「『レイジングハート』、カートリッジロード!」
<Load Cartridge>
主人の宣言に応じて、部品交換と強化を終えた桜色の杖が砲撃形態に変形し、オートマチック・タイプのカートリッジから薬莢を弾き飛ばす。
弾丸内の圧縮魔力がデバイス内部を駆け、これまで感じなかった圧力になのはが、ん、と息を詰める。
しかしそれによって得られる威力は、想像を超えていた。
「『ディバイン――バスター』ッッ!」
<Divine buster extension>
目標物は無いので照準は簡潔に済ませて――撃った。
桜色の細く引き絞られたのは一瞬、次の瞬間には極太に変化して直進した。
空気を裂き、空間を裂いて直進したそれは広域結界の壁に直撃、結界全体を脅かす程の「揺れ」を与えた。
それは、結界を張っている側が表情を引き攣らせる程に異常な事態だった。
「な……なのは、なのはっ。結界壊れちゃうから、抑えて抑えて!」
「ふ、ふぇええ……れ、『レイジングハート』?」
<Don't worry>
「いやいやいやっ、ダメだよね? ダメだよね!?」
<Oh……>
アワアワと慌てる栗色の髪の少女の手には、以前とは少し形状を変えたデバイスの杖がある。
それは、カートリッジシステム――ベルカ式の魔法機構――を備えた『レイジングハート』だ。
正式名称、『レイジングハート・エクセリオン』。
なのは自身は威力の増大に困惑して慌てているが、気のせいか『レイジングハート』自身はどこか自慢げであった。
そしてそれを地上から見上げる形になっているフェイトの手にも、改修を負えた『バルディッシュ』が大事そうに握られている。
正式名称『バルディッシュ・アサルト』、こちらは『レイジングハート』とは少し異なりリボルバー・タイプのカートリッジが搭載されている様子だった。
場所は海鳴、いつもなのはが魔法の練習に使用している森の中での訓練だった。
「いやはや……まあ、何と言うか、想像通りの事態だよね」
「いや、ますます砲撃が凶悪になってるんじゃないかい?」
さらにその2人を少し離れた位置から見守っているのは、アルフとエイミィだった。
アルフがフェイトについているのは当然だが、エイミィは2人の新デバイス訓練を監督する立場でここにいる。
監督といっても、武装局員数名に結界を張らせるくらいしかしていないが。
「ベルカ式カートリッジシステム、だっけ? アレ積んだだけで随分な違いだねぇ」
「一応、他にも構造調整とか強化とかしてるよ? まぁ、一番の変化はカートリッジシステムの搭載だけど……本当は乗せたくなかったんだけどね」
「どうしてだい?」
手元に2人の新デバイスの情報を載せた画面を展開しながら、エイミィは上空で威力の強化具合に戸惑っているなのはとフェイトを見やる。
最初の頃は威力に振り回される場面もあったが、訓練を始めてから2時間、随分と慣れてきているように見える。
「カートリッジシステムは扱いが難しいの。下手すると暴発するし、熱の排出機構とかも改造しなきゃだし。……でも、ご主人様のためにって聞かなくて」
ベルカの騎士との戦いの敗戦では、なのは達だけでなく意思持つデバイス達にもショックを与えたようだった。
だから『レイジングハート』と『バルディッシュ』は、ただの部品交換と修理では納得しなかった。
(マリー、困ってたなぁ……)
2機の修理は、本局のメンテナンススタッフでありエイミィ達の後輩であるマリエル・アテンザが担当していた。
ただ修理終了の段階になると、2機はエラーコードを出してカートリッジシステムを組み込むことを要求したのだと言う。
そう相談を受けた時は、どうしたものかと悩んだ物だ。
先に言った通り、カートリッジシステムはデバイスにもマスターにも負担が大きい。
悩んだ。
しかしエラーが出る限り修理は終わらない、やむなくデバイスの「気持ち」を尊重することにしたのだ。
「そういえば、ユーノ達はどうしたいんだい?」
「ああ、クロノ君達と一緒に……」
