もしも、カルナさんが家族に恵まれていたら   作:半月

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一話で締めるはずだったのですが、長すぎたので二話に分割しました。
書きたい話を書いたら、こんなにも長くなった……最近、どんどん分量が増えていくので困る。


婿選びの顛末

 純白の入道雲、抜けるように青い空、燦々と陽光を降り注ぐ日輪。

 軽やかに街中を通り抜ける心地よい風、爛漫と咲き誇る美しい花々。

 色彩鮮やかな活気に満ちた街並みに、あちらこちらより聞こえる人々の声。

 

 ――ハースティナプラにある、ドゥリーヨダナ王子の屋敷。

 複数の棟から構成される建物の最奥、王子用の私室のある建物の屋根の上に腰を下ろし、街のあちこち、屋敷のここそこから聞こえてくる人々の喧騒にそっと耳を澄ます。

 

 そうやって暇を潰していれば、にわかに建物の内部が騒がしくなる。

 先程、土ぼこりで汚れた伝令の兵士が屋敷に到着していたから、きっと屋敷の主人の帰還の知らせが使用人や妻たちへともたらされたのだろうと、一人微笑む。

 

 目を凝らせば、煌びやかな甲冑に身を包んだ兵士達の軍団が、王宮からこちらへと賑やかに行進している。遠くの国からの帰りであることを強調するように、この国では滅多に見られない珍しい花や果実、お菓子の類を手にした兵士達が小走りに軍団を走り回り、物珍しげに眺めている子供達にそれらを差し出すものだから、時折、子供たちの無邪気な歓声が上がった。

 

 以前に、それを指摘したことがあった。

 その時、民草へのご機嫌取りの一環にすぎない、とだけ口にして、ドゥリーヨダナがぶすくれた表情でそっぽを向いていたのを思い出す。

 

 そういえば、あの子は昔から素直じゃなかったなぁ、と少しだけ声に出して笑ってしまう。

 零れ出た笑い声が聞こえたのか、眼下を走り回る小間使いの一人が不思議そうに辺りを見回すが、俺の姿を見つけられなかったために、気のせいだと結論づけて、再び忙しそうに走り出した。

 

 ――嗚呼、それにしても。

 ところどころ汚れてはいても、活気のあるいい都だと思う。人間の良いところ、悪いところ、清濁併せ呑んで溶かし込んでいるような、人間らしさに溢れた生きている街だなぁ、と思う。

 

 ……不思議だ、と考える。

 これまでにも何度かこの都の街並みを闊歩し、人々の喧騒の間をすり抜け、人と交わって暮らしてきたというのに、今まで以上のこの街が輝いて見えるのは、一体どうしてだろう?

 

 どうしてなのか、よくはわからない。

 それでも、わからないままでも、この都を素敵だと思える今の自分は昔に比べると遥かにいいのではなかろうか? と自分に問いかける。

 

 ――遠くで人々の歓声が上がる。

 片手で日陰を作り、目を眇めるようにして、遠くを望む。待ち望んでいた黄金の煌めきとその前で傲岸と胸を張って進み行く二つの馬影を目にして、思わず垂らしていた二つの足が揺れる。

 

 ――それにしても、派手なことの好きな男だなぁ、と浮かべていた笑みが色濃くなる。

 物珍しい獄彩色の小鳥や異なる色彩に変化する魔術的な炎が物々しい軍団の行進を飾り立てているせいで、厳つい兵士も何故だか親しみやすく感じてしまうのは、俺の気のせいじゃないはずだ。戦の帰りではなく、王子の外遊の帰りであるからこその、洒落の効いた遊びの一環だろうか。

 

 一般階級の人々の住まう居住区や商業地帯を通り抜けた軍勢が、ドゥリーヨダナの屋敷の前で静止すれば、建物の内部から門が開いて、笑顔の使用人達が主人の帰還を口々に喜ぶ旨を報告する。

 

 ここで軍勢は二つに割れ、一つはカルナに率いられる形で屋敷の内部へ、もう一方は王子へと礼を尽くした後に、それぞれの兵団の宿舎へと帰っていく。

 

 馬上から降りたカルナが、こちらを見上げるのに気づく。

 この位置からなら、カルナがどんな表情を浮かべているのかもわかる。

 数日ぶりに目撃した弟へと、そっと片手をあげて見せれば――ふ、とその口元が綻んだ。

 

 そして、こちらへと応えるように上げた手首に、黄金の腕輪が嵌められていることに気づく。

 よかった、あの時の俺の直感は外れていなかったのだと満足し、心の底から安堵した。

 

