『闇の書』の少女が放った『スターライトブレイカー』は、現場の局のサーチャーにも影響を与えていた。
それは遠く衛星軌道上の『アースラ』にまで届き、エイミィは艦橋で通信の維持に躍起になっていた。
そこには、前回と同じ轍は踏まぬとの覚悟が透けて見えた。
「……皆、大丈夫!? 生きてる!?」
砲撃魔法の余波が収まった後、アリサとすずかを結界外へと転移させ――これが、実はかなり難しい――その後に、エイミィは前線メンバー全員に向けて通信をかけた。
結界内外に同時にサーチャーを配置することで強化した通信・補助システムは、ベルカ式の封鎖領域の影響を最小限に押さえていた。
過去、武装隊が得た魔法パターンの分析データも役に立っている。
「誰か! 応答して!!」
固唾をのんで復活して行く正面スクリーンを見守っている艦橋スタッフの耳に、通信を送り続けるエイミィの声が響く。
繰り返すごとに、エイミィの不安を表すようにその声が揺れていく。
しかしそれでも、その不安を胸の奥に押し込めてエイミィは呼びかけ続けた。
信じているからだ。
信頼が不安を上回り続ける限り、彼女もまた諦めない。
「こちら『アースラ』! 前線、クロノ君! イオス君! なのはちゃん! フェイトちゃん! アルフ! ユーノ君!」
そして。
「誰か応答して、お願い!!」
『…………ぇー……ぁ…………』
「……! 誰!? イオス君!?」
砂嵐のようだった通信画面が、微かに揺れた。
そして次第に、探索中と表示されていた各人のデバイス反応が端末の画面に表示され始める。
さらに、正面スクリーンに地上の様子が映し出された。
『……っと、すまない、一時的に通信が途切れた。こちら前線、全員無事だ。心配をかけたな、エイミィ』
「……馬鹿」
続いてクロノの声が響き、さらに地上で全員が健在であることがスクリーンを通じてわかると、泣き笑いのような顔で言葉を紡いだエイミィの周囲で歓声が上がった。
そしてそれに呼応したのかはわからないが、そのタイミングで艦の主が通信ルームから艦橋へと戻って来た。
「「「艦長!」」」
「全員、そのまま作業を続けて。 エイミィ、経過報告をお願い!」
「り、了解!」
エイミィはその場に立ち上がって敬礼すると、簡潔かつ手短に状況を説明した。
『闇の書』が起動、現在クロノ達前線メンバーが総員で対処中。
武装隊及びサーチャーは配置済みであり、適宜前線メンバーの補助を行っていること。
さらに『闇の書』側の結界魔法から弾かれ無かった一般人2名を結界外へと転送、やはり武装隊に保護させていること。
なお、この2名はなのは及びフェイトの友人であると思われる。
以上、所要時間15秒。
「わかりました、ありがとう」
それに一つ頷くと、リンディは指揮シートに座らずに艦橋の中央に向けて歩いた。
中央に立ち、周囲のスタッフを見渡す。
エイミィは咄嗟に端末を操作し、リンディの声が艦全体に届くようにした。
「『アースラ』艦長、リンディ・ハラオウンです。本艦はこれより、第一級探索指定遺失物『闇の書』の停止、あるいは破壊を目的とした任務を遂行します。厳しい任務になるとは思うけれど――――総員の奮闘に期待します!」
「「『了解!』」」
各所から返って来る返答に、リンディは笑みを浮かべる。
それは厳しい任務に望む局員と言うよりは、出来の良い息子達を見る母の笑みのようにも見えた。
そして、笑みを浮かべたままに告げる。
「――――勝ちましょう、皆で。こんなはずじゃない現実を、皆が望む理想に少しでも近付けるために」
言葉は空間を駆けて、艦橋から遠く前線にまで届く。
そして笑みを消したリンディは、一転して真剣な表情で。
「今度こそ終わらせます、皆の力を私に貸して頂戴!」
「「「『『了解!!』』」」」
「総員――――状況開始!!」
「「「「『『『了解ッッ!!』』』」」」」