そちらはそちらで面倒だな、と思いながらアルフに応じるエイミィ。
その表情は、どこか友人を哀れんでいるようにも見えた。
「本局に行ってるよ。お師匠様に会いにね」
◆ ◆ ◆
その日、ユーノは人間形態で『アースラ』に乗り、管理局本局を訪問していた。
フェイトの裁判の時に一度来ているので、これで二度目の訪問となる。
子供用スーツの襟元に指を添えてキツそうにしつつも、自分の前を歩く水色の髪の少年の後をついて歩く。
「イオスさん、会わせたい人って誰ですか? 調べ物を手伝ってほしいってことだったんじゃ?」
「あー……うん、まぁ、そうなんだけど」
本局の中でも人通りの少ない廊下に、2人の少年の声が響く。
ちなみに、ユーノはイオスのことをイオス「さん」と呼び続けている。
最初の頃の関係性の名残りだろうが、イオスと同い年であるはずのクロノを「クロノ」と呼び捨てにしているのは、おそらく身長が影響している可能性もある。
クロノがユーノを「使い魔」扱いするのは、そのあたりの可能性もあるのでは無いかとイオスは勘ぐっている。
まぁ、実際の所は知らない。
もしかしたら、クロノの方がイオスよりもユーノとの距離が近いということなのかもしれないし。
「そっちはまぁ、今クロノが話を通してくれてる所だから。部外者が――あ、気を悪くしないでくれよ――無限書庫を使うには、それなりに影響力のある人達に根回ししないといけないんだわ」
「それは良いですけど……無限書庫って、さっき案内してくれた所ですか?」
「……ま、まぁそうだ」
その時、イオスはユーノが顔を引き攣らせるのを確かに見た。
無理も無い、とは思う。
それ程に、イオスがユーノに見せた「書庫」は酷い状態だったのだから。
無限書庫と言うのは、元々は正式な管理局本局の一部署だったのである。
管理世界のあらゆる情報・書籍・論文などが全てストックされており、次元世界最大のデータベースとしてその名を轟かせた。
……しかしこの部署、「書庫」とは名ばかりの致命的な欠陥を多く抱えている。
「だ、大丈夫だユーノ。そのために今から会う人達の力を借りるんだからな……!」
「な、何だか物凄く不安になってきたんですけど……!」
無限書庫にはあらゆる情報がストックされている、調べてわからないことはあり得ないとまで言われる程に。
しかし、「無限」の名の通り情報は毎日何千何万件と増え続けているのである。
わかるだろうか? 星の数ほどある次元世界から毎日毎時間毎分毎秒、送られてくる情報の量がどれ程に膨大であるのか。
整理などできるはずも無い、だから目当ての情報を得るには専門のチームを組んで派遣しなければならないのだ。
書庫を探索するための専門の部署まであるくらいだ、笑い話のようだが、全て事実である。
そしてイオス達は、そこから『闇の書』の情報を汲み上げるために1人で『ジュエルシード』を発掘した天才少年、ユーノの手を借りようとしているのである。
「ああ、ここだここ」
事前にクロノから示されていた部屋にまで到達し、イオス達は足を止めた。
それは他の部屋と同様、自動式のドアで仕切られた部屋だった。
稀に少人数の会議にも使われる小部屋で、秘密の話をするにはもってこいの場所だ。
「あ、それでイオスさん。これから会う人達ってどんな人達なんですか?」
「ああ、物凄く優秀な人達だよ。なんてったって……」
軽い雰囲気でそう言いながら、イオスは乾いた音と共にドアを開けて……。
「クロスケ――ッ、久しぶり――ッ」
「こらロッ……うわっ、ロッテ! やめ……やめないか!」
「おいおい何だよ冷たいじゃんかよー?」
……そのまま閉めた。
「な……なんてったって、俺のお師匠様なんだからな!」
「イ、イオスさん? どっち向いて言ってるんですか? イオスさん!?」
何が問題だったのか、イオスは急にあさっての方向を向いて喋っていた。
そんな彼を追いかけるように、今度はドアが内側から開かれた。
