前回に続き、オリジナル要素注意。
長いプロローグが、もうすぐ終了です。
二部ではいろいろ出来ると良いですね。
……聞き慣れた目覚ましの音が響いて、なのははベッドの中で「うーん」と声を上げた。
フェレット形態のユーノが朝を告げると、ようやく布団の中から顔を出した。
そして、枕元のユーノと目を合わせて。
「……おはよー、ユーノ君」
「うん、おはよう、なのは」
あふ……欠伸を噛み殺しながら身を起して携帯電話を手に取れば、画面に表示されているのは5月末之日付けだ。
なのはが関わったロストロギア事件、通称「P・T事件」からすでに1週間以上が経っていた。
ユーノは本人の希望もあって残っているが、なのははもはや『アースラ』から降りた身だ。
ちなみに事件後、次元空間の安定と共にリンディ自身の手でなのはは高町家へと送り届けられた。
その際、リンディが両親や兄姉に話した「事情」は9割が事実とは異なる物。
魔法について話せない以上やむを得ないが、それでも家族に嘘を吐くのは辛かった……いつか、話せれば良いと思う。
「なのは、今日は遅くなるの?」
「うん、アリサちゃん達と一緒に塾に行くの。休んだ分、ちゃんと頑張らないと」
フェイトとアルフは、『アースラ』に収監されて裁判を待つ身となっている。
なのはとしては納得できなかったが、管理局としては次元断層さえ起きかねなかったロストロギア事件の当事者である以上、慎重にならざるを得ない事情があったと言う。
それでも、なのはは実はあまり心配はしていなかった。
状況が特殊で積極的に加担していないから、と言うクロノ達の説明もあるが……それ以上に、エイミィの「2人で頑張って証拠集めてるから、たぶん大丈夫だよ」と言う言葉があったからだ。
イオスが、そしてクロノが優しい人間であることはなのはも知っている。
「そっか、頑張ってね」
「うん!」
そして、もう1人の当事者……プレシア・テスタロッサ。
彼女もまた、フェイトとアルフと共に『アースラ』の収監されて裁判を待つ身である。
ただしフェイト達とは逆に捜査に協力することも無く……否、できなかった。
なのはは直接会っていないのでわからないが、他人とコミュニケーションが取れる状態に無いのだと言う。
フェイトが心配になるなのはだが、事が法律的な話になってしまえばなのはに出来ることはない。
クロノとイオス、そしてエイミィの言を信じて待つしか……。
「あ、なのは! 電話みたいだよ」
「え?」
学校の制服に着替え終えたなのはは(ユーノはこの間、ひたすら壁を向いていた)、ユーノの声にベッドの上に置きっぱなしだった携帯電話を手に取った。
非通知、誰だろうと思いながら電話に出る。
「……もしもし?」
『おー、高町さん? 俺だよ俺』
「……どうしようユーノ君、お父さんに言った方が良いのかな……?」
「え、何が?」
第97管理外世界の詐欺など知らないユーノは、なのはの心配がわからずに首を傾げた。
その間にも、電話の向こうでは若い少年の声が響く。
『もしもし? もしもーし? ……おいやべぇよクロノ、俺なにか第97管理外世界の常識に抵触しちまったかもしれねぇ』
『何をやっているんだキミは……』
クロノ、その名前になのはは慌てて電話を耳に当てた。
「も、もしかして、イオスさんですか!? ごめんなさい、私てっきり……」
『てっきりの先が気になるけど……まぁ、良いや。久しぶり高町さん、念話でも良かったんだけど、そっちの世界の常識に合わせて電話にしてみたんだ』
「わ、ありがとう……ございます?」
『何故に疑問形……?』
疑問だったからだろう。
しかしせっかくの機会である、なのはは勢い込んで電話の向こうの先輩魔導師に聞いた。
「え、えと! あの……ふ、フェイトちゃん達のことなんですけど……」
