魔法少女リリカルなのは―流水の魔導師―   作:竜華零

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最後に残酷表現(拷問系統?)があります、タグもありますが苦手な方はご注意ください。
では、どうぞ。


StS編第17話:「査察官、夜天を想う」

 陳述会襲撃事件から6日後、9月18日早朝。

 ミッドチルダ東部山岳地帯の森林、その中に彼はいた。

 緑の長髪に白スーツ、いつもと同じ格好のヴェロッサ・アコーズは茂みの中に身を潜めていた。

 

 

 足元には古代ベルカの三角式の魔方陣、眼を閉じながら輝きに包まれる彼は、どこか神秘的な風にも見えた。

 少なくとも、いつもの軽い雰囲気とは異なる。

 しかも彼の傍には2匹の犬がいるのだが、しかしその犬は半透明の魔力で構成されていた。

 

 

「……3体破壊、か。ここで確定、かな……」

 

 

 ――――無限の(ウンエントリヒ)猟犬(ヤークト)

 彼の所有する稀少技能(レアスキル)、魔力で生み出した猟犬だ。

 目視・魔力探査目視を抜けるステルス性能と、犬達の目と耳を通しての情報の術者への統合とフィードバック、しかも運用距離無しの自立式……もはや反則的な能力である。

 

 

 しかし今、東部の森でその反則的な能力で生み出した犬が3匹破壊された。

 これまでに無い「成果」だ、そして東部の質量兵器保管庫ですらこんな事態にはならなかった。

 犬達が破壊される直前に送ってきた映像も、確定だと彼に告げている。

 

 

「僕にしては、まぁ随分と働き者なわけで……」

 

 

 口元は笑うが目は笑っていない、むしろ目の下のクマがここ数日の彼の動きを如実に表していた。

 当たりをつけるまでに時間がかかり過ぎた、が、どの道必要な時間だったと言える。

 少なくとも今回、ヴェロッサに余裕は無かった。

 ここと、地上本部、妹分と元部下からの引き継ぎの仕事……自分で買って出たそれは、思いの外キツかったようだ。

 

 

「それにしても、まさかミッドチルダ東部にこんな大質量の遺物があるとはね……」

 

 

 ふぅ、と疲れたように息を吐いて、彼は顔を上げた。

 森の先にあるだろうそれに、そして今し方犬を通じて得た情報。

 その、名を。

 

 

「<聖王のゆりかご>……か」

 

 

 その名前に、ヴェロッサは目を細めた。

 そしてやるべき仕事を終えた彼は、「敵」に見つけられる前にその場から離れる……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 6日間、術式治療とリハビリ、デバイスの修復に費やした6日間だった。

 聖王医療院の病室で、6日ぶりに査察官の白い制服に着替えたイオスは、一つ頷いて自分の左掌を開閉した。

 そこには、以前は無かった黒のグローブが嵌められていた。

 

 

 手の甲に薄青のクリスタルが嵌め込まれたそれは、『テミス』の待機形態だ。

 以前はカード状だったが、マリーによる修繕の後に変わったのである。

 あれは元々マリーがいた部署のデバイスだったから、改良も可能だったのだ。

 出し入れの必要があるカードよりも、こちらの方が良いだろうとの判断だ。

 

 

「……もう良いのか?」

「おう、つーかお前、男の着替えを見る趣味があったんだな」

「違う、怪我は良いのかと聞いているんだ」

 

 

 陳述会襲撃事件から6日後の朝、イオスは退院の時間を迎えていた。

 それに合わせたのかどうかはわからないが、扉横の壁に背を預ける形でクロノが立っていた。

 彼は心底面倒そうにイオスの軽口に応じると、指先に挟んだディスクを掲げて見せた。

 いろいろなデータが入っているらしいそれを受け取りつつ、病室の外へ出る。

 

 

「サンキュ」

「良いさ」

 

 

 まだ外に出たわけでは無いが、それでも病室の物とは異なる空気が肺を満たす。

 立ち止まって何となく息を吐いていると、着替えの間外で待っていたリインが文字通り飛んできた。

 別に急ぐでもなく、ゆっくりとした速度でイオスの肩の上に座る。

 

 

 ここ数日、六課との連絡のためにちょくちょくイオスの傍にいるリイン。

 ただそれだけのためでは無い、が、それを知っているのはイオスとリインだけである。

 肩に乗ったリインに視線だけ向けた後に息を吐いて、イオスは歩を進めようとした。

 

 

「お……」

 

 

 その時、別の人物がそこにいることに気付いて足を止めた。

 その際、後ろから出ようとしてきたクロノとぶつかって一悶着あったが、その人物は苦笑しつつその様子を見ていた。

 ベリーショートの髪に漆黒のシスター服の女性、シスターシャッハが。

 

 

「おはようございます、クロノ提督、イオス査察官、リイン曹長。イオス査察官がご退院とのことで、伺わせて頂いたのですが……」

『……イオス、何をした』

『今の内に謝った方が良いと思うです』

「おはようございます……」

 

 

 念話で飛んでくる2人の言葉を無視しつつ挨拶を返すと、シャッハはにこやかな笑みを見せる。

 まさか念話の内容を聞かれたわけでもあるまいが、何となくイオスは居住まいを正した。

 

 

「えーと、それで、何か……?」

「ええ、実は少々、六課の方々から気になる話をお聞きしまして……もしかしたら、お力になれるのではと」

 

 

 シャッハはイオスの言葉に頷くと、軽く首を傾げて見せた。

 イオスもまた、それに対して小さく眉根を動かして見せるのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 聖王教会には教会騎士団と言う固有の武力があり、次元世界において管理局を除いて固有の武力を持つことを許された組織はほとんど存在しない。

 もちろんそれは公的にと言うことであって、非公式に武力を持っている組織はいくらでもある。

 だが、精強さという点では管理局を除けば次元世界随一の武力集団であると考えられている。

 

 

(宗教組織が武力持つって、管理局員としては微妙だけど……)

 

 

 まぁそれは宗教組織云々ではなく、管理局サイドの人間の勝手な視点なのかもしれない。

 などと思いつつイオスが通されたのは、その教会騎士団の訓練場だった。

 屋内式の中規模な物で、六課のようなシミュレーターは無いグラウンドタイプの物だった。

 今は誰もいないが、その気になれば数十人規模の訓練が出来そうだった。

 

 

「私は何度か来たことあるです、シグナムとかについて」

「マジでか」

 

 

 リインはついてきているが、クロノは仕事があると言うことですでにいない。

 そもそも直接来る必要が無いといえば無かったのだが、それは幼馴染と言うことで流すことにした。

 実際、彼が持ってきてくれたデータはそれだけ重要な……話が逸れてしまったが。

 