エイミィが、アレックスが、ランディが、艦の全てのスタッフが。
艦長の期待に応えるために、自分の役割を全力で果たし始めた。
エイミィ的な表現を借りれば、「皆、艦長が大好きだから」と言うことになるのだろう。
◆ ◆ ◆
「何か知らんが、向こうはやけに盛り上がってるな」
「士気が高いのは良い事だ」
どこか嬉しそうな顔で、クロノは応じた。
おそらく母の声が聞けて嬉しいのだろう、とイオスは勝手に思っていた。
通信先はやけに元気だ、先程からサーチャー経由で情報やデータなどがどんどん送られてくる。
エイミィが組み上げたプログラムは強固に機能している様子で、その点では信頼が置けるようだった。
「さて、皆。各々のダメージを報告してくれ」
「だいじょぶ、へっちゃらだよ!」
「私も」
「私は後ろにいたからねぇ」
「僕も最後尾だったんで、何とか無事です」
「俺は凄く痛かった。けどまぁ、無事と言えば無事だな」
なのは、フェイト、アルフ、ユーノ、イオスの順にクロノに報告が来る。
実際、クロノが見る限りは全員が大丈夫そうだった。
戦闘続行には、支障が無い。
『前線メンバー、聞こえますか?』
「艦長。はい、感度良好です」
表示枠の向こうのリンディは、全員の無事に安堵したのか笑みを浮かべた。
しかしそれもすぐに消して、厳しい表情を作る。
『映像で敵魔導師を確認しました。情報によれば、彼女は人間ではありません』
「まぁ、アレで人間だったら逆に驚く。守護騎士プログラムと似たような何かですか?」
『近いかもしれないわ。情報によれば、アレは「管制人格」と呼ばれるプログラム』
「かんせーじんかく……?」
リンディから伝えられた聞き慣れない言葉に、イオスが首を傾げる。
その目は『スターライトブレイカー』を正面から受け切った『カテナ』の表面と、砲撃の余波と爆発の痕を残す周囲を見渡していた。
リンディの得たと言う情報によれば、あの銀髪の女性は「闇の書の意志」との呼べる存在であり、本来は主と精神的・肉体的に融合することで魔力の制御などを行う役目を担っているのだと言う。
ただこれは過去に局がつけた呼称で、正確な名前はわからない。
この情報自体、管理局上層部のごく一部にしか伝わっていないトップシークレットなのだ。
『過去……そう、11年前にも出現が確認されています。その際、『闇の書』内部に取りこまれた主との間に意思疎通が可能なことも……その際は、交渉にもならなかったらしいけれど』
「内部に取りこまれた……って、じゃあ、はやてちゃんは!?」
『彼女の中にいるはずです。でもあの状態ではまだ暴走も転生もしない、あくまでも防衛行動に出ているだけだと……』
過剰防衛にも程があるだろ、イオスは心の中で思った。
『だから、説得を試みて。目の前の彼女では無く「八神はやて」さんに、投降と停止を。難しければ、とにかく防衛行動と破壊行動の停止を、説得して頂戴!』
「……艦長、一つ質問をしてもよろしいでしょうか?」
『許可します、何かしら?』
「……その情報、どこから?」
そのクロノの問いには、リンディは笑みを浮かべるだけに留めた。
公的な記録に残る通信では、名前を出せない相手だと言うことだろう。
クロノには、それだけで十分だった。
そして実はイオスも、少しばかりモチベーションに変化が生じていた。
これまでは「八神はやて=『闇の書』?」と言う認識にかなりの困惑と戸惑いを感じていたのだが……「八神はやては『闇の書』の中に囚われている」と言う認識に立つことでモチベーションを高めることに繋がったのだっだ。
そしてそれは、一面では正しいと言える。
(なるほど……そう言うことか)
「イオス、どうした?」
「ああ、いや、何でも無い。それより奴さん、来やがったぜ」
不思議そうに首を傾げるクロノをそっとかわして、イオスは顎先で上空を示した。