『ああ、うん。その件で連絡したんだけど……高町さん、明日の朝少し時間あるかな?』
「え……?」
その後、2分ほど話して……なのはは、電話を切った。
その日のなのはは妙に機嫌が良くて、家族や友人達は不思議そうに首を傾げていたと言う。
◆ ◆ ◆
翌朝、なのはは学校に行く前にある場所に寄った。
それは、クロノが初めて第97管理外世界に降り立った場所……海辺にある公園だ。
バスに乗らずに飛行魔法で飛び、勢い込んでなのははその場に降り立った。
そこにはすでに人払いの簡易結界が張られており、入り口に降り立つと同時にバリアジャケットを解除してなのはは駆け出す。
昨日の朝の電話で、ここに呼び出されたのだ。
そしてなのはは、公園の海側で静かに海を眺めている小さな背中をすぐに発見した。
その小さな背中を見つけると、目の端に涙の玉が浮かぶのを感じる。
「フェイトちゃん……!」
感激の色を隠すことなく、なのははその少女の名前を呼んだ。
呼ばれた側の少女はビクリと肩を揺らした後、ゆっくりと振り向く。
……少し、痩せただろうか。
そんなことを思いながら、金髪の髪を、赤い瞳を見つめて……なのはは、フェイトの目の前で立ち止まった。
その間にユーノはなのはの肩から降りて、少し離れた位置にいるイオス達の下へと向かった。
足を伝って駆け上がってくるユーノに苦笑しながら、イオスはなのはを見た。
「時間はあまりないが、2人で話すと良い。僕達は向こうに行っているから」
「「あり……」」
クロノの言葉にお礼を言おうとして、言葉が重なったなのはとフェイトはお互いに固まった。
それを見て笑いながら、クロノが2人に背を向けてイオスと……アルフに手を振って合図した。
アルフは今、拘束はされていない。
ついでに言えば、犬の耳も尻尾も隠している……おかげでイオスも安心していたりする。
今日、フェイトをなのはに会わせたのはリンディのはからいだった。
フェイトは裁判に向けて本局に移送される、そうなればしばらくは会えないからということだった。
まぁ、事件解決に貢献したなのはへのせめてもの贈り物と言うことだろう。
「アンタの母親の……リンディって人は、良い人だねぇ」
「はは、そう言ってくれると母さ……艦長も喜ぶよ」
「いや、そこは普通に母さんで良いだろ」
「あはは」
なのはとフェイトから離れながら、アルフがこの場にはいないリンディにお礼じみたことを言った。
リンディのことを努めて「艦長」と呼ぶクロノにイオスが軽いツッコミを入れて、何か琴線に触れたのかユーノが笑う。
ふとイオスが後ろを肩越しに振り返れば、なのはとフェイトがぎこちなくも何かを話している様子だった。
会いに来たなのはも、連れてこられたフェイトも、どこか嬉しそうだ。
辛いことや苦しいことが全く無くなったわけでもない、それでも笑っている。
『でも私は、やっぱりその現実を否定します』
『ごめんなさい、我儘、通します!』
思い起こされるのは、2人の姿勢だ。
現実を受け入れる、それがイオスの主義だ。
しかしこの2人、2人ともが現実を受け入れた上でその上を行こうとした。
それで全てが貫けたかと言えば、そんなことはない。
実際、後始末などはイオス達がしている。
だが、それでも…………思考に耽っていると、クロノがイオスを肘で小突いた。
「なんだよ」
「別に」
肩を竦める幼馴染に、イオスは溜息を吐く。
何にしても、彼の仕事はまだまだ残っているのだった。
◆ ◆ ◆
「……あぁ~」
「ひょっとして……疲れてます?」
「うん? はは、まぁな」
公園のベンチに座って息を吐くイオスに、肩のユーノが心配そうな顔をする。
……と言うか、まさかこのままフェレットとして生きていくのだろうか?
