閑話に入る前の過去編です、その名も士官学校編。
オリジナル要素・オリジナルキャラクターが登場します、苦手な方はご注意ください。
――――新暦61年3月18日、第1世界「ミッドチルダ」北部地域。
首都クラナガンから見て北側に広がるこの地域は、ある意味で特別な施設の集まる地域である。
市街地とは隔絶した空間を多く持ち、その中には遍く次元世界に広がる宗教「聖王教」の総本山までも含まれている。
そしてもう一つ、この地域には特別な色を放つ施設がある。
そこは次元世界の守護者たる「時空管理局」を質の面から維持・発展させ、組織全体を支えることになる幹部候補生を育てる学舎。
――――時空管理局直轄、士官養成学校ミッドチルダ本校。
ミッドチルダ及び近隣の次元世界出身者を抱えるそこは、今年も新たな卒業生を輩出しようとしていた。
そしてその中の1人に、イオス・ティティアと言う少年がいた。
彼はそこで、人生で10度目の春を迎えていた。
◆ ◆ ◆
無数のビルが崩れかかった廃墟、その一角が不意に爆発する。
穴だらけのビルの中から爆発と共に外の道路――こちらも、瓦礫だらけで幹線道路としての体をすでに成していない――に飛び出して来たのは、水色の髪の子供だった。
ビルの5階部分から窓側の壁を突き抜けるように飛び出し、爆風に髪を靡かせながら縦に身体を回転させて着地する。
ビリビリと震動が地面に伝わる程の衝撃だが、彼の足腰に異常は見られない。
両足の下に広がった水色の小さな魔法陣が、衝撃を殺す魔法を発動させたらしい。
「……っと、ヤベぇクロノ、見つかった!」
『見えている、エイミィがポイントを取るまで持ち堪えろ』
水色の髪に水色の瞳、小柄な体躯と身長が彼がまだ子供と呼べる年齢であることを証明している。
手には杖型の簡易デバイスを握っており、深い紺色の局員服に似たバリアジャケットに身を包んでいる。
念話で誰かと会話をしているようだが、返答はあまり芳しい物では無かったようだ。
彼が再び念話の向こう側に向けて何か言い募ろうとしたその時、彼が飛び出してきたビルの中から無数の光が放たれた。
次いで、それを追いかけるように小さな爆発。
「逃がさないよぉ――イオスゥッ!」
「頼むから逃がせ! そして
イオスを追うようにビルの中から飛び出して来たのは、薄い茶色の髪の少女だった。
衣服はイオスと同じだが年齢は14歳、長い髪を頭の後ろで武士のように束ねているのが特徴的な少女だ。
その手には、やはり杖型の簡易デバイスが握られている。
しかし服装と装備は同じだが、どうも味方と言うわけでは無いらしい。
現に今も、杖型のデバイスをまるで槍のように構えて突撃してきている。
先に放たれていた3発の魔法弾をイオスへの牽制にしつつ、杖で殴りかかってきた。
「死に晒しなぁ――――ッッ!!」
「物騒な発言!?」
鈍器のように振るわれる相手の杖を、イオスは必死で避ける。
そしてその選択は正しかった、相手の杖はイオスに当たらずに地面に直撃した。
次の瞬間、1メートルほど陥没した。
細小のクレーターのようになってしまったそれに対して、イオスはゴクリと唾を飲み込む。
どうやら直接攻撃力に対するブーストがかかっていたらしい、避けて良かった、本当に。
「何で避けるぅ!」
「どうして避けないと思ったのか聞きたいね!?」
「フロントアタッカーなら正面から戦おうよぉ!?」
「好きでなったわけじゃねぇよ!」
フロントアタッカー、魔導師のチーム戦におけるポジションの一つである。
最前線のポジション故に、ミッド式魔導師が不得手とする近接戦闘もこなさなければならない。
この少女、魔導師のくせに射撃より撲殺することを好んでいるとしか思えない。
そしてそんなことを考えている間に、イオスに対してさらなる追撃がかかり――――。
◆ ◆ ◆
最前線で戦うイオスから離れること数キロ、廃ビルの屋上の手すりの側に立つ形でクロノが遠方の戦況を見つめていた。
簡易デバイスの杖を持ち、そこから浮かび上がる戦況マップに目を落としながら「ふむ」と頷く。
「まったく、イオスの奴も大げさだな。ルイーズは確かに強いが、ロッテとの模擬戦に比べればそれ程でも無いだろうに」