そこには、黒羽の少女……『闇の書の意志』と呼ばれる女がいた。
黒い羽根を舞わせ、哀しげな瞳のまま……こちらを、見下ろしていたのだった。
◆ ◆ ◆
今では遠く離れた戦場の様子を、砲撃の影響からは免れたビルの屋上から見つめる人影が2人。
黒い制服を纏った2人の女は、難しそうな顔つきで様子を窺っている様子だった。
その内の1人が、苛立たしげに手すりに拳を打ち付ける。
「くそっ……封印するなら、今がチャンスなのに……!」
「仕方が無いわ、私達は負けたんだもの。敗者に語る口は無い……」
それはリーゼロッテであり、リーゼアリアだった。
砲撃前までは2人ともバインドで縛られていたのだが、砲撃の最中に魔力供給が断たれて解放されたのである。
おそらく、こちらにまで意識を回せなくなったのだろう。
しかしそうなっても、2人は逃げるでもなく弟子達の戦いの様子を見守っていた。
弟子達は自分達のことを外に漏らしてはいないのか、捕縛の武装隊もやってきていない。
だからこそ、こうして好き自由に物を言うこともできるわけだが。
「さっきの砲撃……『カテナ』で凌いだとしたら、同程度の砲撃にはあと1発か2発耐えるのが限度。同じ攻撃を繰り返されたら、ジリ貧だ」
「そこは多分、同じ手を打たせないようにはするとは思うけど……いずれにせよ、転生機能を封じて『闇の書』を破壊する手段が無い以上、クロノ達に打つ手は無い」
「だから……『デュランダル』で封印するしかないのに! 暴走までもう時間も無いのに……!」
どこか諦めている様子のアリアに対し、ロッテは感情の昂ぶりを持て余しているようだった。
緩やかに尻尾を動かすアリアと異なり、耳や尻尾の毛並みが逆立っている。
しかし姉妹であるアリアには、ロッテが苛立っている理由がちゃんとわかっているのだ。
心配なのだ、弟子達が……クロノとイオスが。
先程の戦闘では自分達を超えて見せたとは言え、まだまだ総合力では自分達が上だと思っている。
だから助けに行きたい、しかし彼らは主人たるグレアムの方針に反している。
そのため「何故封印しない」などと言って、苛立ちを表現しているのだ。
「『闇の書』の管制人格は、単体でも十二分に強い。私達よりもずっと長い時間を生きた経験と、今回の収集で集めた何百もの魔法、そして主の持つ巨大な魔力、魔導書故の緻密な魔法制御……どれをとっても、並の魔導師なんて足元にも及ばない」
アリアの冷静な指摘に、ロッテが奥歯を噛み締めることで返事とする。
ミドルレンジからロングレンジまで、『闇の書』の管制人格に苦手な距離は無い。
はたして、自分達の弟子とその仲間達がどこまで対抗できるか……。
『2人とも』
その時、2人の傍に表示枠が出現した。
渋い男性の声がして、2人が尻尾を跳ね上げさせる程に驚く。
そして画面に映っている人物を見て、さらに驚愕することになる。
◆ ◆ ◆
八神はやてに呼びかけろ――リンディのその言葉に対して、その役目に抜擢されたのは当然フェイトとなのはだった。
付き合いは短いが友人であり、はやてがどんな人となりをしているのかを知っているからだ。
この点、同じ知人でも異性のイオスではアテにならない。
「いや、これでも女の扱いは得意だぜ?」
「嘘吐け、彼女いない歴=年齢のくせに」
「それはお前もだろ」
はやて、そして2人の生来の性格なのだろう……『闇の書』まで含めて呼びかけるなのはとフェイトを見守りながら、イオスとクロノは軽口を叩き合っていた。
状況はまったく好転していないが、しかし僅かながら打開策が見えて心に余裕が出て来たのだろう。
「はやてちゃん! 聞こえる? お願い……『闇の書』さんを止めて!」
そんななのはの言葉に、しかし『闇の書』の管制人格――『闇の書の意志』と仮称――は哀しげな目を向けるばかりだった。
その目は目の前のことを見ているようで、実は何も見てはいないような色をしていた。
