やっちまった男の英雄譚   作:ノストラダムスン

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彼は英雄ハルメアス(笑)

 英雄ハルメアス。その名を知り、その名についてさらに探ろうと思ったならば、読むに値する書は一つしかない。

 

 著者不詳、書かれた時代も書かれた場所も不詳、そもそもどのようにして記された物なのかも不詳。何もかもが分からない、そしてこれから先も分からないだろうと言われている一冊が、この英雄の原典。

 

『ハルメアスについての記録』

 

 それは時にはハルメアスと著者との会話の様子のみが書かれた対話本であり、時には完全に第三者としての目線から書かれるハルメアスという人物についての考察本であり、またある時にはハルメアスの戦いをそばで描いた戦記物である。

 

 一説には人類最古の書とも言われ、地殻変動によって隆起した大地から発見された後、シュメール王朝における伝説の王、ギルガメッシュに捧げられた物と伝えられる。若き日のギルガメッシュはこの書を毎日遅くまで読みふけり、英雄としての彼の生の原点を形作った。

 

 また様々な神話、史実問わず、後世に名を残す英雄たちの物語において、「ある物語」「一つの英雄譚」を読んだ事により英雄を志したと語られるなら、それはこの『ハルメアスについての記録』に他ならない。

 

 現代においても、「自国の元首の名を知らなくとも、ハルメアスの名を知らない者はいない」と言われる。古今東西に数えるのも馬鹿らしいほどのスピンオフ的な作品が存在し、古代ローマにおける歴代皇帝、中国における関羽のように神格化すらされた。

 

 「神の御加護」と同じような感覚で「ハルメアスの御加護」という言葉が使われているという事実を見れば、語るまでもない事と言うべきか。

 

 

 それほどまでに人々に愛された理由は、そこに描かれる話が、実に明朗かつ爽快な勧善懲悪の物語であったからだろう。疑問を差し挟む余地なく、ハルメアスは人々を救うために行動し、そしてその全てを救った。

 

 文字通り、「全て」をだ。

 

 「正義」と「悪」の構図が立場によって見事に反転する現実においては、こちらの英雄はあちらの悪魔である事が、往々にしてある。故に物語においては、そのあたりの微妙な関係性が焦点となる事も多い。

 

 しかしハルメアスの物語において、悪とは悪であり、善とは善である。人を襲う怪物、魂を奪う悪魔、私欲によって他者を害そうとする悪人。

 ハルメアスが相手取るのはそういった存在であり、そこには立場による葛藤とか、信条の喰い違いによる不和とか、そういった類の面倒事は存在しない。

 

 それらを倒し、みんなが喜ぶ。ただそれだけであり、それ以上の事をハルメアスは望まない。

 

 とは言え物語には戦争や決闘など、まさに「正義」と「悪」、「正しさ」と「過ち」が問われる出来事も当然描かれるが、歴史上のどんな英雄にも解決できないそれらの問題も、ハルメアスは解決する。

 

 具体的には、両国の兵士の持つ武器をすべて破壊し、戦場の中心に立って争いの無益を説き、最終的には両軍が抱き合って和平したりする。

 

 そんなにうまくいくわけないだろと思っても仕方がない。しかし、この物語を読むにあたって初めに身に着けておくべき感覚は、「ハルメアスが何とかするのではなく、何とかするのがハルメアスなのだ」という感覚である。

 人の行為の帰結として結果があるのが世の常だが、ハルメアスに限り、結果の前提としてハルメアスが存在するのである。

 

 現実もこうであればな、と思うのは自由だ。しかし物語の中で、ハルメアスが著者に対して言うように、「俺は皆を救うだろう。だが、俺でない者は皆を救えないだろう」なのである。

 

 それに耐えられない者は、精神衛生上、書そのものを手に取るべきではない。

 

 

 

 

 

 

 

「マジで残ってんのかよ……」

 

 俺の名前を聞いたら突如ぶっ倒れた雁夜をベッドに寝かせて、俺は間桐の書斎に来ていた。雁夜の反応から、何らかの形で残っているんだなとは確信したが、まさかこんな残り方をするとは。