 

 とにかく、イオス(とリイン)はシャッハに連れられて教会所有の訓練場に来ていた。

 イオスは初めて見るが、思ったよりも造りが簡素で古い。

 教会の建築様式はミッドのそれとは異なるので、そう思うのかもしれないが。

 

 

「……騎士カリムの権限やリンディ提督などの方々のご好意で、地上本部襲撃に関する情報をいくつか拝見させて頂きました。そこで、イオス査察官のお役に立てるのでは無いかと思う箇所がありまして」

「はぁ……」

 

 

 訓練場の中心にまで行くのかと思えば、そうでもなく……入り口近くの壁際で会話を始めた。

 正直、どの箇所がどうなのかわからないのでアレなのだが。

 そして次の瞬間、シャッハはシスター服の袖から2本の板が対となっているアクセサリーのような物を取り出した。

 

 

「逆巻け――――『ヴィンデルシャフト』」

 

 

 一陣の風が頬を撫でたかと思い、風に巻かれて閉じた目を次に開ければ。

 そこには、1人の騎士が立っていた。

 双剣……というより、トンファーのようにも見える武装を所持している。

 鍛え上げられたシャープな身体を包む濃い緑のインナー、腰から足首のあたりまでを白のガードスカートで覆い、二の腕と太腿まで覆う黒の長手袋とブーツ、オーバーハイ。

 

 

「うぇ……?」

 

 

 何となく嫌な予感を覚えたその時、シャッハが軽く跳躍した。

 そんなことで驚きはしないが、しかし驚く箇所があった。

 横の壁を、透過したのである。

 あの、セインと言う戦闘機人の少女のように。

 

 

「……私は、跳躍系の技術に才があります」

「……!」

 

 

 すぐ背後、再び壁を透過して来たシャッハの呟きが聞こえる。

 冷や汗一つ、跳ねるように移動して身体を後ろへと回す。

 6日間動かしていなかった戦闘用の筋肉が、軽く軋みを上げるのを感じた。

 しかし目の前、自然体で立つシャッハはそれを見透かすかのような目でイオスを見つめると。

 

 

「戦闘機人――――地面や壁を透過する能力を持つ者も敵方にいると聞きます。相手にするのであれば一定の対策は必要、そしてイオス査察官には6日間の空白があります。戦闘の勘を取り戻すには、ちょうど良い訓練になるかと」

「……なるほどね」

 

 

 つい、と自分から離れるリインの気配を感じながら、イオスは左手の『テミス』を掲げた。

 ちょうど、他はともかくセインと言う少女の能力への対策だけはこの6日で立てられずに困っていた所だ。

 その意味でも、シャッハの申し出は渡りに船と言うもの。

 

 

「非才の身故に、多少乱暴になることをお許しください」

「いや、有り難いよ。そもそも、ヌエラさんが非才なら大多数の魔導師に才能無いと思うんだが……」

 

 

 シャッハ・ヌエラ、取得ランク――――陸戦AAA。

 ランクが全てでは無いが、それでも「非才」とは言えない実力者だ。

 

 

「まぁ、俺としても新形態の『テミス』を試したいしな。ちょっと身体あっためる感じで……」

「はい!」

 

 

 イオスの言葉を遮る形で、シャッハは元気良く笑顔で頷いた。

 

 

「ロッサがお世話をかけているお礼とお詫びも兼ねて――――全力でお相手させて頂きます!!」

「え」

 

 

 ……訓練後、リインはイオスにシャッハとの訓練の感想を聞いてみた。

 すると彼は、こう言ったという。

 

 

「もう一回入院するかと思った……」

 

 

 ……と、それはそれは打ちひしがれた顔で言ったのだという。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「と言うわけで、今頃はシスターシャッハに扱かれているかと」

『あら、そうなの……男の子は元気があって良いわね』

『男の子って年齢でも無いと思うのだけど……』

 

 

 聖王教会からの帰り、クロノは公用車の中でリンディとレティの2人に通信をかけていた。

 もちろんイオスの復調を伝えるためでもあるが、それ以上に機動六課のことや地上本部のこと、スカリエッティやはやてのことを話し合うためだ。

 あれから6日、随所でいろいろな動きがあったのである。

 

 

(まぁ、僕達に細かにわかるのは六課のことだけだが……)

 

 

 例えば、機動六課のこと。

 現在は課長代行になのは、部隊長代理にフェイトを置いて多頭体制で運営されている六課。

 新たな本拠が地上に用意できずに困っているようだが、それでも半壊した隊舎の無事な部分を使って何とかやっているらしい。

 

 

 はやてのことについては、2点だけだ。

 まず1点、行方についてはヴェロッサの調査待ちだ。

 そして2点目――――『夜天の書』について。

 こちらは、どうやらはやて自身の希望で少し前からリーゼ姉妹が監視しているらしい。

 何か変事があれば、すぐにわかるだろう。

 

 

「それで、地上本部の様子はどうですか?」

『あまり、良くないわね』

 

 

 クロノの問いかけに深刻そうな声音を返すのは、人事関係で比較的地上の担当者と折衝する機会の多いレティだった。

 彼女にしては珍しく渋面を作って見せるあたり、深刻さが伝わって来ようと言うものだった。

 レティは画面の中で溜息を吐いて見せると、物憂げな表情のまま言葉を続けた。

 

 

『地上側は本局サイドとの交流を絶っている状態よ、正直将官クラス、それもレジアス・ゲイズ中将と対等に話せるくらいの年季の入った人材でも連れてこないと……どうにもならないわね』

「そこまでですか……」

 

 

 ほう、と息を吐くクロノ。

 彼とてこの6日間、六課を含めた様々な問題に直面してきたのだ。

 そして管理局全体の混乱と慌しさは、人事という面で見ているレティの方が良くわかっているのかもしれない。

 

 

 そのレティが言うのだから、それは必要な条件なのだろう。

 そしてクロノはもちろん、リンディやレティでさえレジアス・ゲイズと対等に話すには年季が足りない。

 能力云々の問題ではなく、条件の問題なのだ。

 

 

『……もし良ければ、私も話に参加させてくれないかな?』

 

 

 クロノ達が静まり返ったその時、新たに通信の枠を広げてくる存在がいた。

 それは彼らにとっても、久しく声すらも聞いていなかった存在だ。

 自分の名前と使い魔を遣いに出す他は、その全てを後進に託した存在だった。

 

 