そんな馬鹿なことを考えるイオスの両隣りに、クロノとアルフが座る。
「まぁ、疲れるのも仕方ないさ。何しろこの1週間、本局への報告やらフェイトの裁判のための証拠集めや関係者の事情聴取、及びそれに関する書類整理や判例探しなどで走り回っていたわけだからな」
「お前程じゃねーよ、優しいクロノ君?」
「茶化すな」
「はは」
イオスが言った「優しいクロノ君」と言うのは、フェイトの裁判に関してなのはに説明した時の彼女の言葉だった。
フェイトがやったことはロストロギア強奪やら局員攻撃やら管理外世界への損壊やら、いろいろ含めて刑期数百年クラスの大犯罪だ。
しかしクロノは、そのままフェイトを裁判に送るような真似はしないつもりのようだ。
可能な限りフェイトに有利な証拠や証言を集め、ハラオウン家のツテまで利用して何が何でもフェイトを事実上の無罪放免へと持っていきたいらしい。
そんなクロノに、なのはは素直な尊敬の念を表明したのだった。
「まぁ、クロノ君はそんな涙ぐましい努力をしていたわけだよ」
「良く言うな、僕の記憶が正しければ……フェイトとアルフの拘束を事実上解除するための書類申請を気合いで通したのはイオスとか言うお人好しだったような気がするが」
「そうなのかい?」
……お前、何でバラすんだよ。
そう言いたげな視線を込めてイオスがクロノを睨めば、クロノは意地の悪そうな笑みを浮かべるばかりだった。
「……まぁ、実際まだわかんねぇよ。フェイトが無罪になるって決まったわけじゃないし」
「裁判次第だが、フェイトとアルフは大丈夫だろう。贖罪の意思もあるし、艦長も本局のレティ提督に話を通しているらしい」
「へぇ……まぁ、レティさんは優秀な奴は過去を気にせず採ってくからな」
フェイト自身は、法律違反の意識も無く母親(母親本人は否定しているが)の言うことを聞いていただけ、と言う形に持っていくことになるだろう。
そうすれば情状酌量の余地ありとみなされるだろうし、他の措置次第では収監なしで保護観察だけで通せるかもしれない。
「何、僕達があと3日ほど徹夜すれば問題無い」
「お前、その仕事に対するアグレッシヴさは何なの……?」
管理局内でのイオス達の立場は、まだ非公式ではあるが……最低限の被害で次元断層クラスのロストロギア事件を解決した、と言う極めて名誉な立場になっている。
まぁしかしその恩恵はほんの1割程であって、残りは地味な事務仕事に集約されるわけだが。
実際、今回は強力なロストロギアに纏わる事件としては極めて穏当に終息したと言える。
死者はおらず、深刻な負傷者もいない。
次元震は起こったが最小限で、第97管理外世界も枠組みを崩すことなく維持されている。
だがたった一つ、明確に上手くいっていない問題があった。
「……プレシアは、どうなるんだい?」
この場にいない唯一の当事者、プレシア・テスタロッサ。
アルフ自身は変わらずプレシアを嫌っているが……それでも、フェイトのためにいろいろ考えているのだろう。
「……普通に考えれば、主犯として本局に移送。裁判の後に高位魔導師専用の監獄に入って貰うことになると思うが……」
「いやぁ、そいつは無理だろ。あれは、どう考えても……」
それで十分、通じた。
アルフもユーノも、何も言わない。
しかし4人が思い浮かべるのは、同じ人間だ。
たった1人の娘のために狂い、狂ってもなお不可能に挑戦し続けた大魔導師。
プレシア・テスタロッサの姿を。
「医務官によると、余命1ヶ月だそうだ。正直、初公判にさえ出られるか」
クロノが言い淀むことでも、イオスは言える。
何故なら、彼は自分にも相手にも現実を受け入れることを求めるから。
しかしそんな彼でも、虚数空間からプレシアを『テミス』で引き上げて、はたして良かったのだろうかと思うこともある。
……アリシア・テスタロッサ、正確にはアリシアの遺体は虚数空間の彼方へと消えた。
プレシア・テスタロッサだけが引き上げられて、そして精神を病んだ。
いや、もうとっくの昔に病んでいたのかもしれない。