 早速、会いに行きたいけど、カルナもドゥリーヨダナ麾下の将軍としてのお仕事中である。

 とはいえ、パーンチャーラの時とは少しばかり事情が違うので、今は会いたい気持ちを我慢して、カルナたちの仕事が終わるのを待とう。

 

 それにしても、平和だ。平和にすぎると思う。

 人々の活気で賑わう街、王子の帰還を喜ぶ住民たち、穏やかな天気。

 平和そのものな上に、日常的であり、尊ぶべき時間であるとは、思う――だが、しかし。

 

 太陽が浮かんでいるのとは反対の位置に浮き上がっている月白を見つめ、そっと息をつく。

 ()()()()()()がある以上、この素晴らしい一日が今後起こり得る大嵐への前触れ、いわゆる嵐の前の静けさのようにしか感じられず、そんな自分が嫌になってしまう。

 

 ――如何あっても分かり合えそうにない、平行線を辿らざるを得ない。

 そんな相手との邂逅、意見を交わし合うという行為が、あんなにも面倒で、お互いに理解に苦しむことであるとは、知りたくなかったなぁ……、と嘆息する。

 

 ただ、どうしようもなく意識せずにはいられなかった――異端であるのは自分の方で、道理に外れたことを肯定するということが、どれだけ勇気を必要とする行為であるのか、といったことを。

 

 ――――嗚呼でも、それ以上に。

 

「……あの二人には、知って欲しくないなぁ……」

 

 空を見上げて、小さく呟く。

 見上げた先にて素知らぬ顔で光り輝いている日輪を、恨めしく思わずにはいられなかった。

 

 *

 *

 *

 

「――そこにいるのか、アディティナンダ」

「ありゃ、気づかれてしまった。やあ、カルナ。数日ぶりだね、あの後どうなったの?」

 

 人払いをしたドゥリーヨダナが今後の打ち合わせと称してカルナだけを連れて執務室に入ったのを見届けてから、窓や壁伝いに移動して、窓から侵入しようとした――その一歩手前で、部屋側から伸びてきた黄金の籠手に後ろ首を掴まれる。親猫に運ばれる子猫さながらに、カルナの腕一本で支えらている状態のまま、実に数日ぶりとなる弟へと挨拶すれば、片眉が器用に持ち上げられる。

 

「あの後……お前が逃亡した後、か。そうだな……第三王子とともに、説教された」

「あー、やっぱり?」

「――正座、だったか? オレは痛痒を感じ得ないのだが、それを強いられた。その後に、責任持ってその場を片付けるようにとパーンチャーラ側から要求されたのだが……」

 

 淡々と、あの後に起こったことを説明してくれるカルナ。ちなみに、襟首は掴まれたままだ。

 纏っている鎧を外せば、貧弱そうなもやしっ子であるカルナだが、その外見に反して、意外と力がある。以前、戯れに腕相撲を仕掛けた際には、あまりの膂力にぐるりとその場で一回転したことすらあった。我が身の非力さが恨めしい。

 

「そこはドゥリーヨダナが色々となんとかしてな」

「ふむふむ」

「黙って口を噤んでいろと命じられていたため、無言を貫いていたのだが……そうこうしているうちにお咎めなしということになっていた」

 

 そのまま、襟首を掴まれた状態で室内へと移動させられ、そっと床へと降ろされる。

 普段の扱いはぞんざいとしか言いようのない弟なのだが、ここぞって時には家族として扱ってくれるから、個人的にはそういう優しさがとても嬉しい。

 

「あれだけ会場を廃墟にしておいて? 一体、どんな話術を使ったのやら」

「――さて。何れにせよ、流石としか言いようがなかった」

 

 首をかしげる俺へと、何処と無く誇らしげに見えるカルナ。

 口にしている内容を表面だけを捉えれば謗っている様に聞こえるのだが、これがカルナなりの褒め言葉なのだから、つくづく誤解を招きやすい弟だ。

 

「あのように相手の弱みを突き、知られたくない事情に感づいていることを匂わせるようなあの話口。……王子を辞めてもその舌先一つで暮らしていけることだろう。口下手なオレでは到底真似できそうにない悪辣さだった」

 

 何となく想像がついたような気がする……。

 きっとあの会場でビーマ王子に対して言った内容に色々と嫌味を加えた挙句に、遠慮も躊躇もせずに口撃したのだろう。その光景が目の前に浮かぶ様だ。

 

