もはやカップリング確定が隠れていないため、やはり苦手・不快を抱かれる方はご注意ください。
諸事情により作者が暴走した結果が詰まっています、まさに蛇の足。
では、どうぞ。
あ、あと後書きにまた偽予告風にお遊び設定を載せました、よければどうぞ。
薄暗い室内から、くぐもった微かな声と吐息が漏れ聞こえてくる。
ぎしり、と寝具が軋む音と、シーツの上を肌が擦れる音、さらにその中に僅かに湿り気のある水音が混じっていた。
気のせいでなければ、ほのかに甘い香りが室内から漏れているような気もした。
「……ふふ、中……くびくって、イッ……」
母の声だ、僅かに開けた扉の隙間から聞こえてくる。
何を話しているのかはわからないが、父が何か応じている様子だった。
首を傾げながら中を覗いてみれば、室内……父母の寝室のベッドの上に母の姿があった。
扉からは母の背中しか見えない、どうやらベッドの上に座っているらしい。
ただ何故か自分とお風呂に入る時と同じ格好、つまりは服を脱いでいるようだった。
「ちょ……続けてって、おも……ん、ぅん……っ」
不意に母の背中が消えて、代わりに別の背中が浮かんできた。
どうやら母を引っ繰り返したらしいのだが、その背中にも見覚えがあった。
父である、やはりお風呂で背中を流したことがあるからすぐにわかった。
父母はその後も何やらやり取りをしているようだったが、声はやはりくぐもっていて何を言っているのかはわからなかった。
<…………!>
その時トイレに行く途中で父母の寝室の前で立ち止まっていた娘は、文字通り急いで「飛んできた」一冊の本によってその場から連れ出された。
茶色い装丁に、金の剣十字が装飾されている不思議な本だった。
気のせいでなければ、「お嬢様、早くお手洗いに行きましょう! 朝の粗相から卒業できませんよ!?」と言っているような気がする。
「うん……」
娘の方は、半分ほど寝ボケたまま――「朝の粗相」を防ぐために、起こされたらしい――頷くと、のそのそと光って飛ぶ本について歩き出した。
父母の寝室を一度だけ振り向いて、しかし寝ボケ眼のまま歩いて行った……。
◆ ◆ ◆
新暦85年のある日、クラナガンの一隅にある家庭の姿があった。
自然物と人工物が程よく融合した、整備された居住区画にその家はある。
それなりの年数を経ているらしいその家は良くある一戸建てで、家族が一つ暮らすには十分な広さだった。
「ねぇ、ママー」
「んー? お喋りもええけど、はよ食べなあかんでー」
その家のリビングの大きなテーブルで朝食のパンに噛り付いていた小さな女の子が、カウンターを挟んだ先のキッチンにいる母親に向けて声をかけていた。
清潔に保たれたリビングは、庭へと繋がる窓から入り込む朝日で明るい。
テーブルの上にはすでに空になった食器が2セットあり、母の言葉の通り女の子が最後のようだった。
年の頃は5歳、赤と黄の髪飾りを横髪に添えた茶髪の女の子。
白いワンピースを着たその女の子の横で、茶色い装丁の本が器用にテーブルからお皿を自分の表紙部分に乗せて運んでいた。
それをキッチンとリビングの間にあるカウンターまで運び、またテーブルに戻って……というのを繰り返している。
「ママ、昨日パパとケンカしてへんかったー?」
「え? してへんよ、何でそんなこと聞くん?」
娘の言葉に心外だとでも言うように笑って、母はカチャカチャと本が持ってきてくれるお皿やカップを洗いながら応じた。
カウンターの上、白いハンカチの上に鎮座した銀の指輪――結婚指輪――が日の光にキラリと輝く。
実際、結婚してもう5年以上も経つが近所でも仲が良い若夫婦だと評判で……。
「でも、昨日の夜、ベッドの上でケンカしてたやん」
キッチンから凄まじい音が鳴り響いた。
何と言うか、見事に手元が狂ったような音だった。
繊細な金属が割れるような音が響いて、直後に母の嘆くような声で。
「ああっ、このカップ夫婦でお揃いのやつやったのに……じゃなく、あ、アスト?」
