【HERO】使いの少女は。 作:連鎖/爆撃
「あっはっはっはっは! 君では勝てんよ!
君のような戦略のせの字も理解してないような若造ではね!」
教室の中から、普段は絶対に聞けないであろう佐藤先生の高笑いが聞こえてきた。
思わずビクリとしてしまう。
一体中ではどんなデュエルが繰り広げられているのか気になったが、私はこの扉を開けるなと念を押されていて……。
モンスターの戦闘音に混じって、万丈目君の怒号と佐藤先生の哄笑が聞こえる。
激しい爆音、炸裂音、連打音……そして金属が何かに弾かれる甲高い音。
鳴っては止み、鳴っては止む。聞こえて来る音だけでデュエルの激しさが伝わってくる。
そして……
「クソッ!」
一際大きい万丈目君の怒号。
同時に戦闘音が消える。
……デュエルの決着がついたみたいだ。
待つことそれからさらに30秒ほど。ガラガラと扉を開き、苦い顔の万丈目君が出てきた。
……どうなったの、万丈目君?
「完敗だ。チッ、奴の言うとおり
続けて出てくる佐藤先生。
「これでどちらがビッグマウスだったか、理解ができたね。万丈目君?」
「……チッ」
「若さゆえの反抗だということで今回は大目に見ましょう」
背後からの佐藤先生の問いかけに舌打ちで返す万丈目君。
あまり良くないとは思うけど、負けた時の悔しさはわかるので私からは何も言わない。
「では
「わかっている!」
佐藤先生の再度の問いかけ。
万丈目君は私の方へ改めて向き直ると、
「今日から俺がお前の―――
【カミカゼ】が不発だった万丈目君とのデュエルから数日。
「これが……こうで、これがこう……ほれ。
同じ手札の内容なら先のターンで罠を伏せられたプレイヤーのが有利になるんだ」
なるほどなるほど。
万丈目君が説明を書き込んだノートを覗き込みながら、万丈目君の話に相槌を打つ。
「……というわけで先攻を取ったほうが有利な場面が多くなるわけだ。わかったか?」
でも、攻撃できるのは後攻からだから……やっぱり先攻有利なんてないんじゃ……。
「一体! 何度言わせれば!」
「万丈目さん、もうすぐ門限です! そろそろ引き上げないと……」
「くっ、すぐ行く!」
……今日の授業は、ここで終わり。また明日よろしくお願いします。
「とにかく、俺が言ったことの方が正しいのだ! よく復習して忘れないようにしろ!」
「万丈目さん時間がないっすよ!」
放課後の図書室。
その片隅で私と万丈目君は太陽君たちに急かされ、教科書と文房具を片付ける。
あのデュエルの後、私は万丈目君からデュエルタクティクスを教わるようになっていた。
◆ ◆ ◆ ◆
デュエル・アカデミアはデュエルの学校だから当たり前のことなんだけど、たくさんのデュエルに関する授業が存在する。
クロノス先生担当の【デュエル理論】と【実戦デュエル】。
樺山先生担当の【公式ルール】。
あとこれは実際デュエルに関係があるのかよくわからないけど……大徳寺先生の【錬金術】などだ。
そして選択制の授業の中に【メタ戦術】という授業があるんだけど。
この授業が思いの外難しかったのだ。
担当は佐藤先生というウェーブのかかった長髪と丸眼鏡が特徴的な男性教師。
元プロだって話を聞いたのだけど、それも相まって凄く授業のレベルが高くて……。
なんというか、専門用語が多すぎてとてもじゃないがデュエルの話をしているようには思えないまであるのだ。
ハンドアドバンテージがどう、とか。エンドフェイズでのクイックスペルでの除去がどう、とか。スペルスピードの観点からカウンター罠の絶対性について考える……とか。
そもそも私は現実世界では数年デュエルから離れていたのだ。どうにかこうにかエド君に協力してもらってデュエルが
選択授業で取るのが自由なこともあって、佐藤先生も手加減をしてくれるかわからないし……2回めの授業の終わりに受講の取り消しを申し出たのだ。
佐藤先生は「君の自由だ。好きにしなさい」と言ってくれた。
私もお辞儀をして、お礼を言って、そのまま帰ろうとしたのだけど……
「ただ、“数少ない”熱心に授業を聞いてくれる生徒をただ放り出すだけというのも芸がない。
君が良ければ成績優秀な生徒を付けよう。
先生は私を引き止めて、一人の男子生徒の名前を出した。