 

 俺の元いた世界では完全に消失していた魔術という概念が、一応秘匿されているとはいえ厳然と存在している事には、間違いなくこの本が関わっているだろう。

 

 同時に、俺の世界では小説の出来事でしかなかった聖杯戦争というものが、この世界では存在する。と言うより、俺が小説で描かれた世界に召喚されたというのが正しいのか。それとも平行世界という事でオーケーなのか。ワケわからなくなってきた。

 

 とにかく、俺がこの場に呼ばれたのは事実で、しかもなぜか英雄《俺》の方ではなく、転生者《俺》の方が呼ばれてしまっている。たかだか大学生兼町人にそんなスーパーパワーがあるわけもないので、臓硯の爺にブチ切れる寸前の嫌味を言われてしまった。つらい。

 

 とは言え、どうやら完全に希望がないわけではないようだ。一応『ハルメアスについての記録』の著者であり、英雄のモデルであるからか、英霊として力を振るう事は可能なようである。

 

 しかし、通常の状態では不可能だ。一般人と何ら変わりない性能である。自分でステータスを見る限り、オールE-。魔力と宝具に至っては「-」となっている。存在しない、という事だろう。マジかよ。

 

「あれだな。まさかここまで大それた嘘っぱちを書くヤツがいるとは想定してなかったんだな」

 

 聖杯もきっと、「頑張ってるおじさんにハルメアスを召喚させてやるぜ!」という感じで苦労性の雁夜にご褒美感覚で召喚させてやったものの、

 「え? ハルメアスってそういう……え? 馬鹿なの?」みたいになったに違いない。

 

 本当にゴメン。ちょっとした出来心だったんだ。

 

 最大の誤算は、ギルガメッシュが俺の本を見つけてしまった事だろう。アイツああいうの好きそうだし、「我も英雄になるぞウハハハハー!」とか言って神殺ししちゃったりしたのだろう。そのあたりで歴史が変わったのかもしれない。

 

「ハルメアス、ねぇ」

 

 手に取った『ハルメアスについての記録』を見る。飛ばし飛ばしで読んでいくと、「ああ、こんなの書いたなぁ」という懐かしさを感じた。

 

「……………………」

 

 うん。まぁね。ちょっとこう……アレかな。やっぱり若かったしさ。こういうかぐわしい感じもほら、いい思い出になるって聞くし。うん…………。

 

「……アァァァァッ! なんでこんなの書いたんだァァア! しかも世界中に広まってるって何でだよぉ! 中学生が『万が一に備え、封印されし俺の真の姿を記しておく(設定)』って感じで深夜にノリノリで書いたノートと大差ないからコレ!

 ハルメアスって誰だよ! いねぇよそんなヤツ! 失われた文明とか宇宙の深淵とかただの妄想だからね!」

 

 設定とか妄想って言うと余計にツラい。日記を音読されるよりツラい。若気の至りで許される領域じゃないねこれは。黒歴史って言うか歴史になっちゃったからね。ある意味暗黒時代だよ。

 

 調べた感じ、けっこうマジな研究家もいるらしいね。滅亡した古の超文明の痕跡を探っちゃったりしてるっぽい。番組とかもあるみたいね。手がかりは俺の書いたコレらしいよ。それって結構すごくないか?

 まぁ、何も見つかるわけないんだけどね! だって嘘だから! 全部俺の妄想だから! 

 フハハハハハー!

 

「もうさぁ……死んだ方がいいかも分からんね。これで嘘だったってバレたらどうすんの。

 『全部どっかの誰かの妄想でしたマジ死ね。これの研究してたヤツ全員クビ』みたいになっちゃうじゃん。それどころか最悪戦争になるよ」

 

 特にギルガメッシュの治めていたあたりの地方は、ハルメアス馬鹿にしたら終身刑か死刑みたいな制度が残る地域もあるらしい。ハルメアスの生きた地ってのは、その土地の人にとっての誇りで、それを汚すものは許さないという事だそうだ。

 つまり俺がその土地に行ったら、おそらく地震と雷と暴風が降り注いで俺を殺すと思う。

 

 

 落ち着け落ち着け、と自分に言い聞かせる。今家に誰もいないとはいえ、あまり暴れるのは良くない。とりあえず、すべき事はアレだ。秘密の厳守。何としてでもこの嘘を隠し通さなきゃならない。

 

 それは俺のためでもあるし、この世界に生きる人々の夢を守るためでもある。

 

「ハルメアス……俺の名前はハルメアス。ウフフ、顔真っ赤になるわ畜生! そう言えばさっき『我が名はハルメアス』とか名乗っちゃったぞ俺! おいおいどーすんだぁんんん? 