「なぁーに?」
頬をヒクつかせながら――同時に赤いのだが――きっちんから出てきた母は、アストと呼んだ自分の娘の小さな肩に両手を置いた。
眉をハの字に寄せた笑みを浮かべてアストと視線を合わせると、噛んで含めるような口調で。
「ええか、その話お外でしたらあかんよ?」
「なんでー?」
「何でもや、ええか、絶対の絶対にお外の知らへん人に言うたらあかんよ? お母さんと約束できるな?」
「うーん……」
不満そうに首を傾げる娘に、母親が少しだけ目を細くする。
そのサインに気付いたからか、娘は身を震わせながら首を何度も縦に振った。
母親はそれに満足そうに頷いて笑みを浮かべると、アストの頭を優しく撫でる。
「ん、ええ子や。お父さんとお母さんがケンカした思って、心配してくれたんやもんな。でも大丈夫、お父さんとお母さんはとっても仲良しさんやから、な?」
「……うん」
「ん、それじゃお母さん、今からお仕事……」
その時、母親が視線を横へと動かして身を固くした。
視線の先には、6つあるテーブルにある椅子の内(普段は3つしか使わない)の1つに置かれたA4サイズの茶封筒だった。
そこには時空管理局の印象が刻まれていて、ついでに言えば彼女の夫の職場の印が記されていた。
「あっかん……! あの人、大事な書類忘れて行っとるやん!」
慌てたような母の声に、アストは小さな頭をコテンと倒して首を傾げた。
その間に、管理局の制服の上にエプロンを着けた母は椅子とテーブルの間に挟まれた書類の封筒を手にとって確認した。
そして自分の考えが正しいとわかると、困ったように眉根を寄せる。
「まいったなぁ、私ももう出なあかんし、今日に限って頼める人も……今から連絡して、戻って来れるかなぁ」
「なぁなぁマーマッ、パパ、忘れ物したん?」
「ん? うん、まぁ……困ったお父さんやねぇ?」
困った笑みを見せる母に、アストは最初はぼんやりとした表情で封筒を見つめていた。
母はそのままリビングから出て行った、言葉の通り父親に連絡を取るつもりなのかもしれない。
アストはテーブルの上に残された封筒をじ~っと見つめると、何かを思いついたように笑顔になった。
<……!?>
そして、傍をふよふよと浮いていた茶色い装丁の本を掴むと――気のせいでなければ、「お嬢様、突然何を!?」と驚愕している気がする――リビングの玩具箱の中からクレヨンと画用紙を取り出して、なにやら書いていた。
その10分後、母親がリビングに戻ってきた時には――――。
「あれ? アスト――?」
娘の姿だけでなく、「本」の姿も見えずに首を傾げる。
そして首を傾げた際、テーブルの上に置いてあった書類もなくなっていることに気付いた。
まさかと思い慌てて玄関に行けば靴が無く、外に出てみても姿が見えない。
「あの子、まさか……」
――――こうして。
アスト……アストレア・Y・ティティアの大冒険が、始まったのだった。
◆ ◆ ◆
八神家道場、というものがミッドチルダに存在する。
簡単に言えば八神家が経営する道場であって、ストライクアーツを始めとする格闘技を教えている道場である。
そこで教えている格闘技には他には無い特色があるのだが、その点今はあまり関係が無かった。
特に、まだ本格的な訓練を始めてもいないアストにとってはそうだった。
彼女はまだ格闘技の流派・道場ごとの違いなどわからないし、そもそもまだ自分の意思で習い始めているわけでもない。
見習いにもならないそんな彼女だが、しかし道場には毎日のように顔を出していた。
「おはよー!」
そして今日も、日曜日のために門下生が多くいる中に幼い声が響く。
組み手をしている者、道場の周囲を走っていた者、型を確認していた者、様々な練習をしていた屈強な男達が、傍を元気に挨拶しながら駆けて行く小さなお姫様の姿に手や足を止める。
「アストちゃん、おはよう」
「おはよーございます!」
「アストちゃん、おはよう。今日も元気だなぁ」