ただただ哀しげに目を伏せて、何もかもを諦めたような顔で静かに独白するばかり。
「我は『闇の書』……主の願いを、そのままに……叶えるだけ……」
「はやてちゃんの願いって、何!? それを叶えれば、貴女は止まるの!?」
「……心優しき主は、永久の優しき眠りの中に……私が……私でいられる間に……」
鏡を引っ掻いたような音が響き、『闇の書の意志』の頭上に再びドス黒い魔力の塊が生まれる。
「主が憎み……嘘であれと願ったこの世界……この現実を……」
血よりもなお濃密な血色の瞳から、静かに涙の滴を流して。
「破壊する」
静かに宣告されたその言葉には、呪文同様に魔力が乗せられていた。
それはなのは達の身を貫き、一瞬、彼女達の身を竦ませた。
しかし、耐える――――特に、フェイトは耐えた。
耐えねばならなかった。
「ここに――――」
母に捨てられた時の虚無感、母が永遠の眠りについた時の虚脱感。
いずれも、フェイトにとっては現実を否定する十分な理由になったはずだった。
だけど、違う。
いくら否定しても結局、現実は少しも許してくれないのだ。
「ここにいるよ!!」
だから、抗い続けるのだ。
母は自分を嫌っていた、それは現実だ。
母は死んだ、もういない、これも現実だ。
逃げた所で、現実は後から後から追いかけて来る……ならば、抗い続けるしかない。
現実を肯定することはあっても、現実に従属することは決して無い。
不屈の心。
それを教えてくれた親友は今、自分の隣にいる。
そう、いるのだ。
いるのだ、「ここ」に。
「ここにいるよ! 私達はここにいるよ!!」
母の死を話した時、なのはは一緒に泣いてくれた。
そしてイオスもクロノも、エイミィもリンディも、アルフもユーノも、皆がいてくれた。
例え全てが終わったように感じても、何も終わってなんていない。
それが現実なんだ、と。
フェイトはそう叫んだ、叫んで、しかしその言葉は。
<Diabolic emission>
届かなかった。
視界を、ドス黒い魔力の塊が覆っていく。
そしてそんな彼女の視界には、やはり再び水色の輝きが溢れた。
「『ディフェンスライン』!」
<I got it>
「イオス! ……きゃあ!?」
水色の魔力の壁が漆黒の魔力の波を押しとどめる、イオスの目の前で『カテナ』が紫色のスパークを発して震えた。
最初に比べて、随分と防御力が落ちているように思える。
今も敵の魔法の威力を完全には殺しきれず、術者たるイオスに若干のダメージを与えていた。
「……はっ、現実を破壊するとは大きく出たな」
それでも、防ぎきった。
なのはがユーノに、フェイトがアルフに守られる前でイオスは『カテナ』をカードの状態に戻した。
もう、何度も防御できないと判断したのだろう。
「知ってるか、人はそれを現実逃避って言うんだぜ」
自分の攻撃を防いだイオスに対し、『闇の書の意志』はやはり何も言わない。
変わらず、哀しげに瞳を伏せるのみだ。
しかしそれでも、イオスは笑っていた。
『クロノ、あと頼むわ』
『何をする気だ?』
『フロントアタッカーらしいことすんだよ、その間に何とか策立ててくれ。俺じゃちょっとコイツの攻略法がわからん』
残った右腕の鎖を展開することも無く、拳を重ねて骨を鳴らす。
そして構えた、その姿は……どこか、彼の師に似ていた。
「さて、じゃあヤるか」
何でも無いことのように言うが、実際は難易度がかなり高い。
相手は『闇の書』そのもの、おそらくこの場の誰よりも強い。
しかし何とかせねばならないし、何とかできなければ滅ぶだけだ。
その点、現実は厳しい。
しかしイオスは、その現実が好きなのだ。
だから守り、そして管理局員として戦うのだ。
そして……「八神はやて」を、『闇の書』から奪い返すのために。
◆ ◆ ◆
その時、結果内に異変が起こった。
海鳴市街の各地で火柱が上がり、地響きが起こる。
