ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~ 作:マーケン
高校一年生の私が子供の頃、なんて言うのも可笑しいかもしれないけれど、沢山の園児の姿を見て私は自分が子供だった頃のことを思い出した。いや、思い出そうとした。
そう、案外思い出せないのだ。思い出せるのは漠然と楽しかったという気持ち、そして私にとっての転機となった出来事などだ。
きっとその当時は今起きている出来事を忘れることなど有り得ないと思っていただろう。けれど、蓋を開けてみればこの通り。
これは何も私が薄情であることとは関係がない。みんな誰しもがそうなのだ。
例えば親であったり、教員に昔のことを聴いても具体的なこととなると忘れてしまったと口にするのを一度や二度聴いたことがあるだろう。些か早い気もするけれど私もその例に漏れないということだ。
で、何が言いたいかというと、つまりは今日来た園児にとって今日のことが忘れられない一日になると良い、そう思ったのだ。
「うちっちーだ!」
「うちっちー!!」
「うっちー!」
三津シーに入場して目敏くも曜先輩扮するうちっちーを見付けた園児が、囲い猟でもするようにうちっちーに群がってじゃれつく。園児の中にはどうにかファスナーを見付けようとしたり、パンチをかます者も居て曜先輩は大変そうだ。
自分が子供の頃のことを鑑みても子供とは案外現実を知っている。着ぐるみの中に人がいることは知っているし、他に例を挙げるならばサンタクロースが各家庭にプレゼントを配って回っている筈が無いとも知っている。何故か親になるとそれを忘れてしまうそうで子供を茶番に巻き込もうとするのは不思議なことだ。
また、子供は無邪気であるけれど人間で、故にやることは得てして碌でもない。
今うちっちーに対して行っている様に、知的好奇心を満たそうとファスナーを探すし、自分の力を振るいたいからパンチをかます。
「こらー!うちっちーを虐めない!ほら、うちっちーが泣いちゃうよ?」
私が大袈裟に言うと、曜先輩が機転を利かせて短い手で顔を多くような仕草をする。すると、元気良く「はーい」と手を挙げてじゃれつくのをやめた。
「はい、みんな良い子だね。先生の言うこと、ちゃーんと聴いて今日は楽しんでね」
どうぞ、と追い掛けてきた先生にバトンを渡した。先生からアイコンタクトで感謝されてしまった。
「はい。じゃあ、先ずはあっちのエリアに向かうよ。全速前進~」
「「「ヨーソロー!!」」」
「!?」
その号令をして先生が園児達を先導してペンギンのエリアに向かう。その際に先生がうちっちーに対し敬礼のポーズをしていたのだから驚いた。
「な、何今の!?」
「地味に知名度上がってるみたいですね」
善子ちゃんが驚きに目を見開いているけれど、まさかAqours人気がこんな風に地域に広がっているとは思っても居なかったのだろう。けれど、“夢で夜空を照らしたい”、のPV撮影の時や幼稚園でのパフォーマンス、花火大会の時など地域の人と絡むことは多々あった。それを切っ掛けとして情報を追い掛けてくれている人も居るのだろう。
「それにしてもアンタよく場を纏めたわね」
「ああ、本気で怒ると萎縮しちゃうし、かといって放置もできないでしょ?だからああいう時は芝居がかってるのがいいんだよ。そういう習性だから」
子供とはあれで空気を読む術に長けている。何をすると怒られ、何をすると褒められるのか観察しているのだ。そして自身で観察して得た感触を正しいものと認識する。それを利用し、これ以上すると本気で怒ると合図を出してやればいいのだ。もちろん、それが通じない子もいるけれど、半数の子が空気を察して大人しく言うことを聴く方向性を示せば、少数の子は後は巻かれるだけだ。
「習性って動物じゃないんだから」
「いやいや、人間は動物でしょ?万物の霊長なんてお為ごかしを使ってるけどさ」