「えっへへー、私、元気!」
道場のアイドル、ここに見参と言うような様相であった。
アイドル扱いどころか、門下生に外で助けられることもままあるので、お姫様扱いと言っても過言では無かった。
「おや、アストお嬢様じゃないですか」
「あ、ディエチお姉ちゃん、ザッフィーどこにおるかわかる?」
靴脱ぎ場で門下生が脱ぎ散らかした靴を整理していたのか、アストは1人の女性に出会った。
長い癖のある茶色の髪を首の後ろで縛った女性で、門下生ではないが、この道場で働いている女性だった。
「ザッフィー……でしたら、奥の道場に。ご案内しましょうか?」
「ううん、大丈夫!」
ありがとう! そう告げてアストはディエチの傍を通り過ぎると、靴を脱いで中へと進んだ。
脱ぎ散らかされたそれを、ディエチはそっと直した。
一方でアストはててててて、と転がるように走ると、道場の中に入ってズンズン奥へと進んだ。
そしていくつか部屋を通り抜けて、最終的に何人かの門下生が組み手をしている広い空間に出た。
「ザフィーラ!」
入り口で少しまごついた様子だったが、目当ての人物を見つけると破顔して再び駆け出した。
呼ばれた人物はと言えば、門下生の1人に型を教えていた手を止めてアストの方を振り向いた。
短い銀髪に褐色の肌の、ガタイの良い男だ。
アストとは似ても似つかないのだが、関係性としては「家族」のカテゴリーに入る存在だった。
「ザフィーラ、ザフィーラ!」
「お嬢様」
アストのことを「お嬢様」と呼ぶのは、ある意味その特殊な関係を象徴していた。
それまで仏頂面だった彼は、アストの姿を認めると僅かに表情を緩めた。
アストはそんな彼の足元――身長差的にまさに足元――に行くと、可愛らしく両拳を握り締めて。
「なぁなぁ、ザッフィーどこ?」
「は? いや目の前に……」
「えー?」
アストはきょろきょろとあたりを見渡して、ザフィーラの周りを一周して、そして再び前に回ってザフィーラを見上げると不満そうな顔で。
「ザッフィーは~?」
「えー……」
ザフィーラとしては困惑せざるを得ない、が、周囲の門下生が何やらジェスチャーをしていた。
何故か四つん這いになる者までいる、何となくザフィーラにはそれで状況が飲み込めた。
極めつけは、アストの傍をふよふよと浮いている一冊の本の存在だった。
「彼女」は忙しなく明滅を繰り返して、何かを伝えようとしていた。
「…………少々お待ちを」
いろいろ考えた末にそう告げて、彼は道場の裏手へと回った。
首を傾げるアストのことを他の門下生の女性が止めている間に、ザフィーラは用意が出来たのか戻ってきた。
ただし今度は青い毛並みの狼の姿で、である。
「ザッフィー!」
パッと笑顔をの花を咲かせて、アストがその狼形態ザフィーラに飛びついた。
青い毛並みの中に顔を埋めて、満面の笑顔。
門下生は和んでいたが、とてとてとやってきたディエチが。
「ああ、アストお嬢様、ザフィーラさんはいましたか」
「え、どこかに行ったよ?」
「え、いやそこに」
「この子はザッフィーだよ?」
「…………ああ、はい、そうですね」
あっさりと諦めた、5歳の子供に何を言っても無意味である。
何しろあのヴィヴィオでさえ、9歳頃までザフィーラを犬だと本気で信じていたのだから。
アストはそんな周囲の生暖かい視線を気にもせずにザフィーラの背中によじ登ると、ザフィーラの鼻先に手に持っていた大きな封筒を上からかぶせるようにして。
「あのなザッフィー、これ、パパの所まで持っていかなくちゃいけないの。だから連れてって?」
何が「だから」なのかさっぱりであるが、やはり5歳の子供に何を言っても無駄である。
横でピカピカ光っている茶色い装丁の本に封筒の陰から視線を向けた後、ザフィーラはディエチへと視線を向けた。
そして彼女が頷きを返すのを見ると、のっそのっそと歩き出した。
「ザッフィー、ありがとう!」
