ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~ 作:マーケン
幸運なことにみんな短期のバイトとして伊豆・三津シーパラダイス、通称三津シーに雇って貰えることとなり、私達は今日から数日、三津シーで行われるイベントの増員スタッフとして働くこたとなった。
やることは基本的に雑務だ。売店のレジや厨房、フロアの清掃に風船配りなど、普段は水族館スタッフが兼任しているものをイベントに伴い代行するのだ。
「とはいえ、来るのは幼稚園の団体だから売店とかはそんなに大変じゃなさそうだね」
「迷子とかでないといいけどね」
「ルビィちゃんも気を付けるんだよ」
「うゆ・・・って、私そんな子供じゃないんだけど」
「と、言っていますけどどうでしょうダイヤさん?」
「慣れ親しんだこの場所で迷子になる地元民はいないかと」
それもそうか、と納得しつつダイヤさんは今のところ平常運転であることに少しホッとした。
「私ここで一時期バイトしたことあったから分からないことあったら聴いてね」
更衣室で着替えながらそんなやりとりをしていた私達にうちっちーの着ぐるみを着た曜先輩がそう言った。というか、着ぐるみを着て話すのは御法度な様な気がする。
「割り振られたところに三人一組でやろっか」
そこで私は見てしまった。平常運転だった筈のダイヤさんの目つきがチャンスが来たとばかりに見開かれたのを。そして、半ば確信めいた予感がした。これはきっと空回ると。
人が何かを成し遂げる事において心の持ちようは大切だ。立ち向かう気概が無ければ始まらず、困難な壁にぶつかっても進むことを止めない気持ちが無ければ続けられず、絶対に事を成すという気合いが無ければ踏破できない。けれど、その過程において全て全力でなければならないかと言われれば違う。力の振り方はセクションで異なるのだ。
例えば継続が必要な場所でずっと全力を出していたら長持ちはしないだろう。私は今のダイヤさんが正にそういう感じなのではないかと思っている。
「そう言えば星ちゃんってバイト経験ってあるの?」
「中学生のころにちょっとしたお手伝いを。その報酬として善意でお金を頂いていただけです」
「いや、それバーーーー」
「お手伝いです。中学生がバイトなんて出来るわけないじゃないですか。アストルフォくんが男っていくらい有り得ないですって」
「いや、それ絶対男の娘でしょ」
梨子先輩のツッコミを受け流しつつも私は包んだオブラートを開くことは無かった。建前も時には重要だ。
「でも色々しましたね。穹の趣味に引き摺られて車の修理工場の雑用やったりもしましたよ」
穹が虎視眈々と自宅にあるバイクを狙っていた頃、バイク弄りをできるようにと地元の整備屋さんに乗り込んで無理矢理手伝いをし、お駄賃を頂くという穹特にしかならない行為に付き合わされたのだ。とは言え、整備屋さんももうお祖父ちゃんで半ば趣味でやっているようなものだったから、趣味を理解してくれる存在はありがたかったらしく、邪険にされることは無かった。因みに私はバイクよりもどちらかといえば車派だ。知識としてはアニメ化した“頭文字D”を見た程度にしかなかったけれど、機械弄りは見ていて面白かった。それに整備場は天井にクレーンが着いていたり、車を持ち上げるリフトがあったり、遊園地のアトラクションのようで楽しかった。
「みんなはバイトしたことは?」
「家は旅館だから手伝いはしてるけど、バイトって感じではないかな」
「家もダイビングショップあるし」
「ヨハネは生放送の広告代あるし」
「マルはないずら」
「私は株で稼いでるわ」
「ルビィはあまりお金使わないからやったことないかな」
「私は自分の使うお金は自分で稼げと教えられましたので短期とか派遣なら少々」
どちらかと言えばバイト経験者が少ないようだが、高校生くらいなら寧ろそれが普通だろう。
「じゃあダイヤさん、千歌ちゃん、花丸ちゃんは売店のキッチンで、梨子ちゃん、ルビィは水槽周りの清掃、私と善子ちゃんは風船配りね。果南ちゃん、鞠莉ちゃんは入場口の受付。星ちゃんは・・・適当で」
「はぶられた!?」
「それじゃLet's working!」
なんだか少し釈然としないけれど、私達は何故か体育会系のノリで円陣を組み、おーと気合いを入れた。因みに曜先輩の着ているうちっちーの着ぐるみのヒゲの部分はもふもふで気持ち良かった。
「さて、何処やろうかな」
各担当エリアに散開したところで、早速手持ち無沙汰になってしまった私は先ずは園内を把握しようと遊撃的に歩きながら風船を配る曜先輩達と合流した。このグループならば園内もそこそこ移動できるし、バイト経験のある曜先輩ならば聴けば解説もしてくれるだろうから。
「ここに来るのは初めて?」
「実はそうなんです。学校からならバスの道中にあるんですけどね」
「行かない人は案外そんなもんだよ?でも、私達はみんな幼稚園とか小学校の頃に学校行事で来るから覚えちゃうんだよね」
「ふ、地元愛とは正にこのこと」
「善子ちゃんは地元嫌ってなかったっけ?」
「ヨハネよ!それに嫌いって訳じゃ・・・」
「愛しさ余って憎さ100倍、みたいな」
善子ちゃんはやや恥ずかしそうな、それでいて認めたくなさそうに肯定した。
そう言えば私も埼玉に居た頃は地元の観光名所などプライベートでは足を運んだことはない。まあ、埼玉も一つの市がやたら広く、市内と言えども私の家からその観光名所まで車でも30分掛かる。当然、車など法的に運転出来ないから行こうと思うともっと掛かる訳だ。何が楽しくてそんな時間を掛けてまで原始人達の住んでいたような洞穴を見に行かなければならないのだと思っても仕方ないだろう。もっとも、私もまた地元民らしく学校のウォーキングイベントで足を運んだくらいだ。
「私からすると海がこんなに側にあるだけで不思議なんです」
「埼玉は海ないもんね」
「何処まで行っても陸続き。だからなんていうのかな?世界なんて自分の知ってることの延長線上にあるんだろうなって、そんな気がしてた。けど、ここには海があって、それって私からしたら異世界というか、私達から切り離された別物なんですよ。だから、その果てには何があるんだろうって突き付けられているような、そんな感覚なんだと思います」
「うん。つまりよく分からない?」
「まあ、それでいいですよ」
実際そんな根拠のない感覚的なものなのだ。けれど、そんな自分から切り離されているからこそ意識せざるを得ないものは誰にだってある筈だ。曜先輩ならきっと千歌先輩。善子ちゃんなら自分では左右する事の出来ない運なんかだろうか?
「流石は音楽やってただけあって詩的な感覚だね」
「活かせてるといいんですけどね」
ふと、ここ最近様子のおかしいダイヤさんのことが気になった。基本どんなときもしっかりしていて、理性的な物の見方をする彼女が意識せざるを得ない存在。それはこれまではきっと幼馴染みである鞠莉さんや果南さんだったのだろう。けれど、今はーーーー
「あれ?ちょっと今日、来る園児の数多くない?」
入場口を見て絶句する善子ちゃんの声に、私は余計に嫌な予感がするのであった。だってそうだろう?不運の堕天使様がここにおわすのだから。