 それが今、自分達にコンタクトをとってきたのだ。

 表示枠の向こうの「彼」は、通信越しに向けられる驚きの視線に柔和な微笑を浮かべると。

 ……深く、頷いて見せたのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「珍しいじゃないか、秘密主義の脅威対策室にいるキミが表立って歩いてるなんて」

「秘密主義と隠遁主義は違うんだってことを、私は前々から説明してるはずなんだけどなぁ」

 

 

 管理局本局の次元航行艦ドック、『テレジア』と呼ばれる中規模艦艇の中で2人の女性がそんな会話を繰り広げていた。

 1人は萌黄色の髪の眼鏡の女性、そしてもう1人は薄茶色の髪の長身の女性だ。

 着ている制服は青と黒、それぞれが異なる立場の存在であることを制服の色が示していた。

 

 

「それで? 本局のテロ対策の最前線の部署に所属しているキミが、一次元航行艦の艦長に過ぎないボクの所に何の用もなく来るわけは無いと思うんだけど……ボクの勘繰りすぎかな?」

「旧交を温めに来たのは本当なんだけど……まぁ、いろいろとあるねぇ」

「やっぱりね、そんなことだろうと思ったよ」

 

 

 苦笑を浮かべて爪用のオイルをしまい、椅子を回してルイーズと向き合うハロルド。

 それに対してルイーズも苦笑を返した後、ある一つの表示枠をハロルドに提示してみせた。

 そこにはいくつかの情報がある、対策室が持っている地上本部の情報や襲撃事件の主犯と思われる「ジェイル・スカリエッティ」に関する情報だ。

 で? と視線で訴えかけてくるハロルドに頷きを返して、ルイーズは言葉を作った。

 

 

「イオス君の手伝い、しなかったんだってぇ?」

「それが今、何か関係あるのかい? ボク達だっていろいろな仕事が立て込んでたからさ」

「いや、関係は無いけどぉ……良いのかなって思ってねぇ」

 

 

 意味深な笑みを浮かべてみせるルイーズに視線を細めて見せれば、彼女は一枚のディスクを指に挟んで掲げて見せた。

 

 

「ちょっとした出世話があるんだけどぉ、聞いてみない?」

「……聞いたら断れない類っぽいのは気になるけど、でも、出世って言葉は好きだよ」

 

 

 ハロルドは思う、出世とは良いものだと。

 トップである自分の階級が上がれば部下達の待遇をもっと良くできるし、できることも見えるものも増えてくる、それはすなわち選択肢を多く持てるということだ。

 その意味でハロルドは、出生に意地汚い自分というものを理解している。

 

 

 クロノやイオス、あるいはなのは達のように己の出世を度外視して何かを成そうなどと思ったことは無い。

 自己犠牲の精神を否定するつもりは無いが、ハロルド自身はそんなものに価値を見出してはいなかった。

 ある意味で合理主義的で野心的、それがハロルドという女性士官なのだった。

 

 

(そのあたり、イオス君はまだ甘いからねぇ)

 

 

 ルイーズが提示したような「見返り」を彼が提示することが出来れば、地上本部・機動六課襲撃の際に『テレジア』サイドからの支援を得ることが出来たかもしれない。

 まぁ、査察官とは言え一等空尉に過ぎない彼には難しい条件だったかもしれないが。

 しかしそれは、実を伴うものである必要は無い。

 単純な話、出世に繋がる査定が得られる程度のものでも良いのだから。

 

 

「はぁん……なるほど、ボクは艦を貸せば良いんだね、ようするに」

「お願いできるかな、ハロルド・リンスフォード一等空佐?」

「――――次は将官、か。良いね、ようやっとハラオウン君(夫)に追いつくチャンスだ」

 

 

 全ての説明を聞いた後、ハロルドは心地良さげに目を細めて机に肘をついた。

 眼鏡の奥の瞳は、苛烈なまでの打算の輝きに揺らめいている。

 それにルイーズは一つ頷くと、満足げに息を吐くのだった。

 ――――やれやれ、大規模テロの収拾のためとは言え根回しは疲れる、などと思いながら。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 参りました、ティアナはそんな意味を込めて両手をその場で両手を上げて見せた。

 するとティアナに剣先を突きつけている相手は一つ頷いて、剣を引いてくれた。

 

 

「もう、怪我とか大丈夫みたいですね。シグナム副隊長」

「ああ、シャマルのおかげでな」

 

 

 イオスが退院する日と時を同じくして、シグナム達守護騎士もまた実戦訓練に復帰していた。

 それまで副隊長陣の事後処理に追われていたティアナも、グリフィス率いるロングアーチスタッフの復帰と本局からの機材の融通によって元の訓練時間を取り戻すことが出来ていた。

 とはいえ、相変わらず副隊長クラスには手も足も出ない状態だが。

 

 

「ブチ込むぞ――――受け止めろ、スバル!!」

「はいっ!」

 

 

 少し離れた場所では、聖王教会の好意で借りている訓練場を破壊する勢いで放たれたヴィータの一撃を受け止めているスバルが見える、正直に言って逆で無くて良かった。

 近距離戦は苦手だ、今回の事件に限って言えば避けるべきだろうと思う。

 無いものねだりは、やめたから。

 

 

「しかし、何と言うか……随分とあっさり降参したな。もう少し粘るかと思ったのだが」

「あはは……シグナム副隊長にあそこから逆転できるようなカードは、まだ無いですよ」

 

 

 助け起こして貰ったことにお礼を言いつつ、ティアナはパンパンと訓練着のお尻の部分をはたいた。

 六課のそれとは違い、教会の訓練施設は自然の土を固めて作った物が多いためだ。

 そうしつつ、ティアナは言う。

 

 

「……訓練ですから。リミッター解除状態のデバイスの調子とか、戦闘機人戦を想定した近距離戦闘主体の戦い方とか、物凄く参考になりました。ありがとうございました」

「あ、ああ。まぁ、私は高町教導官ほどに物を教えられるような人間では無いが」

 

 

 照れ半分感心半分で、頭を下げてくるティアナにシグナムは鷹揚に頷いた。

 訓練でも勝ち負けに拘っていたティアナが、随分と変わったものだと思いながら。

 もちろん手を抜いているわけではない、単純に、訓練と実戦ではすべきことが違うことを意識し始めただけだろう。

 

 

 そして実際、今ヴィータとシグナムがリハビリを兼ねてスターズの訓練を行っているのは、2人――正確にはフォワード4人共――の最終リミッターが解除されたデバイスの調子を見るためでもあった。

 シャーリーが手塩にかけて整備したデバイス、その性能は極めて高い。

 扱い切れるか不安もあったし、今もデバイスの性能を引き出しきれていない部分もあるが……それでも、振り回されない程度には慣れておかねばならなかった。

 

