もしも、カルナさんが家族に恵まれていたら   作:半月

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お待たせしました! ちょっと投稿前に何度かトラブりましたけど、この路線で行こうと思います。

(*原典である『マハーバーラタ』でも、賭け事騒動は大きな転換点になり、その後のクルクシェートラを引き起こす原因となりましたが、なぜここまで大きな問題に発展したのだろうか?という理由を独自解釈としてこの話で語っております*)


不穏な未来予測

 

 ――さて、カルナのところにでも戻るか。

 

 青年が肩を大きく震わせ、喉から引きつった声を漏らしている情景。

 それを凝視し続けるのもどうかと思ってしまったので、今後の行動をその様に結論づけた。

 

「――っ、あ、ああ……」

 

 意識的に青年の姿から目を逸らして、顳顬を指で掻きながら、気を紛らわせる。

 

 ……いやあ、わりかし、さっきの発見が衝撃過ぎてしまったので、青年の都合のことなんざ御構い無しに、好き勝手語らせてもらったけど、これで良かったんかね?

 

 現行の社会制度や法が、人間社会の維持やその尊厳の保護のために健全に機能していないだなんて、天の方々が耳にでもしたらどうなることやら。

 

 語り終えた後でそんなことを思ったが、特に反応がない。

 だとすれば、他の気になる光景でも見ていたのかもしれない……そうだなぁ。例えば、賭博騒動の顛末、とかか?

 

 ――賭博騒動の顛末、か。

 そーいや、あの時はドゥリーヨダナがなんとかしてくれるだろうと思ったから、特に顛末を見届けずにあの場を立ち去ったけど、それで良かったのかなぁ……?

 

 ――ふむ、と顎先に指先を押し当てる。

 よく考えたら、俺という神霊が引っ掻き回したお陰で賭博問題がどうなるのか、という点を全く考慮していなかったが――はて、どうなるのだろう?

 

「…………っく、っは、は……ぁ!」

 

 青年が引きつった笑い声を上げているが、それを黙殺して、思考を進める。

 まず、今回の賭け事騒動で巻き上げられた賞品・景品の類は、ドゥリーヨダナからユディシュティラへと返されることになるだろう。

 

 俺自身としては、特にパーンダヴァ一家へ味方したつもりはない。

 ――だが、神であるというその一点だけで、対外的には神々の寵愛深い一家を危機から救うために天より現れた神々の一柱……という扱いを受けることだろう。

 であれば、親パーンダヴァの一派もドゥリーヨダナの悪行への神々の懲戒であると主張して、ユディシュティラより獲得した王国の宝物を返す様に迫ることは、まず間違いない。

 

 ――面倒だなぁ……。

 俺はあくまでカルナの兄兼ドゥリーヨダナの味方であって、パーンダヴァの連中がどうなろうと個人的にはなんの関心もないのだが……。

 

 とはいえ、その本心を、篤信深い方々が実直に受け止めるとは思えない。

 

 ――だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんだから。

 

 ……まあ、こればかりはもうどうしようもない程度には自明の理扱いされているからなぁ……。

 変わり種は俺やカルナの方だし……致し方あるまいよ。

 

 それは兎も角、最も考えられるの可能性は、賭け事自体がなかったこととして扱われてしまうこと。

 双方に禍根を残しつつも、どちらにも非がある状態なのだから、痛み分けということにするのが一番だろう――そう、結論づけて……。

 

 ――()()()

 

 ――ふ、と思い当たった事実に、冷や汗がぶわり、と吹き出す。

 考えてみれば、そもそも、神の子であるパーンダヴァ側の失態が、人々に受け入れられるのか?

 

 ……昔、ドゥリーヨダナが、ちょっとした世間話の拍子に語ったことがある。

 幼い頃、自身の力を理解していなかった従兄弟のビーマに彼の兄弟たちが甚振られた際に、周りの大人たちは誰一人としてそれを重要なことだと受け止めてくれなかったのだと。

 

 どれだけ兄弟たちの体に青痣がつけられようと、どれほど兄弟たちが傷を負おうと。

 

 ――誰一人として、子供のビーマを制止する者がいなかったのだと、皮肉げに話していた。

 

 何故なら、敬うべき神の子には、()()()()()()()()()()()

 そもそも、神とは放埒なモノ・人には及ばぬ力を自由自在に扱うモノ、その怒りを買ったりしないように敬わなくてはいけない存在。

 ――例え、その血を半分だけしか受け継いでいないとしても、その常識は当たり前のように適用されてしまう。

 

 ――だとすれば。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――ゾッとした。

 それがありえない、と言い切れない自分自身の本性(神霊という存在)に正直、吐き気すら覚える。

 

 ましてや、ドラウパティー王妃に対するカウラヴァ側の暴虐の件がある。

 尊ぶべき王族の姫であり、世に名高い王妃の誇りを踏みにじったあの出来事は、許されざる悪逆として、人々に受け止められることだろう。

 