ぎゅむっ、と跨った体勢のまま抱きついてくるアストに溜息を吐きつつ、ザフィーラはアストの父の職場……地上本部へと向けて歩き出した。
なかなか距離があるが、まぁ、どうとでもなるだろう。
「……組み手、再開!」
そんな2人(と一冊)を見送った後、ディエチの声で道場は元の喧騒を取り戻した。
それから、クラナガンの街では「大型犬に乗った幼女」が各所で目撃されることになる。
なお、その噂が母の耳に届いた次の日、アストはかなり叱られたと言う。
◆ ◆ ◆
「ふんふーん、ふんふふふんふふーん」
午前の太陽が降り注ぐクラナガン、とある公園。
リニアの駅から市街地へとその公園を進むのは、まさに「大型犬に跨った幼女」であった。
具体的にはザフィーラに跨ったアストであって、おまけに彼女の傍には常に茶色い装丁の本が浮いている。
魔法の街であるクラナガンにおいても、なかなか珍しい組み合わせである。
というか、クラナガンでなければ通報ものである。
それがわかっているのかいないのか、ザフィーラの背の上でアストは上機嫌で歌っていた。
だからか、道行く高齢者などは非常に微笑ましそうな視線を向けていた。
「あ、あすとちゃんらー」
「ユズ、ダメだよ走ったら、コケちゃうよ」
その時、のっしのっしと歩くザフィーラの傍に小さな女の子が駆けてきた。
どうやら休日に公園に遊びに来たのだろう、茶色の髪をツインにした3歳くらいの女の子だ。
ようやく満足に自分の意思で動けるようになったぐらいの、小さな存在だ。
女の子はザフィーラの足の毛に掴まると、にへ~とした笑みを浮かべた。
「あ、ユズちゃんやん、おはよー」
「おあよー」
ユズと呼ばれた女の子は嬉しそうに笑うと、自分もザフィーラの背に乗ろうと彼をよじ登り始めた。
しかし身体が小さいので、うんうん唸るばかりでどうすることも出来なかった。
そんな彼女を後ろから脇に手を挟んで抱っこしたのは、金髪に異色の瞳を持つ少女だった。
「ごめんなさい、ザフィーラ」
いや、と首を横に振るザフィーラにほっとした表情を浮かべて、ヴィヴィオはユズに「めっ」と言った。
当のユズはむずかるように唸り、ザフィーラに手を伸ばしていた。
ザフィーラが謝罪のように鼻先をその手に押し付けると、翻ってきゃっきゃっと笑う。
「ヴィヴィオお姉ちゃんやん、おはよー」
「おはようアストちゃん、アストちゃんもザフィーラとお散歩?」
「ヴィヴィオお姉ちゃん、この子はザッフィーやよ?」
「え、だからザフィーラ……」
「ちゃうよー、ザッフィーやもん」
ヴィヴィオはザフィーラと視線を合わせると――10年前には見上げていたが、今は見下ろす位置――何ともいえない笑みを浮かべた、ただしその笑みは眉根を寄せた困ったような笑みだったが。
自身も幼い頃は似たような間違いをしていたので、強くは言えないのだが。
「あすとちゃん、あしょぼー」
「ごめんなぁ、今おつかいの途中なんよ」
「おつかい?」
「うん! パパの所にこれ持ってくんやー!」
どーんっ、と封筒を見せてくるアストは得意げな笑顔だった。
ヴィヴィオはそれに苦笑して、ユズは見せて見せてと騒ぎ始めた。
腕の中に抱っこした「妹」を宥めながら、そしてその小さな手を握って、一緒に「ばいばい」をする。
心配ではあるが、ザフィーラ「達」がついているなら大丈夫だろう。
「さ、ユズ。お家に帰ろうね、なのはママとユーノパパが待ってるよ」
「うゆぅー……あすとちゃんとあしょぶのー」
「はいはい、今日はお姉ちゃんと遊ぼうね」
数年前に増えた、新しい家族。
願い続けてやっと生まれた、たった1人の妹。
そんな存在を抱っこしてあやしながら、ヴィヴィオは自分の家族が待つ家へと戻っていったのだった。
◆ ◆ ◆
「はぁ? アストが来るって……
『マジもマジ、大マジや。ディエチから連絡あって、ザフィーラがついてってくれてるて』
「それで放っておいたのかよ」
『しゃーないやん、私かて仕事あるんやもん。本当は途中で誰か捕まえて書類だけ送ろうかて思ったけど、アスト本人が行く言うし……そもそも、そっちが忘れ物するんが悪いんやん』