再び乾いた音が響き、部屋の中から出て来たのが。
「イオス、何してるの? 遠慮せずに入ってきなさいな」
……彼の師匠であるという事実は、変わらないのであった。
扉の傍に立ってにっこりと微笑む長髪の女性の姿に、イオスは諦めたように溜息を吐いた。
◆ ◆ ◆
「ふぅん、なるほど。『闇の書』の調査、ね」
「お父様から事情は聞いてるからね、可愛い弟子の頼みだし、出来るだけ力になるよ」
「あ、ああ、よろしく頼む……」
2人の師の言葉に疲れたように応じるのは、クロノだ。
気のせいか詰襟の服はヨレヨレになっており、髪も乱れ……挙句の果てに顔中にキスマークのような……いや、キスマークと断言できる物がつきまくっている。
美しい女性につけられた物だと言えば、羨ましがる男性もいるだろうか。
しかしクロノには、それを自慢に思うことはできなかった。
何故ならそれは彼の師匠につけられた物だったからで、しかもからかい半分で「食べられた」ような物だったからだ。
「クロノ、この人達は?」
「あ、ああ、紹介する。フェイトの保護監察官のグレアム提督は知っているな? この2人は提督の使い魔で……素体は猫。そして僕とイオスの師でもある」
「よろしくー、リーゼロッテだよ」
「リーゼアリアよ」
テーブルを挟んで向かい合って座る2人は、片方は行儀良く、もう片方はどこか適当に自己紹介した。
うっすらと色素の抜けた黒髪に、深い色合いの瞳、豊かな毛並みの猫耳と尻尾、どこかクロノやイオスのバリアジャケットに似た黒い制服を身に纏っている。
双子の使い魔で、容姿も風貌も良く似ていた。
違いがあるのは髪型と得意分野、そして性格だろうか。
ショートカットの方がリーゼロッテ、サバサバした性格で近接格闘に強い。
ロングヘアの方がリーゼアリア、比較的淑やかな性格で魔法が得意だ。
それぞれ、クロノとイオスの近接戦闘と魔法技術の師匠である。
幼い頃、無理を言って稽古をつけて貰った事は昨日の事のように覚えている。
……まぁ、逆に言えばボコボコにされたと言うことだが。
「んー、何、クロスケ。まだに気にしてんの? あんなのただの挨拶じゃん」
「まぁ、ロッテは直接的すぎるかもしれないけど。貴方も満更じゃ無かった様子だし」
「どこがだ!?」
過剰なスキンシップは苦手だ、なのにクロノの気持ちは欠片も伝わっていない様子だった。
ケラケラと楽しそうに笑った後、ロッテは固まっているユーノの方を見て。
「で、で? この美味しそうな匂いをさせるネズミっ子は誰だい?」
「いや、彼はネズミでは無くフェレットだ。そして人間だからな、食べるなよ」
「クロノ……!」
ユーノは少しクロノを見直した、まさかクロノが自分を庇うようなことを言うとは思わなかったのだ。
「無限書庫での作業が終わるまではな」
「だと思ったよ!」
しかしそれもすぐに覆される、そんな2人の様子を見ていたロッテは首を傾げて。
「何だか、仲が良さそうだね?」
「「良くない!」」
言葉を重ねて反論すれば、ロッテはますますおかしそうに笑った。
アリアも同じように笑っていたが、ふと気付いたように視線を動かした。
その視線の先には、ソファの端で目立たぬように小さくなっていたイオスがいた。
その様子に気付いたユーノが、不思議そうに眉を立てて。
「イオスさん、どうしたんですか?」
「い、いや、うん。気にしないで話を進めてくれ、うん」
挙動不審、その一言に尽きた。
どこかソワソワしている彼の様子に気付いたロッテは、にたりと唇を歪めた。
「あれ、どうしたのイオス?」
「え、えー……いや、何もねっスよお師匠」
「ふぅーん……」
ニタニタしながら、ロッテがジリジリとソファの上を移動しながらイオスに近付いていく。
イオスは逃げない物の、ビクビクしつつ顔を背けていた。
ユーノからすると、いつも飄々としているイオスからは想像できない姿だった。
そしてついに、ロッテがイオスのすぐ傍にまで寄ってくる。
その距離実に、ロッテの吐息がイオスの頬を掠める程の距離である。