 それが、ドゥリーヨダナの意図したところではなかった――などという言い訳は黙殺される。

 

 ――ドゥリーヨダナが賭け事大会を開いたこと。

 ――ユディシュティラ王が賭け事に熱中するあまり、財産を失ってしまったこと。

 ――ドラウパティーへの理不尽を止める者が誰一人として現れなかったこと。

 

 何より、ドゥリーヨダナの腹心であるカルナが、パーンダヴァに対して、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ……恐ろしいほど、恐ろしいまでに。

 これまでの出来事が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を覚える。

 

「……嗚呼、どうしよう」

 

 主観的な意見(アディティナンダ)ではなく、客観的な観点から、今回の出来事を捉え直す。

 そうして、導き出された答えに――思わず、口元を押さえた。

 

 ――不味い、不味い、不味い!!

 

 怖気がする、吐き気がする、冷や汗が吹き出る。

 かつて、ドゥリーヨダナが俺に向かって、あまりにも物事がうまく進みすぎていることへの忌避感・嫌悪感と共にその気持ち悪さを語ってくれたが、その感覚を――ようやく体感できた。

 

 このままでは、確実に――()()()()()()()()()()()

 

 それは、予想や想像などではなく――確信であった。

 

 パーンダヴァの兄弟たちが長兄の乱心によって奴隷の身分に落とされたのは、それを止めなかったこともあって、彼らの自業自得として扱われるだろう……けれども。

 尊ばれる身分のご婦人を、戦士に庇護されるべきか弱き女性を――酔漢どもの前に引きずり出して、大勢の男たちの目の前で嬲り者として扱ったという事実は、確実にドゥリーヨダナの正当性を薄弱なものとし、パーンダヴァの大義名分となり得る。

 

 彼女の夫たちは、自分たちが彼女の名誉が汚された時に助けに入らなかったという屈辱を濯がなければならない――そして、その目的は、その名誉を汚した者たちを屈服させ、討ち亡ぼすことによって果たされるのだ。

 

 何故なら、彼らは誉れ高き王族の戦士(クシャトリヤ)

 絶大なる力を誇示する神の血を引き、安寧秩序を人の世に敷くために、天より齎された神々の化身(パーンダヴァ)であるからだ。

 

 その雪辱を果たさないということは、このまま泣き寝入りすることは、彼ら自身への侮りを招くことになる――嗚呼、なんということ!

 

 ――ましてや、ユディシュティラ王は、王の中の王。

 本当に最近、皇位即位式(ラージャスーヤ)を大体的に喧伝し、世に聖王ユディシュティラあり、とまで讃えられたばかりの、法神(ダルマ)の血を引く者。

 

 事情を知る俺からしてみれば、本人の自業自得であるから自省で済ませろよ! なのだが、皇位即位式まで執り行った王が、自らの執政と栄光に泥を塗るような大失態をそのままにしておくことは、めぐりめぐって、周辺諸国からの侮りを受ける大きな理由となる。

 王は讃えられ、恐れられるべき存在であって、決して侮られてはいけない存在なのだ――だとすれば、なおのこと。

 

 ――今回の一件が原因で、ドゥリーヨダナは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 目の前が文字通り、真っ暗になりそうだった――そんな矢先。

 

「…………タパティー、貴女は」

「――あ」

 

 ……そっと、気遣うように声をかけられる。

 その途端、自分が王宮の渡り廊下に立っていること、目の前には純白の衣装をまとった青年が佇んでいる、という現状を、認識した。

 

 純白の名を冠する――パーンダヴァ一派の最大戦力である、()()()()()()()が目の前にいる事実を、()()()()()()()

 

 ――その瞬間、あることを思いついた。

 

 この青年が、なんらかの理由で戦士としては致命的な体になったら、あるいは、兄弟から離反したら……。

 

 ――……それって、確実にドゥリーヨダナとカルナが有利になるのではないか?

 

「――――っ!」

 

 それは、とんでもない誘惑だった。

 目の前にいる青年を凝視する――しなやかな筋肉に覆われた肉体、無駄の削ぎ落とされた洗練された佇まい――……そして何より、青年の放っている柔らかな空気を察知する。

 先ほどまで気にも留めなかった、青年の姿を再認識して、気づいてしまった。

 

 彼が、俺の前で、無防備に立ちすくしている――のだと。

 

 思考が巡る、試算が重なる、未来を計測する。

 無数にある選択肢によって齎される結果を考察し、考慮していく――そうして、正答を紡ぎ上げていく。

 

 この青年が、俺に対してなんらかの感情を抱いているのは、まず間違いない。

 でなければ、たった十数年前に短い時間を過ごしただけの相手に、お礼を語るなどという名目で、わざわざ話しかけには来ないだろう。

 

 なんせ、彼は、誰からも愛され、誰からも求められている立場にいる青年だ。

 優しくされること、愛されること、求められること、乞われることには慣れている――そして、それが当然だという傲慢ささえ感じられる、そんな彼が。

 