「そこを言われると弱いんだが……でもほら、何かあったらどーするんだよ」
『無い無い、それこそザフィーラがついててくれるなら何も無いよ。それにあの子もついてるし、伊達に4歳で仮ロード申請させてへんよ』
「いや、でもなぁ……うーん……」
『はいはい、パパは心配性やね』
「でもなぁ、はじめてのおつかいは8歳くらいが良いって資料に」
『仕事場で何の資料を読んでるん……あ、そうや、あのな……』
「なんだよ」
『その、あの……昨日の夜の、あれな……えっと、アストにな、あー……み、見られてたみたいで……』
「え」
『あ、あはははー……し、寝室にも、鍵、つけよか』
「…………え?」
◆ ◆ ◆
時空管理局地上本部は、管理局の二本柱の一角である。
現在ではかつて程の身の固さは若干だが薄れ、民間に対してもオープンな組織へと変化を遂げつつあった。
しかしそれでも、大型犬(狼)の背中に乗った女の子というのは異彩を放っていただろう。
「ザッフィーはここにいてな、わんちゃんは入っちゃダメなんやから!」
そして地上本部に複数ある施設ゲートの手前で、その女の子……アストはザフィーラの背中から降りて彼に対しそんなことを言っていた。
アストのその言葉に、ザフィーラは正直に言って困った。
ここまで来るのに公共交通機関を使用してきたのだが、その際はザフィーラがアストに知られないようにIDを各々の職員に示してやり過ごしていた。
しかしここでまさに犬のように待たされてしまっては、アストが1人で地上本部の中を歩くことになる。
地上本部の施設の中を5歳の女の子が歩けるわけが無い、間違いなく保護される、もちろんそれでもアストの父親の所には辿り着けるだろうが……その場合、ザフィーラにはめでたく役立たずの烙印が押されることになる。
「きゃわぁっ!?」
甲高い悲鳴が上がる、アストの上げたものだ。
理由は、ザフィーラがアストの服の背中部分を咥えて持ち上げたためだ。
アストが小さな手足をバタバタさせて、非難めいた声を上げるのは当然だった。
「もうっ、何するんザッフィーッ、離して~パパのとこ行くんやぁ~あ!」
しかしザフィーラは離せない、離せばアストはそのままの勢いで施設の中に走りこんで行ってしまうだろう。
傍らでふよふよ飛んでいる茶色い装丁の本も、2人(1人と1匹?)の周りをオロオロと飛んでいる、言葉を話せればおそらく「お嬢様、お願いですから大人しくしていてください」とでも言っていることだろう。
「ザッフィ~、離してやぁ~。やぁやっ、やぁや~~……っ」
えぐ……と、咥え上げられたアストが涙ぐみ始める。
咥え上げたは良いが、咥えると喋れなくなるという事実にザフィーラは気づいた。
よって、たとえ彼らに奇異の視線を向けながら施設に出入りする局員達に対しても何も言うことができなかった。
非常に不味い状況だが、ザフィーラにはどうすることも出来なかった。
「あ、あの……」
しかしそれも、ある女性が声をかけたことで解決することになる。
「こんなところで何、やってるの……? ザフィーラに……あれ、アスト?」
「どうしたんですかフェイトさ……って、うわぁ」
金糸の髪の女性と、オレンジの髪の女性。
今や執務統括官、そして執務官という役職についている2人が目を丸くしてそこにいた。
◆ ◆ ◆
結果的に言えば、ザフィーラは凄まじく落ち込みながら施設の外で待つことになった。
何しろザフィーラの口から金糸の髪の女性――フェイト・T・ハラオウンがアストを抱き上げたところ、アストはしゃくり上げるように泣いていたからである。
それはもうザフィーラの落ち込みようは半端なかった、再起不能にならなければ良いが。
「ざっふぃーな、ざっふぃーな、ひどいんよ? パパのところに行きたかったのにな、なのにな、なのに私のこと噛むんよ、ひどい、ひどいわぁ……っ」