追い詰められて、苦しんで、その末に娘を求めて狂った母親。
「レベル4の肺結腫、他の臓器にも転移していて手の施しようが無いそうだ。もちろん延命の方法も無いわけじゃないけど、どうもプレシア女史は随分と無茶な生活を送っていたようだから……それに、本人に治療を受ける気が無いと来た」
アリシアの蘇生の研究にのみ専心していたのだろう、プレシアは自分の延命に関して驚くほど手を打っていなかった。
フェイト自身の栄養失調も問題だが、それに輪をかけてプレシアの身体は悪かった。
そして今は以前にも増して恐慌状態にあり、魔法を封じて『アースラ』の特別房に収監されている。
クロノとイオスの狙いは、プレシアの証言をもってフェイトとアルフの無罪を勝ち取り、かつ事件の全容を解明して類似のロストロギア事件に対するモデルケースを確立することにあった。
しかし、プレシアの精神状態が正常な状態に無い以上は不可能だ。
特別な許可を得てプレシアに2度面会したフェイトとも、有効な対話は行えていない。
「まぁ、そのプレシアとの面会許可を申請したのもイオスとか言う奴だったかな」
「だぁっ! お前、俺を良い人にしようとすんのやめろよ! 俺はただ、今回の事件を最大限利用したかっただけだってーの! フェイトの面会はそのための布石と言うか試しと言うか……」
「アンタ……ただの卑怯者じゃなかったんだね!」
「うお!? こら馬鹿くっつくな使い魔! と言うか、あの時のアレは作戦だったんだから卑怯で良いんだよ!」
イオスはアルフの「卑怯者」発言に若干傷ついたが、その後のアルフの抱擁によって全て吹き飛んだ。
繰り返して言うが、彼は犬に対して良い印象を持っていない。
「でも……イオスさん達のおかげです、『ジュエルシード』の事件に何とか区切りをつけられたのは」
「いや、僕達だけでは解決できなかったよ」
「……だな。高町さんがいたからこそ、だ。それとユーノ、お前もな」
クロノとイオスの言葉に、ユーノが驚いたように顔を上げる。
すると目こそ合わせてくれなかった物の、イオスもクロノも口元に笑みを浮かべていて。
ユーノはそれに、顔をくしゃくしゃにするのだった。
◆ ◆ ◆
「簡単だよ、お友達になるの、とても簡単。名前を呼んで、はじめはそれだけで良いの」
なのはのその言葉によって、フェイトはなのはと友情を結ぶ術を手に入れた。
いや、もはやフェイトは誰とも友情を結ぶことが出来る。
その最初の1人が、なのはになった。
イオス達のいる距離では、なのはとフェイトが何を話しているのかは聞こえない。
もし例外がいるとすれば、それはフェイトと精神リンクで繋がっているアルフくらいだろう。
実際、フェイトの心の動きに影響されてか……アルフは、グスグスと涙ぐんでいた。
「本当に、なのはは良い子だねぇ……フェイトがあんなに笑ってるよぉ……っ」
「嬉しいのはわかった。わかったから俺の局員服の裾で鼻をかむのを今すぐにやめろ」
「ぐす……ああ、ゴメンよ。アンタなら何しても良いかと思って」
「……なぁクロノ、フェイトの裁判から下りて良いか?」
「馬鹿言え、そんなことされたら僕の負担が増えるだろうが」
アルフにとってすれば、フェイトがプレシアから解放されて友達ができて、しかも事実上無罪になる(かもしれない)と言うのだから文句のつけようも無かった。
これからは本当のフェイトとして、好きに生きてくれたら良いと思う。
「まったく……ところでユーノ、お前本当にスクライアに戻らなくて良いのか?」
「あ、うーん……近い内に顔は出します。でも今は、ここにいて……いろいろ、考えてみようと思うんです」
ユーノは今すぐにでもスクライアの集落に戻ることもできる、しかし本人はそれを特に希望はしていなかった。
もちろんどうするかは本人が決めることだし、ユーノには家族もいない。
自分の生きる道を自分で考え、そして歩むのも良いだろうとイオスは思う。
思い返してみれば、イオスとユーノにとっての今回の事件は、お互いが出会う所から始まった。
探索の結果、イオス達の乗っていた輸送区画は沖合の海中に沈んでいるのが発見された。