「万丈目君あたりならやってくれるだろう……どうしたのかな、微妙な表情をして」
結局私は“授業がわかるようになるならわかったほうがいいや”って思って佐藤先生の提案を受け入れて、それから紆余曲折あって、結局万丈目君に勉強を教えてもらえるようになった。
紆余曲折についてはここでは割愛するけど……そのとき私は佐藤先生のダークサイドを垣間見たような気がした。
万丈目君いたってはようなではなく本当に見たのだと思う。
◆ ◆ ◆ ◆
じゃあ私はこっちだから。明日もよろしくね万丈目君。
「フン。こっちはよろしくするつもりはないんだがな。約束だから仕方なくだ」
それぞれの寮へ向かう道の岐路部分で万丈目君達3人と別れる。
女子は全員ブルーに所属なので帰り道が途中まで一緒なのだ。
万丈目君は佐藤先生に負けたことをまだムカムカしてるのか、帰り道では愛想が悪い。
とはいえ、一緒に帰ることを言い出したのは実は万丈目君の方だったりする。
人付き合いが元々広い性格をしているわけでもないので、少しでも仲良くしてくれようとすることはちょっと嬉しかったりした。
私の学校生活は予想よりもずっと充実していた。
私の世界はこの場所ではない。私はきっと元の世界に帰らなくちゃいけないんだと思う。
方法は今のところわからないけど、エド君と斎王さんが目下探索中。
他に協力者もいるらしいし、きっと大丈夫だ。
でもその方法が見つからなくても……こちらの世界でプロを目指してデュエルに触れながら生活をするのも悪くないような気はしている。
帰れなくても、何事もないなら無くてもそれでもいいかなってちょっと思い始めている私がいた。
でも、私はすっかり失念していた。
ここはGXの世界だ。十代たちは何事も無く学校生活を送れていたわけではない。
同じ時代、同じ場所で生活している以上、アニメで十代たちの巻き込まれたトラブルはすぐそこで起きていて……ともすれば巻き込まれないわけがないのだ。
◆ ◆ ◆ ◆
……あれ? あれれ?
午後八時。
夕食と入浴が終わって寮の自室で机に向かおうと思っていた時、私はカバンの中に筆箱が無いことに気がついた。
机の上にカバンをひっくり返して中身を確認する。やっぱり無い。教科書とノートだけだ。
最後に筆箱を見たのは図書館で万丈目君に勉強を教わってる時。図書館に忘れたとしか考えられない。
どうしよう……筆記用具はあれだけしか無い。あれが無いと明日の授業にも支障が出る。
朝一で取りに行こうとしても一限には遅れるし……。
……それに今日中に復習しっかりしておきたいな。
でも寮の点呼が9時にある。図書館まで歩いて15分くらいだけど、暗い道だから気を付けて行かないと……うーん。
それに夜間外出はれっきとした校則違反だ。見つかったら怒られるのは間違いない。
なんとなく一生懸命教えてくれてる万丈目君の顔が思い浮かんだ。
……いや、でもやっぱり復習しておきたいし。
万丈目君が教えてくれたことを少しでもしっかり覚えておきたい。
……でも見つかって怒られるのも嫌だなぁ。
結局あれこれ悩んだ挙句、八時十五分ごろ私は図書館へと向かうために寮を抜けだした。
◆ ◆ ◆ ◆
筆箱はすぐに見つかった。
結局司書の先生に見つかっちゃったけど、「今回は目をつむります」って言われてペコペコしながら図書館を出る。
うー、寒い。潮風は冷えるって聞いてたけどここまでとは。
私はブルー寮のコートを羽織り、帰り道を進んでいた。
アニメを見ていてずっと疑問に思っていたことの一つに「オベリスクブルーの男子はコートを着ていて暑くないのかな?」ということがある。あと女子にはコートが無いのかも。
結論から言うと暑いらしい。暑いんだ。脱げばいいのに。
そして女子の制服にもコートはあるんだけど……デザインが、と言うよりサイズが問題で誰も着ないのだ。
LサイズとXLサイズしかなくて基本皆ダボダボになる。なので誰も買わないし、着ない。
私も要らないかなって思ってたんだけど、エド君がどうしても買うように勧めてきたので一着だけ持っていたのが功を奏したのだ。
エド君は「なるべく着用するように」って口を酸っぱくしてたけど……やっぱりダボダボで普段の着用には向いてないような気がする。
そう言えば、エド君はどうしてこれを私に着せたがったんだろう?