しかし当のイオスはと言えば、限界まで視線を逸らして顔を背けていた。
ふふん、とロッテの吐息がかかり、ビクリと反応する。
「もしかして………」
「……」
「…………期待してんの?」
「はぁっ!?」
そこで初めて、イオスは激しく反応した。
立ち上がることでロッテから離れ、脂汗を流しつつ両手を振る。
「ち、ちちちちげーし! 期待!? 何を!? お師匠マジでそう言うの勘弁してくれませんかねぇっ!!」
「ふっふふ~ん? あれー? 寂しかったの? 私達がクロスケばっかり構うから寂しかったの?」
「そういえば、イオスは昔から寂しがりだったものね」
「ちげ――――よ!! ちょ、何だユーノその目は!? 違うからな! 絶対違うからな!?」
ユーノは何とも言えない生温かい表情でイオスを見ているが、逆にクロノはビクビクしていた。
昔から、こんな関係性だ。
クロノが構われている時にはイオスが、イオスが絡まれている時にはクロノが。
それぞれ、次に襲われるのは自分かとビクビクして待ち……結果リーゼ姉妹の食指を刺激してしまうことになる、無限ループだ。
「まぁ、ああいう人達なんだ」
「そんな人達の中に、僕を放り込むわけ?」
「……事件解決のためには、多少の犠牲は仕方が無い」
「それでも執務官か!?」
「まーしかし、アレだね」
散々イオスで「遊んで」満足したのか、ロッテが元の場所に戻って来た。
イオスはと言えば、ソファの隅で燃え尽きている。
「珍しくイオスとクロノが揃って会いに来てくれたし、せっかくの機会に、どう?」
「……どう、とは?」
何を言われるのかとクロノが身構えると、ロッテは快活に笑って。
「久々に、稽古つけてあげよっか♪」
「「え」」
クロノとイオスが、表情を引き攣らせて固まった。
◆ ◆ ◆
本局には武装隊の訓練用に設置された訓練室があり、いかなる次元世界の任務にも対応できるように設定された物がいくつもある。
その内の一つ、遮蔽物も何も無いドーム型のニュートラルな訓練室の一つ。
「く……!」
その広大な訓練室の宙に浮遊する形で、クロノが『S2U』を構えて顔を顰めている。
彼の周囲には青白い魔力弾が展開されており、標的を定めようと環状魔方陣が回転している。
しかし、狙いをつけようとしている相手は悠然と空中を駆け上がってくる。
猫のように細く開いた黒瞳には、魔法の向かうラインが見えているのかもしれない。
「相変わらず、脇が甘いねー」
次の瞬間には、クロノの背後に回りこんだショートカットの使い魔が蹴りを放って来た。
脇腹に抉り込まれるように放たれたそれには魔力が込められており、バリアジャケットを貫いて衝撃がクロノの身体に直接響いた。
歯を食い縛りながら、クロノは衝撃のままに吹き飛ばされる。
それを成した張本人であるリーゼロッテは、制服のスカートの裾を翻しながら「ふふん」と笑った。
彼女は魔法は苦手だが、近接戦闘に関しては素晴らしい腕前を持っている。
そのためかクロノとイオスが幼い頃は、魔法担当のリーゼアリアに比べ2人をボコボコにする比率が高かった。
「お?」
しかしその時、周囲に広がった鎖の群れにロッテが気付いた。
気付いた次の瞬間には鎖が空気を裂く音を立てながら宙を進み、鍛えられているが女性らしい曲線を描いてもいる身体を締め上げる。
「捕まえたぁ!」
「……緊縛趣味?」
「違うし!」
グンッ、と強く引かれて、ロッテはあえてそれに逆らうことなく成すがままになる。
ロッテを捕らえたイオスは、自分を中心に一回転させた後に床に向けて放り投げるつもりだった。
しかし、それは阻まれる。
「うぇ?」
間抜けな声を上げてしまうのも無理は無い、イオスが振り上げた鎖が停止したのだ。
がくんっ、とロッテを縛ったままのそれが何度も直角に曲がって停止する。
原因は、鎖のいくつかの部分を縛った紫がかった青色のバインドだった。
極小のバインドが、鎖に釘を打つかのように放たれている。
