長くなり過ぎましたので、2話に分けます。
そのせいか、今回はより原作に沿った内容になりました。
続きは明日中に投稿します、よろしくお願いします。
――――名前をあげると、少女は告げた。
『闇』では無く『夜天』の主として、家族に名前をあげると告げた。
幾百年の時を生きた魔導書は、その言葉に自身の心が震えるのを感じた。
喜びのあまり、魔導書は切り離した自分の分身に僅かに干渉した。
本来なら即座に暴走する分身を、数分の間だけ押し留めることができると。
次代の……否、数百年ぶりに『夜天の王』の座についた少女は、少し笑ってしまった。
足元に、真白き光が満ち溢れる。
古代より受け継がれたそれは、三角形を主軸とした独特の魔法陣。
『夜天』を統べる少女の周囲に、さらに新たな光が生まれた。
それは緑であり、紫であり、赤であり、薄青であった。
そしてそれを包むのは、真白き光。
全てを清算し、無へと帰した後に生と成す輝きだ。
そして、風が吹いた。
少女の髪を柔らかに揺らすそれは、少女への祝福のエールのようであり、また強く支えているようでもある。
背中から服それは、それはまるで……追い風のようだった。
それは……その風の名前は……。
――――
◆ ◆ ◆
――――結界内、海鳴市街地上空。
そこに生まれた眩い光の柱は、上空を一直線に駆けた後に海岸すら超えて、海へと突き刺さった。
跳ね上がった海水が雨のように街中に降り、そして一部は細く緩やかに消えて行った光の柱の余熱でもって蒸発した。
「……はぁ、はぁ……」
「……っ……ふぅ……」
その海水の雨と蒸発の煙を同時に浴びる存在が、少なくとも2人いる。
一人は栗色の、そしてもう一人は金色の、髪の長さは異なるがどちらも髪を二つくくりにしている少女達だ。
それぞれが掲げた杖が、砲撃後の余熱を吐き出すように白い煙を排出した。
息を切らす2人の少女……なのはとフェイトの前には、誰もいない。
狙い、そして撃った相手が最後に障壁を張るのを見たが、2人の少女が放った空間制圧型の砲撃の前には意味を成さなかった。
純粋な魔力砲撃によるノックダウン、砲撃に巻き込んで海に叩き込むことで成せたと考える。
「……なのは、アレ!」
「え……」
膝に手を突いて息を吐いていたなのはと異なり、背中を逸らすようにして身体を休めていたフェイトだからこそ見えた。
遠く離れた海上、その上空に白い輝きを見たのだ。
白く輝く三角形は、古代ベルカ式のそれを現している。
「あれは……」
なのはが身体に活を入れた体勢を立て直した時、さらなる変化が訪れた。
その白い輝きが、四度、弾けたのだ。
ここまで聞こえて来そうな程の破砕音、それはまるで鳥の雛が卵の殻を破る音にも似ていた。
「……!」
フェイトが反射的に、口元を片手で押さえた。
目尻に微かな涙が浮かぶのは、どんな感情からだろうか。
だが、それだけの光景がそこには広がっていた。
そして聞こえるのは、歌だ。
歌うような、謳うような誓約の声だ。
――――我ら、夜天の主の下に集いし騎士。
――――主ある限り、我らの魂尽きること無し。
――――この身に命ある限り、我らは御身の下にあり。
――――我らが主、夜天の王、八神はやての名の下に。
そして、誓約は果たされる。
『闇』から『夜天』へと再生を遂げた騎士が、屈した膝を再び立たせる。
人はそれを、こう呼ぶだろう。
――――「不屈」、と。
『――――――――ッ!』
そして最後に、どこからか声が響いた気がした。
それは絶望でも憤怒でも諦観でも悲哀でも無く、それ以外の感情で染まった声だった。
歓喜と祝福、優しく吹いた一陣の風は幸運の運び手。
白き輝きが、今一度破砕する。
そこから現れたのは、少女だ……10歳になるかならないかの、小柄で華奢な少女だ。
黒地に金と白のラインの刻まれたインナー・ワンピースに、前の開いた黒のロングスカート。
肩と手元が黒地の白いジャケット、短い黒のソックスと同色のショートブーツ。