余計なことを考えながら歩いていたのが行けないのかもしれない。
時計を見たら八時五十分をまわっていた。正直時間ギリギリだ。
あっ、ヤバ……。
あと寮まで半分くらい。このまま行ってたら寮監の鮎川先生と部屋の前で鉢合わせかねない。
……よし。林を突っ切ろう。そうすれば直線になって距離を稼げるはずだから、もう少し余裕ができるはず。
意を決し私は林の中に踏み込んだ。
そしてわずか一分でその判断を後悔する。
「お前、オベリスク・ブルーのデュエリストだな」
暗がりのなか、最初は岩がしゃべっているのかと思った。
ゾッとして駆け抜けようとしたら岩だと思っていた何かが進行方向に立ちふさがってくる。
その巨体は月明かりを遮って、巨大な影を落とす。
ブルーの男子から奪ったコートを幾重にも纏って、正体を隠した巨人。
まごうことなき不審者を前に、私は貞操の危機を感じて慄えることしかできなかった。
た、助けて……エド君。
この時焦りと恐怖で私は気づくことができなかったのだが、
「どうしよう小原くん、間違えて女子を……これってマズイんじゃ」
《い、いや大原、このまま返すほうがマズイ!
あくまで、デュエルが目的だってことを強調するんだ!》
「そ、そうだね。わかったよ」
目の前の巨人さんも(小声とはいえ)思わず自分たちの名前を口走ってしまうぐらいには動揺していたのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
「万丈目さん。司書の木崎さんから連絡が」
「何? こんな時間に何の用があるというのだ」
“ハッハッハッ、つれないねぇ!”
寮の談話室の一角、俺はそこであいつに明日教えてやる内容の資料をまとめていた。
そこに太陽の奴がPDAを持って声を掛けてくる。
木崎の声が聞こえる。太陽の手に持っているPDAが通話状態のようだ。壁の時計を見たら8時37分。
どうせ明日も図書館に行くのだ。わざわざこんな時間にかけてくるということは……面倒事しかありえない。
中等部から上がってきた生徒なら皆知っているアカデミアの
本当は話を聞かずに断るのが一番なのだが、場所(図書館)を借りている以上強く出ることも難しい。
最低限の礼儀として話ぐらい聞いてやらねばなるまい。
太陽の手からPDAを受け取る。
「こんな遅くに何の用でしょうか? 忙しいので手短にお願いします」
“慇懃無礼ってやつだね、ハッハッハ! あと僕を着拒するのをやめてよ!
一応太陽君のアドレス聞いといて良かったよ!”
「要件をお願いします」
木崎のテンションにはイラッとしたが、ここで反応しては奴の思う壺だ。
早急に通話を終わらせるためには誘いに乗らないことが重要なのだ。
“つれないねぇ! まぁいいかな。さっきあの
夜道は暗いからねぇ。君、迎えに来てよ!”
「お断りします」
“ええ! なんでさ!”
「何でもなにも、点呼まであと20分程度ですし」
“僕がクロノス先生に話を通しておくからさ!”
「じゃあ、忙しいので。そもそも俺の仕事は教えることまでだ。
彼女のお守りは仕事に含まれていない」
“いいや。彼女がこんな時間に出歩いているのには君に責任があるよ”
「は?」
“君がしっかり復習するように言った。彼女はその言葉に従うために忘れ物を取りに来た。
ほら。やはり万丈目君が悪いよ”
無茶苦茶だとは思ったが、だからといって一蹴することも難しい絶妙なポイント。
何かしら言い返してやろうかとも思ったが、止めた。時間の無駄だ。
「……わかった。チッ」
“よかった。じゃあね”
通話が切れてツー、という音が尾を引く。
「チッ。太陽、今から俺は出る。
遅くなったらクロノス教諭には木崎の用事だと断っておいてくれ」
太陽の奴の手にPDAを返しながら告げる。
「それと……ディスクを取ってくれ」
まず間違いなく
デュエルアカデミアには2つのジンクスがある。
1つ目が、“ここでは、頼まれ事は全て面倒事に発展する”。
そして。
実にデュエルの学校らしい、もう1つのジンクス。
木崎はすぐ、
だから俺は木崎が面倒で苦手なのだ。
◆ ◆ ◆ ◆
腰が抜けて尻もちを着いている私に、巨人が覆いかぶさるように近づいてきて……
い、いやっ……!
