もしも、カルナさんが家族に恵まれていたら   作:半月

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なんか断章が思っていた以上にうまく描き上げられないので、本編の方をサクサク進めちゃいます。
断章を上下を満足がいくレベルで書き上げられたら、また再投稿したいと思います。(今あるやつは水曜日にでも下げます)

<但し書き>

原典の時間軸に基本乗っ取って物語を進めております。
ただ、本当に原典の記述通りにすると、クルクシェートラの戦いを迎えるまでにとんでもない年月が経過することになってしまいますので、その辺はいくらか調整していたりしますし、あるいは神世の人間の寿命が今の人間よりも神秘の時代故に老化が遅かったと言うことにしてください。


第四章 蓮華の姫君
あれから十年


 ――……そうして、あれから十年近い年月が経過した。

 

 あの後、実子と継子たちとの間で諍いが起こることを恐れた国王の手によって、広大な領土は二つに分割される。

 ドゥリーヨダナは父王の治めるハースティナプラの都を継承し、パーンダヴァの長子・ユディシュティラはカーンダヴァの森に囲まれた肥沃な土地を領土として譲り受けたのである。

 

 四人の忠実な弟たちと一人の美しい妻を持つユディシュティラの王としての手腕は凄まじいものであった。

 彼らは辺境として扱われてきた地方を開墾し、与えられた地に、神々の王が住まう天の都に讃えられたインドラプラスタという新興都市を一代で築き上げたのである。

 決して短い道のりではなかったが、五兄弟たちは互いに支え合い、王の命令によく従った。

 とりわけ、三男であるアルジュナ王子は『最も優れた戦士』として宿命づけられたその才覚を存分に発揮し、ユディシュティラに従わぬ周辺諸国を次々と平らげていった。

 その道のりの半ばでのことであったが、五人で一人の妻を共有する際の約定に反する行為を行なったということで、アルジュナ王子は数年間の放浪の旅に出ることになる。

 兄王の治める土地から離れ、各地を彷徨いながらも、誰からも愛される美質を有する王子は出会ったバラモンや王族たちから祝福を授かり、その道中に異国の王女や親友の妹と恋に落ちたことでも知られている。

 

 ――取り決めに従って数年間の放浪生活を送った後、王子は国王の元へと帰参する。

 

 その帰りを歓迎した聖王ユディシュティラの元、再び、王子は弓矢を取り、王国の守護者としてその人を任されることになる。

 また、帰還して早々に、親友と妹の結婚祝いに訪れた義兄と共に炎神アグニの招聘に答えて、インドラプラスタを囲む広大なカーンダヴァの森とそこに住まう一切の生類を焼き焦がし、飢えた神の胃袋を満たしたことでその勇名はますますの栄光と誉れに輝いた。

 カーンダヴァの森に住まう一族のうち、天界の建築士として名高かった阿修羅の命乞いに応じたことはパーンダヴァの一家にさらなる栄光をもたらした。

 何故ならば、阿修羅マヤは命の対価として、ユディシュティラ王へと天界の建築物にも匹敵する壮麗な大集会場を贈呈したためである。

 

 その後、ユディシュティラはパーンダヴァの導き手たるクリシュナの進言に従い、長年の障壁であったマガダ王・ジャラーサンダの討伐に着手した。

 バラモンに身をやつしたビーマ・アルジュナ・クリシュナの三名は誰に咎められることもなく王宮の奥深くまで招かれ、国王と対面することに成功する。ビーマセーナと数日にも渡る決闘の末、ジャラーサンダ王は体を三度引き裂かれ死亡し、王位は彼の息子へと受け継がれる。

 

 こうして万難を排したユディシュティラは父祖伝来の願いであった皇帝即位式(ラージャスーヤ)を敢行する。

 聖王ユディシュティラを王の中の王と認め、戦士の頂点とするこの大祭には諸王が招かれ、ドゥリーヨダナもまたその一人として腹心たちを引き連れて祝賀の手伝いに参列したのであった。

 

 

「――――もう無理……。心折れた……つらい」

 

