しがない高校生の「僕」は、クラスメイトの前川さんが気になっている。
あの子、どこかのカフェでロックやってるらしいんだけど。
本当にあの地味な前川さんが?
少しほろ苦い青春ストーリー。

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ロックとは何かを考えるボーイズ&ガールズに捧ぐ


前川さんは偽者。

前川さんのことは、全然気にしてなかった。

クラスに一人はいそうな真面目系女子。

顔立ちは整っているかもしれないけど、目立ちもしない。

不機嫌と無表情の真ん中ぐらいの雰囲気で、教科書とにらめっこ。

なんかそんな感じ。

だと思ってたんだけど、彼女が実はロックをやってるらしいという噂を聞いて、がぜん興味が出た。

マジで?

なんか、イメージとのギャップが面白い。

人の噂なんてあてにならないと思いながらも、噂の糸をたどって、クラスの情報通からいろいろ聞いたりして、やってきましたよちっぽけなライブハウス。

学校から二駅しか離れてない。

こんなとこに本当に前川さんが?と思ったんだけど、普通に本名で出ていた。

本名かよ。

出演者の名前が書かれた黒板に、律義にローマ字でMIKU MAEKAWA(Vo,G)って書いてある。

んで、聴いてみたわけなんだけど、端的に言って、ステージでの彼女はわりと凄かった。

バンドじゃなくて、ギター1本の弾き語り。

でもフォークとかいうんじゃなくて、すごい熱量。

俺は音楽にあまり詳しくないからカテゴリーがよくわからないけど、まるで呪詛みたいな。

怨念がこもってる感じ。

やけくそで突っ込んできたいけど、ギター1本だからそこに座って語っていますみたいな。

ドラムなんてなくても、ビンビンと伝わってくる。

なんか、惚れた。

普段は学校で真面目そうな女の子が、ここまで匂いが来そうなぐらいに汗をかいてアコギ1本で歌っている。

惚れるわ、そりゃ。

翌日学校で休み時間に声をかけた。

 

「前川さんさ、昨日のライブ、すごかったよ」

「え? 聞いてたの?」

「うん。なんか俺、熱に浮かされたみたい」

「ふぅん・・・ありがと」

 

ぷいと横顔を見せて髪をいじるしぐさが、照れているように見えて可愛い。

 

「あの、なんかさ、いつもと雰囲気が違ったから。ギャップがよかったよ」

「君だってギャップすごいよ」

「え?」

「今日は真面目。いつもは関西弁で、へらへらした印象」

「あぁ、俺、親の都合で転勤が多いから。関西弁キャラって、愛されそうやん?」

「それでキャラ作ってんの?」

「そゆこと」

「みくといっしょだ」

 

唐突の一人称。

 

「え? そういうキャラなの? 前川さん」

「さぁね」

 

そんな感じで仲良くなって、一か月後にはもう帰り道でキスしていた。前川さんの唇。やわらかい。キスをするときの前川さんは、テンプレートの真面目キャラ。ロックな時の彼女じゃない。俺としては、真面目な彼女とのキスに興奮する。だからいいんだけど、訊きたくなった。

 

「ね、前のあの、一人称。あのキャラは封印中?」

「ん~。別にそういうわけじゃないけど」

「あれはどういう時に使うん?」

「あれはまた違う時。にゃーにゃー猫さんの時」

「猫?」

「そ、みくは猫キャラなのにゃ」

「うぇ、マジで? ちょっと引くわ~」

「どういうこと!」

 

じと眼で睨みつけられる。

 

「でも、ロックやってる時、あれが本当でしょ」

「え? そうでもないよ」

「ウソ。あの前川さんが一番漲ってるやん」

「漲ってるって・・・。あのね、あれは、友達の代わりをやってるだけ」

「友達?」

「そ。りーなちゃんって言ってね、大切な友達だったけど、死んじゃったの」

「え、なにそれ。重い話?」

「うん。重い話」

 

あっけらかんとした彼女の表情からは、何も読みと入れない。

 

「りーなちゃんは、大切なお友達だったけど、死んじゃったのにゃ」

 

そこで猫キャラかよ。

 

「もともとロックは、りーなちゃんの専売特許。彼女がやってたのを、みくが受け継いだだけ。だから、みくのロックなんて、空っぽの真似しっこにゃ」

「ふぅん」

 

ふぅんとしか言いようがなかった。

他人の話にずかずかと入り込んでいくのは苦手だ。共通項のない話題は苦手だ。でも彼女のおしゃべりは止まらない。

 