そして背中を彩るのは三対六枚の黒き羽根、その手に持つは金色の十字架の杖。
「…………」
小さく何かを紡いだ唇、一歩を踏み出す前に――自分の足で空中に「立って」いる――髪と瞳の色が変化した。
茶色の髪は色素が抜けて金に近い色に、黒の瞳は鮮やかな青に。
また気のせいで無ければ、変化の際に後ろから銀髪の女性が少女を抱く姿が見えた。
そしてそれは幻のように消えて、代わりに茶色い装丁の本がそこにあった。
彼女の存在に気付いたらしい4人の騎士が、少女の周囲を固めるようだった出現の陣を解いた。
そしてその中の1人、赤い髪の騎士が少女に抱きついた時、ようやく。
なのはとフェイトも、その場から飛び出すことができたのだった。
◆ ◆ ◆
「いやもう、何て言うか、このままめでたしめでたしと行きたいくらいだな」
「無理だろう、と言うかまだ何も終わっていない」
同じく海上、なのはやフェイトがはやて達と再会を喜びあっている様子を見つめながら、イオスは現実世界への帰還を実感していた。
ひんやりとした空気と、結界内特有の濃い魔力素がそれを教えてくれる。
そんなイオスの傍にゆっくりと降りて来たのが、クロノである。
彼はなのは達の砲撃で巻き上げられた海水の雨で濡れた髪をかき上げながら、ただイオスの傍にいる。
特に「おかえり」だの「無事で良かった」などは言わない、必要ないと思っているからだ。
それくらいの方が、この2人には丁度良いのだ。
「イオスさん! 大丈夫ですか?」
「何だいアンタ、無事だったのかい」
「ああ、助かったよユーノ、ありがとな。そしてアルフ、お前実は本気で残念がってるだろ」
それにそう言うのは、他の者が言ってくれるものだ。
まぁ、イオスの無事に喜色を浮かべるユーノと残念がるアルフなど、反応は様々だが。
特にアルフなどはわざわざ犬の尻尾を振りながらの歓待である、確実に狙っているとしか思えない。
そしてその2人の腕の中には、見慣れた毛並みの猫が1匹ずつ抱えられていた。
「……サンキューな、お師匠」
「…………にゃあ」
小さく鳴いたその声は、どちらのものだっただろうか。
双子の片方が鳴き、片方は鳴かずに顔を前足で洗った。
それに対して苦笑して、イオスは再び視線を向けた。
その視線の先には、なのはとフェイト、そして八神はやて――と思われる、髪の色がかなり違うが――と、『闇の書』の騎士達がいる。
いや、もはや彼女らは『闇の書の騎士』ではなく、『夜天の書の騎士』なのだろう。
今の彼には、それがわかっている。
一時的に『闇の書』の内部に取り込まれたことが、影響を与えているのかもしれない。
「さて、問題はアレだが……」
一方、クロノが視線を向けたのは眼下の海だった。
そこは現在、未だなのは・フェイトの砲撃の余波で大きく波打っているのだが……淀んでいた。
黒く渦巻く何か、まさに『闇』と表現できる何かの塊が、徐々に大きさを増していたのである。
その端々から感じる淀んだ魔力に、不快感を感じたクロノは眉を顰める。
「まぁ、とりあえずは『アースラ』と連絡をとって……イオス?」
ふと見れば、イオスがなのは達を見つめていることに気付く。
その先には当然、『闇の書』――『夜天の書』の主であるはやて達もいる。
幼馴染の視線に微妙な何かを感じた彼は、声に微かな心配の色を乗せて。
「イオス、『アースラ』と対応を協議するが、良いな?」
「ん……あ、ああ、そうだな、それが良いだろ」
眼下、海上で広がる黒い淀みは拡大を止めていない。
それに八神はやてらに対する対応も決めなくてはならない、その意味でも『アースラ』との連絡は不可欠なものだ。
八神はやてらに対する対応と言うのは、あることを意味していた。
――――彼女達の、逮捕だ。
◆ ◆ ◆
「うひゃぁ~……これはまた、とんでもなく大変なことになりそうだよ」
現在、エイミィは『アースラ』艦橋スタッフの中でもかなり多忙な部類に入る。
通信士であり事実上の副官としての職務を負っている彼女は、各所から上がってくる情報をまとめ、必要な情報を抜き出して艦長に伝えると言う役目を担っている。