「……それにしても、ドゥリーヨダナはどうしちゃったの? 随分と荒れてるけど……」

「よくぞ、聞いてくれた!! あなたには途中で戦線離脱して後始末を人に押し付けた責任とか、色々と、そう! ――色々と言ってやりたいことがあるのだが! それ以上に腹が立つことがあったから、この際それはその辺に放っておくとしよう!」

 

 親の仇を殴りつけるような勢いで、未処理と分別されている書簡の束に印を押し続けていたドゥリーヨダナが、血走った目でこちらを見やる。かつてなく荒ぶっている彼の姿に、後ろに控えていたカルナを一瞥すれば、やんわりと肩を竦められた。

 

「……あなたは、パーンチャーラでの婿選びの顛末をご存知か?」

「嗚呼、あのお姫様の結婚相手のこと? そりゃあ、第三王子が試練に打ち勝ったのだから、当然のことながら、第三王子の妻になったんじゃないのか?」

「……そう思うよな、普通はそう考えるよな!?」

 

 ドゥリーヨダナが印を遠くへと投げ捨てるのを予測していたのか、カルナが無表情なままさっと移動して、床に落とされるしかなかったそれをそっと掴んだ。さすがだ、と内心で弟を褒める。

 

「ええと……、その様子じゃ違ったの? だったら……、そういや第一王子もまだ結婚していなかったみたいだし、ここは年齢順に第一王子と結婚したの?」

 

 第三王子が結婚相手でなかったなら、その辺が妥当なところだろう。

 その場合、弟王子の度量の深さを褒めるべきか、思わぬところで美女のお嫁さんを獲得した兄王子の幸運を羨めばいいのか。そこんところ、少しばかり悩ましい。

 

「あんな絶世の美姫を長兄のお嫁さんに差し出すなんて――えーと、傑物だね、第三王子も」

 

 兄には逆らえませんから……と黄昏ていたあの王子様の横顔を思い出しながら無難な感想を告げれば、ドゥリーヨダナが奇声を上げたので、突然の出来事に床から飛び上がってしまった。

 

「ひえ!? い、一体、どうしたの!? 助けて、カルナ! なんかお前の上司、変だよ! 可笑しなものでも口にしたの!? 拾い食いは駄目だとあれほど言ったのに!!」

「落ち着け、アディティナンダ。俺もドゥリーヨダナも拾い食いはしていない。それから、ドゥリーヨダナ。そのような絞殺される寸前の鶏のような声を上げるべきではない。――見ろ、基本的にお前に辛辣なアディティナンダでさえ、一体何があったのかとお前を怪しんでいるぞ?」

「辛辣なのは姉上殿だけではなく、カルナ、お前もなのだが……まあいい」

 

 よほど心労が溜まっているのだろうか。

 ぐりぐりとこめかみを親指で揉みほぐしながら、ドゥリーヨダナがこちらを見やる――そうして、一言だけ言い放った。

 

「――……()()()

「――――は? 今、なんて?」

「だから、全員だ。パーンチャーラの姫君、周辺諸国にその美貌を轟かせた絶世の美姫は……」

 

 勿体振るように、ドゥリーヨダナが息を吸い込む。そうして、死んだ魚のような目でこちらを見返しながら、真顔でその衝撃的な一言をもう一度宣告した。

 

「パーンチャーラのクリシュナー姫はだな、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「…………」

「…………」

「――ドゥリーヨダナのついたタチの悪い冗談ではないぞ?」

 

 ボソ、とカルナが補足してくれた内容を耳にして、心の底から湧き上がってくる感情を込めて、こう言わずにはいられなかった。

 

「……う、嘘だぁ! そ、そんな社会的な慣習と教えに背くようなこと、あり得てたまるか!」

「非常に同感だ。ひっ、じょーうに、同感だとも、姉上殿!!」

 

 だんだん! と駄々をこねる子供のようにドゥリーヨダナが執務机を叩く。

 かなりの力が込められているというのにびくともしない机の頑丈さは、このためになったのかとどうでもいいことが脳裏をよぎった。

 

「一人の女に複数の夫とか、ありえないだろう!! 何なの、あいつら、本当に何なの!? 普段、(ダルマ)とか、聖典(ヴェーダ)がどうだとか語っているくせに、どうやったらそんな非常識的なことできるのだ!? 兄弟で一人の女を共有とか、どの辺に道理があるのか、流石のわたしも思い当たらなかったぞ!! なんなの、もう! わけがわからなんですけど!!」

 