 

「シグナム副隊長、ティアさん!」

「お待たせしました!」

 

 

 開放された訓練施設の天井、そこから一匹の騎竜……召還状態のフリードが降りてきた。

 次の瞬間、フリードがその身体から輝きを放ち、いつもの小さな子竜の姿になる。

 輝きが収まった中から出てきたのは、ライトニングの2人だ。

 

 

「ああ、戻ったか……テスタロッサ」

「はい、シグナム」

 

 

 そして2人と1匹に共に降りてきた金糸の髪の女性――フェイトに声をかけるシグナム。

 彼女は現在、部隊長代理として部隊の置き所を探している所だった。

 ただまぁ、現在の所はあまり上手くいっていないようだった。

 

 

 特に六課にとって喫緊の課題である、「八神はやての救出だった」。

 六課のメンバーは現在そのために活動しており、同時に『レリック』事件の解決に向けて――すなわち、スカリエッティ陣営の捕縛ないし打倒――準備を進めてもいた。

 ただ、やはり部隊と課の運営を一手に担っていたはやての不在は響いていた。

 

 

「……痩せたか?」

「シグナムこそ」

「私は痩せんよ」

 

 

 意外とシグナム達の存在の真理をついた会話に、2人は苦笑する。

 しかし、痩せるような気持ちにはなっている。

 こうして身体を動かしているのも、言ってしまえば気を紛らわせるための物だ。

 

 

 そうでなければ、今にも飛び出して行ってしまいそうで。

 地上本部側の動きは読めないが、少なくともはやての救助のために動いている風でもない。

 より大きな危機、地上本部施設の壊滅という自体のために仕方が無いと言う面はあるのかもしれない。

 しかし、言いたいこともあるのだ。

 

 

(主はやてに、守られておきながら……!)

 

 

 あの時、ガスによって制圧された空間で……はやては、ほとんど抵抗せずに囚われた。

 トーレの不意打ちにやられたシグナムに、偉そうなことは言えない。

 しかしはやては言ったのだ、自分が大人しく連れ去られる代わりに襲撃をやめろ、と。

 自分の身柄を預ける代わりに、皆の身の安全の保障を求めたのだ。

 その場にいる将官・士官・職員も……そして、カリム達のことも含めて。

 

 

 そしてそれは、意外なことに受け入れられたのだ。

 六課の襲撃やチンク達の撤退も、そこに原因がある。

 要するに、目的(の一つ)であるはやてさえ確保してしまえば、後はどうでも良かったのだろう。

 はやてが目的、となれば、思い当たる節は一つしか無かった。

 

 

「クロノや次元航行艦部隊の人達は、ミッドを出入りする艦艇の臨検に力を入れてくれてる。だからたぶん外には出てない……ミッド地上のどこかにいると思う。そうなると、地上の協力がどうしてもいるんだけど……」

「いやぁ、そいつぁ無理だと思うぜ」

 

 

 眦を下げながらのフェイトの声に答えたのは、シグナムでもティアナ達でも無かった。

 振り仰いで見れば、そこにいたのはシスターシャッハとリインを伴ってる歩く……。

 

 

「……イオス?」

「おーぅ」

 

 

 ……退院したばかりなのに、何故かどこかボロボロのイオスだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 そもそも、八神はやてが陸士資格を持つ地上局員でありながら本局寄りの姿勢を持った――持たざるを得なかった理由は、その出自に原因がある。

 それは管理外世界の住人ということではなく、指定ロストロギアの司であったという事実だ。

 一般局員はともかく、レジアス・ゲイズ中将のような上層部はそのことを知っていた。

 

 

 そして有能であれば前科を問わない(もちろん、限度はあるが)本局と異なり、地上本部はロストロギアやレアスキルなど強力な力を有する人材に対して厳しい。

 魔法特性上、なのはやフェイトのような高度な空戦に向かないはやては陸士資格を取り、魔導師ランクも陸戦でこそ無いが空戦でも無い総合で取得している。

 レアスキル持ちでロストロギア事件関係者、10代で二佐……地上で疎まれる条件は全て揃っていた。

 

 

「叩き上げを至上とする地上本部の連中にしてみれば、八神さん程鬱陶しい存在はいなかったろうよ。そしてそれは、一度自己犠牲を見せたり、特別捜査官として功績を立てれば消えるって物じゃない」

 

 

 それでも、と、イオスは思う。

 はやてはそれを十分に承知していたろうし、どことなく償いの一部だと考えていた節がある。

 そして彼女自身、もっと時間をかけてやっていくつもりだったのだろうとも。

 それが、今回の『預言』に纏わる事件で全てが引っ繰り返ってしまった。

 

 

 機動六課の設立、本局指揮下で部隊を設立することを選んでしまった時点で……地上でのはやてのキャリアは終わったと言っても良い。

 言ってしまえば、地上本部の管轄に本局が介入できる口実を作った張本人なのだから。

 もちろん、はやてにも言い分はあるだろう。

 つまりこうだ、「時間が無かった」のだと。

 

 

「地上の連中を地道に説得してる時間が無かった、だから本局のクロノやリンディさんみたいな、危機感を共有してくれる人間と組んで六課を作るしか無かった……目的は3つ、世界の守護と身内を目の届く所において守り、かつ俺に関する『預言』の成就を防ぐ、か」

 

 

 『レリック』の回収は、もちろんそれ自体も目的だが、しかし本命では無かった。

 六課の仲間と……イオスを守るために。

 必要だから、そうしたのだ。

 己の保身や出世に頓着しない、はやてらしい選択と言える。

 

 

 しかし、気に入らなかった。

 別に地上の連中とはやての関係がどうという話ではない、それははやて自身の選択の結果であって、誰に言い訳も出来ないはやての問題だからだ。

 ただ、イオスがはやてに思うのは「気に入らない」という感情だ。

 おそらく他の面々にも言えることかもしれない、すなわち。

 

 

「一言、言ってやんねぇと気が済まねぇよなオイ……!」

 

 

 イオスのその言葉に対して、反応はそれぞれ異なる。

 フェイトは苦笑いを浮かべ、シグナムは表情を変えず、ヴィータはハンマーを担ぎ直し、スバルは眦を上げて、ティアナは嘆息し、エリオは真剣な表情を浮かべ、キャロは心配そうな顔をし、フリードは戸惑ったように鳴いて、リインは静かに目を伏せた。

 唯一、本当の『預言』を知っていたシャッハだけが会釈するように頭を下げた。

 

 