生まれたときから年老いて死ぬその時まで人はDNAに刻まれた習性や欲に縛られる。理性という枷も存在するけれど、人はその脳の構造から、解釈という武器を編み出し、理性をねじ伏せることを可能にした。人は今、野生と理性を双方支配するに至った獣、いや魔物だと言っても良いかもしれない。
「そう考えると私達って案外リトルデーモンなのかもね」
「なんかよく分からないけど、ちょっと同意しかねるわ」
なんて話しているけれど、私は別に人間が嫌いな訳では無い。ただそういうものであると思っているだけだ。だからこそ、自分に親しい人のことをがっかりせずにいられるし、逆に好意的に思えるのだ。中にはこういう人も居るのだ、と。
「ま、星らしいと言えばそうなのかな」
「ドライってこと?」
「それだと淡泊だから、ドライフルーツってところかしら」
「何それ」
また新しい表現が生まれた。
らしさを語るならば善子ちゃんの発想力の方がよっぽど善子ちゃんらしい。
「二人とも、喋ってないで手を動かして」
「すみません」
園児達が立ち去り、周囲から私達以外の人気が消えると、曜先輩は小声で注意を促した。
確かに些か喋り過ぎたと素直に謝罪し、私達は屋外から屋内のエリアへと移動した。
しかし、“らしさ”を人から語られるとは私は今、私らしくあるのだろう。自分ではその実感は中々湧かないものだけど、時にはそういう指摘を受けることは自分をチューニングする上で大切だ。
自分“らしさ”を知ってくれている、認めてくれている存在があってこその自分とも言えるのだ。
「あれ、ダイヤさんだ」
「どうしたんだろう?ダイヤさーん」
売店のキッチンにいると思っていたけれど、何かあったのだろうか?手持ち無沙汰な様子で所在なさそうなダイヤさんがお土産コーナーにいた。
「どうかされましたか?」
「それはこっちの台詞ですよ。キッチンはどうしたんです?」
「お昼までは暫くキッチンは暇で。順番にフロアを見てるんです。お三方はどうしたのですか?」
「遊撃かな。今日は小さい子が多いみたいだから園内を周った方がいいと思って」
お土産コーナーにはまだ人は居らず、それを確認した曜先輩はうちっちーの着ぐるみの頭を外してそう説明した。
「ダイヤさんちょっと元気なさそうでしたけど、何かありました?」
そしてズバリダイヤさんにダイレクトに問い掛けた。
「そ、そんなことありませんわ。今日もお仕事頑張りますわよ。よ、曜ちゃん」
「ーーーーーー」
そそくさとの場を離れるダイヤさんと顔を見合わせる私達。
「今のは?」
「曜“ちゃん”ですって?」
「これは一体何を意味するのか?」
ダイヤさんは普段、親しい間柄の人でも“さん”付けで呼ぶ。けれど今は確かに“ちゃん”だった。
「なんか、らしくないねダイヤさん」
少しだけ感じていた違和感が明確になり、曜先輩と善子ちゃんは口々に“らしくない”と言う。
「でも本当にらしくないの?」
「らしくないわよ。ダイヤさんはいつも真面目で、ちょっとへっぽこで、妹にゾッコンで」
「スクールアイドルが大好きで、多分私達のことも信頼してくれて」
「馬鹿丁寧が体に染み付いたみんなのお姉ちゃんみたいな感じ?」
「それよ」
「みんなのこと、一人の人間として良く見てるし、だからみんなのこと“さん”を付けてるんだろうなって思って」
そう、ダイヤさんは偶に抜けてるところがあるけれど、基本頼りになるお姉ちゃんなのだ。
ダイヤさんから言葉を掛けられる時に“さん”を付けで呼ばれる事が、一人の自立した人間として認められているような気がして心地良いのだ。
幼馴染みの二人は別にして、だからそう呼ばれるみんなもダイヤさんのことを信頼と親しみを込めて“さん”を付けて呼ぶ。
「それ、多分ダイヤさんが欲しい言葉なんじゃないかな?」
「ダイヤさんが?」
「最近ちょっと様子おかしかったでしょ?みんなとの距離感に迷いがあったんじゃないかなって」
「まったく、ホント自分のことは不器用なんだから」
それさえも分かっているのならば後はそれを本人に気付かせるだけの話。だけど、改めて面と向かって話があります、なんて変だしどうしたものだろう?