「はいはい、大丈夫だよ。私達がパパのところについていってあげるからね」
連れて行ってあげると言わない所が、フェイトらしい所なのだろうか。
アストを抱っこして歩くフェイトの3歩後ろを歩きながら、ティアナはそんなことを思った。
六課解散の頃とは異なり、すでに執務官としていくつもの事件を解決しているエリートである、士官学校を出ていない人材としては極めて異例な存在であると言えよう。
(ザフィーラはIDを持ってるから、たぶん大丈夫って思ったんだろうけど……)
それにしても、5歳で住宅街からここまで1人で(ザフィーラの背中に乗って)来ると言うのは、しっかりしていると見るべきか親の顔が見たいと(知人だが)思うべきか。
まぁ、きっと父親が100%悪いのだろうと、意外と長いものに巻かれるタイプのティアナはそう思った。
今度ヴィータに教えてあげよう、心の底でティアナはそう決意した。
「アストは偉いね、パパのために頑張ったんだもんね? でも、ママに何も言わずに出ちゃったらダメだよ、ママが心配しちゃうからね」
「……うん……」
気が付けば、いつの間にかアストは泣き止んでいた。
流石に昨年から孤児院を経営しているだけあって子供の扱いが上手い……ここで「扱い」と思ってしまうあたりが自分らしいと、ティアナは冷静に自分に突っ込みを入れた。
ただ周囲の視線が気になるので、もう2歩距離をとったのは内緒である。
「後でザフィーラ……じゃない、ザッフィーにもごめんなさいしようね、ケンカの後は仲直り、でしょ?」
「……フェイトお姉ちゃんも、ケンカしたことあるん?」
「うん、あるよ、たくさん」
「……あのな、パパとママもね、昨日の夜ケンカしてたんよ。でもね、起きたら仲直りしてたんよ、それと一緒?」
「うん、一緒一緒」
あの2人がケンカなんてしていたのか、とフェイトは笑顔を崩さずに内心で思う。
関係的には叔母と姪の関係だが、まだ「お姉ちゃん」で通るあたり、どこかの誰かとは違うようだ。
「じゃあ、ザッフィーと一緒にお昼寝する」
「お昼寝か、良いね」
「そう言う時、パジャマは脱がなあかんの?」
「え? どうして?」
「んとな、パパとママがな」
うん? と首を傾げるフェイト、後ろをついて歩くティアナはこの時点で嫌な予感がした。
「昨日の夜な、ベッドの上でケンカしてたんよ。でもパジャマ着てなくて、それで仲直りしたんやないの?」
「え……っと、ぉ……」
「それって……」
フェイトはやや頬を赤くして身を固くして、ティアナはさらに10歩後退した。
周囲の視線もぎょっとしたものに変わり、視線を感じたフェイトはますます顔を赤らめる。
彼女らの周囲をふよふよと浮いていた茶色い装丁の本も、これには慌てたのかクルクルと回転していた。
フェイトはそれを確認しつつ、かなり慌てた様子で。
「あ、アスト? あのね、それはもしかしたら仲直りの方法だったのかもしれないけど。でもそれは一般的な方法じゃないと言うか、パパとママだけと言うか何と言うか……」
「なんでー? ママも知らん人に言うたらあかんて言うてたよ」
「そ、そうなんだ。えーと、何でって言うと……うーん……」
(……ドン引きだわ……)
合計15歩離れた位置にいるティアナは、心の底から主にアストの父親に対して引いていた。
ちなみにその後、アストとフェイトの会話の内容が(フェイトが有名な分加速度的に)噂となって広まり、それを桃色の髪の騎士の口から聞いた母親は超がつくほどキレたと言う。
その際、アストが物凄く叱られたことは言うまでもない。
「えっと、ここから三つ目の左のドアがパパのお仕事部屋だよ。左ってわかる? お茶碗持つ方の手が左だよ?」
「うん! フェイトお姉ちゃんありがとう!」
そこからいくらか進んで、フェイトはアストの父親の仕事場がある階層までアストを連れてきた。
その時にはアストの胸にはゲスト扱いの名札があり、正式なお客様の立場を得ていた。
本来はザフィーラの仕事だったはずだが、先の事情でフェイトが行うことになった。
