ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~   作:マーケン

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第百十五話

 運良く伊豆・三津シーパラダイスでの短期のアルバイトの一斉応募があり、私達はそれにエントリーする運びとなったのだが、

 

「ど、どうしよう曜ちゃん!私学歴なんてないよ!?中卒だよ、中卒!?」

 

「え、ホントだ。千歌ちゃん、残念だけど千歌ちゃんは雇って貰えないかも」

 

「今時中卒を雇ってくれる会社なんてブラック企業くらいしかないずら」

 

「ブラック、即ち闇。私の居場所に相応しいのはそこね」

 

「ただでさえ危ない業態なのに善子ちゃんが入ったらすぐに潰れちゃうかも」

 

「入社当日に労基が入るとか?案外不運じゃないんじゃない、それ?」

 

「訪れたブラック企業に100%労基を入れる謎の女、なんて勧善懲悪もののドラマみたいだね」

 

 私達は今、スクールアイドル部の部室で机を囲み、履歴書と睨めっこしている。

 色々とツッコミどころがあるけれど、一々それにツッコんでいたら日が暮れてしまうほど履歴書の作成に手こずっていた。

 

「えっと、住所は・・・ああ、郵便番号なんだっけかな!?」

 

 私としては学歴だとか自己PRなんかは文字を綺麗に書く以外にさして苦労もなく書けたのだけれど、住所で戸惑ってしまった。こっちに引っ越してから未だに住所に自信がない。特に郵便番号なんかは普段全く使わないため中々覚えられない。

 そういえばと思い、同じく引っ越してきた梨子先輩の履歴書を覗き込むと、しっかりと綺麗に住所も郵便番号も書かれていた。しかし、それ以上に目を引く項目があった。

 

「梨子先輩はしっかり覚えてるんですね。って、何です?趣味にピアノと、絵・・・絵?、絵?糸と会うじゃなくて?」

 

「趣味が糸と会うって何!?そんなに驚かれても困るんだけど」

 

「いや、だって・・・ルビィちゃん」

 

「ピギィ!?な、なんで私に振るの!?」

 

 ルビィちゃんの動揺は致し方ないだろう。私は忘れない。以前衣装案をAqoursメンバーが出し合っていた時のことを。

 一人ずつ全身のラフ画を絵で描いていたのだが、梨子先輩のはそう、エジプト壁画だった。これはお世辞で言ってだ。

 その時は本当に酷かった。衣装案などそっちのけで審議となった。

 聴くところによると入学初日の梨子先輩の自己紹介では音ノ木坂では美術部だったなんて話だったらしく、絵を切っ掛けにその設定に物言いが入ったのだ。

 始まったAqours裁判で被告人 桜内梨子は絵を描いた。セイウチ、犬、象、カワウソ、それらの悉くがエジプト壁画。特に象は顎から鼻が生えていた。セラヴィーガンダムの背中に顔どころの騒ぎではない。私は絵を見て悲鳴をあげる人を初めて見た。

 判決は言わずもがなだ。尚、被告人の証言では本当に美術部に所属はしていたらしいけれど、名義を貸していたというのが本当のところで幽霊部員だったようだ。

 

「私も少しはやるんだから」

 

 見てて、と書き終えた履歴書を脇に寄せ、メモ帳を引き寄せると手際よく絵を描き始めた。

 

「ぁ、ぁあ」

 

「イア、イア、クトゥルフ、フグダン」

 

 部室がざわつき、善子ちゃんに至ってはブツブツとお呪いを口にしていた。けれど、それは念仏どころか災厄を招くのではないだろうか?

 

「はい、完成。どう?」

 

 みんなに晒されたそれは人物画、いや、正確にはキャラクターの絵だった。

 

「ちゃんと人だよ!?」

 

「セーラームーンですね」

 

「そこはプリキュアとかじゃないんだ」

 

「ちょっと待って。梨子ちゃんって今いくつだっけ?」

 

 とそれなりに認識できる絵を描いたにも関わらずそれが褒められることもなく別の問題が生じた。桜内梨子年齢詐称疑惑である。

 

「これはまた裁判ね」

 

「もう!そんなんじゃないってばー」

 

 なんて、梨子先輩が悲痛な叫びをあげている逢田に、いや間に私は履歴書を書き終えた。

 

「善子ちゃん、履歴書はフルネームじゃなきゃ駄目だよ?」

 

「うう、分かってる。けど、善子は仮初めの名前、ここで書いてしまっては!」

 

「じゃあヨハネで書くずら?」

 

「それじゃ落とされるでしょ!ん?堕とされる?つまり堕天使!」

 

「よすずら」

 

「私が書いてあげるね」

 

「ちょ、何よヨハ子って!?」

 

 私以外は殆ど履歴書の作成が進んでいない。確かに人の履歴書を見るのは面白くもあるのだが、このままではいつまで経っても書き上がることはないだろう。

 流石にそろそろ真面目にやらないと、と思った矢先のことだ。

 

「みなさん働く気はあるのですか!」

 

 ピシャリ、と躊躇いなく言い切ったのはダイヤさんだった。

 どんなに周りの空気が緩んでいても一定以上は緩まない、周りの声に迎合しない、それが黒澤ダイヤだ。そう再認識させられるような一喝だった。

 

「いいですこと?例え読み流されるものだとしても、お金を稼ぐために仕事を提供してもらう。その事を忘れてはいけませんわ。ちゃんとお書きなさい!」

 

 言うべき所はしっかりと言う。締めるところはしっかり締める。それができるダイヤさんの存在は本当に頼りになる。

 あの千歌先輩ですら背筋を伸ばしてペンを取り、曜先輩は思わず敬礼をしていた。

 

「すみませんダイヤさん」

 

「星さんはちゃっかり書き終えているでしょう」

 

「いえ、ちょっと弛んでたかなって」

 

 ふと、私はあることに気付いた。

 下級生が上級生を呼ぶときに“ちゃん”付けで呼んでいるのに、ダイヤさんのことだけはみんなダイヤさんと呼ぶことは何となく察していた。けれど、ダイヤさんもまた誰に対しても“さん”付けなのだ。

 

「ダイヤさんって何でみんなのこと“さん”って付けるんですか?」

 

 思えばダイヤさんは幼馴染みである鞠莉さんや果南さんですら呼び捨てや渾名ではなく“さん”付けなのだ。

 

「何でって言われましても」

 

 ダイヤさんにしては珍しくハッキリしない答えだった。けれど、自分が当たり前にしている行動とは案外そんなものなのかもしれない。

 

「因みに聴いてみただけですから、いいですよ」

 

「何だか新参者みたいな台詞ですね」

 

「でも、どうせなら私、星さん、より星ちゃんって呼ばれたいかも」

 

 そう冗談めかして言うと、ダイヤはんはまた考え込むような仕草をして黙ってしまった。

 

「ダイヤさん?」

 

「な、なんですか、あ、あ、あか、りちーーーー」

 

「ダイヤさん!資格って持ってないとバイト受からないんですか!?」

 

「・・・そんなことはありませんわ」

 

 千歌先輩の悲痛な申し出にダイヤさんは表情を改めて即座に答える。

 私の勘違いで無ければダイヤさんはそう、意外にシャイなのではないかと思った。

 チラリと果南さんと鞠莉さんの様子を窺うと、凄く良いニヤけ顔でダイヤさんの事を見ていた。

 

 


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