その中でも最も大切なのが、地上のサーチャー経由で上がってくる情報だ。
現在も結界内外の海鳴市の様子を観測し、状況と情報を知らせてくれている。
今最も注目しているのは、結界内の海……そこに顕現しつつある何かだった。
生物のようでもあり魔法のようでもあるそれは、エイミィには判断のつきにくい物だった。
ただ、「とんでもなく大変そう」ということはわかっていた。
「……そう、では現在『闇の書』――いえ、『夜天の書』かしら?――は、安定していると言うことね?」
『はい、今の所は暴走する気配はありません。ただ内部から帰還したイオスによると、現在結界内部の海上に出現している淀みの塊が、『闇の書』のバグ部分……いわゆる自動防衛プログラムそのものなのだとか』
「なるほど……」
細部を了解し、リンディを頷いた。
彼女がグレアムから得た情報の中には、確かに『夜天の書』の名前もあった。
ただそれは『闇の書』の前身としてであって、現在のように分離した存在としてでは無い。
八神はやて側の魔導書については、現在は安定していると言うことであるが……。
「うわ、うわわわ……っ」
「どうしたの、エイミィ?」
「あ、はい、報告します! 『闇の書』……ええと、海上の対象! 物質化します、つまり目に見える形として顕現しようとしてまいます! それに……」
アレックスやランディ、そして現地の武装隊から送られてくる情報に目を通しながら、エイミィは唸るように言う。
無数の表示枠の中から必要な情報を抜き取り、拾っていく。
それもまた、一つの才能であろう。
「対象の存在が魔法質量的にちょっと大きすぎます、物質的にはともかくとしても、今のままでは結界外の海鳴市にまで影響が出る可能性があります!」
「……わかりました。ではエイミィ、武装隊に伝えて。結界を強化しつつ現実空間への影響を最低限に抑えて、それからさらなる変化にも備えを、と」
「了解!」
「ランディとアレックスは、艦内の状態を把握しておいて頂戴。いつでも艦を動かせるように」
「「了解!」」
艦橋の各所に最低限の指示を出した後、リンディは最後に赤いキーを懐から取り出した。
現在、『アースラ』に積まれている最大最強の兵装。
過去、何人もの『闇の書』の主を滅し、そして彼女の夫をも殺した兵器。
それを確認した後、地上のクロノ達への通信画面に向けて、リンディは静かに告げた。
「細部、了解しました。ではクロノ・ハラオウン執務官、この後の行動についての命令を下します」
『はい、艦長』
「……まず、八神はやてと守護騎士に対する処遇は、一時保留とします」
何かの反応を待つように目を閉じること数秒、しかし反応が無いことを確認し、再び目を開ける。
「『闇の書』の防衛プログラムについて詳しい情報を彼女達から得つつ、対象の脅威を排除する作戦を現場の立場から立案してください。こちらとしては、当初の予定通り……」
ちら、と再び手元のキーを確認して。
「――――『アースラ』サイドの作戦プランとしては、アルカンシェルによる対象の消滅があります」
リンディは、極めて平坦な声でそう告げた。
◆ ◆ ◆
しかし実際の所、アルカンシェルの使用は特に第97管理外世界サイドから反対が出た。
何しろ結界ごと対象を巻き込み消滅させる魔導砲だ、現実側にも多大な影響が出る。
どれだけ運が良くても数万~数十万人の人間が巻き添えで消滅するとなれば、なのは達が猛反対するのも当然と言える。
「何か、他に方法は無いの? クロノ?」
「そう言われてもな……」
「『デュランダル』で氷結封印すれば良い、切り離されたプログラムだけなら可能なんじゃ?」
次いでアイデアを出したのは猫形態のリーゼロッテ、元々のプランに近い形だ。
しかしそれは、意外にも最も新参のはやてによって否定される。
本当ならシグナムら守護騎士達が説明すべきなのだろうが、これまでの経緯が経緯なので控えている。