屋上を吹き抜ける風で黒髪を揺らしながら、冷静な色をたたえる黒い瞳を伏せる。
事実、最前線のイオスは相手を倒せないまでも……同時に、相手に自分を「倒させてはいない」。
……遠くでクロノを非難する声が聞こえた気がするが、気のせいだろうと無視するクロノ。
代わりに右手を軽く動かして、別の
「エイミィ、そちらの首尾はどうだ?」
作戦立案者であるクロノにとっては、ウイングガードであるエイミィの動きこそが作戦の鍵を握ると考えているからだ。
『はいはい、オッケーだよクロノ君。相手のウイングガード、アベル君は不意打ちと言うか罠に嵌めてやっつけちゃったからね』
10歳とは思えない冷静な声音に対して、通信の向こうから響くのは明るい少女の声だ。
弾むような、と言う表現が正しいその声に、クロノは口元を微かに緩ませた。
チェックメイト、心の中でそう呟いて。
「エイミィ、ポジョション変更。フルバック」
『了解、アベル君のデバイスからとった識別コードで相手のセンターガード……ハロルド君の居場所を突き止めたよ』
「了解した……受け取った、そのままジャミングをかけてくれ」
『了解了解♪』
ぐるり、エイミィから受け取った位置データを元にクロノが大きく身体を右に傾かせる。
簡易デバイスの杖を両手で構えて魔力を集中すると、杖の先に青白い光が集い始めた。
クロノ自身の魔力を収束して形作られるそれは、現在のクロノの放てる――簡易デバイスを壊さない範囲で――最大威力の砲撃魔法だ。
「――――『ブレイズキャノン』」
威力も魔力も最小限度、細く鋭く引き絞られた砲撃魔法が光の速度で杖の先から放たれた。
簡易なので脆い構造の杖がガタガタと揺れ、クロノは軽く眉を顰めた。
しかし力を込めて堪えただけあって、精密に計算された砲撃は途中のビルや建造物を上手く擦り抜けながら目標に着弾した。
すなわち、砲撃魔法による1キロ先の長距離射撃攻撃。
青白い小さな爆発の余韻を耳と手に残しながら、クロノが構えを解く。
軽く杖を確認すると、予想通り軸が少し歪んでいた。
どうやら、クロノの魔法に耐えきれなかったらしい。
「……イオス、そしてルイーズ、聞こえているか? 僕だ。ルイーズは特に気付いているだろうが、他の2人はたった今、僕とエイミィで撃墜した」
『……うそぉ』
『マジか! 助かった、あとちょいで殺される所だった!』
新たに開いた画面の中で顎を落とす薄茶色の髪の同期生の姿に苦笑しながら、クロノは降伏を勧告する。
実の所、クロノはデバイスを損傷していてイオスの援護には行けないのだが……どうやら、ルイーズと言う少女はそのことを洞察できなかったようだ。
両肩を竦めてルイーズが降伏を受諾すると、演習場である廃墟エリア全体に模擬戦終了のアラームが鳴り響いた。
他のチームメイト2人から悪態と祝福の言葉を受けながら、クロノは疲れたように息を吐いた。
◆ ◆ ◆
模擬戦が終わり、教官による講評も終了して、一堂はようやく身体から力を抜いた。
ミッドチルダ北部の廃墟都市区画を演習場として行われたそれは、クロノ達の模擬戦を最後に終了していた。
それに対する講評が終わっても、午後の講義はまだ終わらない。
これから飛行魔法禁止で20キロ先の士官学校まで、合計30キロの装備と背嚢を担いで戻らなければならないのだ。
士官学校ではいつものことなので、もはや誰も文句すら言わないが。
「嵌められたよぉ~、クロノ! 私だけでも、タイマンならエイミィを倒せたし、イオスだってヤれたはずなのにぃ!」
「おいコラ、何で俺だけ言葉が違うんだよ。ヤるってお前、4歳年下の奴に言うセリフじゃ無いだろ」
「士官学校生に年齢差なんて関係無いよぉ」
「それは普通、年下の方が言う言葉だろ……!」
魔法なしで30キロの背嚢と装備を背負いながら、イオスは傍らの女生徒に叫んだ。
すでに行動は自由だ、故に私語も許可されている。
イオスより4歳年上の女生徒、ルイーズ・W・ストボロウは簡易デバイスの予備フレームを手元で弄びながら涙目でクロノを睨んでいた。
卒業まで2ヶ月半、この時期の模擬戦は卒業席次に影響するからだ。
ちなみに管理局その物に年齢制限が無いため、士官学校生は10代の幅広い層で構成されている。