遠心力のままにぶつかったそれは直角に曲がり、何度も繰り返して最終的に鎖が柄杓のような形を描いた。
当然、その先端の鎖に巻かれているロッテも振り回して。
しかしロッテは逆にその力を利用し、鎖に縛られたままイオスの背中に蹴りを入れた。
「ぐふぇあっ!?」
当然、その蹴りは魔力で強化されている。
その衝撃をまともに受けたイオスは鎖の制御を失いながら吹き飛び、錐揉み状に回転しつつ落下した。
鎖から脱したロッテの横に、どこに隠れていたのかリーゼアリアが姿を現わす。
「まだまだね」
「そりゃー、簡単に負けたら師匠の面目丸潰れじゃん?」
苦笑する姉妹の視線の先には、似たような位置に落ちた2人の弟子が床に伸びている姿があった。
しかしクロノを杖を立てて、イオスは鎖を操作して自分に巻いて、立ち上がってくる。
姉妹を睨み上げてくる2人の姿に、ロッテは少しおかしな気持ちになるのだった。
「懐かしいね、何か昔に戻ったみたい」
「そうね、そう言えば昔もこうして貴女に投げられてたわね」
「アリアってばズルいよ。自分だけ座学中心でさ、殴って蹴ってる私ばっかり嫌われちゃう」
下から放たれてきた青の魔力弾と水の槍を防ぐアリアの横で、ロッテが両腕を頭の後ろで組みながら懐かしそうに言う。
そう、こうしていると昔に戻ったかのようだ。
士官学校に入れる前は、これが普通の生活だったのだから。
そう、今となっては懐かしいばかりだ……。
◆ ◆ ◆
――――9年前の、ことだったろうか。
自分達のマスターが支援している家の子供達が、自分達に「魔法を教えて欲しい」とやって来たのだ。
正直な話、最初は鬱陶しいと思った。
5歳か6歳になったばかりの子供が、何を言っているのかと。
だから、無視して流した。
出来るだけ面倒を見るようにと命じられてはいたが、それは命令の範疇外だったからだ。
しかしあんまりにもしつこいので、ある時、「試験」をすることにしたのだ。
『……はい、わかった? 才能無いよキミ達』
思えば、子供に手を上げたのはアレが初めてだった。
「試験」は簡潔な内容で、「自分に一発入れられたら合格」という物だ。
どこかの無人世界にでも放り込もうかと思ったのだが、それは流石にアリアに止められた。
まぁ結果として、「しつこいが意味が無い」と言う程度の物でしか無かった。
『他人の世話になってる内は、何かしようなんて思わない方が良いよ。周りに迷惑かけるばかりだからさ』
ロッテとしては、これで諦めてくれれば良いと思っていた。
彼らの父がどうなって、母がどんな状態かを知っていたからだ。
だからこそ、彼らは魔導師の世界に来ない方が良いと思ったから。
自分達の主人がそのせいで悩んでいることを、知っていたから。
だが、それでも。
『……これ以上、迷惑のかけようなんて無いじゃんか……!』
だったら、迷惑なんていくらでもかけてやると水色の髪の子供が言うのをロッテは聞いた。
随分と勝手だとは思ったが、相手は子供だからと考えた。
『……だから、迷惑をかけずに何か出来る力が欲しい』
迷惑をかけるのは承知の上と、表情を消した黒髪の子供が言うのはロッテは聞いた。
随分と生意気だとは思ったが、相手は子供だからと考えた。
結論から言えば、さらにボコボコにした上で世話している家に送り届けたが。
少しやりすぎたかなとも思ったが、結局はその方が2人のためだと思うことにした。
だが、2人の子供は諦めなかった。
次の日も、その次の日も、さらにその次の日も。
2人の子供は自分達の下を訪れて、しつこく食い下がってきた。
その度に、ボコボコにして追い返した。
しかしそれが続いてくると、2人の子供はいろいろと対処するようになってきて……。
◆ ◆ ◆
そこは、底が見えない長い縦穴のような空間だった。
壁と言う壁は本棚で埋め尽くされており、中からは無数の本や資料が収められている。
ただどの本棚も雑然としており、本が溢れて宙に飛び出し浮遊している。
本が宙に浮く……そう、そこは「無重力」の空間だった。