曜先輩も善子ちゃんも自然とその結論に至ったようで考えを巡らせているけれど、妙案は浮かばない。
午前の時間をそのまま何の案も出ないまま過ごし、ダイヤさんが離れた隙にみんなで認識を共有したけれど、結局好期はすぐには訪れなかった。
「千歌先輩。らしさってなんだと思います?」
「んー・・・積み重ねたものとか、咄嗟に出るもの、とかかな」
「なら、自分が思うらしさと他人が思うらしさってどっちが本物ですか?」
「どっちもでしょ?だって自分には見えないものが誰だってあって、それは他人にしか分からないんだから」
お昼休憩の時に千歌先輩に問い掛けた。それに対しあっけらかんと、何を当たり前のことをとでも言いたそうに千歌先輩は答えた。
正解かどうかは置いておいて、一理あるのは間違いない。
なら、私はみんなから見てどう思われているのだろう、と考えかけたけれどその答えは感覚的には知っていて、一々理屈をこねるようなものでは無いと思った。人間関係の一つ一つに一々考察していたらキリが無い。けれど、ダイヤさんはそれを考えてドツボにハマってしまったのだから人間関係とは奥が深い。
「そう言えばあまりこういう風に聴いたこと無かったけど、穹ちゃんってどんな子なの?連絡先は交換したけど、まだ文章のやり取りしかしたことなくて」
「いつの間に!?」
「Saint Snowさんとはけっこうテレビ電話とかしたりするんだけどね」
「それもいつの間に!?」
「気付いたら、かな」
千歌先輩のコミュニケーション能力の高さには脱帽だ。
しかし穹、か。
「例えるなら穹はチャレンジャーですね。貪欲で見境なくて、腰が軽くて、満足しない奴ですね。そのクセ器用だから質が悪い」
「褒めてるのか貶してるのか分からないね」
言っていてなんだか私もそう思う。けど、私から見た穹とはそんなものだ。
「ま、今度話してみたら少しは分かるかな」
「百聞は一見にしかずですしね」
「なんかさ、普段考えないけど、改めて友達のことを考えてみるのって楽しいね」
「ーーーーーー」
「だってそうでしょ?この人のこと、私ってこんな風に思ってたんだって気付けるんだもん」
だから人を想うのは楽しい。千歌先輩はそう言い切った。
「千歌先輩はもしダイヤさんが“ちゃん”付けで呼んで欲しいって言ったらどうします?」
「本人がそうして欲しいっていうなら、そう呼ぶかもしれないけど、でも私は今のままダイヤ“さん”って呼びたいかな」
そんなやりとりをお昼にしたあと、仕事に戻ってからしばらくすると園児が方々に散開し、立ち入り禁止エリアにまで足を踏み入れた子が出るほど収集が着かない事態となっていた。
園児は騒ぐは、泣くは、ついでにルビィちゃんまで泣き出すのだから手に負えない。
もういっそのこと放っておこうかとも思ったけれど、水難事故になってからでは遅い。どうしたものかと途方に暮れた時、場を纏めたのはやはりダイヤさんだった。
「みんな集まれー」
ダイヤさんがイルカやアシカに合図を出すための笛を鳴らし、スタジアムに注目を集めると大仰な手招きで園児を一カ所に集めたのだ。
それを見て流石だなと舌を巻いた。私もうちっちー(曜先輩)が絡まれた時に似たようなことをしたけれど、ダイヤさんのように一気に園児を集め、その視線で園児の心を釘付けにはできない。
思えばダイヤさんのコーレスは「私の視線に釘付けの貴方が好きよ」で、彼女の視線は吸い込まれそうなほど力強く、魅力的だ。
「やっぱりダイヤさんはダイヤさんだよ」
事態が収拾した時に千歌先輩は全幅の信頼を寄せてそう呟いた。
そしてそれはみんなの総意でもあった。
ダイヤさんはダイヤさんだからこそ好きなのだ。そして、その好きの中にはダイヤ“ちゃん”と呼ばれたいなんて悶々とするダイヤさんも含まれるのだ。
「結局、私は私でしかないのですね」
今日の仕事が終わり、三津シーから出るダイヤさんの背中はどこか寂しい。
「それで良いと思います」
その寂しい背中を千歌先輩がみんなの言葉で包み込む。
ダイヤさんの良さは“ちゃんと”している所であると。ダイヤさんがダイヤさんらしいところ、そんなところが好きなのだと。だからこれからもダイヤさんで居て欲しいと。
「私はどっちでもいいのですわよ、別に」
みんなの気持ちを受けてハニカミながらそう強がるダイヤさんに私達は一言、これからもどうぞよろしくね、と気持ちを込めてこう送った。ダイヤちゃん、と。
ダイヤさんはスッキリしたように、それでいて儚げに微笑んだ。