その意味では、入学時に一桁の年齢だったクロノとイオスは破格と言って良い。
まぁ、最終学年ともなれば年齢など気にしていられなくなるし……選考が厳しいため、数万人の応募者の中で毎年は入れるのは30人だけと決まっている、イオス達58期生も例外ではない。
「いや、それを言うなら僕なんて、何も出来ずに昏倒させられたんだけど……」
「ボクなど、砲撃魔法でズドンだよズドン。センターガード狙い撃ちって……ハラオウン君、キミって実はドSだろう」
「失礼なことを言うな」
クロノをドSと決めつけて即座に本人に反論されているのは、ハロルド・リンスフォード。
萌黄色の髪を肩上まで伸ばし、顔には丸みのある黒縁眼鏡をかけている。
先ほどの模擬戦では、終盤でクロノに『ブレイズキャノン』を叩き込まれていた。
そしてその横で落ち込んでいるのは、14歳でありながら身長が190センチを超えている少年だった。
大柄だが筋肉質と言うわけではなく、全体的にポチャッとしているイメージ。
名前をアベル・マナット、他のメンバーと違ってミッドチルダ外からの入学者である。
なお、ハロルドはこの中で最年長の15歳だ。
「そう言えば、エイミィはどうやってアベルをノしたんだ?」
ふと疑問に思ったことを、イオスは口にした。
先の模擬戦では、まずエイミィがアベルを撃墜させた所から形勢が決まったのだ。
12歳のエイミィと14歳のアベル、身長差は30センチ以上ある。
正直、エイミィがアベルを昏倒させる場面が想像できなかった。
「ああ、それはねぇ」
「ちょ……動くなエイミィ、固定できない」
背嚢の留め紐をクロノに結んで貰いながら、エイミィが明るい笑顔で言う。
癖っ毛な黒髪に一本だけ立った毛が、ピンッと揺れた。
常に笑顔を絶やさないその顔は、ムードメーカーのそれである。
「怪我したフリして泣き真似したら「大丈夫?」って寄って来たから、仕掛けておいた設置型のバインドで捕まえたの。後は筋力ブーストでこめかみをガツンと」
「「「酷いなオイ!?」」」
想像以上の酷い策に、一同に衝撃が走った。
え、え、と戸惑いの表情を浮かべるエイミィの前で、イオスとルイーズが落ち込んで座っているアベルの肩を両側から叩いた。
「気にすんなよ、お前、良い奴だって」
「そうだよマナット君、キミはずっとそのままでいてほしいと思うよ、ボクは」
「え、えぇ~、ちょっと、でもこれクロノ君の作戦だから! ね、ね!?」
言い募りながら、縋るような眼差しで2つ年下の
しかし一方のクロノは、エイミィから離れた後でコホンと咳払いをして。
「いや、細部はエイミィに任せていたから……」
「「「やっぱり」」」
「やっぱりって何!?」
「あ、あー。良し皆、準備が出来たなら行こうか。他の班はすでにスタートしているようだし」
「ちょ、ちょっとま……待ってってばぁ――――っ!」
そのままアベルを慰めながら歩きだす一同を、エイミィが涙目で追いかける。
後には、瓦礫と廃ビルのみの寂れた空間だけが残る。
それは、例年に比べると明るい人間達が集まった58期生の物語。
将来、最年少執務官と呼ばれる事になるクロノ・ハラオウンを筆頭に……管理局を表からも裏からも支えることになる、そんな人材を多く輩出した世代。
これは、そんな彼らの物語である。
◆ ◆ ◆
最終学年ともなれば、20キロの道のりを規定時間までに歩くことくらいは造作も無い。
もちろん疲労はするが、1回生の時のようにグロッキー状態で夕食を戻すなどと言うことはない。
そして17時40分現在、帰営と着替え・シャワーを終えた一同は食堂に集合していた。
3学年合わせて90名、極めて少人数である。
これはそもそも魔法の才能を持つ人間、それも高い魔法の適性を持つことが入学の条件の一つになっていることが大きい。
自然色で統一された広い食堂で班ごとに座り、味よりも栄養価を考慮された食事を一時間以内にとる。
それが、士官学校における毎日の夕食風景だった。
「……そう言えばさぁ」
一日の訓練と講義でグロッキー状態で夕食を食べている1年生の方を見ながら、ルイーズが心持ち小声で班の仲間達に話題を振った。
6人掛けのテーブルの片側の真ん中に座る彼女の両隣りには、班員のアベルとハロルド。