結果内では自然現象は起こり得ないので、これは魔法による物とわかる。
「どぅぉおおりゃああああああぁぁっっ!!」
しかしその変化には目もくれず、イオスは『闇の書の意志』に向けて飛んだ。
『カテナ』の使用を控える必要を感じていたため、後は近接戦で抑えるしか無い。
正直キツいが、ベルカの騎士と打ち合えるからと言ってまさかフェイトに任せるわけにもいかない。
『カテナ』無し、そして『テミス』の鎖も左が死んでいる。
イオスに残された物は、師との戦闘で消耗した魔力、性能が単純に半減したデバイス、そして幼い頃に師から叩き込まれた格闘術、最後に仲間だ。
どれが一番重要かと言えば、それは最後だろうと思う。
「もう……っ、止まってって、ばぁっ!!」
<Divine buster extension>
後方から桜色の砲撃が放たれ、『闇の書の意志』が紫色の障壁を張ってそれを防ぐ。
しかしそれは正面の砲撃を止めるための物であったため、他の方角からの攻撃は通ることを意味した。
例えばアルフが放ったバインドの鎖であり、大鎌の形態に移行した『バルディッシュ』を構えたフェイトだ。
「周りを見て――――現実を見て、はやて! そして、貴女も!」
「……穿て……」
やはり、届かない。
放たれた赤い閃光から逃れるために飛びつつ、フェイトは唇を噛み締める。
勝てない、そして説得できない。
どうすれば良い、小さな頭で必死に考える……そんな中で。
「『
イオスが『闇の書の意志』の背後に回り込み、蹴りを放つ。
それは右の脇腹を狙った物だが、障壁によって弾かれてしまう。
弾かれる勢いを遠心力に変えて力とし、今度は踵を反対側の脇腹めがけて放つ。
「お前がお前の都合で八神はやてを取り込んでるってのは、理解したぜ……!」
その理解が、イオスのモチベーションを上げていた。
リンディのもたらした情報を整理すれば、「『闇の書』は「八神はやて」を内部に取り込み、その肉体を借り受ける形で現出している」と考えることができる。
すなわち、彼がこれまで信じていた「『闇の書』が諸悪の根源」と言う説を曲げることなく。
「貫け、『テミス』!」
<Yes,my lord>
戦うことができる。
魔法にとって、精神的に迷いが無いというのも重要な要素なのだから。
残った右腕の鎖を牽制にのみ用いて、他はユーノのブースト魔法を中心に身体強化で近接戦を行う。
後方で援護してくれる人材が厚いからこそ選択できる、紙一重の戦術だった。
実際イオスは『闇の書』と、その『意志』と交錯できるこの瞬間を喜んですらいたかもしれない。
長年探し続けた対象、11年前に父達が見えただろう敵。
そして、災厄を撒き散らすロストロギア。
「…………」
「イオスがあんな風に戦うのを、初めて見たのか?」
「え、あ、ああ……まぁ」
やや後方、全体の把握と補助に務めていたクロノは、意外そうな顔でイオスの戦いを見るユーノに宗次げた。
現在、前線にイオスとフェイト、そして中衛になのはとアルフがいてこれをサポートしている。
後衛はクロノとユーノ、特にユーノは防御とブーストを行っている様子だ。
「あいつはどちらかと言うと、ロッテについてもらうことの方が多かったからな。実は魔法よりは格闘の方が得意だ、デバイスが鎖だからそうは見えないだろうが」
実際、『ジュエルシード』事件では鎖主体で戦っていた。
しかしアルフとの戦いや『闇の書』事件での戦闘を見ると、近接戦を行っていたこともある。
本人も、自分はクロノ程では無いと言って前に出る事は少ない。
だが、クロノは知っている。
士官学校時代、イオスは基本的にフロントアタッカーを担当していたのだと言うことを。
それを覚えているから、前線を任せて策を練ることが出来る。
『闇の書』を攻略し暴走を止める、策を。
◆ ◆ ◆
(さて、そうは言ってもどうしたものかね…!)
