もしも、カルナさんが家族に恵まれていたら   作:半月

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某・賭博漫画並みの展開を希望していた方々、申し訳ない。さらっと始まって、さらっと終わります。


骰子勝負

「まず、遊び方を決めよう。――この勝負はイカサマしても問題ない。……ただし、ばれなければ、という条件が頭についておくことになるが」

「ほほう。つまり、イカサマをして勝率を上げるも、せずに己の運に頼るのも自由ということですかな?」

「そうだな。ただし、ばれたらその時点で罰則を受けてもらう。――なので、俺としてはイカサマなんかしないことをお勧めするぞ?」

 

 ――アシュヴァッターマン、と名前を呼べば、神妙な顔つきの青年がそろりと前へ出てくる。

 

「いいか? これからお前とカルナが審判役だ。

 お前は俺、カルナはシャクニ王、それぞれ、俺たちがイカサマをしていないかどうかを見張るのが仕事だ。

 ――そんでもって、もしも、俺たちのどちらかがイカサマしていることに気づいたら――()()()()()()()()()()――いいか? ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 え、と目を見開いたアシュヴァッターマンと黙って頷いたカルナ。

 顔を強張らせたシャクニ王に対して、挑発的に微笑んでみせる。

 

 ――何を驚いているのだろう? この程度であれば可愛いものじゃないか。

 

「仮にも人外との間に勝負を挑むんだぞ? ――そこに偽りを持ち込むのであれば、その首を落とされる覚悟をするのも当然だろうが」

「やれやれ……。見た目の可憐さとは裏腹に、獰猛極まりないお嬢さんだ。少しでも気を抜けば首を食いちぎられそうだな。……ですが――よろしいでしょう!」

 

 ……こいつ、生粋の賭事師だな。

 怯むどころか、嬉々として勝負に乗り込んでくる辺り、その性根のほどが知れる。

 

「できるだけ公正になるように、目隠し用の布は互いの持ち物から交換と致しましょう」

「賛成だ。――そら、アシュヴァッターマン」

 

 カルナとアシュヴァッターマンが手渡された布を用いて、俺とシャクニ、それぞれの目を覆う。

 ――うん、完璧に何も見えないな。

 

「……使う骰子は二つ。先行が一度振り、後攻が相手の賽の目の合計を口にする。当たったら得点がつくが、当たらなかったら失点となる。判定するのは互いの審判。三度続けて外したらその時点で決着ということで――勝者は先に六回当てた方、単純だろ?」

「……よろしいでしょう。では、お嬢さん、あなたから先に賽を転がすといい」

「では、お言葉に甘えて――遊戯を始めようじゃないか!」

 

 ――この勝負、()()()()

 手渡された賽子をコロコロと手の内で転がしながら、胸中でほくそ笑んだ。

 

 

 ――コロコロ、カラン!

 

「……ふむ。では、六と四で……十、否、十一!」

「――正解だ。これで四点目、だな」

 

 ――カラカラ、コロン!

 

「……そう、だな……。――よし、二だ」

「これ、で……五点目、です。すごい……どうして見もしないでわかるんだ?」

 

 会場内の全員が固唾を飲んで見守る中、賽子を転がしている乾いた音だけが会場内に木霊する。 

 

 聞こえる音は人々の衣擦れの音やひそやかなささやき声。

 酒の入った盃がかち合う音、あるいは器の中で酒が揺れる音。

 神経質にカルナが指先で鎧を叩く音やアシュヴァッターマンの興奮を隠せない呼吸音。

 

 ――カラン、カラコロ。

 

「……七、で。どうかね?」

「……ああ、間違いないな」

 

 ざわ、と会場がひっそりとした興奮の渦に包まれる。そりゃあ、そうだろう。

 これで遊戯の参加者二人の得点が並んだわけだ――次第に、興奮が高まっていくのを肌で感じる。

 

「さて、君の番だよ」

 

 ――そして、この勝負に俺が勝てば、その時点で決着だ。

 勝負の行方を見守っている皆の緊張が、一層、高まっていくのを感じる。

 

「嗚呼、わかっている――転がせ」

 

 ――カラン、カラン、コロロ……。

 

「…………そうだな……。十二、いや違う――これは、そう、六だ!」

 

 ヒュ、とアシュヴァッターマンが息を飲む――そして、その一拍後。

 

「せ、正解です!! 勝者はこちらの女人、つまり、シャクニ様の負けです!!」

 

 ――ワァッ! と会場が興奮で湧き上がる。

 ドラウパティーが歓喜の涙を流し、双子達が飛び上がって抱きしめ合う。

 正気を取り戻したらしいユディシュティラ王が大きな安堵の溜息を零し、重荷が下りたとばかりにその肩が下がる。

 

 ……その光景を見つめて、そっと肩を竦める。

 

 玉座の方から視線を感じて、その根本へと視線を流せば、輝く黒水晶と目があった。

 後は任せたぞ、という意思を込めてじっとその目を見つめれば、任せとけ! と言わんばかりに親指が立った。

 

 ――あー、それにしても、緊張したわぁ……。

 随分と肩が凝ったんで、グリグリと首を回してほぐした後、そっと息を吐く。

 