向かい側には、右からイオス、クロノ、エイミィが並んで座っている。
「あと2カ月ちょいで卒業だけどさ、皆、進路って決めてるのぉ?」
「いや、この時点で決まってなかったらヤバいだろ……う~ん」
呆れ気味に応じたのは、クロノと並んで年少のイオスだ。
その直後に水色の瞳を歪ませたのは、どうやら夕食のスープの味に言いたいことがあるようだった。
「てか、お前自身はどうすんだよ」
「私? 私は脅威対策室に行くよぉ。やっぱり、最前線で悪い奴らをぶっ飛ばすってわかりやすい仕事の方が面白そうだしぃ」
「ははは、相変わらず直線的な性格だねストボロウ君は。ちなみにボクは艦隊司令官志望だから、次元航行艦勤務を願い出たよ……う~む」
大らかに応じるのはハロルドだ、こちらはどうもパスタの味に文句をつけたいらしい。
栄養価の面では満点でも、味の点では大いに問題があると言いたげだった。
「あ、アベル君はどうするのかな?」
「おいよせよエイミィ、アベルがビビってるだろ」
「ビビって無いから! 私、そんな怖くないから! ねぇ、アベル君?」
「……あ、僕は地上勤務で」
あれ、無視!? と憤慨するエイミィを横目に、アベルも淡々と自分の進路を述べた。
ちなみに、士官学校生で地上勤務を志望するのはなかなかに珍しい。
基本的には、本局か次元航行艦勤務を希望する人間が多いのである。
「僕の故郷、田舎だから。常勤とか少なくて大変なんだ、そう言うのを少しでも無くしたいと思う」
「あー、地上って本局以上に人員不足だもんな。だから出世も早いけど、その分仕事量が凄くて皆敬遠するし……あ、エイミィは通信士官志望だよな?」
「そうだよ……後は、まぁ」
頬を膨らませながらエイミィがイオスの言葉に頷けば、周りの視線は自然と残りの2人に注がれる。
つまりイオス自身とクロノだが、この2人に関しては全員が希望進路を知っていた。
以前から何度も公言していたし、エイミィなどはその理由も聞いている。
それまで静かに夕食を口に運んでいたクロノは――彼だけは一度も、この味に文句をつけたことが無い――ふと手を止めると、顔を上げて一同を見渡した。
その視線に何かを感じ取ったらしい、パスタを混ぜていたフォークを置いてナプキンで口元を拭いた。
この仕草だけは、やけに年齢相応に見えた。
そして、対照的に椅子に寄り掛かって反り返るイオスと声を揃えるように。
「「執務官」」
そう、告げた。
執務官は管理局の役職の中でも難関であることで有名だが、なってしまえば権限の強さと行動の自由さでは他の役職の追随を許さない。
何しろ事件の調査から犯人の捕縛、さらにその気になれば裁判にまで顔を出せるのだから。
そしてクロノとイオスが志望しているのは、特にロストロギア関連の事件を追うタイプだ。
それは管理局の仕事の中でも特に危険で、死亡率で言えば武装隊などより遥かに高い。
ロストロギアで苦しむ人々を1人でも少なく、その理由は非常に尊い物だと理解できる。
「けどさぁ」
「あと10分!」
誰かが何かを言おうとした時、教官が夕食の残り時間を告げる声が響き渡った。
見れば、半数以上の班はすでに片付けにまで入っている様子だった。
そこからは誰も何も話さず、ひたすらに夕食をかき込む時間が続いた。
◆ ◆ ◆
士官学校では、生徒達の過ごす時間まで厳格に定められている。
例えば起床時間、食事の時間、そして消灯時間などが代表的だろう。
そしてその中には、入浴の時間等も含まれている。
「と言うか、前から聞きたかったんだけどさぁ」
「んー、なーに?」
プラスチック製の桶の湯を身体にかけてボディーソープを流しながら、エイミィは年上の友人の声に応じた。
髪を洗った後だが、つむじの一本だけが自己主張するようにピンッと立つのは愛嬌だと思うことにしている。
広い浴場の淡い明かりの下で、二次性徴を迎え始めた身体は徐々に女性らしい丸みと曲線を形作り始めている。
「エイミィが執務官補佐資格とるのって、クロノのためなのぉ?」
「ぶっ!? あ、わ……ご、ごめんなさい、ごめんなさいっ」
友人――ルイーズの言葉に動揺してか、エイミィは手にしていた桶を取り落として盛大な音を大浴場に響かせた。
