「もういい...さっさと死ね!!」
ダイダラは帝具【ベルヴァーク】を、タツミに向かって投擲すると同時にもう片方の斧を振り上げ突撃した。投擲されたベルヴァークは、勢いが続く限り対象者を追う。
(チッ、一歩も動かねぇじゃねぇか。経験値が少なそうだ)
凄まじい速度で斧が迫っているにもかかわらず、タツミは俯いたまま剣を抜こうとしない。そして、斧がタツミを捉えるその瞬間だった。
「ーーーな!?」
いきなり、その斧はダイダラに向かって飛んできたのだ。これに驚いたデイダラは、すぐに回避行動をとるがもう遅い。
「がっ!?」
デイダラの右腕は斬り落とされ、ボタボタと大量の血が流れた。
「ぐぁぁぁぁああああ!!て、テメェ何しやがった!!」
ダイダラは訳が分からずタツミに叫ぶ。
自分の腕を落とした斧は、すでに目の前の青年が持っていた。
「何ってーーー飛んできたんだから投げ返したんだよ」
「!!?」
何を言っているのかわからない。今、この目の前の奴はなんて言った?飛んできたから、投げ返しただと!?
「ふ、ふざけるな!あんな勢いのベルヴァークを、所有者でないお前が受け止めれるわけが...」
だが、その言葉は残った反対の腕への激痛で止められた。
「ぐぁぁあああああ!!?」
「うっせぇな。ちょっと黙れよ」
自分と青年には10メートルほどの距離が開いている。
つまりは今、ベルヴァークを投げられた?だがまったく見えなかった。投げる動作すらもだ。
(なんなんだコイツは!!)
化物。エスデス様とはまた違った異物。
「さぁ...お前らが殺してきた人間の。痛みを、苦しみを、存分に噛み締めて死ね」
そして、ダイダラの目では見えないほどの速度で踏み込んだタツミは、右手に持ったベルヴァークで胴体を裂いたのだった。
(まずい。また、やっちまった)
タツミは半身だけになった大男を見ながら後悔する。
ナイトレイドの語り。それが思いのほか自分は激怒していたみたいだ。
「はぁ、なるべくならないようにはしてたんだがな...」
一年前。ちょうど【黒鬼】と【赤鬼】を手に入れた頃だった。今と同じようなことになったことがある。
自分たちの生活も危ないというのに、コツコツ貯めてきたお金を使ってサヨとイエヤスのご両親が西の国へ旅行に連れて行ってくれたのだ。
その旅行先の帰り道。
たまたま通りかかった、ある村で起きていた理不尽な所業を見た俺はブチギレた。
そして、気が狂ったようにその村の家を壊しまくったのだ。確か魔女裁判とかなんとか言っていたような気がするが、そこは置いておこう。
結果、村の八割が壊滅。サヨとイエヤスのご両親と共にそそくさと急ぎ足で帰ってきた。
(本当にサヨとイエヤスのご両親には悪いことをしたな。それにしても、あの時助けた女の子は無事だろうか?)
と、その時。背後から人の気配を感じ振り返ると、そこには驚いた顔をした兄貴が立っていた。
「あ、兄貴!どうやらこっちが正解だったみたいだ」
「あ、ああ。...タツミ、これはお前がやったのか?」
ブラートは近づきながらタツミに聞く。
やばい。もしかしてさっきのアレ見られてた?俺キレると、その時の記憶がないんだよなぁ...。
「う、うん。一応...ッ!!兄貴、どうやら話は後みたいだぜ」
「ああ、そうだな。オイ!出てこいよ!!隠れるなんて熱くないことすんじゃねぇよ!」
それ、インクルシオ持ってる兄貴が言うのか?
