ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~ 作:マーケン
唐突の別れは心にシコリが残るものだ。そんなのは分かってはいたけれど、こう目の前でそれを見ると私は自分の行ったことが穹にどれだけ衝撃を与えたのかと改めて考えさせられる。
「ライラプス~」
「ノクターンよ」
「いや、アンコだって」
こないだの老人達で梨子先輩達が闖入した際の零れ話だ。
どうも老人達の出席者の中に犬の飼い主の親類であるおじいさんがいたことで、ライラプス・ノクターンあらためアンコが無事に飼い主の元に帰ることになった。
飼い主は幼稚園児くらいの女の子で凄く喜んでいたからきっとこれからもアンコを大切にし、一緒に育っていくのだろう。
引き渡しも済んで、私達は市内のコンビニの軒下でアイスを頬張っているのだが、どうにもアンニュイ感覚が抜けない二人は先程から溜息ばかり吐いている。
「なんでそんなに入れ込んでるの?」
「なんでって・・・」
梨子先輩は言葉を切り、己の掌を見詰める。
そこはアンコを返す時にお別れの挨拶だと言うようにアンコが舐めた所だ。
「私が犬苦手なのは知ってるでしょ」
それはもう、千歌先輩の家に行くたびに飼い犬から距離を取っていたくらいだからみんな周知の事実だ。何を今更とも思ったけど、梨子先輩は構わず話を続けた。
「それって何にも根拠が無くて、気付いたら苦手だったんだ。小っちゃい時に噛まれたわけでも無いし、アレルギーがあるわけでも無い。ホント不思議なんだけど、気付いたら怖くなってた」
梨子先輩の食わず嫌いは私にも覚えがある。
やってもいないのに苦手だと思い込んでいたこと。文字通りだが、食べたことも無いのに嫌いだと意識していたことはきっと誰にだってあって、その始まりを理解することは当人ですら出来ないことなのだろう。
「犬が苦手だって生きていけるし、特別苦手意識を消す必要はないんだって、そう思ってた。でも、知らないことを知ること。それで景色は凄く広がって遠くまで見通せる。そんな風に思えるようになって、苦手意識を改善しようと思えるようになったの」
ピアノ以外に目を向けなかった頃と今、梨子先輩は沼津に来て明らかに意識が、気の持ちようが変わったという。
「そんな時に急に犬を預かれなんてくるんだもんびっくりしちゃったよ」
「運命よ。そう、運命」
梨子先輩に善子ちゃんは芝居がかった口調で相槌を打ち、だけど自分自身に言い聞かせるかのように言葉を続ける。
「知ってるでしょ、私に運が無いこと」
クジを引けばハズレ、ジャンケンをすれば負け、サイコロを振れば狙いは出ず、ソシャゲのガチャではピックアップですら外す。
ゲーム“ダンガンロンパ”的な表現をするならば超高校級の不運というのが善子ちゃんだ。
「いつもの不運の中に出逢ったのがライラプス」
アンコだって、と内心で思いながらも口に出すのを堪えて私は善子ちゃんの話に耳を傾けた。
「出逢いってそれそのものは運とか不運とかとは関係がないでしょ?その出逢った結果、その先に待つことは自分達次第で、良縁にも悪縁にもなる。だから出逢ったことは運、不運じゃなくて運命なの」
善子ちゃんの話は難しい。それというのも彼女は頭が良く、そして独自の世界観があるため言語化しても正確にはこちらに伝わらない。また、全部が全部言語化される訳では無いから余計に伝わらないのだ。そんな彼女の言動は聴く人が聴けば厨二と揶揄されるだろう。けど、それは伝えての伝達不足と受け手の理解不足によるすれ違いなのだと思う。
だから善子ちゃんの言う出逢いとは即ち運命であるということについて良く考えなければならない。
「出逢いにどんな意味があるか?それを決めるのは自分ってこと?」
「運は自分ではどうにも出来ない概念。逆に言えば自分でどうにか出来ることは運ではない」
分かったような、分からないような、だ。
「とにかく、少なくとも私はライラプスとの出逢いを運命と感じたの」
「出逢いは運・不運とは関係が無い、か」
梨子先輩は相変わらずじっと掌を見詰めてそう呟いた。
「そうなのかもね」
梨子先輩も善子ちゃんも、そして私も多分思い当たる節がある。それは浦女に入ってからの出逢いのことだ。
特に私なんかは劇的な出逢いなんてのは無かった。だけど、大きく私を揺るがすような出来事に繫がった。出逢えて良かった、と思えた。
「だから梨子、確かめに行くわよ」
「え?」
「運命を感じる、いや感じたいと思う気持ちがあるなら確かめないと」
そう言って善子ちゃんは咥えていたアイスクリームの棒(当然ながらハズレ)をゴミ箱に捨てて、スマホを取り出すとアンコの飼い主の住所から地図を検索し、自宅を割り出した。
「ここからそんなに離れていないわ」
「どうするつもり?」
「また運命があるなら、ライラプスは呼び掛けに応じる」
「連れ出すの?」
その質問に善子ちゃんは不敵に笑うだけで返事をしなかった。
「気が向いたら来ることをこの堕天使ヨハネが許そう」
そう言って善子ちゃんは颯爽とアンコの家を目指し立ち去った。
「ちょっと私も行ってくる。善子ちゃん一人じゃ心配だし」
「お目付役ですね。どうぞー」
行ってらっしゃーい、とヒラヒラと手を振り私もまた咥えていたアイスクリームの棒を口から出した。
その棒には見事に“アタリ”と印字されていて、何だか自分か良い行いをしたかのようなそんな感覚になった。
「お兄さん、アタリ出たんでもう一本ください」
唾液に濡れた棒を人に渡すのはちょっと躊躇われたけれど、JKの採れたての唾液だ。寧ろご褒美だろうと敢えて羞恥心を無視し、もう一本アイスクリームを貰った。
そんな不謹慎なことを考えたからだろう。もう一本は見事に外れた。