周囲に謝りながら、うらみがましそうな目で隣で身体を洗っているルイーズを睨む。
そして友人の、自分よりは幾分か成長した身体を目にして。
「……また傷、増えて無い?」
「え? あー、昼間の模擬戦の時、イオス追い詰めるのに自分ごとシューター自爆させたからかなぁ。候補生用の簡易バリアジャケットって防御力低くて嫌なんだよねぇ」
右手首のあたりの真新しい火傷を擦りながら、ルイーズは眉を顰める。
良く見れば、彼女の身体全体に渡って傷の痕跡や治りかけの傷が目につくことに気付く。
それは彼女が正規のフロントアタッカーであり、性格も手伝ってか多少の怪我を無視して前線に踏み込む性格に由来しているようにエイミィには思われた。
「訓練でそれって危なくない? 正式に入局したらまずは武装隊でしょ?」
「局員用のバリアジャケットなら、それこそめったなことじゃ自爆なんてしないよぉ。それより、エイミィが執務官補佐資格を内緒で取ろうとしてるのは、クロノと……あとイオスが心配だからでしょぉ?」
「いや、うーん……まぁ、そりゃ、心配は……するよね」
どんな顔をすれば良いのかわからない、そんな顔を浮かべながらエイミィは溜息を吐く。
クロノとイオスが執務官を目指すにはそれなりの理由があって、そのことについてはエイミィも聞いてはいるし、微妙に違う2人の理由それぞれに対して理解はしているつもりだった。
けど、と思う自分がいるのも確かだった。
あの2人は「あるロストロギア」を追いかけるために、強い権限と行動の自由を求めて執務官を目指している。
もちろん自分達みたいな存在を少しでも減らしたいと言う気持ちもあるのだろう、しかしそれ以上に彼らの原動力は非常に個人的で限定的な物なのだった。
「大丈夫だよぉ。クロノなんて1回生の時はニコリともしなかったけど、今じゃ皆の前ならニヤリとはするようになったから。あれはきっと、エイミィが頑張ったからだよぉ」
「いや、それもどうかと思うよ。でもクロノ君は素直じゃ無いから、感情とかもちょっとしか表に出てこないんだよね」
むしろ、エイミィが心配しているのはイオスの方だった。
クロノはわかりやすかった、根が素直だからだろう――――7歳や8歳でニコリとも笑わない子供がいれば嫌でも目立つし、そのせいで自分もやたらに構うようになったのだから。
まぁ、その結果特別な感情を持つようになったのは……個人的には、完全な蛇足だと思うが。
一方でイオスの方は、わかりにくい、性格が素直でも無い。
笑わない、と言うクロノのわかりやすい歪みとは別に……イオスは、少なくともこの3年間で1度もしたことが無い行為、感情の発露の方法がある。
良く笑うし、怒ることもある、ふざけるのが大好きで悪戯も好む、クロノと違ってコミュニケーションは積極的な方だ、だが。
「……まぁ、だから私がしっかり面倒見てあげないと。なんだかんだで、やっぱり私の方が2つも年上なんだし」
「姉さん女房なんだねぇ」
「にょ……っ、違うよ! そう言うんじゃないんだって!」
――――父さんを死なせたロストロギア事件を、僕の手で必ず終わらせる。
――――俺が喰らったペナルティ分、万倍にして返してやるのさ。
クロノとイオスは、目的は同じだが理由が微妙に違う。
その危惧が、エイミィを……12歳の少女を突き動かすのだった。
いつか、その時が訪れた時。
自分が、2人の間に立てるように。
◆ ◆ ◆
『消灯時間だ、電気消せぇっ!!』
「うお、ヤベ。もうそんな時間かよ」
夕食と入浴、点呼が終わればあっという間に就寝時間である。
入浴後の自由時間などあって無いような物だ、22時には問答無用で消灯を告げられる。
士官学校においては、それはもう命令に等しい。
「おいクロノ、消灯だってよ」
「聞こえてる」
大して広くも無いその部屋には、2人の少年がいる。
2段ベットとクローゼット、そして2人分の勉強机と椅子。
本棚には魔法学や人体生理学、経済、軍事史、次元航法理論、法律、政治学などの分厚い参考書が詰め込まれており、1冊1冊に付箋や折り目がつけられていてボロボロになっている。
勉強机には固定のディスプレイとキーボードが備え付けられ、申請すれば最大で2台のディスプレイを追加発注することができる。