「じゃあ……皆で助けに行くってことで、良いんですよね?」

「なのは、ヴィヴィオ」

「フェイトママーっ!」

 

 

 ととと……と目の前を駆けていくヴィヴィオに微妙な視線を向けた後、イオスは視線をシャッハの後ろへと投げた。

 訓練施設の入り口付近、扉に手をかけた体勢で立つ栗色の髪の女性。

 六課課長代行、高町なのは教導官へと。

 

 

 僅かに痩せたように見えるなのはに目を閉じて頷きの代わりとすると、さらに視線を彼女の後ろへと動かす。

 そこには、白衣を着た女性と青い毛並みの狼がいた。

 シャマルとザフィーラだ、特にシャマルは一つ頷くと。

 

 

「一応、全員完治です。ただ、あまり無茶をするとどうなるかわからないので、慎重に」

「……慎重にいける場面なら、そうするよ」

 

 

 それはつまり無茶が必要ならそうすると言われているようで、シャマルは苦笑した。

 そしてその視線は、フェイトに抱かれて笑顔を見せるヴィヴィオへと向けられる。

 ヴィヴィオはこの6日間教会の敷地から出ていない、「安全」のためだ。

 ――――敷地の外で自由に生きられるかは、ある事情で今回の事件次第となっているが。

 

 

「……主はやての居場所は?」

「推論だが、俺の元上司が見つけてくれてるらしい。問題は足だな、自前で飛べない奴もいるし」

 

 

 聖王教会の協力を得れば早いが、それは出来れば避けたかった。

 厳密には教会の協力では無く、「カリムの」協力だからだ。

 その微妙な差異を間違えると、後で痛い目に合うことをイオスは良く知っている。

 

 

 まぁ、足については良い……気乗りはしないが、心当たりはあるからだ。

 問題は戦力だ、しかしイオスはともかく六課には心配事が一つある。

 リミッターだ。

 

 

「正直、査察官としてこんな発案は絶対にやりたく無いんだが……まぁ、現実問題として必要だからな。後で始末書手伝えよお前ら、査問もな」

「何、人の顔見てブツブツ言ってんだよ」

 

 

 ヴィータがやや引き気味に言う、しかしイオスは大真面目だった。

 何しろ、必要なことだ。

 クロノの代理執行では、シグナムやヴィータ、なのはやフェイトのリミッターを完全解除できないのだ、手続き上。

 そこで、イオスが考えた方法は……。

 

 

「守護騎士と……後、フォワード4人もかな、それでたぶん制限いっぱいだろ」

 

 

 は? と目を点にして自分を見る一同に、イオスはふむと頷く。

 要するに、全員が六課という一部隊に所属しているために起こる問題だ。

 だからこそ、彼は。

 

 

「お前ら、六課辞めろ」

「「「はぁ?」」」

 

 

 彼は、その場にいる全員から困惑の視線を受けたのだった。

 

 

「…………う?」

「キュル?」

 

 

 訂正、1人の小さな女の子と1匹の子竜だけは首を傾げていた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 地上本部壊滅により臨時に用意された執務室、本棚に囲まれたその部屋で1人、蹲るように机に座っている男がいた。

 厚い胸板を隠すように背中を丸め、机に肘をついて顎を乗せて。

 薄暗い部屋で、目の前の表示枠を額に汗を滲ませながら睨んでいる。

 

 

 レジアス・ゲイズ――――地上本部の事実上のトップである。

 しかし彼は今、威風堂々を旨とする武闘派の気配を微塵も感じさせていなかった。

 相手を射竦める眼光は鳴りを潜め、威圧する背丈は縮こまっているように見える。

 額やこめかみに脂汗をかいているその姿は、どこか病人のようにすら見えた。

 

 

「戦闘機人……スカリエッティ……」

 

 

 ブツブツと呟く彼の目の前の表示枠には、先日の地上本部壊滅の様子やスカリエッティによる挑発とも取れるメッセージが映し出されている。

 そして特に彼が食い入るように見つめているのは、機動六課の騎士が地上本部を目指して飛んでいたらしい騎士と戦闘を繰り広げている映像だ。

 

 

 どう見ても10歳程度にしか見えない、六課の守護騎士のことなどはどうでも良かった。

 問題なのは、それと戦いを繰り広げた敵の方にこそ問題がある。

 何分画像が荒く、望遠も半端で姿を確かに確認することは出来ない。

 しかし、レジアスはその男のことを知っている気がした――――いや、知っている。

 だからこそ、彼は動揺を隠せないでいるのだった。

 

 

「……生きていたのか……?」

 

 

 スカリエッティのこと、地上本部のこと、そして……最高評議会のこと。

 考えることが多いその身にとって、非常に悩ましい仮説、あるいは事実なのだ、それは。

 もしそのことが事実として確認されれば、今まで彼が積み上げてきたものが崩れ落ちる程の……。

 

 

「中将!!」

「何だ、騒々しい!!」

 

 

 その時、執務室に駆け込んでくる存在があった。

 それまで考えていたことの余韻もあるのか、レジアスの口調はどこか荒い。

 どこか、何かを覆い隠しているかのような態度にも見えた。

 しかし駆け込んできた相手はそれ所ではなかったのか、とにもかくにも彼女は執務卓の前で敬礼して見せた。

 

 

「どうした、オーリス。お前らしくも無い」

 

 

 いつも冷静な秘書官の慌しい表示に、レジアスは太い眉を動かす。

 オーリス……防衛局の制服をきっちりと着こなした眼鏡の士官は、綺麗な敬礼と共に息を整えて、言った。

 

 

「一部の地上部隊が、ミッドチルダ東部に向けて動きを見せています」

「何、だと……!」

 

 

 その報告に、レジアスは疑惑と愕然、そして苛立ちを覚えた。

 もちろん、全ての地上部隊の細かな動静をレジアスがどうこうする必要は無い。

 しかしこのタイミングで把握していない動きをされたことに対して、彼は苛立ったのだ。

 

 

 だが、その苛立ちが本当は何に対する苛立ちなのか。

 苛立ちが、簡単に恐れに繋がる感情である以上。

 彼は、そのことに確固たる回答が出せないのであった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――彼らは、ヘリの中にいた。

 以前乗っていたJOF704式とは内装が異なる、製造されたばかりのそこにはまだビニールや確認票がついている部分すらあった。

 しかしそれでも、ローター音すらさせないその機体は彼らを見事に運んでくれていた。

 

 

『スポンサー提供による譲渡を条件に、任務成功による広告収入の全額保障。今後とも我が「ミッドチルダ・エアロスペース」社をご贔屓に……』

 