すると、物陰から二つの影が出てくる。一人は白髪の中年男性。もう一人は金髪の背年だった。
「タツミ、ほれ」
「サンキュー兄貴。...纏え、黒鬼、赤鬼。【鬼閃脚】」
タツミは受け取った自分の帝具を、すぐさま足に装着した。
「ダイダラがまさか殺られているとはーーー貴様、何者だ?」
「ただの殺し屋だよ白髪のオッサン。安心しろ、お前らもすぐにお仲間の所へ連れて行ってやるから」
タツミは言葉に、殺気を含みながら話す。しかし、それを腕で制するブラート。
「落ち着けタツミ。油断すんじゃーーーッ!?あんたリヴァ将軍...」
ブラートは、その白髪の中年男性を見て驚く。
どうやら知り合いのようだ。
「久しいなブラート。相も変わらず熱いのが好きなようだな。それと、もう将軍ではない。今はエスデス様の僕だ」
エスデス。ここでも名前が出てくるか。
「兄貴、知り合いか?」
「ああ。昔の上司だ。...新しく大臣になった頃のオネストに賄賂を送らなくて、罪人に仕立てられた人だ」
「私の任務は、対象文官の殺害。及び邪魔者の排除だ。デイダラは戦いを楽しむ癖があったが、私達はそうはいかんぞ!」
リヴァはそう言って、右手につけていた手袋を外す。その指には、指輪のようなものが光って見えた。
「インクルシオォォォオオオオオ!!ーーータツミ、そっちの奴は任せた!」
「了解!兄貴も気をつけて!」
そう言うと、タツミは笛を使うニャウに向かって凄まじい速度で蹴りを放つ。
不意をつかれたことにより、なんとか笛で防げはしたが体はそのまま吹き飛ばされた。
「うぎゃ!?」
「さぁーて、チビ助。お前の相手は俺だぜ?ナイトレイドを語っておいて、ただで済むと思うなよ?」
「グッ...調子にのるなよ雑魚が!」
こうして、帝具使い同士の戦いが始まった。
「水塊弾!!」
リヴァは船に積んであった水を操作し、インクルシオを纏ったブラートを攻撃する。
形状を鋭く変えられたその水は、いくらインクルシオを纏っていてもそのまま食らえばダメージは大きいだろう。
「オラァ!」
しかしブラートは、手に持つ槍を回転させることによってその水を弾き飛ばした。
「流石だなブラート...だが!」
「んな!?」
リヴァは急に船から飛び降りると、巨大な蛇の頭の形をした水に乗り再び現れたのだ。
リヴァの持つ帝具ブラックマリンは、自身が触れた液体ならばどんなものでさえ操作することができる。
つまり、今この場でリヴァは地の利を得ているのだ。
「水圧で潰れろブラート!!深淵の蛇!!」
巨大な蛇を模したその水は、ブラートに向かって落下する。
「うおおぉぉぉぉぉおおおおおお!!」
それをブラートは、なんと槍で両断した。
もしもこのまま避ければ、この船が沈む恐れがある。つまり、ブラートにはこれを迎撃する必要があったのだ。
しかし、それを読んでいたかのようにリヴァは次の手を用意した。
「お前が避けないのは分かっていたさ...空中でこれは躱せまい!!濁流槍!!」
空中に放り出されたブラートに、下からいくつもの水の槍が激突した。
ぶつかり合ったそれらは、轟音を響かせブラートをさらに上へと押し上げた。それと同時に、ブラートの鎧が少し割れる。
「こんな水で...俺の情熱は消えねぇ!!」
しかし、それを耐え抜いたブラートはリヴァに攻撃を仕掛けようとするーーーが、リヴァはわかっていた。
過去のブラートを知っている自分だからこそ分かる。ブラートという男は、この程度ではやられない。
「分かっているさ。お前とは数多くの戦場を歩いてきたのだから。傲慢も、油断も何もない。この最大奥義で貴様を殺す!!」
「!!」
なんとか防御をするように腕をクロスにするブラート。
そして、リヴァの技が炸裂しようとしたその時だった。
「ガッ!?」
突如リヴァの横から、何かが飛んできバランスを崩した。なんとかそれを受け止めるリヴァだが、その飛んできたものを見て驚く。
それはあの少年と戦っていたはずのミャウだった。
ボロボロになったミャウは、口から血を吐きながら痛みに耐えるように歯を食いしばっている。