すでに『アースラ』に回収されて、近くスクライア側へ引き渡される。
スクライア艦から弾き出されてはぐれて、なのはを介して再会して……事件解決に奔走して。
「……ま、お前が良いなら良いんだけど、な。頑張れよ」
「え、あ……はい!」
無意識なのかそうでないのか、フェイトと抱き合うなのはを眩しそうに見つめるユーノをイオスが激励する。
それは何の意味が込められているのかはわからないが、応援されたユーノは嬉しそうにしていた。
それに小さく笑いながら、しかしふと思いついたようにイオスは言った。
「でもお前、何で未だにフェレットなんだ?」
「え、いやそれは……」
「え? アンタって私と同じ使い魔じゃないのかい? ネズミ素体の」
「違うよ!? 大体ネズミじゃなくてフェレットだから!」
アルフの認識に衝撃を受けたユーノは、これからこまめに人間形態でいようと決意した。
ただ高町家にいる限り、ユーノはフェレット形態でいるしか無い。
そのことに彼が気付くのは、1時間後のことである。
「……む、そろそろ時間だな」
「そっか……じゃ、呼びにいかないとな」
ベンチから立ち上がって、イオス達はなのはとフェイトに歩み寄る。
どうやら2人は友情の証に、あるいは思い出に……リボンの交換をしたらしい。
お互いの髪を結っていたリボンを解いて、髪を下ろして海辺の風に靡かせながら。
2人の間の空気はどこまでも穏やかで、幸福そうで……出来れば、もっとそのままにしておきたいと思える程だった。
ただ、残念ながら時間と言う物はあっという間に過ぎていく。
「……会いたくなったら、きっとキミの名前を呼ぶよ」
「……うん、私も」
「なのはが危ない時は、今度は、私が助ける。なのはを守れるように、友達を守れるように……」
「うん……!」
ひしっ、と抱き合う2人の少女。
すぐ傍にまでイオス達が近付いても、その抱擁は終わる気配を感じさせなかった。
『……クロノ、早く声かけろよ』
『断る。キミがやれ』
『いやいやいや、こんな空気壊せねっつの。お前言えよ』
『上官命令だ』
『あ、てめっ』
念話での不毛な会話を続けた後、やむなくイオスが一歩前に出る。
そして、必要以上に大きな咳払いをして……。
「悪いけど、時間だ。もう行かないと」
「……はい」
その時のフェイトの哀しげな声音に、イオスの良心は凄まじく傷ついた。
その間にユーノがイオスから下りて、なのはの肩へと移った。
「それでは、2人とも。改めて事件解決への協力に感謝する。2人のおかげで事件を解決に導くことが出来た、管理局を代表してお礼を言わせてもらう。ありがとう」
「こいつ……良い所だけ持っていきやがって」
「何か言ったか?」
「何も言ってねーし、聞こえたとしたらお前の良心の声だろうよ」
そんなクロノとイオスのやり取りが面白かったのか、フェイトとなのはがクスクスと笑った。
正直憮然たる気持ちではあるが、まぁ泣いて別れるよりはマシだろう。
「ま、でも本当に助かったよ。ユーノと高町さんがいてくれてさ、俺1人じゃもっと被害は大きくなってただろうから」
「いえ、そんな……」
「僕達の方こそ、イオスさんのおかげでいろいろと助けられて……本当に、ありがとうございました」
何か今生の別れのような空気だが、別にそんなことはない。
特にユーノは、もはやいつでも自分の集落に転移する権利を有しているのだから。
「……エイミィ、やってくれ!」
『りょーかいっ、転移開始するよ。なのはちゃん、ユーノ君、また会おうね!』
「「はいっ」」
ウインドゥ越しに、エイミィの声が響く。
そして次の瞬間、イオス達の足元に白い魔法陣が展開される。
転移の魔法陣、なのはも見慣れた術式だ。
そして発動してしまえば、別れはすぐだ。
手を振り、何かを言おうとしたフェイトとなのはの間に白い輝きが満ちる。
お互いにかけた言葉は、何だっただろうか。
「あ……」
次の瞬間には、フェイトの目前には近未来的な艦の内装が見えている。