 

 消え行く通信画面の先、レイチェルという名のMAe社長令嬢が頭を下げていた。

 スポンサー提供の名の通り、そのヘリは1機だけとはいえ無償提供である。

 まぁ、代替条件は当然の如くあるが……それは別の話である。

 重要なのは、単独保有の無いその部署に「足」が出来たことである。

 

 

 彼らを運ぶのは、MAe製JOF706式大型輸送ヘリコプター。

 4枚羽2組のタンデムローター機でありながら、複合素材の多角形の形状構築とレーダー波吸収剤の使用などによりステルス性能が増した機体だ。

 隠密での集団輸送には、うってつけの機体だ。

 

 

「104、108! 攻撃を開始しました! 次いで『クラウディア』『テレジア』が衛星軌道から降下開始! 『星乙女作戦(オペレーション・アストリア)』、発動しました!!」

 

 

 操縦席から響くのは、短い茶髪の整備士の女性下士官の声だ。

 彼女が強く操縦桿を引くのと同時に、ヘリ内部でも動きがあった。

 オレンジの髪の少女が、機内中央で膝をつき、顔の前で2丁の拳銃を重ねたのである。

 そして広がる、オレンジの魔力の輝き。

 

 

 それを受けて、青髪の少女が右の拳を握り、桃色のポニーテールの女性が刃を確認するように剣を構える。

 その傍らに座るのは、水色の髪の青年と銀色の髪の小さな女の子。

 栗色の髪の女性と金糸の髪の女性、そして萌黄色と茶髪の髪の女性、黒髪と白髪の男の顔を並べた通信画面の向こうに頷きを送る。

 

 

「さて……」

 

 

 ――――辞令。

 守護騎士(ヴォルケンリッター)及び、フォワード4名。

 9月19日付で、古代遺失物管理部機動六課よりミッドチルダ質量兵器・兵器素材密輸事件仮設合同捜査本部への出向を命令する――――。

 

 

「行くか」

 

 

 青年の言葉に、無数の頷きが返ってきた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「いやー、訓練の後の温水洗浄(オフロ)は最高っスねー」

 

 

 そんなことを言いながらラボの中を歩くのは、ウェンディである。

 すでに日付が変わった未明の時間ではあるが、そんなことは戦闘機人である彼女には関係が無い。

 その気になれば機械的な方法で圧縮休眠(メンテナンス)を受ければ済むため、休息に対する考え方が通常の人間とは異なるのである。

 

 

 いつもと変わらぬ青いスーツ姿、熱を逃がすように襟元を指先で摘めば赤い痕が見える。

 それを指先で感じるでも無いだろうが、中指でつい、と撫でる。

 目を細め、ややサディスティックな雰囲気を見せる笑みを唇の端に乗せる。

 思い出すのは、先日の襲撃で見た血塗れのあの男……。

 ……あの男にも傷跡が残っていれば良いのに、と思うのが不思議だった。

 

 

「ノーヴェ――、大丈夫っスかー?」

 

 

 ラボのかなり深部にあるメンテナンスエリア、ウェンディはそこを訪れていた。

 自動で開く扉を気にも留めずに中に入れば、そこには無数の生体カプセルが並んだ広い部屋があった。

 

 

「お~、ノーヴェ~♪」

「うるっせぇな! 馬鹿みたいに呼ぶんじゃねぇよ」

「6日ぶりじゃないっスか~♪」

「でぇいっ、抱きつくんじゃねぇ!」

 

 

 修繕(ちりょう)用のカプセルから出たばかりなのか、スーツを足先から上へと引き上げている最中のノーヴェにウェンディが抱きつく。

 ノーヴェは着替えができないからか単純に恥ずかしいのか、顔を赤くしてウェンディの顔面に掌を押し付けて引き剥がそうとした。

 

 

 それをクスクスと笑いながら見ているのは、紫の髪の白い制服の女性、ウーノである。

 白いタオルを腕に抱えていた彼女はじゃれ合う「妹」達の様子を微笑ましそうに見て、どこか「姉」のような口調で諭すのだった。

 

 

「はいはい、久しぶりに会えて嬉しいのはわかるけれど。ノーヴェ、ウェンディ、じゃれるのは後にしなさいね」

「いやっ、ウーノ姉この状況見えてる!? 明らかにあたしが絡まれてるだけじゃん!? ってーか……は・な・れ・ろ!」

「う~ん、ノーヴェの肌はスベスベっスね~」

「ひゃっ、どこ触ってんだ馬鹿野郎!」

「はぶ!?」

 

 

 ノーヴェに殴り飛ばされて吹き飛ぶウェンディ、もちろん2人共フリでしかない。

 最新の戦闘機人である2人が本気で戦闘を行えば、ラボが壊れかねない。

 まぁ、長姉たるウーノがいる前でそんなことはしないが。

 

 

 とにかく、ウェンディは6日ぶりに会えた姉妹に嬉しそうな笑みを見せる。

 先日の戦闘でタイプゼロ・セカンドの渾身の一撃をモロに受けた彼女は、それだけの期間メンテナンスを受ける必要があったのだ。

 それがわかりつつも、過剰なスキンシップを好むウェンディにノーヴェは辟易していた。

 ……まぁ、嫌っているわけでは無いが。

 

 

「しっかし、相変わらず……似た顔がいっぱいある部屋っスねぇ」

「人造魔導師の製造プラントだから、当たり前だろ」

「それはそっスけどねぇ……」

 

 

 キョロキョロとあたりを見渡すウェンディ、実際、洞窟を刳り貫いて作った広い空間には成人サイズの生体ポッドが所狭しと並べられている。

 過半は空だが、しかし半数以上には「中身」がある。

 同じ遺伝子からの製造なのか知らないが、似た顔が多いのは確かだった。

 生体ポッドの明かりしかない部屋で、人形のように並べられたそれらを見ていると……。

 

 

「あ、アレがルーお嬢様の意中の人っスかね」

「変な言い方すんな」

 

 

 それにウェンディが目を留めたのは、それが「一点モノ」だったからだ。

 妙齢の、紫の髪の女性。

 どことなくルーテシアに似た風貌を持つその女性は、ポッドの中にたゆたうように目を閉じている。

 眠っているのか死んでいるのか、それ以外の理由で保管されているのか、それはわからない。

 

 

 ウェンディとノーヴェが知っているのは、それがドクターのお気に入りである所のルーテシアの「目的」であるということだけだ。

 特に興味は無いので、深い事情は知らない。

 そして着替え終えたノーヴェに対して、ウェンディは改めて笑みを見せるのだった。

 

 