「ミャウ、大丈夫か!」
「グッ...リヴァ...ごめん。邪魔して」
ミャウはすぐさまリヴァの腕から離れ、その目の前ぬ立っている足が異形の少年を睨みつけた。
見れば、ブラートもその少年のそばに着地する。
「タツミ、助かった」
「いいってこと、それよりも兄貴大丈夫か!?」
「ハハッ!俺の情熱はこの程度じゃ消えねぇ...ッ!!」
ブラートは軽口を言うように笑うが、タツミから見る限りかなりギリギリの状態だ。インクルシオも、ダメージを受けすぎたせいか、鎧が解かれている。
「タツミ、俺はリヴァとやる。だから...」
「分かってる。邪魔はしない。その代わり、俺もその笛のやつ倒せばそっちに手を貸すかーーー」
タツミがそう言いかけたが、それは前から突っ込んできたミャウによって遮られた。
ミャウは笛をタツミの頭蓋めがけて振り落とす。タツミはそれを鬼化した右足で防いだ。
「もうやられないよ!!」
「ハッ!言ってろ!!」
バキンッと音を鳴らし再び距離をとるが、今度は両者とも激突する。
ミャウの激しい攻撃を、タツミは器用に受け流しながら反撃を加えようとする。
だが、、流石に足に装着していれば腕からの攻撃よりも遅くなる。
「グッ!!」
「お前の帝具は、距離を詰めればただの強度が高い鎧と一緒だ!!」
鬼閃脚は、長距離から凄まじい速度で接近し重い打撃を食らわすことができる。しかし、ミャウの言う通り超近距離で戦えば、あとは使用者であるタツミの技量だけになってしまうのだった。
(チッ、やっぱり気づかれるか!しかもこいつの攻撃速度はかなり速い!!)
タツミは心の中で悪態を付く。
そしてついに腹に一撃くらってしまい、血を少し吐き出す。
「グハッ!?」
「もらっーーー」
「させるか!!」
タツミが怯んだところをミャウが攻撃しようとするが、横から剣が振るわれバックステップでそれを避ける。ブラートだ。
「サンキュ兄貴...」
「お互い様だ..グハッ...」
「兄貴!?」
急にブラートが血を吐き膝をついた。それ驚くタツミだったが、ブラートの背を見て原因がわかる。
そこには斜めに一本、決して浅くない傷跡が残されていた。
「まさか、俺を助けるために斬られたのか!?」
「ふっ、こんな程度..なんともねぇよ。...それよりも、まだいけるか?」
自分もボロボロのはずなのに、タツミの容体を気遣うブラート。その問いに、タツミは強く頷いた。
その時、最初に聞いた音と同じ笛の音が耳に届く。しかし、自身の体にはなんの変化も感じられなかった。
「ブラート、もうお互いに最後だろう。私も、この傷ではそう長くはない。だからーーー最後は剣で決着をつけよう」
リヴァもボロボロになりながら、ブラートに剣での勝負を持ちかける。別に乗る必要はない。しかし、ブラートはそれを聞くと無言で立ち上がりインクルシオの剣を手に持った。
「タツミ、その傷は重いだろう。少し休め...そして、俺の背中を見ていろ」
「兄貴...」
ブラートはリヴァの前に立つと剣を構える。
すると、リヴァが自分の腕に赤い液体を流し込んだ。
「お前が相手だからな。ドーピングさせてもらう」
「.....」
「いくぞ、ブラート!!」
そこからはまさに嵐の如き剣とのぶつかり合いだった。おおよそ、手負いの人間が戦っているなど思いもしない。
上から、横からと放たれる剣。まるで、それは演舞のような迫力だった。
「うおぉぉぉおぉぉおおおおお!!」
「ハァァァァアアアアアア!!」
そして、決着の時は来た。
ブラートの剣が、リヴァの腹を切り裂いたのだ。そこからとめどなく溢れる血液。
タツミは、それを見た瞬間に思わず叫ぶ。
「兄貴、血だ!!」
「!!」
「...ふっ、気づかれたか。しかしもう遅い!!奥の手、血刀殺!!」
飛び散った血が、ブラートに向かっていくつも刃のように飛んでいった。
「うおおおおおお!!」
不意な攻撃にもかかわらず、ブラートはその攻撃に対応する。致命傷は避け、ほとんどの血の刃を剣で叩き落とした。
腕に何発はくらい、膝を付くがなんとか防ぎきったのだ。タツミはすぐさまブラートに肩を貸す。