 ないわー。ドゥリーヨダナが言う通り、これはないわー。

 ……いや、確かに故事や聖仙の逸話で兄弟で同じ妻を持ったと言う話は聞いたことはあるが、全員が生存している状態でこれはないわー。下手したら、パーンチャーラの誉れ高き美姫であっても、否、そうした女性であるからこそ、やっかみとして王女は今後、娼婦として罵られかねんぞ。

 

 天才は発想が飛び抜けているとは言うが、もうこの展開にはついていけない。

 普段、あまり考えたことがなかったのが、ひょっとしたら、俺ってば馬鹿なのかもしれない。この展開は予想していなかっただけに、俺もまだまだ常識に囚われているのかもしれなかった。

 

「その結果、クリシュナー姫は、パーンダヴァ五兄弟の妻(ドラウパティー)となった訳だ。いやぁ、五人の従兄弟がまとめて結婚するなんて、めでたいなぁ………んなわけあるかーい!!」

「そっか、そっか……」

 

 同じく死んだ目になる俺に、ドゥリーヨダナが同志よ、と言わんばかりに力強く頷いた。

 ――ちなみに、カルナといえば、ドゥリーヨダナが印を押した書簡を手早く片付けると、それをひとまとめにして外で様子を伺っていた侍女の一人に押し付けていた。

 

「あー、あー、あー!! おかしいだろう、この世の中! 何でわたしのやることなすことは批判されると言うのに、奴らのやった非常識な行為は非難されないんだ!? 生まれか、やはり生まれの問題なのか!?」

「どうどう、落ち着け、ドゥリーヨダナ。暴れ馬じゃないんだから」

 

 その言い分ももっともだなぁ、と思う。

 一人の女を兄弟五人の妻にすると言う非常識がまかり通るくらいなら、カルナの育ちなど気にせずに、王宮への仕官を受け入れるぐらいの度量を見せればいいのに、と思わなくもない。

 

「あー、全く! あー、……〜〜腹立つ!!」

 

 猛牛のように鼻を鳴らしたドゥリーヨダナが、部屋に飾られていた間食用の果実を一つ掴むと、勢いよくそれを握りつぶした。

 

 ――カルナが懐から綺麗な手巾を取り出すと、ドゥリーヨダナへとそっと差し出した。

 うむうむ、万が一の時に備えて手ぬぐいの類は常備しておきなさい、と小さい頃に教えて以来の慣習をこの年まで守っているようで何よりである。

 

「あの優等生めが! 今回の一件でやんちゃなところを見せたものだから、少しばかり見直したのだが、気のせいだったな! ――ったく、自分の獲得した嫁だと言うのに、気前よく兄弟で分かち合うとは何事だ! おかげで半日かけて思いついた離間の策が使えなくなったではないか!!」

「……? 離間の策って、どう言うこと?」

 

 よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに、ドゥリーヨダナが華麗に振り返る。

 そうして――びし、と人差し指を俺の方へと突き出した。

 

「よくぞ聞いてくれた! ここでの離間の策というのはだな、あの姫君を介することによって、あの仲良しパーンダヴァ兄弟を分裂させると言う、なんとも素敵な響きの計画のことだ」

「あ〜、なんとなく理解できたぞ」

 

 ――美しい、と言うことはそれだけで一つの力を持つ。

 蠱惑的な肢体と見る者を惹きつける美貌の天女が、その身一つで苦行に打ち込む聖仙を誘惑し、堕落させてしまうように。仲良し羅刹兄弟であったスンダとウパスンダが、至高の女として生み出されたティロッタマーの所有権を巡って兄弟同士で争った結果、互いに滅び去ったように。

 

 ――とりわけ、美しい女の持つ力は絶大である。

 

 その上、婿選びの会場で目撃したあの王女は、臣民たちが讃えていたように天界一の美貌を誇る吉祥天、すなわちヴィシュヌの妻であるラクシュミーに例えられるほどの容貌の持ち主であったのだ。故事を紐解くまでもなく、美貌の妻を妬んだ兄弟間で血肉の争いが起きるのは珍しい出来事ではなかった。

 

「わたしの計画では、こうなるはずだった。――ユディシュティラが、あの女をアルジュナの妻にと勧めたのは間違いない。何せ、婿選びであの姫君を獲得したのは、あの優等生だったからな。――そうすれば、アルジュナは三男坊であるのにも関わらず、兄よりも先に嫁を獲得する。この時点で諍いの種、諍いのきっかけは十分だ」

 

 ぐるぐると執務室を歩き回りながら、ドゥリーヨダナが滔々と自称・素晴らしい策略について説明してくれる。

 

 ――カルナはと言うと、先ほどドゥリーヨダナが手を拭った手ぬぐいを別の侍女に洗濯するように頼み込み、飾ってあった果実の皮を剥き出していた。

 