 神々から、寵愛の証として、施されることなど、助けられることなど、至極当然として受け止められる立場にいる――その彼が。

 

 敵対しているカルナの肉親と知っておきながら、あの場から直ぐに立ち去っていった神霊(タパティー)を追いかけて――感謝の言葉を述べるという名目で、呼び止めるような真似までしでかした。

 

 この俺と青年を比較した場合、力も、経験も、技ですら及びつかない――けれども。

 

 ……けれども、人を殺す時にそんなものは必要ない。

 

 ――だって、人間なんて、殺そうと思っていなくても殺せてしまうような――()()()()()()()()()

 

 ――その気になれば、俺の囁き一つで、青年の精神を崩壊させてしまえるのだ。

 

 あるいは、そっとその胸元に寄り添う振りをして、全身を火達磨にしてやってもいい。

 何たって、俺の扱う炎は、神でさえ耐えきれぬとばかりに遠巻きに見つめるしかなかった、天上の劫火なのだ。

 カルナの黄金の鎧に匹敵する、堅牢な守りの術を持たぬ、半神風情が防げるようなものではない。

 

 ……この青年の精神を殺すのか、肉体を殺すのか。

 

 どちらの手段も、俺ならば。

 今の俺の姿(タパティー)ならば、彼に警戒されていない、“タパティー”という名の架空の女(アディティナンダ)であれば、成し遂げられる。

 

 この青年のことは、別に嫌いでも、憎んでいる訳でもない。

 カルナが尊ぶ人間の一人、ドゥリーヨダナと同じ好意を抱くべき人類の、その一員でしかない。

 等しく等価値で、等しく無意味な人間という群体の中の個体――たまたま、インドラの息子という役割が与えられているだけの人間の一人。

 

 ――であれば、別に。

 俺の守りたいもの(カルナとドゥリーヨダナ)を守るためになら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 憂いを孕んだ表情を浮かべ、気遣わしげにこちらを見つめている青年へと、そっと手を伸ばす。

 一瞬だけ、青年は驚いたような顔をしたが、取り立てて咎めることなく、ゆるく瞼を伏せつつ、伸ばされてくる俺の手を唯々諾々と受け入れた。

 

 ――この子は、一体何を考えているのだろう?

 

 鞣した革のように滑らかな手触りの褐色の肌に手のひらを押し当てながら、そんなことを思う。

 

 ――そんなに、俺のことを信じ切ってしまって、いいのかなぁ?

 今、君のほっぺたに手を当てているのは、人間の女の皮を被っているだけの人でなしなんだぞ?

 

 か弱い体に、華奢な外見をしているだけで、その気になれば、人間の首なんて一撃でねじ切れるだけの身体能力を持っている。

 君の形のいい耳朶に囁きかけるだけで、君の強靭とは言い難い精神を、思うがままに操れるだけの残酷さと無情な精神性をもっている。

 俺の中にある天秤を少し傾けるだけで、君の全身を一瞬のうちに灰に変えてしまうだけの神威を、このひ弱な身のうちに隠し持っていたりもするんだよ?

 

 俺なんかよりも、戦士としての技量に優れ、カルナにも匹敵する戦闘能力を誇っているのに。

 その気になれば、俺よりも先に、俺を殺してしまえるだけの力を持っているくせに。

 

 ――どうしてこの子は、(ワタシ)に対して、こんなにも無抵抗なままなのでしょう?

 

「――雷神(インドラ)の息子にして天の代弁者(アヴァターラ)の寵児。……アナタに、尋ねたいことがあります」

 

 だからこそ、ワタシは彼の言葉を尋ねてみたいと、彼の真意を聞き遂げたいと気まぐれを起こしました。

 

 ……できるだけ優しく、できるだけ傷つけないように。

 繊細な青年を気づつけることがないようにと、万全の注意を払いながら、(ワタシ)は彼に問いかけてみます。

 

「――……アナタは、私の大事な×××を、×してしまうのでしょうか?」




――要は、面子の問題なのよね。

(*話を書いていて思ったのは、やっぱり主人公であるアディティナンダは、人間のふりはできても人間のようには成りきれないなぁ、ということでした。
 結局のところ、アディティナンダは人にも成れず純正の神にも戻りきれない中途半端な存在です。人間の持つ愛情の尊さは理解できても、それをうまく身の内で消化して人間性の一端として発露させることはできない。
 どれだけ誰かがアディティナンダのことを想ったとしても、そもそもの基盤がずれているままなので、その想いに対して正しい形で返すことがかなわないため、心のうちで不思議に思うしかない存在です*)
(*逆に彼の対となる存在である例のあの人は、神でもあり同時に人であるという、一見すると矛盾でしかない性質を、うまく使い分けられるます。その場の状況に合わせて、自分の心や立ち位置を置き換えることができるので、神としての側面が求められる時には神の側面を、人としての彼が求められた場合には人としての彼を見せることができるのです*)

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