敵であるリヴァは、すでに倒れているが...何故かその顔は笑っていた。
「命を賭してまで放った攻撃..それに対応するとは流石だなブラート....しかし、私はエスデス様の僕!死ぬならば、ただでは死なんぞブラート!!」
「なにを...ン、グハァ!?」
「兄貴!?まさか、さっきのドーピングは毒か!!」
「その通りだ。グッ...先に逝って待っているぞブラー...ト」
そう言って、リヴァは事切れた。
ブラートは口から大量の血を吐きながら苦しむ。しかしその時、背後から人の気配がし、振り返った。
そこには、激しい戦闘で耳に入らなかったが、笛を吹き終わったニャウの姿があった。
そして次の瞬間、ニャウの体が巨大な筋肉質の男に変わった。
「鬼神招来。僕の奥の手だよ。リヴァが時間を稼いでくれたんだ。お前たちを必ず殺してやるよ殺し屋」
「....兄貴、ちょっとここで待っていてくれ。すぐ片付けて助けにーー」
「待て、タツミ」
ニャウに向かって歩き出した瞬間、急に後ろから腕を持たれ呼び止められた。そして、ブラートは一本の剣をタツミに渡す。
「これを...使え」
「これって...」
そう、ブラートがインクルシオを呼ぶ際に使う剣だ。
それをタツミの手に持たすブラート。
「お前なら...扱える。行け、タツミ!!」
「ッ!!...尊敬してる人にそこまで言われてやりゃなきゃ...男がすたるよなぁ!!」
タツミは刀に戻した黒鬼と赤鬼を地面に投げるように突き刺すと、受け取った剣を構えた。
「ハッ!今でさえ帝具を使っているのに、それを扱えるわけがないだろう!!もういい、死ぬ前に僕が殺してやる!!」
ニャウはタツミに飛びかかる形で攻撃を仕掛けた。
だが、タツミは意外にも落ち着いていた。
剣を握れ
これは鍵だ
呼出せ、最強の鎧を
浮かべろ、最強の武器を
考えろーーー最強の自分を!!
その時、どこからか声が聞こえた気がした。
『力を欲するか、我が主人。よかろう』
『ならば貴方に、誰にも負けぬ力を』
瞬間、地面に突き刺した黒鬼と赤鬼も互いの刀身と同じ黒と赤の炎を想像させる靄を出す。
「叫べタツミ!熱い魂で!!」
「インクルシオォォォオオオオオ!!」
「なに!?」
タツミの背後に、突如龍が現れた。バキバキと音を立てながら変形していくその鎧の姿に、思わずブラートですら息を飲む。
そして、タツミの体を龍が覆うようにまとわりつくと突風が吹き荒れ、タツミの姿が見えなくなる。
「さぁ、ナイトレイドの名を語ったエスデス軍。罰を受ける準備はいいか?」
「な!?」
「これは...そうか、タツミ」
白銀のコートに胸には赤い十字の紋章がついた鎧。
頭にはブラートの時のような兜はなく、代わりに顔を隠すような長い黒色のマフラー。
腕は赤い異形の外装で護られており、禍々しく思えた。
「これが、お前の魂...か」
「て、帝具を二つ同時に扱うだと!?いったいどうなってーーー」
ーーーー黒鬼
そうタツミが呟いた瞬間、いつの間にか目の前にいた黒い大剣を持つタツミにニャウの体が両断された。
「え?」
「赤鬼」
さらに一閃。どこからか現れた赤い大剣によってニャウの体は切り裂かれる。
「な...にを...」
ニャウは血は吐きながら問いただそうとするが、その言葉を聞くことはしない。
「斬撃よ残れ、陽炎」
「ぎゃあぁぁぁぁああああ!!」
すると、ニャウの体は斬った場所から黒く染まった炎に炙られるように燃え尽きたのだった。
パラパラと雨が降る。
タツミは一本の剣を腰に付け、倒れているブラートを上から眺めていた。
「なぁ、兄貴...俺やったよ?」
「ーーーー」
しかし、もちろんブラートは答えない。
ただ笑顔で倒れているままだ。
「殺し屋がこんなんじゃダメだと思うんだけどさ...今だけ、泣くのは許してよ」
そして、船の上で一つの叫び越えに等しい鳴き声が響き渡ったのだった。
ーーーー任務完了
ーーーそして同時刻
帝都辺境
「帝都かぁ、そこなら会えるかもねお姉ちゃん。....それと、あのお兄さんにもまた会いたいなぁ」