「デュ、デュエルを、受けてもらう!」
助けて、エドく…ん……?
……デュエル?
コクコクと巨人が頷き、左手を差し出してきた。
そこには、月明かりを鈍く反射するデュエル・ディスク。
「乱暴はしない……レアカードを賭けたデュエルを受けろ……。
オベリスク・ブルーなら当然受けるな?」
あ、あの。
私、今デュエルディスクを持っていなんですけど……。
「!?」
《!?》
私の答えが予想外だったのか、巨人さんがフリーズする。
「ど、どうしよう……」
《い、いや俺もわからない。カードだけ奪うわけにもいかないし……。
でもとりあえずこのままじゃまずい……》
独り言を始める巨人さん。理由はわからないけど、何だか隙ができたようだ。
今のうちに、逃げよう。
そう思って腰をあげようとしたのだけど……うまく足に力が入らなくてまた転んでしまう。
《お、おい! 逃げられるぞ!》
「か、カードは置いていけ!」
《ちょ、待っ……!》
そして、逃げようとしたことが巨人さんの怒りを買ったらしく、巨人さんが私に手を伸ばして来て。
デッキはいつも腰のポーチの中だ。私はポーチを庇うように蹲ってギュッと目をつむる。
怖いけど……だからといって無抵抗のまま私のデッキを―――エド君と一緒に組んだこのデッキを奪われるのだけは嫌だった。
どうすることもできない絶望感に押しつぶされそうになる。
誰か。誰か……!
いつまで経っても、巨人さんの腕が私に触れることはなかった。
……?
何も起きないのを不思議に思い、そっと目を開ける。
顔を上げると、横合いから伸びてきた手が巨人さんの手首を掴んで止めていた。
「……本当にトラブルに巻き込まれているんじゃないぞ全く」
巨人さんの腕を止めた人物は、ツンツンとした前髪が特徴的で。
「ポンコツか、貴様」
前髪の形が語調にも現れてるかのような喋り方。
でも、いつもは小憎たらしいはずの悪態も今は私を安心させるだけだ。
ま……ま…まんじょうめくん…!
「おいデカブツ。俺が相手になるぜ」
来るはずがないと思っていた助けが。
万丈目君が、そこには立っていた。
◆ ◆ ◆ ◆
巨人デュエリストが数歩ほど後退る。
そして、万丈目君が私を背に庇うように前に立ってデュエルディスクを掲げた。
「事情は知らんが……俺に勝てば俺のデッキでも何でも持って行けぇ!
この女に手出しすることはこの俺が許さん!」
《オベリスクブルーの万丈目準だと、大当たりだ!
コイツを倒してしまえば俺たちを馬鹿にできるやつなんか居なくなる!》
「《相手の力量を見極めること無く、軽々にデッキを賭ける傲慢を、悔いるんだな》」
巨人デュエリストの挑発に……万丈目君は底意地の悪そうな笑みを浮かべて言葉を返す。
「傲慢なのは貴様だ。
このデュエルアカデミアで、オベリスク・ブルーのコートを着たデュエリストにデュエルを挑む意味をわかっているのか?」
「《……》」
万丈目君の挑発に、巨人デュエリストは何も言い返さなかった。
何も言い返さずに、肩を震わせていた。
そして、無言のままデュエル・ディスクを掲げる。
「「《デュエル!》」」
掛け声とともにディスクが点滅し、先行となるプレイヤーを自動判別する。
「……俺の先攻! ドロー!」
先行となった
「【ジャイアント・オーク】を攻撃表示で召喚!」
【ジャイアント・オーク】☆4 攻撃力2200
先攻:巨人デュエリスト
「攻撃力は高いが、攻撃後守備表示になるデメリットアタッカー。
ただの
背後で動けない私に、ボソボソと万丈目君が語りかけてくる。
「せっかくだから、このデュエルをよく見ていろ。
いい課外授業代わりになるだろうぜ」
◆ ◆ ◆ ◆
「《俺はさらに、カードを2枚セットして、ターンを終了する!》」
巨人デュエリスト
手札3
LP4000
【ジャイアント・オーク】☆4 攻撃力2200
/ セットカード2枚
【ジャイアント・オーク】☆4 攻撃力2200 効果モンスター
攻撃後に守備表示になる。攻撃した次のターン表示形式を変更できない。
「フン。虚仮威し野郎には虚仮威しのモンスターがお似合いだぜ」
「……本当に虚仮威しかどうか、試してみるか」
「おお怖い怖い」
思いっきり相手を挑発する万丈目君。
相手からしてみれば、敵意を抱くことこの上ないのかもしれないけど……庇われている私には頼りになることこの上ない背中。
相手の場にいるのは上級モンスター並の攻撃力を持つモンスターだけど、ここまで自信満々なのだ。
きっと何かしらの対抗策あっての自信なのだろう。
勝って、万丈目君!