「ルーお嬢様といえば、騎士ゼストはどうしたんスかね」

「さぁな、相変わらず音信不通だよ。それよりウーノ姉、あたし達って地上本部潰したけどさ、あれって良かったの? 最高評議会とか地上のトップさんとかにドクター怒られない?」

「――――ドクターにはドクターのお考えがあるのよ」

 

 

 はぁん……と、わかったようなわかっていないような吐息で返事をするノーヴェ。

 ウーノの返答は満足のいくモノではなかったが、さほど関心の高い問題でもなかった。

 何故ならば結局、彼女は破壊することしか。

 

 

 ――――衝撃。

 

 

 突然、地下深くに存在するラボが揺れるほどの衝撃が彼女らの足元を揺るがした。

 もちろんそれでバランスを崩すような真似はしないが、それでも驚きはする。

 いったい、何事が生じたのか。

 

 

「「「……!」」」

 

 

 その時、3人がそれぞれに表情を変えた。

 ウーノは眉を微かに顰め、ノーヴェは片手で頭を押さえ、ウェンディは口笛を吹いた。

 それは、彼女達の創造主からの「命令」。

 

 

「……ドクターからよ。プランⅡへ以降、姉妹はそれぞれ配置についてお客様のお出迎え……そして」

 

 

 腰回りに円環状の鍵盤のようなキーボードを出現させながら、ウーノが静かに告げた。

 ノーヴェが武装を確認し、ウェンディが好戦的な笑みを浮かべる。

 その他、ラボ内の様々な動きを掌握して、ウーノは視線を上へと上げる。

 このアジトへと攻撃を仕掛けてきている人間達に向けて、宣告するように。

 

 

「――――この世界に、終焉の笛を響かせるわ」

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――不意に当てられた光に、その女は目を細めた。

 それは周囲に灯された照明が原因であって、長い時間――少なくとも、数十時間以上――暗闇の中にあったその女性にとっては、瞳が焼かれる程に強い光だった。

 しかし、その光に瞳を慣らしてしまえば。

 

 

「……ここ、は……」

 

 

 長い間飲まず食わずの状況にあったためか、唇は乾き声はどこか掠れている。

 それでも瞳の奥の輝きは衰えていないものの、黒いケーブルのような何かに身体を絡めとられた姿は見る者に痛々しさを印象付けるだろう。

 特に首元や手先など、直にケーブルに触れている肌は赤黒く変色してしまっている。

 

 

 手入れされていない髪はややくすんで頬にかかり、髪留めも半分が取れてしまっていた。

 タイと上着が除かれた白いブラウスの隙間からは黒のインナーが覗き、制服のスカートから覗くストッキングは所々が伝線して切れてしまっている、何より靴が無く素足の状態だ。

 何より手首から二の腕、太腿から腰、そして女性らしい膨らみを締め付けるように絡まった胸元から首にかけて巻かれるケーブルは、まるで茨のように見える。

 

 

「聖人もかくやと言わんばかりの姿じゃないかね、八神はやて君」

 

 

 そしてそんな彼女がいるのは、かなり広い空間だった。

 これは驚きをもって見た、何しろもっと狭苦しい場所に監禁されているものと思っていたからだ。

 しかし実際には、ちょっとした集団演習が出来そうな程に広い空間がそこには広がっていた。

 

 

 現代の様式とは違う、どちらかといえばベルカ自治領の様式に近いだろうか。

 彼女がいるタイルの床を中心として、シンメトリー構造になっている黄色と黒の壁と天井。

 天井と壁、床はX状の不思議な柱で繋がれており、左右よりも前後が非常に広い造りになっている。

 まるで、人々を左右に侍らせるために造ったかのような空間だった。

 そして最奥、金細工か何かで設えられた黄金の椅子の側に立っているのが。

 

 

「……ジェイル……スカリエッティ……!」

「知っているのなら話は早い、自己紹介は必要無いようだ」

「…………誰が、アンタなんかと」

 

 

 掠れた、しかし断固とした口調で彼女――はやては噛み付くように告げる。

 まさに噛み付くように身体を前に動かそうとするが、肌に食い込んだケーブルの痛みでそれは叶わなかった。

 しかし、眼光だけは鋭いまま。

 

 

 その視線の先にいるのは、豪奢な椅子の側からはやてへと近付いてくる白衣の男に注がれている。

 紫の髪に金の瞳の、白面の男。

 どこかいやらしげな笑みを顔に貼り付かせたその男は、ゆったりとした足取りで近付いてくる。

 ジェイル・スカリエッティ……技術者型の、広域次元犯罪者。

 機動六課の、つまりはやての「敵」である。

 

 

「これは嫌われてしまったようだね、個人的な繋がりは何も無いはずなんだが」

「……アンタを好きになる人間なんて、おらんやろ」

「いるさ、私とかね」

 

 

 少し長く話すだけでかなりの労力だ、しかも相手の返答の内容が苛立ちを募らせる。

 スカリエッティは顎先に指を添えながら、不思議そうな、それでいて感心するような目ではやてを見下ろしていた。

 全身を舐めるように見つめられて、はやては自分の羞恥心と屈辱感が刺激されるのを感じた。

 

 

「……アンタ、何を……する、つもり、なんや……」

「欲しいもののために努力するのは、人間の美徳だとは思わないかい?」

「それは……っ」

 

 

 乾いた喉で叫ぼうとして、声を詰まらせるようにはやては咽た。

 苦しげに咳き込む彼女を見て何を思ったのか、スカリエッティはふむと頷いて。

 

 

「クアットロ」

「はぁい」

 

 

 次の刹那、いつからそこにいたのか、細い指先が顎を掴むのをはやては感じた。

 上向かせられた視界に入ったのは、首元に4番の数字を持つ眼鏡の女だった。

 いやらしげな笑みを貼り付かせた顔の横には、ミネラルウォータのような水が入ったボトルがあった。

 

 

「さぁ、どうぞ――――夜天の陛下?」

「……っ」

 

 

 顔を背けて拒否しようとしたが固定されて叶わず、唇にボトルの口を押し付けられた。

 そして唇越しに感じる冷たい水の感触に、乾いたはずの瞳から涙が零れたような気がした。

 飲みたい、本能が告げる……飲め、と、凄まじい力で精神の柱を打ち壊しにかかっていた。

 しかし、それでもはやては拒否した。

 

 

 口内に行かず口の端や頬から流れた水が腕や胸、腰や足を伝って床に水溜りを作る。

 衣服を濡らすその冷たさに身を竦め、ピチャピチャと跳ねる水の音が嫌に耳に響いた。

 同時に聞こえるのは、嗜虐的な色を込めたクスクスというクアットロの笑い声だ。

 

