もしも、カルナさんが家族に恵まれていたら   作:半月

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<中>

 生まれた時から神々に忌避されているドゥリーヨダナは、長じるとともにそういう存在を察知する嗅覚とでもいうべき感覚が発達していった。

 

 なんせ彼らはどんなに外見を取り繕ったところで、『そうあれかし』とでも言うべき絶対的な真理によって拘束されている。それは半分だけとはいえ従兄弟のパーンダヴァの五兄弟もそうだし、そこの三男の親友などと名乗るいけ好かない男など、その最たる者であった。

 

 ――特に、あの三男のお友達とやらは酷い。

 なんであの聡明なアルジュナが、気づかないふりを続けているのかがわからないぐらいに酷い。

 

 わからない――が、あの男が慈愛に満ちた蓮華の様な微笑みの奥で、ドゥリーヨダナを含んだ矮小な人間たちを時折無機質な目で観察しているのに気づいてしまった途端、もう側に近づくことさえ駄目になってしまった。

 

 そのせいであの男を崇拝している者たちにますます目の敵にされる様になったが、ドゥリーヨダナの拒絶具合に周囲の方が根負けしてくれたおかげで無理に近づかずともよくなったので、却ってせいせいした。

 

 ――アディティナンダも、最初はそうだった。

 父王のお気に入りの楽師がいる、ということで弟たちと共に参加したあの宴の席。

 圧倒的なまでの表現力とその玲瓏たる声音が織りなす歌声の世界に惹き込まれ、気づけば弟たちと一緒になって拍手していた。滅多にないことだが、インドラ神に仕えるという天界の楽曲集団・ガンダルヴァの歌声もかくや、という美声に、耳の肥えたドゥリーヨダナすらも酔いしれた。

 

 それが、うっとりとした夢見心地な気分から、不意に冷水を頭からかけられた気分に陥った。

 

 ――()()()()()()

 

 どこまでも透徹で、どこまでも純粋で、どこまでも無機質な。

 ドゥリーヨダナがこの世で一番嫌いな目で、当代随一と謳われている父王お気に入りの楽師は聴衆を見つめ返していた。

 

 興奮冷めやらぬ心地で好き勝手に喋っている観客(ニンゲン)たちを、自分一人だけ切り離された空間から、俯瞰的に箱庭の中の人形を眺める様な目つきで、ドゥリーヨダナたちを観察していた。

 

 王家に連なり、従兄弟たちの影響で人ならざるものと触れ合う機会が多い上、彼らを嫌っているドゥリーヨダナだからこそ気付けたのかもしれない。

 

 あれは観測者を気取る神々の目だった。

 あの忌々しい睡蓮のような親戚の男と同じ目つきで、彼も自分たちを見つめていた。

 どんなに人間の皮を被り上手に擬態していても、あの目をしていた時点でもう無理だった。

 人の心がわからない生き物相手に、ドゥリーヨダナという人の言い分が通じるわけがない。

 

 そんなわけで、アディティナンダがドゥリーヨダナにとって苦手な存在という枠に入れられたのが、一年以上前の話であった。

 

 ――それ以来というもの、ドゥリーヨダナにとってアディティナンダはもう二度と近づきたくないモノになったが、アディティナンダにとってのドゥリーヨダナは違ったらしい。

 

 王宮にアディティナンダが招かれるたびに、時たまドゥリーヨダナはどこからか視線を感じるようになった。

 

 それは大抵、彼が兄として弟王子たちの面倒を見ている時や、忌々しいビーマと弟たちを守るために対峙している時が多かった。特に後者の場合だと、血の気の多いビーマが暴力という手段に走る前に、どこからか叔母の声やビーマを探す従者の呼びかけが必ずと言っていいほど聞こえてくるようになった。

 

 ……最初は気味が悪かった。

 何せ、神に属する者と凶兆の子供であるドゥリーヨダナとの相性は最悪である。ひょっとしたら、神々の気まぐれという大義名分のもと、大切な弟たちの目の前で見せしめとして惨殺されるかもしれないと考えたりした。

 

 ――けれども。

 さりげなく、しかし確実に視線の主の手によって窮地を脱するようになってきて、ふと思い当たることがあった。

 

 ……初めて、本来ならばいないはずの叔母の声が憎いビーマを呼び出して窮地を脱したあの日、助けてくれたのもこいつだったのかもしれないと。

 

 にわかには信じがたいことであったが、ドゥリーヨダナは自分の発想を否定することができなかった。そこで、ドゥリーヨダナもまた視線の主を観察し返すことにしたのである。

 

 すると、それまで無機質だと思い込んでいた視線にも、きちんと人間であるドゥリーヨダナが理解できる感情のような含まれていることが判明した。

 

 特にドゥリーヨダナが長兄としてその務めを果たしている時ほど、その傾向は顕著だった。

 強大な神秘に近しい存在ほど、ドゥリーヨダナの存在を不吉なものとして扱う。ところが、この視線の持ち主はそのような偏見とは無縁だった。

 

 ――例えるのであれば、親が子を見るような、兄が弟を見守るような。

 無機質だと思い込んでいた眼差しが、人の優しさを帯びていたことが分かって以降は、前ほど気にならなくなった。

 

 ドゥリーヨダナにとって、神は不変の存在だ。そして、アディティナンダがそのくくりに収められる以上は、彼の本質だって変わらないものである筈だった。

 だから、あのおかしな視線の持ち主はアディティナンダである可能性が高いが、それ以外のドゥリーヨダナという王子に好意的な変人からの眼差しであるという可能性も捨て切れなかった。

 

 だけど、もし。

 ――ドゥリーヨダナを見守ってくれた視線の主がアディティナンダであったとしたら。

 

 だとすれば、何が彼を変えたのだろうと、そう思うようになった。

 一年以上前のアディティナンダが、神の括りに当てはめられるモノだったのは間違いない。

 

 ならば、あの日から今日に至るまでに()()があったのだ。

 神々によって作られた精巧な人形のようなアディティナンダを、人間の情を解する生き物にまで堕とした何かが。




<裏話>

アディティナンダ
「ドゥリーヨダナ王子こそ、真の長兄。よーしカルナの良き兄になって認められるためにも、頑張って観察するぞー!」

ドゥリーヨダナ
「え? なんか神々の視線感じるんだけど、超怖い。けど、こんなことで兄としての役目を放棄してなるものか。こうなりゃヤケだヤケ。せめていい兄貴として死んでやる」

アディティナンダ
「ふぁー。あの王子様すごいなぁ、みんな不吉不吉とか言ってるけど、普通にいいお兄ちゃんじゃない。尊敬するわ〜」

ドゥリーヨダナ
「なんか最近、どこからともなく手助けの手が差し伸べられることになった。多分、あいつだと思うけど、神が嫌っているわたし相手にそんなことしてくれる訳ないもんな。きっと気のせいさ!」

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