“グゥゥゥ……”
ヒッ……!
【ジャイアント・オーク】が不気味な唸り声を上げてこちらを
別に私の応援に反応したわけじゃないんだろうけど、何だか刺激してしまったようで怖い。
少しでも万丈目君の陰に隠れようと、考えないうちに身を捩ってしまった。
私、やっぱりスタンディング・デュエル苦手。
スッと、万丈目君が一歩ずれて【ジャイアント・オーク】から私が隠れる位置に立つ。
「余計な刺激を与えるな」
ご、ごめんなさい万丈目君。
……でも万丈目君も相手のこと挑発してるよね?
「俺はいいのだ。
挑発しても
「……お喋りをしてないでターンに入れ」
「おっと悪いな。俺のターン、ドロー!」
巨人さんに急かされて万丈目君がカードを引く。
手札を一瞥する。
背後からだから表情がよくわからないんだけど……手札を見た時の万丈目君の横顔は笑っていたような気がした。
「全く……引きが強いと苦戦するのに苦戦するな。
俺は【デビルズ・サンクチュアリ】を発動する!」
万丈目君は引いたカードをそのままディスクに置いた。
「いでよ、【メタルデビル・トークン】!」
地面が淡く光り、光の筋で魔法陣が描かれる。
薄い靄が立ち上り、その中央にいつの間にか1体の悪魔の像が出現していた。
……あの石像がトークン?
確かに強そうだけど、そんなに攻撃力が高そうには……。
なんてことを思っていると、魔法陣の中に石像が沈み始めた。
あれ?
魔法陣に水面のような波紋を残して石像が完全に沈み込む。
そして今度は魔法陣から鏡色の木偶人形らしいものがでせり出してきた。
【メタルデビル・トークン】 ☆1 攻撃力0
……あれ?
この木偶人形がトークンさん?
さっきの石像の方が強そうな気が……
なんて見当外れなことを考えているのはこの場では私だけのようだった。
「攻撃を反射するモンスタートークンか。厄介だな」
「フン。少しはできるやつのようだな」
巨人さんは何かに気がついたようで、万丈目君は私に何も説明をしてくれない。
これって言わないと通じないパターンだよね。
あ、あの万丈目君。
「……チッ。授業にならないからな」
私の問いかけに気がついた万丈目君がカードを見せてくれる。
【デビルズ・サンクチュアリ】 通常魔法
自分の場に【メタルデビル・トークン】(☆1/闇/悪魔族/攻0/守0)を特殊召喚する。このトークンは攻撃できず、このトークンの戦闘によって発生するダメージは相手が受ける。このトークンのコントローラーは自分のスタンバイフェイズに1000ポイントのライフを支払うか、このトークンを破壊する。
あ、ありがとう……これ、強いね。
「フン」
あまりの強さに軽くひいてしまった。
万丈目君はカードを受け取ると、鼻を鳴らしながらそれを墓地に置いた。
「この程度で驚くな。まだまだ強いカードなんていくらでもあるんだからな」
う、うん。
初めて見たカードだけど、私でもこの駆け引きの内容がわかった。
万丈目君は弱いトークンをあえて攻撃表示で出すことで、その能力で巨人デュエリストさんの攻め手を封じてしまったのだ。
下手に攻撃をすれば、【ジャイアント・オーク】の高い攻撃力が仇になる。
……凄い。こんな戦い方もあるんだ。
でも、感心してるのは私だけのようだった。
「フン、だが所詮は時間稼ぎにしかならない一手だな」
巨人デュエリストさんは鼻を鳴らすと、万丈目君を挑発するような言葉を吐いた。
「……“ダメージレースの巧手”と言えば聞こえはいいが、要はカウンター狙いで受け身なだけ。
自分からの攻め手を持たない決定力にかけたデュエルスタイルだ」
巨人さんは揶揄したような口ぶりで言葉を続ける。
「《トークンの維持コストで自滅みたいな、馬鹿な真似だけはよしてほしいものだな》」
……そんな言い方!