「りーなちゃんは、バンドをやってたにゃ。ドラムがあって、ベースがあって。でも、みくはそういうのはしない。だってみくは偽物だから。偽物がやってるロックは、ギター1本弾き語りがせいぜいにゃ」

「でも、すごかったよ、前川さんのライブって」

「ふふん」

「あ、ちょっと天狗になった」

 

その日の夜、家でインターネット検索をかけてみた。前川みく。キーワードのトップに出てきたのは、かわいい衣装を身に着けた彼女の画像。頭には猫耳。結構似合ってる。ってか、アイドルやってたんだ。二年前、高校一年生のときか。活動期間が短かったから、あんまり知名度はないみたいだ。

っていうか・・・。一緒に写っている女の子。多田李衣奈ちゃん。これって、前川さんの言ってた「りーなちゃん」じゃん。

多田李衣奈で検索。あ。本当に死んでる。それで、ユニット解散して、前川さん、一瞬でアイドル辞めちゃったんだ。

ってか、これってむしろ、前川さんの人生を狂わせたの、「りーなちゃん」なんじゃないの?

悶々とした気持ちになって俺は、ベッドに入った。前川さんのことを考えようとしたけど、なぜか彼女の顔が思い浮かばなかった。かわりに、死んじゃった「りーなちゃん」の顔ばかりが頭に浮かんだ。「りーなちゃん」もそこそこかわいかった。アイドルやってたんだから、そりゃそうだろうけど。なんか、もったいないよなぁ。気が付いたら、「りーなちゃん」でオナニーをしていて、射精したら寝てしまった。

翌日。昨日の夜の寝付けなかった気怠さを引きずって登校すると、いつも通りの真面目そうな前川さんを見かけた。

 

「おっす、にゃんこアイドル」

「にゃっ! もしかして、みくの経歴を調べたにゃ?」

「うん。ばっちし。ネコミミ可愛かったよ」

「あれは黒歴史にゃー!! 忘れろー!今すぐ忘れろー!」

 

黒歴史って言いながら、いまでもにゃーにゃー言ってるじゃん。俺の周辺をぐるぐる回りながら、催眠術みたいな怪しい手つきで「忘れろー」を繰り返している前川さんのこめかみを軽くはたいて、「ね。放課後、時間ある?」と聞いた。

その日の授業は、なんだか、身が入らなった。

5限目のチャイムが鳴り、屋上に直行。前川さんも、後ろをついてきてくれた。

放課後の屋上には何人か生徒がいたけれど、端のほうを選べば、ゆっくりと話をする静かなスペースは確保できる。なによりも、初夏の風が心地よい。湿っぽい話をするのに、湿っぽい場所を選ぶのは嫌だった。

 

「にゃー」

 

フェンス越しに、遠景を見つめて前川さんがつぶやく。

 

「小さな町だよね」

「うん。でも、これぐらいがちょうどいいよ」

「アイドルは、東京でやってたの?」

「うん。東京でないと勝負にならないよ」

「デビューできてたの、すごいやん」

「まぁね」

「『りーなちゃん』みたよ」

「うん」

「可愛かった」

「うん」

「本当に、死んじゃったんだね」

「うん」

「なんか、その・・・」

 

唇をかんで、勇気を出す。

 

「教えてよ。前川さんのこと。もっと知りたいんだ。こういうの、もしかしたら、嫌かもしれないけど・・・俺、前川さんが、どういう人なのか、もっと知りたい。前川さん、真面目だったり、ロックだったり、猫だったり・・・その、いっぱいで。最初はそれが魅力的だったけど、いまは、本当の前川さんを知りたいと思ってる」

「にゃー」

 

まるで、退屈した猫のあくびのような、力ない声。

くるりと振り向いて前川さんは言った。

 

「みくはみくにゃ。みくは、みくなんだけど・・・」

 

きゅっと、スカートの裾を握りしめる。

 

「自分でも、よくわからないにゃ」

 

寂しげに笑った。

 

「あのね、『りーなちゃん』は、悩みがあって自殺したの」

「悩み?」

「うん。当時、担当してくれていたPチャン・・・プロデューサーさんの赤ちゃんを妊娠していたのにゃ」

「え?」

「それで、ずいぶん悩んで。自問自答して。結局、自殺しちゃったの」

「そ、そうなんだ・・・」

 

やばい。

返す言葉が見つからない。でも、そんな俺のことはお構いなしに前川さんは続ける。そこから紡ぎだされたのは、予想外の言葉だった。

 

