ぷるぷると震える手でスプーンを口に運ぶマイン。しかし慣れない左手でスプーンからは料理が落ちてしまう。
「ほら、口を開けろマイン。シェーレはあんなに食べてるぞ」
前に座っていたアカメは食器をとり、マインの口の前に料理を運んだ。
「う、うるさいわね!だいたいーーー」
「ほら、あーん」
「あーん...ん!やっぱりアリアの料理は美味しいですね」
「なんでアイツがシェーレに食べさせてんのよ!?レオーネとかアリアがいたでしょ!!」
マインが悪戦苦闘する中、その横では仲睦そうに料理を食べさせているタツミの姿があった。シェーレも利き手の肩を撃ち抜かれたために、どうやらちゃんと動かせられないらしい。
それにマイン、俺も別にやりたくてやってるわけじゃないんだぞ?ただな...
「タツミ、タツミ、次はあれがいいです!」
(なんだろう、この可愛い生物は!!)
口を開けながら料理が運ばれるのを待つシェーレが、すごく可愛く見える。
そりゃ最初頼まれたときには断ったぞ?でもあのウルウルとした目からの上目遣いで頼まれたら断れるわけがないだろ。
「っと、ほら、口にソースがついてるぞ」
「え、ん...あ、ありがとうございますタツミ」
ナプキンで口を拭いてやるとなぜか顔を赤くするシェーレ。
アリアもアカメもそうだったが、何か風邪でも流行ってんのか?
「....アカメ、料理を食べさせてくれないの?」
「!!あ、ああ。すまないマイン」
「私も...あーん...」
背後から刺さる二つの視線に少し肩を震わせるタツミ。しかし、それとは裏腹にシェーレは笑顔だった。
まだあたりが明るい昼間、タツミとレオーネは一つの屋敷の中に潜入していた。
今回は民の依頼からではなく、革命軍からの依頼だそうだ。
『標的は文官コボレ兄弟。大臣の手下で、甘い蜜をたっぷり吸ってる悪党だ。...が、仕事は優秀。少しづつ帝国の力を削ぐためにもーーー消せ!』
タツミとレオーネは一つの扉の入り口に身を潜めた。その向こうには標的であるコボレ兄弟が、酒を飲みながら楽しそうに話している。
俺はレオーネに合図を確認すると、同時に扉の影から飛び出し背後から息の根を止めた。
静かだった部屋は剣の突き刺さる音と、レオーネが首を折ったことによる鈍い音が響いた。
(さて、任務完了だな)
だがーーー
「お父さん?」
「ッ!!」
タツミとレオーネはその声を聞くや否や、出口に向かって駆け出した。背後からは子供の泣き叫ぶ声が聞こえていた。
そしてタツミはアジトの近くに戻り、川で剣の血を拭っていた。
「クソッ、悪党のくせに子供にはいい父親かよ。どうしてその優しさを他に当てれなかったんだ!!」
愚痴をこぼしながら血を必死に拭うタツミ。しかし、血はなかなかに落ちない。
「その汚れは一生洗っても落ちないぞ」
「!!...レオーネか。わかってる。この汚れは...落ちることは本当にないだろうな」
すると、いきなりレオーネはタツミを自分の胸へと抱きしめる。その大きすぎる胸にタツミの頭はすっぽりと埋まった。
「ブッ!?な、何すんだよレオーネ!!」
「にゃはは!お前は思ったより優しすぎるなぁ。お姉さん心配になってきたぞ」
「な、何がお姉さんだよ!!だったらもうちょっと年上らしくしろっての!!」
タツミはそう言ってレオーネの体から離れる。顔は真っ赤だ。
「はぁ、まったく....。そういえばレオーネはどうしてこの稼業についたんだ?結構メンタル高いけど」
「ん?ただ気に入らない奴ボコってたら革命軍にスカウトされた」
「ふぅーん...」
「......」
.....
「え、終わり!!?その帝具は!!?」
「闇市で売ってたの買った」
「なんつう彫り出しもん!?」
帝具を闇市で買ったとか本当に言ってんのかこの人!?
しかし、まったく嘘はついていないようで逆に頭が痛くなる。
「初めはスラムで馬に乗って子供を踏み殺す貴族を殺した。そのあともそんな奴らを何度も何度も殺していったらーーーやめれなくなってな?」
ニタリと笑うレオーネに、タツミは少し顔が引きつる。
「いい気になってる悪党を殺すのがやめれなくなって、革命軍にスカウトされたときはすぐに返事をしたよ。しかもあの大臣は最高の獲物だ。必ずーーーー奴の悍ましさの上をいく殺し方をしてやる」
(な、なんつうアウトロー。もうここまでくるとかっこいいな!?)