万丈目君も確かに口は悪いけど、だからと言ってここまで言われる必要は無い……と思う。
でも、当の万丈目君は澄ましたもので。
「
たった一言で巨人さんの挑発に切り返していた。
「デュエルが終わっても同じ言葉が吐けたらヨシヨシしてやるぜ?
俺はカードを2枚セット!」
万丈目
手札3
LP4000
【メタルデビル・トークン】☆1 攻撃力0
/ セットカード2枚
「ターンを終……」
万丈目君のターン終了宣言。
「《この瞬間!》」
それに被せるように、巨人デュエリストさんが“吼えた”。
まるで二人で叫んでいるかのような、激しい気迫のこもった宣言をする。
「《【悪夢の迷宮】を発動する!》」
白い
その中を怨嗟の声をあげながら飛び回る
《口だけだと!?
違う、口だけなのはお前たちオベリスクブルーの方だ!》
「
私は気圧されるだけで何も言うことができなかった。
ただ怯えて万丈目君の陰に隠れるだけ。
地雷を踏み抜いた当の万丈目君は、
「……どうしてコンプレックスがある奴はこうも面倒なんだろうな」
悟ったようなセリフだったけど、その言葉には何か含みがあって。
でも、このときの私はそのことに気付いてあげる余裕なんてなかった。
◆ ◆ ◆ ◆
それぞれの場で、【ジャイアント・オーク】と【メタルデビル・トークン】が膝をついていた。
【ジャイアント・オーク】 守備力0
【メタルデビル・トークン】 守備力0
【悪夢の迷宮】 永続罠
エンドフェイズ毎に表側表示のモンスターの表示形式を全て入れ替える。
「チッ。やはり表示形式を変更するカードとのコンボだったか」
万丈目君は何が起きたのか把握していたみたいだけど、私には何が何だかまるっきりわからなかった。
「わかってないだろうから言っておく。
【メタルデビル・トークン】を無力化された上、このままだと奴の【ジャイアント・オーク】は毎ターン攻撃を仕掛けてきやがる」
駆け足の説明。
何とか飲み込もうとしたんだけど、
「《俺のターン!
場の【ジャイアント・オーク】を攻撃表示に変更!
さらに【ジャイアント・オーク】をもう一体召喚!》」
私が理解するのを巨人デュエリストさんが待ってくれるわけでもなく。
巨人デュエリスト
手札3
LP4000
【ジャイアント・オーク】☆4 攻撃力2200
【ジャイアント・オーク】☆4 攻撃力2200
/【悪夢の迷宮】 永続罠
>セットカード1枚
《やってやれ大原!》
「バトル! 【ジャイアント・オーク】で【メタルデビル・トークン】に攻撃!
さらに万丈目にダイレクトアタック!」
棍棒を振りかぶり、唸り声とともに2体の悪鬼が襲いかかってくる。
私は恐怖でただ身を竦めることしかできない。
万丈目君の場で、リバースカードが1枚立ち上がるのが見えた。
「まぁ、俺が
リバースカードオープン!」
もはや二人の駆け引きは私の理解レベルを遥かに超えていた。
万丈目君が発動したのも、永続罠。
「【血の代償】!