そして彼女が自分の手で抱っこしたままアストの父親の所まで送らないのは、父親に気を遣わせないようにするためと、アスト自身の「おつかい」の意思と精神を尊重した結果だった。
アストはそんなフェイトに元気良くお礼を言うと、茶色い装丁の本を引き連れて、封筒を両手で抱えて駆け出した。
そして元気良く数字を数えながらドアの前を通り過ぎて、左の三つ目の扉を躊躇無く開けた。
「あ、ノックするんだよって教えるの忘れちゃった……」
「良いんじゃ無いですか? 娘さんですし」
そう言って2人が去る一方で、アストは満面の笑顔を浮かべていた。
それと言うのも、部屋の中に入った次の瞬間には封筒を父の前に掲げて。
「パパッ、忘れ物、持って来たったで! パパは私がおらんとあかんねやからな!」
どこで覚えたんだそんな台詞、と苦笑して自分の頭を撫でてくる父親に、アストは全身で抱きついてしがみついた。
油断すれば眠くなってしまいそうなぬくもりの中で、アストは顔を赤くしながら嬉しそうに笑うのだった……。
◆ ◆ ◆
「……寝ちゃったか」
「疲れていたのだろう、朝から動きどうしだったんだ……まぁ、盾の守護獣は大変だったろうが」
「こいつなぁ、俺とはやての良い所ばーっか持っていきやがったもんな。犬は嫌いじゃないし、魔力はバカデカいし、フェイトの高速機動を目で追えるくらい動体視力凄いし、はやての擬似魔力集束とか匂いでわかるとか言うし、どんだけだ」
「だが甘党だ、お前に似て。牛乳に砂糖を入れるのは画期的だったぞ」
「あれは単純に俺の真似をしただけだろ」
「それにおてんばだ、幼い頃からお嬢様に破られた私のページの数はもはや数え切れない」
「悪いな」
「いや、それも私の役目だ。約束したからな――――お嬢様の人生80年、私が守ると」
「俺の娘は不老不死だからな、一生ページ破られてろ」
「成長すれば、そんなこともしなくなるさ」
「これ以上成長するわけないだろ、したらいつかお嫁に行っちゃうだろ」
「…………人間とは、変化する存在のことを言うからな」
「こっち見て言えよ、オイ」
「……ん、うぅ~……?」
「む、起きるようだな。私は魔導書に戻る、帰りはお前が?」
「ああ、連れて帰るよ」
「そうか……ああ、そうだ、夜のことだが」
「あ?」
「お嬢様の情操教育に悪いので、今度からお嬢様を騎士達の家に預けるなどの対策を講ずることを期待する」
「……………………おぅ」
◆ ◆ ◆
――――いつの間にか、寝てしまっていたらしい。
「……ん~?」
ぐしぐしと目を擦りながらアストが起きた時、外はすっかり暗くなっていた。
カーテンの向こうに太陽の姿はなく、地平線の端が微かに赤らんでいるだけだ。
お昼寝にしては、少々長かったかもしれない。
いつの間に抱いていたのか、手の下にあった茶色い装丁の本に寝ボケた目を向ける。
寝ている最中、父が誰かと話していたような気がした。
何となく、視界の記憶の中に銀髪のお姉さんがいたような気がしたのだが……夢だったのだろうか。
「パパぁ……?」
ソファの上で身を起こして、きょろきょろとあたりを見回す。
しかしその部屋には誰もいなくて、照明も消されていた。
ちょっとだけ寂しい気分になってしまって、アストは眉を下げた。
すると、そのタイミングで部屋の扉が開いた。
通路の照明の光に目を細めて、それでもじっとそちらを見ていると。
「お、起きたのかアスト。待たせてごめんな、帰ろうか」
「……パパ!」
来た時と同様、アストはぱっと輝かせてソファの上から飛び降りた。
そしてそのままててててーっと駆けて行くのを、後から茶色い装丁の本が浮かびながら追いかけていく。
その間に、アストは父の身体へと飛びついていた。
父親も、しゃがみ込んでアストの小さな身体を受け止める。
「パパ、お仕事だいじょーぶやった?」
「ああ、大丈夫だったよ。アストがおつかいしてくれたおかげだな、ありがとう」