 これでお前、バレてみろよ。みんな俺を指差して『見ろよ、伝説のハルメアスだ(笑)』『うわーカッコイイー(笑)。顔真っ赤でステキー(笑)』『あれ絶対聞こえてるよ(笑)。可哀想だからやめてやれって(笑)』とか言われるぞ!」

 

 落ち着けない。ものすごくジタバタしたい。でもあんまり叫ぶとなぁ。確かアサシンか何かが家を監視してるんじゃなかったか。もう随分昔に見たっきりだから、今一つ曖昧なんだが。

 

「はぁはぁ、オーケー、大丈夫だ。そうは言っても真実は俺しか知らないんだ。本当のハルメアスを知っているのは俺ただ一人。そうそうバレやしないだろう」

 

 問題は、だ。

 

 もう一度自分のステータスを確認する。もちろん、変化はない。相変わらずE-の羅列。クラススキルもなければ保有スキルもない。宝具もない。

 

 これ、勝てんの? という話である。

 

「一応、どうにもならんわけではないんだが……」

 

 なぜここまで性能が劣悪なのか。まあいくつか思い当るフシはあるが、やはり「完全な妄想の産物」というのが大きいのだろう。言ってしまえば「ぼくのかんがえた最強のサーヴァント」なのだから。

 否、それならいい。まだしもマシだった。黒歴史化する危険はあるが、能力については十全のものとなるだろう。

 

 

 問題なのは、俺が『ハルメアスについての記録』に書かなかった設定を、俺自身が知っているという事だ。いわばハルメアスの産みの親である俺の妄想は、そのままハルメアスに反映される。肉体性能、能力、精神。これらはすべて俺の求める力がそのまま表れる。

 

 

 そしてもちろん、弱点も。

 

 

 『ハルメアスについての記録』のラスト、英雄ハルメアスは悪の大魔術師サングインと相討ちした、となっているが、実は本来のラストは違う。

 ハルメアスはサングインの首を切り落として勝利したものの、最後の力でサングインに弱体化の呪いをかけられ、すでに致命傷を負っていた身体を回復させる事ができずに死んでしまった、というのが俺の中での設定だ。

 

 しかし、最後の決戦は「光とほぼ同等のスピード」で行われたという事にしてあるので、第三者としての記録という体裁を取っている『ハルメアスについての記録』にはその事を書けなかった。

 

 最後にハルメアスの友である(という設定の)著者が見たのは、ハルメアスとサングインの両名が倒れ伏す姿だった。

 故に著者は「相討ちしたのだ」と判断した、というのが、何度も言うが俺の脳内設定である。

 

 すべて妄想であるが、ハルメアスとはすなわち妄想である。俺の妄想がハルメアスならば、俺の妄想したハルメアスへの呪いもまたハルメアスの一部である。

 おそらく現界に際して、その設定が反映されたのだろう。どうしてそんな余計なところばかり、と思うが、こればかりは自業自得と言う他ない。

 

 ため息を一つ。ふと時計に目をやると、書斎に入ってすでに四時間ほどが経過していた。どんだけ長い間悶えてたんだろう。

 

「あぁ……そろそろあのクソジジイが帰って来る」

 

 ダウンしている姿を見られたら、また雁夜が苛められてしまう。起こしに行ってやった方がいいだろう。俺も寝たいが、仕方ない。

 

 俺なんぞを呼び出してしまったヤツの不幸を憐れみつつ、俺はのそのそと、雁夜の寝ている部屋へと向かう事にした。 

 


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