 帰国して早々にそう一言だけ呟き、幻獣種の毛皮で作られた、ふかふかの敷き布の上に倒れこんだドゥリーヨダナ。

 その力無い姿を流し見て、俺は部屋の入り口で静かに佇立しているカルナへと視線を移した。

 

「えーと、どうしちゃったの、ドゥリーヨダナ?」

「……宿敵の壮麗すぎる大集会場や見事な造作の宮殿、諸侯より運び込まれた貢ぎ物の数々を目撃して、それまで抱いていた根拠なき自負心と虚栄心が根こそぎ薙ぎ倒されたようだ」

 

 カルナの常になく辛辣な態度に、死体のように寝転がっているドゥリーヨダナが引き付けを起こす。プルプルと震えだすその情けない姿に、カルナがそっと溜息を吐いた。

 

「だって……、あれは狡いではないか……。人の都は人の手で作ってなんぼじゃないか……それなのに、阿修羅に建てさせるとか……ずる、いや、羨ましい……」

「なるほど、重症のようだね」

「――ああなってしまうのも仕方あるまい、とだけ言っておこう」

 

 残念ながら、ドゥリーヨダナには身内に敵が多いからな、とカルナが無念そうに呟く。

 ……そうだね、と小さく頷き返して、カルナにお帰りと告げれば、そっとその唇が綻ぶ。

 

「――……ああ、只今。

 ところで、ドゥリーヨダナ、嫉妬のあまり愚にもつかぬ行為に及ぶことだけはやめておくといい。――身を滅ぼすぞ?」

「まあ、パーンダヴァとの間に戦争を起こしたって、天上の方々を喜ばせるだけだからね。何があったのか知らないけど、ここは堪えるべき時だと思うよ?」

「ウゥ……。これが天に愛されたものとそうではないものの違いというやつなのか……。それにしても、にっくきビーマセーナめぇ……、近いうちに目にもの見せてやる………」

 

 ブツブツと怨念を紡ぎ続けている俯せのドゥリーヨダナの頭をよしよしと撫でてやれば、くぐもった声が返される。

 

「……兄上殿のお心遣いは嬉しいが、男に頭を撫でられても嬉しくない……」

「――なら、ロティカに変わろうか? 見た目だけなら美少女だよ?」

「中身がそうじゃないから、御免被る…………」

 

 人間社会を生きていく上で、後ろ盾のない若い娘ほど生き難いものはない。

 ここ十年近くロティカの姿を取ることもなく、アディティナンダとして人々の営みを観察した結果、俺はそのように再認識せざるを得なかった。

 

「でも、ドゥリーヨダナは言っていたじゃないか。少しでも民草が生きやすい国にするって。今はそのための準備期間なんでしょう? 俺はちゃんと知ってるよ?

 お前がなんだかんだで頑張っている結果、カルナに嫌味言う人達の数は少しづつ減ってきたし、父親を無くした子供達が飢えることなく健やかに日々を送れるし、街の中で失業難に苦しむ人の数も減ってきた。――うまく言えないけど、すごく大事なことだと思うよ?」

「そうだな。バラモンやクシャトリヤの老爺どもは別として、一般の兵士たちから俺の言葉遣い以外に文句の声が上がることもなくなってきた」

「あ、やっぱり、話し方に関してはそう言われているんだ……」

「――ああ、どうも俺は一言多いらしい。あと、表情をもっと豊かにしろと副官から嘆願された。滅多にないことだ、善処しようと思う」

 

 カルナと一緒に倒れ伏したドゥリーヨダナの隣に陣取って、色々と慰めの言葉をかけるが、どうにもドゥリーヨダナが復活する気配はない。

 参ったなぁ……、こうなりゃ奥さんの一人でも呼びつけて慰労してもらえるように頼み込むかぁ……と思っていたら、外から侍女の声が届いた。

 

「――殿下、それに閣下。叔父君に当たられますシャクニ様がご機嫌伺いに参られました。殿下とのご面会を希望しているとのことですが……」

「そうか。――では、我らはここで失礼する」

「そうだね。えーと、それじゃあ、ドゥリーヨダナ。俺たちはここで」

 

 そう言うと、依然として突っ伏したままではあったものの、ドゥリーヨダナの片手が上がり、ひらひらと別れの挨拶を寄越してきた。


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