「えへへ……」
抱っこして頭を撫でると、アストは花開くような明るい笑顔を見せてくれた。
母親に似た笑みに笑みを返して、父はアストを抱っこしたまま立ち上がった。
5歳にもなるとなかなかの重みだが、父親にとっては大したことは無かった。
自分がかつてされることの無かった行為を自分がすることに、僅かな照れと大きな喜びを感じてさえいる。
「パ~パッ」
「んー? 何だ」
「えへへ~……」
ちゅっ、と頬に微かな湿り気を感じれば、すぐそこに娘の照れたような笑顔。
首に腕を回してきて、ぎゅっと抱きつかれれば少し苦しいが、しかし幸福な苦しさだった。
抱っこした温もりに、その髪の中に顔を押し付けるようにして抱き締めた。
「パパ、だーいすき♪」
それはこちらの台詞だと、彼は思った。
そして彼は娘を抱っこすると、車を停めてある駐車場へと歩き出した。
普段なら遠く感じる道のりも、娘と一緒ならやけに短く感じた。
こんな現実なら悪くないと、そうも思いながら……。
――――ただ、その姿を見かけた人間が「何だ、あの幼女連れてデレデレした男は」と思う程にデレデレしていたようで、それが巡り巡ってその話が母親の耳にまで届き。
後日、たいそう叱られたそうである。
「恥ずかしいから外で娘にデレデレしたらあかんて、言うたやろ!」
「いや、でも褒めて伸ばした方が良いって資料に」
「パパを苛めちゃやぁや、やぁやっ」
「なんでいつも私が悪者になるかなぁ……!」
<……! ……!(訳:主、主! どうか落ち着いて、ここで『ラグナロク』は洒落にならな……)>
ちなみに、噂の発端はたまたま父を見かけた赤い髪の騎士だったとか何とか……。
と言うわけで、12日だけ空くのももったいないと思い急遽書き上げた蛇の足偏、文字通り正しい意味での「後日談」になります。
うん、何故でしょう……凄まじく、これで良いのか私的な。
あと、ギンガさんendのバージョンを希望される方が意外と多かったですね。
ただ個人的な心情としてエンディングは一本、重婚(ハーレム)エンドは無しな作品なのでそれはやらないですが、せっかくなのでギンガさんバージョンの設定を想像してみましょう。
*戦闘機人は子供を生めるのか、という問題もありますが。
<ギンガさんendの場合>
マイア・N・ティティア:
濃紺の髪に水色の瞳、線の細そうな5歳の女の子。ちょっぴり病弱で引っ込み思案、でも秘めたパワーは岩をも砕く(リアルに)。何故引っ込み思案かと言うと、表向き母親がお淑やかなことと、母の妹達(主にノーヴェ、ウェンディ)が騒ぐ中で育ったため。
(ウェンディ「うっひゃーちっこいっスねー、ほーらたかいたかーい!」ノーヴェ「ばっ、庭で空に投げる奴があるかぁ――っ!?」、その後チンクがウェンディを爆撃する)
なお、姉妹の中では特にセインに懐いているのは皮肉以外の何者でもない。
(セイン「か、かわ、かわ……かわいい……!」チンク「ディープダイバーでかくれんぼやいないいないばぁをするのはやめろ」)
偽予告的に言うと、「魔法少女リリカルなのはViVid」改め「魔法拳士リリカルマイア」、始まります的な感じで。
主人公はマイア、病弱な少女がひょんなことから世界最強を目指す物語。
DSAA(次元世界の格闘団体)が送り出す闇の戦士達をばったばったと薙ぎ倒すストーリー、マイアの前に現れるのは仮面の科学者SUKARU率いる改造戦士達!
(SUKARU「ふふはははは! 私の科学戦士はまさに最強の性能を誇る、キミ達には倒すことはできないだろうね!」ノーヴェ「なぁ、あれドクターじゃね?」チンク「うむ、ご壮健なようで何よりだ」)
はたしてマイアは、緊張すると100杯のご飯を食べると言う弱点を克服し、世界最強に辿り着くことができるのか……!
マイア「お、おかわりして、がんばります……!」
……そんな、意味不明な夢を見ました。
それでは、今度こそ14日にバレンタイン話を出して締めにしたいと思います。