふと自問した。

 同じ道を探す仲間であった。そんな時期は確実にあった。けれど、私が引っ越しを隠すようになってから、私が探していた道は方向性を変えてしまったのかもしれない。

 

「そうですね。一緒に同じ景色を見たいって、そういうの大切ですよね」

 

 それが出来たとき、本当の意味で私は穹と同じユニットとして立てるのだろう。

 

「そうだ。折角だし」

 

「リクエストあります?」

 

「いいの?なんか独り占めなんて凄いVIPじゃん」

 

 私はポケットからハーモニカを取り出した。夜ではあるけれど、海岸線だ。それ程民家は多くないから音はそれほど気にしなくていいだろう。

 

「じゃあSunSet Swishのモザイクカケラで」

 

「染みますね。了解」

 

 コードギアスのタイアップとして使われたこの曲は苦しいくらいの高音が詞と相俟ってせつなさを呼び起こす。積み重ねたものを振り返る曲だ。

 今のAqours、そして私。積み重ねられるほど既に密度濃く時間を過ごしていることに曲と共に浮かぶ思い出で改めて気付かされる。

 私達が歩んできたこれまでから、これからどんな絵が出来上がるのだろうか?私達は二人でそんな事を考えながら海岸線を歩き続けた。

 

 


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