「『りーなちゃん』は、弱虫。大っ嫌い。全然ロックじゃない」

「ま、前川さん?」

「だって、ロックって、へこたれないことじゃないの? 闘うことじゃないの? みくは、『りーなちゃん』から、そう教えてもらったよ。なのに『りーなちゃん』は悩みに負けて、自殺して。そんなの全然ロックじゃない。へなちょこ。『りーなちゃん』のは、口先だけのへっぴりロックンロール。だから」

「だから?」

「だから、みくが、かわりにロックをやるの。みくがロックだと信じてた『りーなちゃん』がちっともロックじゃなかったから。だから、みくが、本当のロックをやるの」

「で、でもさ・・・前川さん、言ってたやん。『みくは偽もの』って」

「言ったよ。話はちゃんと聞いてね。みくは、『りーなちゃん』の偽物。でも、みくがやってるロックが偽物だとは一言も言ってないにゃ」

「あ・・・」

「みくは『りーなちゃん』の偽物だけど、みくのロックは、『りーなちゃん』より、よっぽど本物」

 

俺が言葉を出せないでいると、いとおしそうに、お腹を撫でながら、前川さんが言った。

 

「みくは、強いよ。赤ちゃんだって、おろしたんだから」

 

その言葉の意味が、理解と、理解できないとの間で、ぐるぐるとまわる。

理解はできる。

でも理解したくない。

 

「みくもね、妊娠してたんだ。Pチャンの赤ちゃん。『りーなちゃん』は自殺したけど、みくは、死んだりなんかしない。そんな弱くない。おろして、生きることを選んで、それで、ロックやってる」

「・・・・・・」

「どう? みくのこと、よくわかった?」

 

吸い込まれそうな瞳が、じっと見つめてくる。

俺は、首を振った。精一杯の強がりのつもりだった。

 

「まだ。全然。前川さんの過去はわかったけど、どの前川さんが本当の前川さんなのか、ちっともわからないよ」

「私だって、わからないよ。猫ちゃんが好きで、猫ちゃんをやってて、『りーなちゃん』のあとは、『りーなちゃん』をやってて。真面目ぶった私だって、私の虚像。長い間、いろんな人をやってきたから、どこに本当の自分があるのか、忘れちゃった」

「前川さん」

「なに?」

「前川さんって、真面目そうだと思ってたけど、本当は真面目じゃないんだね。すごく空虚な人だ」

「そうかもね」

「俺、前川さんの、いろんな面があるのが、好きだったけど、今はなんか、ちょっと怖いかも」

「私も。君のこと、ギャップがあって面白いって思ったけど、今はすごく薄っぺらく感じるよ」

「そっか」

「うん」

「ねぇ、前川さん」

「うん?」

「前川さんって、なんか悲しいからさ」

「うん」

「猫ちゃんやってるのが、一番良いよ。偽物みたいに、明るくって」

「ははは、そうかも」

「ねぇ、にゃーって言ってみて」

「うん、いいよ」

 

にゃー

 

ゆっくりと、ゆっくりと、ほのかに濡れた唇を開いて発せられたその声は、俺の心臓を突き刺していった。

くるりと後ろを向き、別れの挨拶もせずに猛ダッシュで家に帰った俺は、母親に怒鳴られながら夕飯も食べずにベッドにもぐりこんだ。

昨日よりももっといろんなことが頭の中をぐるぐると取り巻いたけど、何一つ形にはならなった。

何か黒い靄のようなものが、ぐちゃぐちゃと暗闇で集束しているだけだった。

その日、夢を見た。

夢の中に前川さんが登場したが、やはり彼女の可愛い顔ははっきりと思い浮かべることができなくて、彼女は一匹の猫になっていた。

俺の夢の中で猫になった彼女は、優しげな母猫で、子猫に乳を与えていた。

 




さて、いかがでしょうか。
ちょっと真剣に、前川さんのことを考えてみました。
ロックとはなんだろうということも含めて。
僕は学生時代にバンドやっていて、ロックを浴びて育ったし、ロックというものは考え方や生き方だと思っています。
そこには、反抗だったり、カウンターカルチャーだったり、長いものに巻かれないだったり、スタンドアローンだったり、他人に迷惑をかけない一人ぼっちだったり、いろんなアティチュードが含まれている。
ロックをやっていくと、最後は一人ぼっちの孤独になると思う。
そういう気持ちを込めました。

なお、Pさんは武内Pではありません。彼はこんなひどいことしません。


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