超近距離での格闘戦、言うのは簡単だが実行し続けるとなると難易度が高い。
しかも相手は『闇の書』だ、テンションが高いからといって打倒できるものでは無い。
依然として、攻略法が無いのだから。
だがその点において、イオスはさほど心配してはいなかった。
何故ならば彼の後ろにはいついかなる時も冷静な幼馴染がいて、策を練っているはずだからだ。
あの幼馴染ならば、まぁ何とか策を練ってくれるだろうと思う。
「……何だ、お前は」
「あ?」
その時になってようやく、『闇の書の意志』がイオスに意識を向け始めた。
おそらく、自分にくっついて回るイオスが鬱陶しくなったのだろう。
かすかに眉を立て、不快感を露にしている様子だった。
「俺が誰かって? そりゃあ……」
自分に向けられた魔力と言う名の破壊の意思を受け流しながら、イオスは言う。
「『
『アルフ!』
『五月蝿い、命令すんじゃないよ!』
イオスが身体を傾けた直後、その彼の穴を埋めるかのようにアルフが飛び込んできた。
イオスの精神衛生を気にしたわけでも無いだろうが、尻尾も耳も無い人間形態で。
彼女は腰だめに構えていた右の拳を、迷うことなく叩き込んだ。
「『バリアァ……ブレイク』ッッ!!」
ガラスが砕け散るような音と共に、『闇の書の意思』が前面展開していた魔法障壁が崩れる。
アルフ自身は直後に彼女を襲った魔力の圧によって吹き飛ばされたが、入れ替わりにフェイトが飛び込む。
「……はやてぇっ!!」
叫んで、『バルディッシュ』を振り下ろす。
障壁の無い今、それは確実に入る一撃と思われた。
実際、フェイト自身は疑っていない。
呼びかけを続けながらの攻撃に、それなりに自信があった。
しかし。
「それほどまでに我が心優しき主を呼ぶのなら……」
(……何だ!?)
その瞬間、「ぞわり」とした感覚が傍のイオスの背筋を走り抜けた。
初めての感覚だが、しかし知っている感覚だ。
そう、これは……。
(――――蒐集の感覚!!)