「あー……酷い目に合ったぜ」
「いつものことだろう」
そしてその空間に、クロノとイオスはいた。
どことなくズタボロで、頬に医療用の白いテープなどを貼っている。
手当てをした人間が雑だったのか、やや乱暴に貼られている様子だが。
師であるリーゼ姉妹との模擬戦を終えた彼らは、元々の目的である無限書庫での調べ物に入ったのであった。
そんな2人の傍らでは、逆さになったユーノが座禅を組むような体勢で宙に浮いていた。
無重力故の姿勢だ、実際、クロノやイオス自身も横や斜めに身体を倒すように浮いている。
「どうだ、ユーノ。守護騎士に感情がある場合の事件記録、あるか? 一応、俺らも120年前くらいまでの記録は持ってるんだが……」
「今回は、それよりもさらに過去の情報。『闇の書』の始まり近くの情報を探すわけだからな」
2人の声に、ユーノは答えない。
ただ彼の周囲に様々な記録のリストが載った表示枠が出ては消え、必要な項目のみが別の表示枠に移されて、中にはより古い記録へと換えられることもある。
膨大な情報量だ、この中から必要な情報を入手するには相当な時間と能力が要る。
クロノとイオスでさえ、専門の調査隊の記録を抜き出して調べざるを得なかった程に。
今回ユーノの力を借りたのは、古代歴史調査の視点からの情報が欲しかったからだ。
彼は遺跡発掘を生業とする放浪民族、スクライア一族の神童だ。
しかも僅か9歳にして、それまで誰も発見できなかったロストロギア『ジュエルシード』を発見した実績を持っている。
遺跡の発掘は発掘・探索作業の他にも、高いレベルの知識と事前調査のスキルが必要とされるのだ。
「必要なら、スクライア一族の助力も必要かもしれないな」
「一族丸ごとか……予算請求通るかねぇ?」
外部勢力であるスクライア一族の手を借りれば、作業効率は上がると考えられる。
しかしそのためには手続きが必要で、特に雇う以上は俸給も用意しなければならないのだった。
傍らのユーノの作業を自分達も手伝いながら、リーゼ姉妹以外は誰に話を通しておくべきかと考える。
……そもそもここに来たのは、自分達の知りえない『闇の書』の情報を得たいと考えたからだった。
11年前、彼らの父が関わった事件の調査報告書を基礎に、局に勤めてからの4年間で彼らは情報を集めていたのだ。
それこそ、120年前まで遡った情報を、である。
しかしそれでも、まだ何かが『闇の書』にあるのでは無いかと考えて。
『誰かが、勘違いしているのかも』
きっかけは、フェイトの一言。
誰かが『闇の書』に「勘違い」を抱き、破滅しか招かない『闇の書』の完成を目指しているのでは無いか。
ではその勘違いはどこから来たのか、誰がしたのか……そもそも、「何か」。
『やっほー、2人共元気してるー? って、どしたのその顔』
噂をすればと言う物だろうか、第97管理外世界から通信が入った。
イオスの目の前に開かれた表示枠には、何故か疲れた様子のエイミィがいた。
そしてその両側に、見覚えのある栗色の髪の少女と赤い毛並みの子犬を抱いた金髪の少女がいる。
『あ、イオスだ』
『ほんとだー……って、うにゃ!? 何でユーノ君逆さまなのー!?』
『胡坐かいて逆立ちかい? 変な趣味だねぇ』
どうやらイオスの後ろに調べ物中のユーノが映っていたのか、なのはが驚愕している。
探索魔法に集中しているユーノはなのはに気付いていない、久々の人間形態での活躍なのに不運なことだとイオスは思った。
まぁ、アルフの誤解は解いておくべきだろうが。
その時、クロノがイオスの肩に手を置いて表示枠を覗き込んできた。
「エイミィ、そっちはどうだった? 2人の新デバイスの調子は?」
『あー、うん。ばっちりだよ、たぶん、ねぇ?』
『うん、『バルディッシュ』は元気一杯だよ』
『『レイジングハート』も!』
何故だろう、物凄く不安になるクロノだった。
『これならきっと、あの子達とお話、できるの』