どうやら艦橋に転移させられたらしい、そこには『アースラ』のスタッフ達もいる。
そして目の前には、優しげな微笑みを浮かべたリンディの姿があった。
「おかえりなさい、フェイトさん。なのはさんとお別れは出来たかしら?」
「……はい」
それに、フェイトはしっとりと微笑んで返すことが出来た。
その手には、なのはから受け取ったリボンが大切そうに握られていた。
それを見つめて、リンディはますます優しげな笑みを浮かべる。
クロノは腕を組んでどこか満足そうに頷いて、アルフは嬉しそうに涙ぐんだままだ。
そして、イオスはと言えば……。
そんなフェイトの後ろ姿を見て、肩を竦めて苦笑した。
さぁ、これからが大変だ――まるで、そう呟くように。
◆ ◆ ◆
「本局に帰還し、拘束中の容疑者――いえ、重要参考人をしかるべき部署に引き渡すまで、私達にとって今回の事件は終わりません」
リンディの厳かな言葉に、その場にいた全員が沈黙する。
厳粛な空気を醸し出す一同に頷きを返し、リンディは目を伏せて何かを考え込んだ。
無数の視線が、『アースラ』の長たるリンディに注がれる。
今回の事件は、幸いなことに死者も深刻な負傷者もいない。
まだ内定はしていない物の、士官以外の関係者は全員1階級ずつの昇進、士官以上の関係者については金一封と勲章が与えられることになっている。
最大の功労者である民間協力者の少女が賞状一つなため、士官クラスに明確な褒章を与えることはバランスに欠く、と言うのが上の判断だった。
「……しかし、この場にいる『アースラ』関係者の尽力によって、事件に一定の目処が立ったのも事実です。現場で身を危険に晒して戦った者達、艦橋で現場を支援した者達、艦内で艦の航行やスムーズな武装運用を支えた者達、果ては負傷者の治療を行った者達やクルーに快適な衣食住を提供し続けた者達。この艦に関わる全ての人間の力があったからこそ、現状の結果を得ることができました」
不意に柔らかくなったリンディの雰囲気に、場の空気も徐々に華やいでいく。
その場にいる人間の顔には、一つの仕事を終えた達成感が見て取れた。
それに笑みを浮かべて、リンディはそっと右腕を掲げた。
「今この時間だけは、普段の業務を忘れて……事件解決の喜びを分かち合いましょう! 皆、本当にご苦労様!」
「えー、それでは皆さん、お手を拝借! う~……かんぱぁ~いっ!」
「「「「「かんぱぁ――いっ!!」」」」」
わっ……と大勢の人間の歓声が響き渡ったのは、『アースラ』の食堂だった。
流石に全員ではないが、それでも艦の他の場所でも思い思いの宴が催されているはずだった。
もちろん艦の運行に必要な人間は除いて、しかし交代で宴会に参加できる。
次元航路航行中につき、アルコール類は厳禁だ。
「ぷっはぁ――っ、徹夜明けの身体に染み渡るぜ……!」
「そ、そうか」
そしてその中には、当然イオスとクロノ達の姿もあった。
なのはと別れて……第97管理外世界から離れた、その夜に『アースラ』クルーを労う宴会が行われたのだ。
当然と言うか、イオスはリンディの淹れた特性のお茶を飲んでいる。
「うふふ……クロノもイオスさんもお疲れ様。特にイオスさんは、改めて生還おめでとう。……こんなことしかできないけど、たくさん飲んでね」
「あ、あざぁ――ッス!」
「母さんのお茶でそこまでテンションが上がるのは、お前だけだよ」
「えぇ、そうかぁ? 超美味いんだけどなぁ……」
イオスは特に甘党というわけでは無いが、それでも砂糖やミルクを多用した緑茶を好んでいた。
それが嬉しいのかリンディもことあるごとにこのお茶を淹れるため、さらに好きになると言う循環が生まれていた。
こんな甘い飲み物をどうして好きになったのか、実の所、イオスもよく覚えていない。
そしてそこには、場の空気に戸惑いを覚えてキョロキョロしている人間が1人いた。
その隣に座る女性は肉料理をひたすら平らげていて、その人物はそれもまた恥ずかしいらしい。
頬を朱色に染めたその子供は、躊躇いがちにイオス達に言った。
「あ、あの……わ、私達もいて良いんですか……?」