「....ありがとう。話したら気が紛れた」
「お、そっかそっか!いつでもお姉さんに頼っていいんだぞ〜!」
そう言って再びタツミを自分の胸に押しつけるレオーネ。だが、今度はタツミも嫌がらなかった。
本当にーーー俺は仲間に恵まれているな。そう感じるタツミだった。
ーーー地獄
そう呼ぶにはふさわしいほどの光景。人々の悲鳴が絶え間なく聞こえ、その声が一つ消えては二つ鳴る。
男も女も関係なしで鳴り止まぬその絶叫。だが、誰一人としてその手を止めることはなかった。
「おらぁ!もっと泣き叫べや!!」
「大臣に逆らうからこうなんだよ!!」
そんな図太い声を上げながら、男達は次々門から流れてくる人間を痛めつけていく。
しかしそこに、場違いなほど綺麗な美女がいた。
「まったく、気分が悪い」
「「あぁ〜〜ん?ッヒ!?」」
男達はその声がした方一斉に振り返る。そこに立っていたのは水色の髪の綺麗な女性と三人の黒服を着た男。だが、男達の意識は彼女を見るだけで覚醒させられた。
それもそのはずだ。彼女はーーー
「「エ、エスデス様!!」」
帝国最強。究極のドS。Sが形になった者。様々な呼ばれ方をするが、そこに立っていたのは紛れもないこの帝都最強の将軍だった。
それがわかり、男達は一斉に頭を地に下げる。
「はぁ、貴様らの拷問を見ていると気分が悪くなる。なんだこの釜の温度は?すぐに死んでしまうだろ」
彼女はそう言うと指を一つ鳴らした。
すると、人を茹でていた釜の頭上からいきなり氷の岩が降ってきのだ。
「少し温くしておいた。このくらいがちょうど一番苦しむ」
「べ、勉強になりますぅぅぅ!!」
エスデスは、それだけ言うと踵を返して帰っていく。その姿に男達は見惚れる。
「さ、さすがはエスデス様。Sの魂が形になったお方だ」
「ああ。しかもエスデス将軍の後ろにいた三人、三獣士だぜ?あの方々、異民族の生き埋めを嬉々として実行したらしいぜ?」
「俺も部隊に入りてぇが、なんでも訓練がドSすぎて何人も死んだらしいしな...」
しかし男達のその会話は、他の絶叫によってかき消されていったのだった。
場所は変わって城の中。エスデスはある人間に膝をついていた。
「エスデス将軍、北の制圧見事であった!褒美に黄金一万を用意してある」
子供だ。子供が王座に座りエスデスにそう言った。この少年こそが、現帝国の王。そして、その横に立っている太っている男こそが、ナイトレイドの目標、オネスト大臣だ。
「ありがとうございます。それは北に残した兵達に送るとします。きっと喜ぶでしょう」
エスデスは頭を上げてそう言った。
「して、戻ってきたところすまないが仕事がある。帝都周辺にナイトレイドを始めとした凶悪な輩がはびこっている。それを将軍の武力で一掃してほしいのだ」
これを言ったのは元々はオネスト。それをこの少年が代弁しているにすぎなかった。それをわかっているエスデスであったが、迷うことなく二つ返事で答える。
「わかりました。その代わり一つお願いがあります」
「む?なんだ、兵士か?」
「いえ、間違ってはいませんがそうではありません。相手には帝具を扱う者も多いと聞いております。帝具には帝具が有効。故にーーー六人の帝具使いを集めてください。兵はそれで十分。帝具使いのみの治安維持部隊を作ります」
帝具とは四十八しか存在しない。というのにエスデスは六人の帝具使いを用意してくれと言ったのだ。それには皇帝も驚く。
その時、横にいた大臣が口を開く。
「陛下。エスデス将軍になら安心して任せられます」
「うむ、そうか!お前がそう言うなら安心だな」
皇帝は子供。だからこそ大臣はその力を振るうことができるのだ。
大臣としてはエスデスは政治や権力にまったく興味がないことを知っている。ただ戦いたいという闘争心のみだ。
(本当に最高の切り札ですねぇ)
「それでは、兵の方は私が手配しておきます」
「うむ、よろしく頼むぞ大臣!しかしだな...将軍には苦労をかけっぱなしだ。何か別の褒美をやりたいのだがーーー何かないのか?」