あの子達、というなのはの言葉で、クロノとイオスは先の戦闘のことを思い出した。
成す術も無く敗退した、『闇の書』の完成に利用されたと言う事実。
自然、拳を握った。
「……母さんは? 何か言ってるか?」
『え、さぁ……どうかな、今はお夕飯の支度してるけど』
「上官に調理させといて手伝わない、それがエイミィクオリティ…!」
『ちょ、人聞きの悪いこと言わないでくれるかな!』
エイミィをからかいつつも、イオスは画面越しにフェイトの視線を感じていた。
憂い気な色を帯びる赤い瞳は、10歳そこらの少女とは思えない程だった。
イオスはその視線を意図的に無視して、エイミィとの会話に向かうのだった。
そしてその様子を、探索を手伝う形になっているリーゼ姉妹が少し離れて見守っていた。
弟子達は随分と賑やかだ、若い娘の姿をしていても数十年生きてきたためか、どこか母親のような心地で見つめている。
かつてあまりにもしつこく、追い払うことから修行が始まった不肖の弟子達を。
「……良い人達に、巡り会えたのね」
「ん、良いことだよ……でも、できれば」
微笑ましくもあり、そうで無くも思う。
弟子達に複雑な視線を向けたまま、ロッテは疲れたように呟いた。
「――――関わってほしく、無かったな」
クロノとイオスが、11年と言う時を過ごしたように。
彼女達もまた、同じように11年と言う時を過ごしてきた。
そのことの意味がイオスとクロノにわかるようになるのは、もう少しだけ、先の話だった。
◆ ◆ ◆
ああ、これは夢だ。
そう気付く時が、誰にでもあると思う。
八神はやてにとって、それはそう言う夢だった。
混沌とした、闇のような夜のような、別の何かのような昏い空間。
その中を慣れ親しんだ車椅子で進みながら、ボブショートの茶髪の少女は思った。
闇に包まれ、時に光が生まれては消える寒々しいこの空間に。
……温もりを感じるのは、何故だろうかと。
「……誰か、おるん?」
声を出した、そう思った。
その声は嫌に反響して聞こえたが、確かに自分の耳にも聞こえた。
ただ、唇の動きとどこかズレがあるような気がした。
違和感、この夢からはそれを強く感じる。
何故か、知っておくべきことを忘れている焦燥感、それを感じる。
「あ……」
不意に車椅子を止める、するとどうだろう。
自分の目前に、白い霧のような物が出て……次第に、人間の形を取った。
それは――――美しい女性だった。
服装こそ黒のタンクトップとスカートだが……これは、半年程前に得た「家族」達が当初同じような格好をしていたので、それ程には驚かない。
輝くような長い銀色の髪に、血色の瞳、雪のように白き陶磁器のように滑らかな肌、バランスの良いスタイル。
外国人の美醜ははやてにはわからないが、それでも大多数の人間が「美人」と評するだろう女性だ。
「……アンタは」
初めて会う、そのはずなのにはやてはこの女性を知っているような気がした。
そんなはやての気持ちに気付いたのか、銀髪の女性が柔和に微笑んだ。
凍ったような無表情かと思ったので、少し驚いた。
驚く程に、綺麗に笑う人だと思った。
「初めまして、で、良いのでしょうか……」
声も、透明感があって美しい。
ともすれば、聞き逃してしまいそうな程に繊細な声だった。
「……心優しき、我が主よ」
そんな女性に、はやては。
はやては唾を飲み込むように息を詰めて、そして。
……求めるように、手を伸ばした。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。
今回は小休止というか、整理と言うか、修行会というか、調査会というか……。
そう言う形のお話になったかな、と思っています。
キャラクターの内心とかをもう少し描写すれば良かったかな、とも思いますが、このくらいの方が想像の余地があるか、と思いこの形に。
まぁ、一番悩んだのはリーゼ姉妹とイオスの関係なのですけども。
でも、他の関係性を想像できず本編のように。
それでは、また次回。