文具は全て無料、必要とあれば専門書籍や論文なども優先的に閲覧することが可能だ。
至れり尽くせりの待遇も、管理局直轄であればこそだ。
当然、管理局への就職を誓約することが前提だが。
「イオス、消すぞ」
「あいあい」
2段ベッドの下はイオス、上はクロノだ。
クロノは先程まで座っていた勉強机の上に管理局法に関する書籍を放置し、ディスプレイは先週に発表されたばかりの論文を映し出したまま電源を落として、上のベッドに上がる。
「ていっ」
「うおっ……やめろ、子供か!」
「子供だろ、10歳だぞ俺ら」
途中、梯子を登るクロノの足をイオスが引っ張ったりとハプニングもあったが、クロノは上に上がるとそのまま天上の照明を消した。
音声認識で消えるため、それ以上の苦労はいらない。
そして消灯後しばらくすれば、廊下を歩く見張りの教官の足音が嫌に大きく聞こえるようになる。
「……なぁ、クロノ」
「…………」
「……なぁってば」
「…………」
「……『無視すんなよ、お前そんなに寝つき良くねーだろ』
「……念話を使うな、魔力の波で教官に気付かれるぞ」
じゃあ無視すんなよ、とイオスはベッドの中で笑う。
そんな彼の周囲には何冊もの本が散乱しており、先程まで読んでいた法律書は枕元にページを折られて置かれている。
「卒業したら、ようやく執務官試験が受けられるようになるよな」
「そうだな、だが受かると決まったわけじゃない」
「そりゃそうだ、士官学校卒業した年に合格なんて夢を見てるわけじゃない。俺は、現実主義者なんでね……合格率って言う数字を大事にするさ。でも」
暗闇の中で、未だ幼さを残す水色の瞳が微かに輝いたような気がする。
その上のベッドでは、同じようにクロノが瞳を開いている。
執務官になること、それが彼らの共通目標であることは少しでも近しい人間なら誰もが知っていることだ。
「でも、やっと動き出すんだ。ワクワクするなって言う方が無理だろ」
「……そうかもな」
「クールだねぇ」
「性分だ、あとお前はもう少し真面目になれ」
彼らの目的、それは。
「あのクソったれなロストロギアを、二度と現れないようにする。俺とお前、あるいはどっちかで、絶対にヤるって決めて――――何年になるかは覚えてねーけど」
「そこを忘れてどうする、6年……いや、7年目に入るのか」
「ま、お師匠達にボコられ初めてって意味なら覚えてるけどな」
変わらない。
「……できるさ。僕、そしてお前、母さんやグレアム提督……多くの人間が助けてくれる。やれないわけが無い」
クロノの言葉は、どこか自分に言い聞かせている風でもある。
そんな幼馴染の心境を察しているのかいないのか、イオスは急に雰囲気を変えた。
ニヤリと悪戯好きそうに笑って、天井の、つまりはクロノが寝ているベッドに向かって。
「エイミィもいるしな」
「何でそこでエイミィの名前が出て来るんだ」
「別にぃ?」
ククク、と喉の奥で笑うイオスに対して、クロノは呆れたように溜息を吐く。
まったくもって、彼の幼馴染は不真面目な奴だった。
だが、彼が自分と同じ目標を追いかけてくれることには心地良さを感じてもいる。
本人に言うと調子に乗るので、絶対に言わないが。
「もう寝ろ、明日も早いんだ」
「へいへい」
それでも自分1人では、きっとできないことだと思っているから。
だから彼は、ベッドの上でそっと目を閉じる。
また明日、仲間と共に目標へと歩むことができることを幸福に思いながら。
彼らは、今日も一日も終えた。
この瞬間にもどこかで、誰かがロストロギアの被害にあっているだろうこの世界を。
――――想いながら。
最後までお付き合い頂き、ありがとうございます。
本編でも描写しましたが、以下にオリジナルキャラクターのこの話の段階の情報をまとめておきます。
必要無ければ、読み飛ばしてください。
オリジナルキャラクターちょこっと紹介:
アベル・マナット:
14歳、地上勤務志望、大柄だけど根は優しい。
ルイーズ・W・ストボロウ:
女子、エイミィのルームメイト。
勝気で強気、ちょっと猪な14歳。
薄茶色のポニーテール。語尾が伸びる。
ハロルド・リンスフォード:
15歳女子、艦隊司令官志望。
一人称が「ボク」、ちなみに狙っている。