しかもそれは『夜天の書』……かつて『闇の書の意志』と呼ばれ、新たにリインフォースと名付けられた存在の進言だ。
イオス・ティティアとの一時的な融合により得た「知識」から、そうすべきだと判断したのだ。
取り込んだ相手に最適な夢を見せるためには、その者の「過去」を知る必要があるから。
「えーと、リインフォースが言うには」
「リインフォース?」
「あ、ええと、管制人格の子ぉです。今は『夜天の書』ですけど……」
はやては、管理局側が持っていない『闇の書』の情報を開示する。
まずイオスやクロノらの協力で切り離しに成功した防衛プログラムは、今は純粋な魔力の塊のような存在になってしまっていると言うこと。
主と融合していればともかく、分離して自律したコアは凍結では止まらない。
また防衛プログラムの役目はそもそも、主・魔導書・蒐集したデータを保護し、破損すればこれを修復させるという物。
管制プログラムと対を成す機能であり、双方の認証があって初めて魔導書を行使できる。
過去のマスターは防衛プログラムからの認証を受けられず、不完全に行使したために暴走したのだ。
「今、私がこうして『夜天の書』として魔導書を行使できてるのは、防衛プログラムを切り離して認証を必要としなくなったからです。ええと、だから言ってしまえば、管制プログラムと防衛プログラムを分離した結果、『夜天』と『闇』に別れたって言うイメージ……かな?」
それはつまり、防衛プログラムに全ての不都合を押し付けて捨てた、ということでもある。
そのことに対して、はやても管制プログラムも……リインフォースも、負い目のような物は感じているのだった。
「う~~ん、ごちゃごちゃと面倒だねぇ、もっとこう……がーっと解決できないのかい!?」
「それが出来たら、僕らは今こんな事態に直面してはいないだろうな」
頭を掻き毟りながら面倒そうに唸るアルフに苦笑しつつ、クロノは言う。
実際、「がーっと解決」できていれば、過去の人間がやってしまっているだろう。
しかし手詰まりなのは間違いない、このままでは最初のプランしか無い。
◆ ◆ ◆
アルカンシェル。
何もかもを破壊する究極の兵器、しかし影響が大き過ぎる。
だが他に方法が無い以上、どうすることもできない。
「手詰まりか……イオス、何か良い案は無いか」
「いや、ちょっと現実的に他の手段って言われてもな……」
流石に困った顔で、イオスも応じる。
何しろ、アルカンシェル以外に『闇の書』(防衛プログラム)を破壊する手段が無いのだ。
過去においてもそうだったし、イオスも実はそれ以外の手段を考慮したことが無い。
しかし、逆に言えば……。
「発想の転換」
ふと、猫形態のリーゼアリアが口を挟んだ。
「――――が、必要なんじゃない?」
「発想の転換って……何だよ、お師匠」
「さぁ……」
思いついているのかいないのか、アリアはそれ以上を語らなかった。
イオスは首を傾げる、発想の転換とは何のことだろうか。
考える、考える、考える。
まず、前提条件を考える。
アルカンシェルなら間違いなく対象を消し飛ばせる、しかし威力が大きすぎて地上では使えない。
だからアルカンシェル以外の方法が必要だが、それが無い、皆無にして絶無だ。
ならば現実問題、アルカンシェル以外の解決策は無い……。
「あ、ねぇユーノ君、そういえば『アースラ』って今どこにいるんだろ?」
「え、ああ、衛星軌道上……つまり宇宙だよ。次元航路内にいるより、地上を観測しやすいから。でも、それがどうかしたの?」
「あ、ううん。アルカンシェルって言うんだよね? それ、どこから撃つのかなって。じゃあ、撃つなら宇宙からなの?」
「だぁから、撃ったらはやての家も吹っ飛んじまうんだよ。バカか、高ま……高町なんとか?」
「なのはだよ!?」
何やらなのはがヴィータと揉めているが、それははやてがヴィータを嗜めることで収まった。
しかし実際、アルカンシェルを撃つのは衛星軌道上の『アースラ』からで――――。
「それだ!!」
「ひゃっ」
急に大声を上げたイオスに、フェイトがビクッと身を震わせて驚いた。