 

「あら、はしたない。お水の飲み方もわからないんですかぁ?」

「……っ、む……ぅ」

「ほーら、ほぉらぁ……」

 

 

 クアットロが親指の先ではやての唇を押し開くと、どうにもできなかった。

 唇のガードを抜けた水が一気に流れ込んできて、はやては目尻に涙を浮かべて目を見開いた。

 怯んだ隙に歯の間にボトルの口を押し込まれて、ごぼごぼと声にならない音を漏らすばかりだ。

 

 

 それでも、最初は抵抗した。

 ケーブルに縛られた手足を軋ませ身をそらしてボトルから口を離そうとした、しかし身体が固定されていてはどうにも出来なかった。

 そして、ついには呼吸ができなくなって……。

 

 

「ん、ぐ……っ」

 

 

 ごくり、と最初の一口の飲み下した時、はやては目を閉じて確かに涙を流した。

 何十時間かぶりに与えられた冷たい水の感触は、まるで罅割れた柱の間から染みて漏れるようにはやての心を揺らしたのだ。

 二度三度と続く内に、それは徐々に大きくなっていく。

 それは酷く惨めで、哀れを誘う光景であった。

 

 

「ん、ぐ……ぅ、っく、んっ? む、ぐっ!?」

 

 

 ほぼ傾けられたボトルと、手指で固定された顎。

 息継ぎが出来ない事実に気づいて、はやては再び目を開いた。

 視界には被虐心にゾクゾクと震えるクアットロの笑みしかない、ほんの数秒だが確かにはやては恐怖した。

 

 

 口内で飲み、そして口の端から零れ落ちる水の量。

 ボトルの大きさからしてほんの10秒程度のこと、しかし水を飲み下している段階で息など残しているはずが無い。

 その10秒間、はやてはクアットロの望むままに身体を悶えさせることしか出来なかった。

 

 

「……っ……っ、く、はっ!? かふっ、えはっ……ぅ……!」

 

 

 最初とは別の意味で咳き込み、離されると同時に下を向いて口内に残っていた水を吐き出した。

 喉は潤ったものの、呼吸を整えるのに少しの時間を要した。

 苦しげに息を乱すはやての姿を見て、スカリエッティはどこか咎めるような視線をクアットロに向けた。

 しかしクアットロ自身は悪びれた様子も無く肩を竦めるばかりで、彼は嘆息した。

 

 

「……まぁ、しかし流石は夜天の王。普通の人間なら最初の一日で精神が折れていても不思議は無いのだがね」

 

 

 嘆息しつつ、はやてに視線を合わせるように身を屈めるスカリエッティ。

 そしてはやての髪を掴んで顔を上に上げさせる、クアットロを睨んだ割には雑な仕草だった。

 とは言え、はやてもやられてばかりでは無かった。

 顔を上げると共に、軽い音を立ててスカリエッティの顔に唾を飛ばしたのである。

 皮肉なことに、水分を得たからこそ出来ることだった。

 

 

「誰が、アンタの思い通りになんかなるかい……ボケぇ……!」

「…………すばらしい」

 

 

 はやてから手を離し、白衣の袖で頬を拭きながら笑みを浮かべる。

 そしてどこか愉悦に歪んだ笑みはそのままに、彼ははやての胸元に手を伸ばした。

 首筋から鎖骨のあたりを擽られるような不快感に身をよじらせれば、首元から何かを引き千切るような音が聞こえた。

 

 

 黄金の剣十字、スカリエッティが手に掴んだのはそれだった。

 ほのかな輝きを放つそれに笑みを浮かべて、スカリエッティははやてを見下ろした。

 睨め上げてくる女の眼光に、彼は口元を綻ばせた。

 

 

「……『夜天の書』、当然知っていることとは思うが、これは現在本局のとある場所に封印されている。そうだね?」

「……さぁな」

「ふふふ、そう警戒しなくても良い、ただ事実を言っただけじゃないか。まぁ、私としても出来れば直接『夜天の書』を起動させることが出来ればわざわざスポンサーに気付かれるのを覚悟で本部襲撃などしなかったのだがね。それに聖王の器のこともある……」

 

 

 スポンサー、聖王、はやての知らない単語だ。

 しかしはやての疑問には関心が無いのか、瞳の奥に危険な色を浮かべて彼は続ける。

 右手に、赤いラインと白い爪のような物が付属した不可思議な黒のグローブを嵌めながら。

 

 

「はっ……何や知らんけど、残念やったな」

「いやいや、そうでも無いさ。最後の夜天の王、キミがここにいるじゃないか」

「何……っ、ぁ」

 

 

 グローブを嵌めた右手が、はやての顔を掴む。

 隙間から見えるスカリエッティは、病的な程に愉悦に染まった笑みを浮かべていた。

 

 

「キミと騎士達の間にリンクがあることはすでにわかっている。八神はやて君、キミはこう考えたことは無いかな、騎士達とキミの間にリンクが確かに存在するように――――」

「ぁ……ぁ、ああぁ、あああぁぁ……!?」

 

 

 ぞわり、と頭の中に異物が押し込まれるような感覚があった。

 初めて、では、無い……妙に懐かしい気さえする感覚は、しかし「以前」のそれよりも怖気が走るような不快感を彼女に与えていた。

 全身の産毛が逆立ち、身体を仰け反らせて震わせ、目を見開く程には。

 

 

 ――――知識、そう、これは知識だと本能で直感した。

 自分の知らない知識・情報・記憶が自分の中に無理矢理に流し込まれるような感覚。

 これを、かつて彼女は感じたことがある。

 だから、その結果も知っている――――。

 

 

 

「――――キミと『夜天の書』の間にも、当然リンクが存在するはずだろう? 私はそれを、少しだけ活用させて貰うだけさ――――」

「あっ……あ、あ――――っ、あ――――っ! ぅ、ああああああぁぁぁッッ!!??」

 

 

 

 侵される、犯される、オカサレル。

 自分の中身を他者に蹂躙されるような感覚に、まさに頭がどうにかなってしまいそうになる。

 無数の情報を叩き込まれる感覚に吐き気を覚え、逆に何かを引きずり出される感覚に死さえ覚悟して、彼女は叫んだ。

 

 

 それは恐怖であり、恐慌であり、悲嘆であり、悲哀であり、拒否であり拒絶であり、そして純粋な叫びだった。

 悲鳴。

 ゆりかごの中に、女の悲鳴が響き渡って――――。

 

 

 

 ――――――――消えた。

 

 


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