 ……いやあ、それにしても強敵だったわ。

 普通に戦ってたら、俺が負けてもおかしくなかったなぁ……幸運補正信じなくてよかった。

 流石は、イカサマ時々自分の技量だけで法神の子を降しただけはある。

 

 ()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 対戦席に座したまま、悔しそうに眉を寄せているシャクニ王を一瞥して、ホッとする。

 景品として床に置いたままだった黄金の腕輪を拾い上げ、精神安定剤になっていた壺の中に腕輪を落として、そのまま抱きかかえた。

 

「――……アディティナンダ」

「――ん、カルナか。どうした? なんだか物言いたげ、だな」

「その、ありがとう……助かった」

 

 心底申し訳なさそうに苦渋の表情を浮かべている不器用な弟に、そっと肩をすくめる。

 周囲が好き勝手叫んだり、飛び上がったり、踊ったりしているせいで、余程近くに寄らないと互いの声は聞こえない。

 

 誰も自分たちになど、注目していないから、兄として不器用な弟に微笑みかけてやれた。

 

「――……俺はお前のお兄ちゃんだもの。困っている弟を助けるなんて、当然だろ?」

「――っ! ああ、そうだった、な」

 

 透き通った蒼氷色を見開いて、一度だけカルナは泣きそうな顔をした。

 

 ――けれども、その表情も一瞬だけのこと。

 すぐさま鋭い目つきに戻ると、常のごとく酷薄なまでに無表情な顔つきへと変わる。

 

「――気付かれる前に立ち去ると良い。……今なら、誰も気にしない」

「嗚呼、そうするよ」

 

 人混みを縫って、人々の喧騒に混ざって、足音と息を潜めて――そっとその場を立ち去った。

 

 ――そう、手出しをするのはここまでのこと。

 

 二人のどちらかから助けを求められた時のみ、手を貸すというのが俺の決めた方針だった。

 何でもかんでも助けてやらなければならないほど、弱々しい子供達ではない――いや、もう子供と称されるような年頃ですらないか。

 

 二人の小さい頃の姿を知っているだけに、どうしても時折は幼子のように扱ってしまう。

 

 真っ白なざんばら髪に、子供らしくない鋭すぎる目つきのひょろりとしたもやしっ子。

 長い黒髪を丁寧にまとめて、唇を噛み締め、拳を握りしめていた褐色の肌の少年。

 

 懐かしいなぁ、と彼らの幼い頃の姿を脳裏に思い描き、随分と様変わりしたものだと微笑む。

 彼らが自分で選んだ道の先が現在に繋がっているのだとしたら、これから先もそうなるのだろうと思う――否、そうであるべきだと思っている。

 

 きっとそのうち、二人が俺の手を必要としなくなる時もくるのだろうけど、年長者として、二人の幼い頃を知る身としては、やっぱり頼って欲しいなぁとも思ってしまう。

 

 ――あーあ!

 

 子供が成長するのは本当に早いもんだ。

 あんなに手のかかる子たちだったのに、今じゃあ何でもかんでも自分たちだけの力で解決できるようになっちゃって、保護者としては嬉しいやら悲しいやら――なんとも微妙な気分だわ。

 

 くるくると手遊びとして、運んだままの壺を弄くり回す。

 

 あー、悲しい! いや、嬉しいんだけど、やっぱりちょっとだけ悲しいなぁ。

 

 それにしても、この壺、ついつい触り心地がいいから持ってきちゃったけど、どうしよっか。

 すべすべした壺の表面を指先で撫で、そうして――はたと足を止める。

 

 いや、真剣にどうしようっか。

 わざわざ戻しに行くのもなんか変だし、さっきまで引っ掻き回すだけ引っ掻き回しておいてのこのこ壺を戻しに行くのも奇妙だし……うーん、でも、今の俺ってばロティカなんだよね?

 

 ……だったら、アディティナンダに戻れば問題なくない?

 そう思いつつ振り返れば――なんか硬くて暖かいものに激突し、その衝撃で尻餅ついた。

 

「――ふぁっ!? い、一体なんなの!?」

「あ、その、済みません……お怪我はありませんか?」

 

 焦ったような声に気にしないでほしいと伝えるために、軽く手を振る。

 しかし、こんな光景をあの会場にいた誰かに見られでもしたら、人外の威厳とか貫禄とか、そーいったものが台無しになってしまいそうな残念極まりない姿だな……とか思いながら、潰れた鼻先を抑えていると、そっと手を差し伸べられる。

 

 できれば、通りがかりの見知らぬ誰かでありますように――そう願いながら顔を見上げると、妙に既視感のある顔が間近に寄せられていて、本当に吃驚した。




――いかさま使って勝ちました、ヒントは審判と目と主人公の職業です。

普段ならばしない行動をしている人が、一人だけいます。また、これがアディティナンダ主観の物語であるので、意図的に省かれている情報があったりする。

アディティナンダ「バレなきゃイカサマじゃないんだよ!」
シャクニ「ぐぬぬ……」
カルナ「胸張って神が宣言していいことじゃないのだが……」



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