皇帝はエスデスに向かってそう聞いた。エスデスは少し悩んだように間が空いた後、スッと口を開いた。
「そうですね...しいていえばーーー恋を、してみたく思っています」
その言葉に、一瞬その場が凍った。
「....そ、それもそうだな!将軍も年頃なのに一人身だしな!」
「し、しかし将軍には慕っているものがたくさんいるでしょう?」
「あれはペットです」
なんだそれはと言いたいがとりあえずは流す。結局、エスデスが持ち出した《恋人の条件》と書かれた紙を提出して、その場は終わりを告げた。
そして王宮の廊下にて、エスデスは大臣と共に並んで歩いていた。
「相変わらずの好き放題のようだな大臣」
「はい。気に食わないから殺す。食いたいから肉をほうばる。己の欲のままに生きることのなんと痛感なことか」
「本当に体をこわすなよ。しかし、私が戦闘以外に興味を持つことがあるとは思わなんだ」
エスデスは自分のこの感情に自身でも不思議に思っているところがあった。本当に急にこのような事を思い出したため、意味がわからない。
「まぁ、将軍も年頃だということでしょうな。....しかしそれはそれとして、帝具使い六人はドSすぎやしませんかねぇ?」
「ふっ、ギリギリなんとかできる範囲だろう?」
「ふふふ、備える変わり...と、言ってはなんですが...私、いなくなってほしい人がいるんですよねぇ」
ニヤリと笑う大臣につられ、エスデスも少し微笑むのだった。
そこで、エスデスは自身の部下。三獣士をすぐに呼びつけ命令を出すすのであった。
夜、なぜか眠れないタツミは水を飲もうと台所まで来ていた。
「って、アカメ」
「ん?タツミか....どうしたこんな遅くに?」
自分と同様に背にはコートをかけたアカメが、三本の団子を持っていた。
「....盗み食い?」
「な!?ち、ちがう!これはお前の幼馴染にと思って...」
「サヨとイエヤスにか?そりゃまたなんで....」
シェーレは、何度か供え物をしてくれていたのは知っていたが、アカメが供え物をくれるなんて思ってもみなかった。主に食い意地で。
「特に理由はない。これからお前を任せろといった感じか?」
「そうか。サンキュウなアカメ。でも外は雪降ってるし今度でいいよ。気を使ってくれるだけでもアイツらは喜ぶ。特にイエヤスは、アカメみたいに美人にもらったら泣いて喜ぶだろうな」
「び、美人か....うん。悪い気はしないな」
夜でよく見えないがアカメが少し笑っているような気がした。タツミは水を入れたコップを持ちと、それを一気に喉に流し込む。
「...タツミ」
「ん?なんだよって、ど、どうした!?」
いきなりアカメがタツミに向かって頭を下げてきたのだ。これにはさすがに驚くタツミ。しかし、一向に頭を上げようとしないアカメ。
「シェーレとマインの件だ。確かにタツミのした事は危ないことだったが、それでも二人のために助けに行ってくれて、ありがとう」
「アカメ...あーもう!可愛いなお前は!!」
「わっ!タ、タツミ!?いきなり何するんだ!!?」
タツミはアカメをギュッと抱き寄せる。それにはアカメも顔を赤くするが、抵抗はしない。
「アカメ、俺は仲間だ。だから気にするな。俺は絶対にお前の前からいなくなったりしないから」
「!!....そう言った奴は沢山いた。だが、全員死んでいった」
「それでも、俺はいなくなったりしないよ。絶対に...お前を一人置いていくことなんかするもんか」
優しく頭を撫でながら、アカメの耳元で囁く。
これから帝国との戦闘はもっと激しくなるだろう。それでも、俺は絶対に全員救ってみせる。
「わかった。約束だぞ?」
「ああ。約束だ」
アカメもギュッとタツミを抱きしめる。が、その時ーーー
「ふ、二人とも...なにしてんだ?」
「「あ...」」
まずい。今一番見られてはいけない奴に見られた。
金髪のその女はニヤっと笑うと、
「じゃ、続きをどうぞ」
そそくさと逃げていった。
「アカメ!あの馬鹿獅子を狩るぞ!!」
「あ、ああ!」
結局、夜遅くはしゃぎまわった俺たちはボスによって怒られたのだった。