その効果によって俺は【メタルデビル・トークン】を生贄に捧げ……」
【メタルデビル・トークン】が光の渦に飲み込まれて、それを狙っていた【ジャイアント・オーク】の棍棒が空を切った。
打ち倒す目標を見失い、万丈目君の場で悔しそうな唸り声をあげる【ジャイアント・オーク】。
何かを殴りつけなければ落ち着けないのか、キョロキョロと周囲を見回す。
そして私と目が合った。
【ジャイアント・オーク】が喜色に顔を歪めたような気がした。
背筋に冷たいものが走る。
【ジャイアント・オーク】が棍棒を振り上げた。
ヤバいって思ったけど、体が動かなかった。
棍棒を打ち下ろす動作がやけにゆっくりに見えて……
―――そして、横合いから伸びてきた腕が【ジャイアント・オーク】を相手のフィールドまで殴り飛ばした。
「俺は【邪帝ガイウス】を召喚する!」
万丈目君がその名を口にして、初めて私は今起きたことをちゃんと認識する。
……万丈目君の召喚したモンスターが【ジャイアント・オーク】から、私のことを守ってくれた?
その腕の持ち主は、魔人だった。
闇色の仮面。闇色の鎧。闇色のマント。
闇色にその身全てを包む、上級悪魔。
その魔人は
“……GYYYAAAAAAAAAAAAAA!!”
闇夜を切り裂かんばかりの絶叫を放った。
◆ ◆ ◆ ◆
ソリッドビジョンのデュエルにおいては、生贄召喚時に種族固有の
機械族なら【古代の機械巨人】のときみたいな“振動”。
まだ見たことがないけど鳥獣族なら“竜巻”、炎族なら“炎柱”と言った具合らしいんだけど……悪魔族の“絶叫”ってこんなに激しいの?
近距離で【ガイウス】の咆哮を聞いた私はあまりの音量にちょっと目がチカチカしていた。
そして、私がチカチカから回復する頃にはデュエルは既に終わっていた。
◆ ◆ ◆ ◆
万丈目
手札2
LP3500
【邪帝ガイウス】☆6 攻撃力2400
/【血の代償】 永続罠
>セットカード1枚
巨人デュエリスト
手札3
LP3800
【ジャイアント・オーク】☆4 攻撃力2200
/【悪夢の迷宮】 永続罠
>セットカード1枚
【血の代償】 永続罠
ライフを500ポイント払いモンスターを召喚できる。この効果は自分メインフェイズと相手バトルフェイズに使える。
「……いったい何が起きたんだ」
対峙しているデカブツがそんなことを言うのが聞こえた。
勘弁してくれ。この女に説明をするだけでも疲れるのだ。
起きたことは至ってシンプル。
俺がバトル中に【ガイウス】を召喚して、【ジャイアント・オーク】を
そして、もう一体の【ジャイアント・オーク】にも退場願おう。
「【邪帝ガイウス】の効果で【ジャイアント・オーク】を除外する! やれ!」
俺の命令に従い【ガイウス】が両手を掲げ、その間に黒いエネルギーの球体を生み出す。
球体が広がり、渦をまき、その口を拡げていき……その中心に発生する重力に、相手の場の【ジャイアント・オーク】が引き摺られる。
【ジャイアント・オーク】は棍棒を地面に突き刺し抵抗するが、そんなことをしても無駄なものは無駄だ。
棍棒が地面から引っこ抜け、【ジャイアント・オーク】の足が浮いた。
叫び声を一つ残し、そのまま渦の中へと消えていく。
【邪帝ガイウス】 ☆6 攻撃力2400 効果モンスター
このモンスターの生贄召喚に成功した時、場のカードを1枚除外し、それが闇属性モンスターであれば相手に1000のダメージ。
巨人デュエリスト
手札3
LP2800
モンスター無し
/【悪夢の迷宮】 永続罠
>セットカード1枚
《アタッカーを除去だと、嘘だろ……。
いつもみたいなダメージ・コントロールじゃない戦い方……
「あ……ああ……」
巨人が観念したかのような唸り声をあげる。
フン。コイツも所詮はこの程度か。
コイツは俺の最初の言葉を鵜呑みにしたのだろう。
“事情は知らない”?……馬鹿も休み休みに言え。
デメリットアタッカーによるハイビートも、【悪夢の迷宮】とのコンボで守備を封じることもリサーチ済み。
怒りで視野を狭めた時点でコイツに、いや
《ま、まだだ。まだ、終わりじゃ……終わりなんかじゃ……》
「お、俺はカードを2枚セット。
……ターンを終了する」
巨人がノロノロとした動きでカードをセットするが、もうさっきまでの覇気は感じられない。
勘づいたのだろう、俺の手のひらの上で転がされていたことに。
ある程度できるやつのようだが……本当に賢いのならばまず俺に喧嘩をふっかけないことだ。
「俺のターン、ドロー!」
ドローカードを見る。
……全く、苦戦することに苦戦するな。
今引いたそのカードをディスクに叩きつけた。
「【大嵐】を発動する!」
【大嵐】 通常魔法
全フィールドの魔法・罠カードを破壊する。
巨人野郎のうめき声。
何もカードを発動しない。
竜巻に巻き上げられて場の全ての魔法・罠が爆砕する。
そしてこれでジ・エンドだ。
「【地獄戦士】を召喚!