蒐集されたイオスだからわかる感覚だ、自分の何もかもを持っていかれるような感覚。
フェイトも感じたのだろう、攻撃の瞬間に身体が硬直してしまった。
そしてその目前で、『闇の書』が白紙のページを晒して輝きを放つ。
「……お前にも、主と同じ夢を」
「――――!」
不味い、フェイトは攻撃を止めようとする。
しかしそれはいかにも中途半端で、その中途半端さは結果に対して悪い影響を与える。
……はず、だった。
「……うぁ!?」
ぐい――不意に、腹部に圧力を感じた。
見ればそれは見覚えのある鎖で、自分の攻撃はその鎖で引かれた分、外れた。
『闇の書』の輝きの外で、フェイトの攻撃は空振りに終わった。
回転する視界、しかし『闇の書』の魔法は継続している。
その視界の中で、フェイトは見た。
引き下げた自分と入れ替わりに前に出た水色の髪の少年が、自分の代わりにその輝きに飲まれる所を。
◆ ◆ ◆
自分のせいだ、最初にそう思った。
衝撃と動揺に身と心を震わせながら、フェイトは目の前を見ていた。
そこには、光り輝く『闇の書』だけが残っている。
「……夢を見るが良い、覚めることも終わることも無い、永遠の夢を――――」
光の粒子が消えた先には、『闇の書の意志』の少女がいる。
しかし、フェイトを庇った少年の姿は見えない。
どこに消えて失せたのか、予測は徐々に悪い方向へと向かう。
だから、フェイトは小さな唇を戦慄かせるように開いて。
「イオ……!」
反射的に前に出直そうとした所で、不意に肩を掴まれて止まった。
何事かと思い後ろを省みれば、黒い髪の少年が自分の右肩に手を置いていた。
力が強く、動くことが出来なかった。
「クロ……ノ?」
「……動揺するな、揺れればそれだけ相手に付け込まれる事になるぞ」
努めて平静にそう言って、クロノはフェイトの半身を自分の背に隠すように数歩分前に出た。
その後すぐに、フェイトの隣になのはが降りて来た。
心配そうな顔をしているのは、どうやら自分とイオスの両方分だとわかる。
どうやら、自分はそれだけ追い詰められた顔をしていたようだ。
落ち着いて周りを見れば、相手の攻撃で吹き飛ばされたアルフをユーノが助け起こしている様子も見えた。
そして、目の前のクロノはと言えば。
「エイミィ」
『イオス君のバイタル確認、『闇の書』に取りこまれただけっぽいね。ただ、救出方法については検討中』
「いや……相手の夢云々の話を聞く限りは、おそらく幻術系の魔法だろう。『闇の書』の特殊能力の可能性もあるが、幻術系の場合、脱出には本人の意志力と外部の補助が必要だ」
これについては八神はやても同様だが、と付け加えるクロノ。
冷静だ、フェイトはそう思う。
少しのことですぐに揺れた自分と異なり、クロノは極めて冷静だった。
客観的に術式を読んで、対応策をすでに考えついている。
これが執務官と言う役職に就く人間かと、フェイトは尊敬の念を抱いた。
「夢は優しい、覚めるまでは永遠のように思える」
『闇の書の意志』に向けて、クロノは告げる。
夢は、ただ夢に過ぎないと。
「だが、結局は夢だ」
「…………」
「永遠など無い、全ては変わる。変わっていかざるを得ないし変わらなくてはならない、それはお前にも言えることだ、『闇の書の意志』よ」
言葉が通るとは、今更思ってはいない。
ただ一言、言っておかなければならない気がしただけだ。
「人は……すべからく、こんなはずじゃない現実と戦い、抗い続けなければならないのだから」
「……短命の存在よ、お前も眠るか……」
「眠らない――――いつかは眠るが、しかし、今じゃ無い」
『闇の書』。
『闇の書』の転生を止め、先代の悲願を叶え次代の禍根を立つ。
それが出来て初めて、クロノは眠ることができるだろう。
そしてそれは、イオスも同じはずだった。
だからクロノは、案じる必要が無い。
あの現実主義を気取った夢見がちな幼馴染が、永遠に夢を見るなどと言う状況に甘んじるはずが無いのだから。
『しかし……フロントアタッカーの抜け穴を塞ぐのは骨だな』
『わ、私が!』
『いや、フェイトはあくまで撹乱に専念してほしい。とはいえなのははフルバックから動かせないし、ユーノとアルフに前線は無理だ』
『え、えーと……ごめんなさい?』
『すみません、僕も攻撃はちょっと……』
『私はイケるよ!?』
アルフの申し出は有り難いが、正直『闇の書の意志』を打ち合える程だとは思えない。
残りは自分だが、しかしそうなると今度は指揮を取る人間がいなくなる。
判断する人間は必要だ、どんな時でも。
(さて、どうする?)