「良いの良いの、さぁさぁ、フェイトちゃんもどんどん食べて! 育ち盛りなんだから」
重要参考人である自分がこの場にいるのはどうなのか、フェイトは気が気では無かった。
しかしエイミィはフェイトにどんどん料理の皿を勧める、実際、フェイトの身体は同年代に比べてやや発育が遅れている節がある。
それにフェイトは周囲の厚意で宴会に参加させて貰っていると考えているだろうが――もちろん、そういう側面もある――これもまた、裁判への布石でもある。
贖罪の意思を持ち、そしてそれを当事者たる『アースラ』クルーが受け入れているという証に。
実際、彼女は事件の最後にはプレシアの逮捕に事実上協力している。
クロノ監修、イオスプレゼンの「悲劇のヒロイン」物語はすでに皆の知る所だった。
彼女の手で『アースラ』に実害が無かったのが大きく、そしてプレシア収監に関わった人間はフェイトに同情的だった。
「彼女はただ、母親の願いを叶えようとしただけだもの。そんな子供を罪に問うほど、管理局は非道な組織では無いと信じたいわ」
「はぁ……まぁ、リンディさんが良いなら、俺らは良いですけどね」
「あら、イオスさんはフェイトさんを罪に問いたいのかしら?」
「いや、それは……クロノ、何とか言ってやれよ」
「僕に振るなよ」
イオスのフリに、クロノは本当に嫌そうな顔をした。
リンディの言うことは、言ってしまえば理想論だ。
しかしだからこそ万人に受け入れられるし、通す価値も高い。
何しろ、これを通した場合の政治的効果は大きい。
リンディの名声はますます高まるだろうし、今後類似する事件が発生した場合には発言権を得ることになるだろう。
「ま、事情を知る身としては、無視もできませんし。裁判が終わるまでは関わりますよ」
「そうね、裁判が終わるまでは……ね」
「……?」
うふふ、と意味ありげに笑うリンディに、イオスは不思議そうな視線を送る。
しかしリンディはそれ以上は何も言わなかったので、イオスもそれ以上は聞かなかった。
この件に関するリンディの意図が判明するのは、もう少し先の話だ。
「それにしても……アルハザード、か。次元断層の向こう側の伝説の都、死者蘇生すら可能とする秘術の都市……」
何となくフェイトを見つめながら、クロノは呟く。
プレシアが目指した先には、彼女の「姉」……アリシアがいたのだろうか。
今となっては、誰にもわからない。
ただクロノにしろリンディにしろ、そしてイオスにしろ……彼女の気持ちが理解できないわけではない。
少なくとも一部は理解した上で、否定して逮捕した。
そして、思うのだ。
もしかしたなら、大魔導師プレシアはアルハザードへの道を「本当に」見つけていたのかもしれないと。
「……ま、それでもIFの話だよ。仮にアルハザードが実在したとしても、それは現実のフェイトの裁判には何の影響も無い、だろ?」
「……そうだな、その通りだ」
死者の蘇生、誰だって望む夢だ。
しかしそれは夢であって、現実では無い。
現実を受け入れて前に進むためには、夢に足を引かれるわけにはいかない。
そんなイオスの考えがわかるから、クロノは微かに笑みながら自分のコップに口を付けた。
リンディは、そんな息子達を微笑ましい目で見つめていた。
「……それでね、その時にクロノ君とイオス君がねぇ……」
「え、え……えええぇぇぇ!?」
「へぇーえ、そんなことがねぇ」
「げ、おいクロノ!」
「ああ、エイミィを止めろ!」
その時、エイミィがフェイトとアルフにクロノとイオスの士官学校時代の話をしているのが聞こえた。
それに気付いたイオスとクロノはエイミィを止めるべく席を立ち、駆け出す。
2人の息子のそんな様子に、リンディは本当におかしそうに笑っていた。
……全てが上手くいったわけでは無い、全員が幸福になれたわけでは無い。
しかし彼らは可能な限りのものを救い、助けて……「こんなはずじゃない現実」と、戦い続けている。
願いは異なる、世界も異なる、しかし想いは同じだと信じて「正義」を行う者達。
――――彼らの名を、「時空管理局」と言う。