「エルザ…」
評議院の独房に繋がれた男、ジェラールが小さな声で呟く。見回りの者にも聞き取れないような小さな声だ。
「何か仰いました?ジークレイン様?」
「バカヤロー!こいつは評議会をぶっ壊した張本人のジェラールだ、この大悪党をそんな名前で呼んでんじゃねえ!」
「昔の癖でつい…」
気の抜けている同僚の看守に呆れて説教をしている間も、まるで上の空。ジェラールは周りのことも気にせず独り言を続ける。
「な、なんかヤバそうだな。魔法の詠唱でもしてるのか?」
「この牢は魔封石で出来てんだ、魔法を使おうにも失敗するだけだろーよ。試してみるか?」
「おい、どうする気だ?」
「こうすんだよ」
評議会を潰された恨みもあるからか、持っている杖で牢の外からジェラール目掛けて思い切り魔法をぶつける。
「うっ、ぐうう!!」
「ほれ、あのジェラールが手も足もでねえ」
「や、やめろってナダル。それ以上やったら…」
同僚の止める声も聞かず、看守のナダルは魔法を使い続けて執拗なまでに痛めつける。
「…ちっ、張り合いがねえな。めんどくせえ、仕事に戻るぞ」
「待ってくれ、置いてくなよ!」
どれだけ攻撃しても、うんともすんとも言わないジェラールに業を煮やしたのか、傷ついた彼を放ってその場を立ち去っていく。
「エルザ…負けるな…エルザ」
独房で倒れ伏す彼の口からは、緋色の少女を信じる言葉が紡がれる。その言葉は誰に聞かれることはなく、暗い独房に響く。
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『(エルザ…負けるな…)』
「(ジェラール!?)ぐっ、がはっ!げほっ!」
「ぬっ、意識を取り戻したのか!?」
天狼島にある膨大な魔力をその身に受けても立ち上がる姿に戦慄し、恐怖さえ覚える。
「(なんでジェラールの声が聞こえたんだろう?)」
あの時確かに捕まったはずの想い人はここにはいない。弱気になった心を奮い立たせる。
「(甘えるな…流されるな。あいつはもういない!思い出に寄り添うな、過去に縋るな、意識を保つんだ…ここで倒れるわけにはいかないんだ!)」
「ここまでやるのか、
「(私は皆を守るために立ち上がるんだ!)」
「恐ろしいが…だからこそ、胸が弾むね」
再び立ち上がったエルザの太刀筋はまるで鬼神。闘争心の衰えるところを知らない彼女を前に、恐怖と楽しさをアズマは心に感じる。せめぎ合いを続ける両者だが、アズマの方が一枚上手で、再びエルザを縛り付けた。
「アンタほどの強者の名は生涯…忘れることはあるまい」
「くそっ!」
彼女の脳裏に浮かぶのは幼い頃、あの呪われた塔にいた時のジェラールたちと決めた自分の名前、そして逮捕される時に友に聞かされた言葉だ。
『エルザ・スカーレット。これでどうかな?お前の髪の色なら絶対に忘れないさ』
『そうだ…お前の髪の色だった、だってさ』
自分の人生に新たな意味をくれた特別な人からの贈り物であり、記憶をなくしてなおも思い出してくれた彼と自分を繋ぐ大切な思い出だ。
「動け!動けぇえ!」
そんな思い出を胸に木々を振りほどこうとするも、拘束は解けるどころか緩みさえしない。
「これで終わらせる!もう一度天狼島の魔力を受けるがいい、
「うあああああ!!」
最後の足掻きも虚しく、再び大爆発をその身に受けてしまう。
「(ここまで…なの、か…)」
意識は薄れゆき、諦めの感情が頭を埋めつくす。その時、聞き覚えのある声が聞こえる。
『諦めんのか?』
「(ジェラール?)」
『エルザ』
「(ナツ!?何故…)」
目を開くとそこにいたのはジェラールではなく、ナツ、そしてこの天狼島にいる
『寝るにはまだ早えぞ、エルザ。さぁ、目を覚ますんだ』
『俺は信じてるぞ、お前ならまだやれる!』
『頑張って!私も一緒にいるわ!』
「(ジンヤ、グレイ、ルーシィ、皆…そうか、そういうことか。すまない、私としたことが肝心なことを忘れていたようだな)」
たとえそこに本当に居なくても、仲間の声と姿は自分の背中を前へと押す。自分は1人ではない、仲間がいる。そう思うだけで、枯れかけた闘志が再び燃え上がる。
「うおおおおお!!!」
「なっ、これは…!」
アズマは爆炎の中から姿を現したエルザ、そして、その後ろに見えるギルドのメンバーの姿に驚きを隠せない。
「これは幻覚か…それとも天狼島の加護だとでもいうのか!?」
「(私が皆を守っていたんじゃない。いつだって皆が私を守っていてくれたんだ)」
「俺が支配したはずの魔力と加護が…エルザに味方したのか…」
刀を構え、ただひたすらに仲間を信じ、そして信じられたエルザ。予想外の力を魅せられ、驚くアズマ。