クロノは自分に問いかける、この状況を続けるためにはどんな布陣が良いか。
最適な物を考えなければ、保たないだろう。
そして自分達が保たなければ、この世界が滅ぶのだ。
それは避けたい、地上でアルカンシェルを使用するのも避けたい。
それは最終手段だ。
となれば、後はイオスが早期に復帰するか八神はやての説得に成功するかしか無いが……。
「良いよ、私達に任せて」
クロノがいよいよ手詰まりを感じたその時、彼らの目の前で魔法陣が輝いた。
紫がかった青白い光を放つそれは、見覚えのある転移魔法のものだった。
そこから現れたのは、色素の抜けたような黒髪の姉妹だった。
毛並みの豊かな猫耳と尻尾、お揃いの黒の制服。
「お前達……!」
そこで初めて、クロノが表情を驚愕に染める。
目の前に現れた姉妹は、それを見て楽しげに笑った。
――――猫の、姉妹。
「そんな顔を見られたなら、来た甲斐もあるってもんだ……ねぇ、アリア?」
「そうね、期待を裏切らない弟子で嬉しいったらない……ロッテ」
リーゼアリアと、リーゼロッテ。
少し前まで敵対していたはずの2人が、そこにいた。
後ろの弟子とその仲間を、守るように。
◆ ◆ ◆
最初に感じたのは熱だ、次いで浮遊感。
蒐集に似ているが違うその感触に、イオスは呻き声を上げた。
視界一杯に光が満ちて、自分の身体の感覚が少しずつ消えていくような錯覚を覚えた。
<Absorption>
その声が最後だ、それを聞いた次の瞬間からは、浮遊感しか残らない。
ただ、何故だろうか……とても懐かしい気配を感じたのは。
それを意外に思い、そして気を抜いた瞬間。
顔面から、床に墜落した。
痛み。
それも並の痛みでは無い、顔から床に落ちるなど普通はあり得ない。
穏やかでない音が、身体の内と外から同時に響いた。
特に内の音は、とても生々しい。
「~~~~~~っっ!?」
彼が悶えるのも仕方が無い、何しろ彼は「二段ベッドの上」から落ちたのだから。
(――――二段ベッド、だと?)
そこで意識が完全に覚醒する、鼻の頭を押さえながら周りを見る。
すると、どうだろう――――先程までいた世界とは、まるで別の世界が広がっている。
海鳴の夜空では無い、と言うかバリアジャケット姿ですら無く淡い色合いのパジャマ姿だ。
……どこにでもある、普通の部屋がそこに広がっていた。
机や本棚があり、タンスがある、全て木製で、壁紙等は自然色だ。
ワンルームのアパートの部屋程度の広さはあるだろうか、壁には衣服がハンガーで下げられていたり、床には雑誌が積んであったりする。
ただ、不思議なのは机などが2つあることだろうか、いや、そもそも……。
「……んぅ~?」
その時、自分の傍から聞き覚えの無い声で誰かが唸った。
見れば、そこは二段ベッドの下の段だった。
二段なのだから、当然と言えば当然だ。
問題は、そこで身を起こしている存在だ。
それは、まるで見覚えの無い少女だった。
ただ、気のせいでなければ……腰まで伸びた髪の色合いに見覚えがある。
その髪は、ティティア家特有の色合いで……『流水』の属性を示す水の色だから。
つまり、自分や母の――――。
「……あ、おはよー……お兄ちゃん」
ぱちり、と開いた少女の瞳はやはり水色。
自分と、同じ色。
大きくぱっちりしていて、睫毛が整った綺麗な目だった。
年齢は10歳前後だろうか、ただ……やはり、見覚えは無い。
少なくとも、「お兄ちゃん」等と言う呼称はされたことが無い。
本気で誰だ、と思った。
だから、イオスは問うた。
「…………誰?」
割と切実に、イオスは問うた。
本気の問いかけだ、何しろ本当に誰かわからないのだから。
そして問いには答えがある、しかしこの場合……。
「……ふぇ……」
この場合、問いの答えは。
「ふぇええええええええええええええええええええええええええんっっ!!」
泣き声、だった。