そして【邪帝ガイウス】を攻撃表示に変更!」
万丈目
手札1
LP3500
【邪帝ガイウス】 ☆6 攻撃力2400
【地獄戦士】 ☆4 攻撃力1200
/リバースカードなし
巨人デュエリスト
手札1
LP2800
モンスターなし
/リバースカードなし
もはや何の対抗策もないのだろう……場を見りゃわかるか。
ただただうなだれる巨人デュエリスト。
「【ガイウス】と【地獄戦士】の直接攻撃!」
俺の宣言を受けて、【ガイウス】と【地獄戦士】が斬りかかる。
ソリッドビジョンとはいえ、体を切りつけられるのは堪えるのか巨人デュエリストは小さく呻いた。
巨人デュエリスト LP2800→400→0
万丈目 WIN
……オベリスクブルーが口だけとか言ったか?
少なくとも、俺は口だけじゃあ無いぜ。
◆ ◆ ◆ ◆
デュエルに負け、へたり込んでいる巨人に近づく。
「……学校に、突き出すなら突き出せ」
投げやりな言葉を吐く巨人。
……コイツは何を勘違いしているんだ?
「アンティだ。【悪夢の迷宮】を寄越せ」
「……へ?」
俺の要求に素っ頓狂な声で返答する巨人。
……コイツはオベリスクブルーを甘く見過ぎだ。
この巨人(おそらくイエローかレッドの生徒)はオベリスクブルーの生徒からアンティでカードを巻き上げているようだが……果たしてそれの何が悪い?
力が強い奴が弱いやつを踏んづけてのさばるのは当然の摂理だ。
コイツにカードを巻き上げられたオベリスクブルーの
流石に生徒間での噂になっているのをクロノス教諭など一部の敏い教師が聞きつけてはいるようだが、それはそれ。
コイツを教師に引き渡して終わらせるようなつまらない真似、負けてきたブルー生の誰が許すというのだろう?
俺達は、自分の力で、自分のプライドでこのブルー狩りを踏みつけなければ気がすまないのだ。
「オベリスクブルーの総意だ。
貴様らが反抗するなら徹底的にやり合う、ってな」
《……なめやがって》
「後悔することになるぞ」
フン。脅し文句のつもりかもしれないが俺にとっては負け犬の遠吠えに過ぎない。
「御託はいい。カードだ」
巨人はデッキからカードを抜いて投げてきた。
投げられたカードを二本の指で挟んで取る。
巨人は木々の暗がりの中に身を潜めて、溶けるようにその姿を掻き消した。
◆ ◆ ◆ ◆
え、え? あれ?
デュエルは!? 決着はどうなったの万丈目君!
「ええい騒ぐな! 俺が勝った、だから慌てるな」
勝ったんだ! やっぱり万丈目君て凄い!
……ええと、あのね。
助けてくれて、助けに来てくれて、ありがとう。
「偶々だ。それにブルーの男子総出で追っていた相手だ。
いずれ戦うつもりだった。感謝される謂れはないぞ」
ううん。ありがとう、万丈目君。
それでね……
「……どうした? 妙に殊勝な態度だが」
いろいろあって……もう……体力が…。
「あ、おい! こんなところで眠るな!」
………。
……zz。
「起きろ! また襲われたいのか! おい!」
「……ったく。1回助けられたぐらいで信用しすぎだろ」
◆ ◆ ◆ ◆
後に聞いた話なのだが、万丈目君は私をおぶって寮まで連れてきてくれたらしく。
怖い目にあったはずなのに、その日は何だか素敵な夢を見た気がしてよく眠ることができた。
※バトルステップについてはアニメ初代の「巻き戻しが発生しない」方のルールを適用。
※オリキャラ紹介
・木崎
図書館司書。