「(信念、そして絆…こいつらの本当の力は“個”ではなく“和”。なんてギルドだ)…なるほど、見事だ」
最後に見せた奇跡とギルドの強さを認め、そして満足したような笑みを浮かべ、エルザの一振りを受けて下へと落ちていく。
「うっ…くっ!」
死闘の末に勝利を収めたエルザも、傷と魔力の消費の激しさ故にフラフラとよろめき、そして木から落ちてしまう。ふと目の前にいる男を見やると、木の芽が体のあちこちから出ていた。
「お、お前…その体!」
「
その体は徐々に樹木に覆われつつあり、命が残り少ないことは火を見るよりも明らかだ。
「約束を破るつもりはない。アンタの勝ちだ、皆の力はすぐに戻るはずだ」
「…ジェラールを、知っているか?」
「ああ。有るはずもないゼレフの亡霊に憑かれて理性を失い、哀れな人生を歩んだ悲しき男。アンタにとって大切な人だったのか?」
最後の問いに口では言えなかったが、その沈黙が何よりの肯定だった。
「悪いことをしたね。あれは我々を評議院から逸らす為のものと聞いている」
「お前たちは何故ゼレフを…」
「魔法の始まりと言われる一なる魔法、それに近づく為か…ジェラールは楽園を夢見た。我々は…」
「おい!」
それより先の言葉を聞くことなく、木の侵食が進み、気づけばもう既に彼の面影はそこにはなかった。
「一なる魔法…」
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アズマの撃破により島中に加護の光が満ち、妖精たちに加護と力が徐々にではあるが戻っていく。
「この程度か、妖精たちも…」
「これで終いペロン」
カワズとヨマズがナツたち目掛けて攻撃を仕掛けたが、刃がジンヤたちを切ることはなく、すんでの所で受け止めていた。
「くっ、こやつら!」
「テメェら…よくもやってくれたな!」
「これ以上やられてたまるか!」
「ぬおお!」「ペペッ!?」
怒りの鉄拳と火竜の蹴りを放ち、敵を離れたところへ吹き飛ばした。突然反撃してきたことに驚き、カワズに至ってはナツの一撃がクリーンヒットして伸びてしまっていた。
「何故急に力が…もしやアズマ殿は…」
「なんかよく分からんが、さっきの借りはしっかり返さねえとな!」
「ああ、盛大にやってやろうじゃねえの!」
その掛け声とともに仙法をもう一度かけて、右手に全ての力を込めていき、反対側に立つナツも両手に炎を纏う。
「滅竜奥義・『紅蓮爆炎刃』!」
「斉天の大剛腕!」
「ぐあぁあぁあ!!!」
両側から放たれた特大の一撃はヨマズを捉え、容赦なく吹き飛ばした。なんとか勝利した2人は先に行ったルーシィたちを追うべくその歩みを進める。
「この程度でフラフラになるとは、俺もまだまだだな」
「ルーシィたちは大丈夫だろうな?テントの方もギルダーツも気になるとこだが…」
「あいつなら大丈夫だろうて。行くぞ」
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「あのギルダーツも魔力を失っちゃあ、てんで話にならねえな!」
倒れたギルダーツを一方的に蹴り続けるブルーノートだったが、魔力を取り戻したギルダーツにその足を掴まれ、押し返されていく。
「まさか…戻ったのか!?」
「こんなにボコボコにされちゃあ、試験官としての威厳もクソもあったもんじゃねえな…ガキの前でくらい、カッコつけさせろや!」
「ぬおお!」
散々殴られた仕返しと言わんばかりに掴んだその足を投げ、そして立ち上がりながら殴り飛ばす。ようやく復活した好敵手を前にブルーノートは狂気じみた笑みを浮かべていた。
「いいぞ、良いぞギルダーツ!もっと飛べそうな戦いをしようぜ、互いの本気ってものでなぁ!」
「っ!?」
「全てを吸い込め!
両手を合わせると、目の前に小さな球が現れ、全てを吸い込まんとした。
「んだコレァ!?」
「コイツァ全てを吸い込む無限の重力場だ!さぁ、トベェ!トベェエェエ!」
「くっ…おおおおお!!」
吸い込まれないように抵抗しながらも、右手を伸ばすギルダーツ。そして、掲げるその手の先で黒き魔法にヒビが入った。
「なっ!?ヒビが…魔法が割れたのか!?」
「そんなに飛びてえってなら、俺が飛ばしてやるよ…
一気に砕け散った魔法に驚き戸惑うブルーノートに対してまっすぐに構えた右手を振り抜き、そして顎にむけて思い切り殴り通した。その一撃は破邪の名にふさわしき威力で、ブルーノートを空へと吹き飛ばし、雨雲さえも立ち消える程だった。
「くっ…これで疲れるとは俺も年を食ったな…」
妖精たちの反撃は遂に副将さえも倒し、止まるところを知らない。初代メイビスの眠るこの島での決戦は果たしてどちらに向かうのだろうか…。