しかしそれに構わず、イオスはクロノの方を向いて。
「クロノ! アルカンシェルだ!!」
「だから、それは無理だと」
「それは地上での話だろ!?」
「いや、だか…………そうか!」
地上でアルカンシェルは使えない、それが前提条件だ。
だがアルカンシェルで無ければ事態は解決できない、だから現実として使わざるを得ない。
ならば、使える環境にすれば良い。
これぞ発想の転換、すなわち。
「「アルカンシェルを他の場所で使い、対象を消滅させる!!」」
思わず重なった2人の声、それが一同に浸透するまでには少しの時間がかかった。
そしてアリアが弟子達の結論に目を細めた時、各所から好意的な驚きの声が漏れた。
極めてギャンブル性の高い方法だが、この場の全員の能力があれば不可能では無いはずだった。
そう、この場の「全員」の能力が合わされば。
「エイミィ、対象を衛星軌道上にまで転送することは可能か?」
『え、えーと、ちょっと待って…………今のままじゃ、無理。質量が大きすぎるし、それに……』
通信の表示枠の中で、エイミィが苦しげに眉を寄せる。
『……やっぱり転送魔法が効かない、魔法と防御の複合バリアみたいなのが張られてる』
「どうしても、無理なのか?」
『…………それこそ、ギャンブル性の高い話になるよ?』
困りきった顔で言うエイミィの顔は、「ちょっと無理」と言いたげだった。
しかし、そこでクロノは場の全員を見渡した。
可能性が万に一つ、不可能では無いと言うだけの状況だ。
だが、それでも。
「クロノ、私、やりたい」
「フェイトがやるなら、私もやるよ!」
「私も頑張る! ね、ユーノ君?」
「う、うん!」
……それでも、万に一つでも可能性があるのであれば。
強欲になろうと、クロノはそう決めた。
こんなはずじゃない現実を作らないように、強欲になろうと。
そう思ってイオスと目を合わせれば、現実主義を標榜する幼馴染は肩を竦めて見せた。
現実を見るのなら、こんな手段は取らないだろうに。
「……エイミィ、頼む」
『……わかった』
クロノに促されて、エイミィは告げた。
現在、対象は複合四層の障壁に守られ、しかも巨体だ。
発想の転換と言うわけではないが、これさえ排除できれば転送は不可能では無い。
しかし、この「障壁破壊」と「強制転送」の2つのハードルを超えるには……。
「……僕らだけでは、無理だと」
『うん、不可能だと思う。単純に火力を2倍くらいにしないと、計算上は無理』
「ここからさらに2倍か……」
クロノは途方に暮れた、この場にいるのは『アースラ』主力戦力のほぼ全てだ。
自分とイオス、そして将来は確実にエースと呼ばれるだろうフェイトとなのは、サポート役のアルフとユーノ。
これ以上の戦力を持って来いと言うのは、かなり厳しい。
率直に言って、無理だ。
「あの……」
クロノが途方に暮れていると、それまで『アースラ』側の話し合いの推移を見守っていたはやてが口を開いた。
他の騎士達は黙っているが、言ってしまえばはやては彼女らの意思も代弁することになった。
すなわち自分達が今回かけた迷惑と、そして罪の清算の第一歩として。
「私達にも、協力させてください」
『アースラ』サイドにとっても、これは魅力的な提案であった。
主のはやてについては不明だが、シグナムやヴィータを始めとする騎士の戦力は火力として十分過ぎる程だ。
単純な戦力として、これ以上の物は無い。
特に好意的なのは、なのはとフェイトだ。
まず賛成したのも彼女達で、はやては喜びと共に受け入れてくれた2人に涙すら浮かべた。
アルフとユーノも、蒐集の被害者である2人が良いなら、と言うスタンスだった。
クロノとしては悩む所で、リーゼ姉妹は何も言うつもりが無いようだった。
ただ、1人だけ。
「断る」
ただ1人だけ、明確に拒否を示す人間がいた。
その少年は水色の瞳の中に苛烈な色を込めて、拒絶を表明したのだ。
少年の名は、イオス・ティティア。
かつて、『闇の書』に人生を狂わされた少年である。