「……しかも、その嫁は傾国の美女。どんなに仲の良い兄弟であったとしても、お互いに痼りが生まれるのは必須。何せ、弟の嫁だぞ? 仲良し兄弟のあやつらだ、結婚しても同じ屋敷に住む! そうこうしているうちに、弟に対する嫉妬や羨望の念は高まっていき――そして、クリシュナー姫の所有権を巡って互いに殺しあう! わたしの脳内計画の中では、そうなるはずだった!!」

 

 まあ、古来から美女の取り合いで仲良し兄弟が崩壊するというのはよく聞く話だからなぁ……。

 それを期待していたドゥリーヨダナの気持ちも、まあ、わからんでもない。

 

 わからんでもない……とはいえ――かなりセコい策謀だと思うが……。

 ジト目で見つめている俺に気づいていないのか、ドゥリーヨダナが唇をへの字に曲げる。

 

「それが、あのアルジュナめ! 妻を差し出した上に、共有するだと!? 気前がいいにもほどがある! ええい、わたしが思いついた策が全て台無しじゃないか! ああ、全く!!」

「……なんて理不尽な憤りなんだ」

「……正当性が微塵も感じられぬ上に、悪意しか読み取れぬ言い分だな」

 

 ショリショリと小刀で器用に果実を切り分けたカルナが一つ差し出してきたので、口に含んだ。

 

 ――うん、さすがは王太子の屋敷である。

 さりげなく置かれている果物一つだけでも満足に美味しいだなんて、金のかけ方が違う……と、思い出した。

 

「……そういえば、ドゥリーヨダナ」

「ようやくアルジュナに反抗期かと予想していたのに……どうした?」

「――王太子に正式に立太子されたのだってね、おめでとう」

 

 ニヤリ、と非常にあくどい笑みを浮かべるドゥリーヨダナに、カルナが苦笑する。

 それもそうだろう。今回のヴァーラナーヴァータ行きにかこつけて、パーンダヴァ一行を王都の外へと追い出し、未遂には終わったとはいえ国中の人間に一家の死を信じ込ませた。そうして対抗馬がいなくなったこの機会を、ドゥリーヨダナは悪辣王子の異名に相応しいまでの抜け目なさでもって、下世話な言い方をするのであれば、見事にモノにしたのだ。

 

「ああ、そうだとも! 父上はわたしを次期国王であるとお定めになられた。あのユディシュティラが死んだと思っていたからこそのご判断であったにせよ、一度出された王命であるし、なんだかんだ言いつつ父上はわたしにお甘い。これで次代のクル王はこのドゥリーヨダナに決まった!!」

「……すぐ調子に乗るのはお前の悪い癖だぞ、ドゥリーヨダナ。――そも、パーンダヴァ一家に傾倒している王宮の長老たちがこのままでよしとする筈がない」

「――いいだろ、今くらい調子に乗ったって!」

 

 あ、ちゃんと自覚していたんだ。

 それにしても、パーンヴァの一家が生きているとなると……そうだな、一度は正式に決定した実子の即位を差し置いて、継子の彼らが王位争奪戦を再開させることは流石に体裁が悪いし……。

 あの温和な国王陛下のことだから、広大なクル王国の領土を分割する形で先王の子供たちに分け与えるというのが妥当な線なのかもしれないなぁ。

 

 ――――それにしても。

 打って変わって機嫌が良さそうになドゥリーヨダナへと、俺はかねてより聞きたかったことを尋ねてみることにした。




<(さりげない)登場人物紹介>

・スンダ/ウパスンダ兄弟、ティロッタマー
 『マハーバーラタ』に挿入されている逸話の一つ。女媧を物語る話に登場した仲良し兄弟で、二人で苦行に励んだ結果、ブラフマーより互い以外に自分たちを殺せない、と言う祝福を授かる。
 好き勝手暴れまわってこの世の春を謳歌していたが、至高の女として生み出されたティロッタマーに魅了された結果、兄弟同士で殺し合い、死亡した。
 ……ちなみに、このティロッタマーを見たいがために、インドラには千の目が、シヴァには四つの顔が生まれたとか。


(*かなりインパクトのあるドラウパティーの結婚ですが、わりかしとんでもないことの起こる古代インドであっても、これはないわーと関係者が絶句した出来事であったそうです。ですが、そこは神々に愛されたパーンダヴァ一行。なんか前世の宿縁とか因縁とか決まりごととか引っ張り出してきて、それを合法化してしまったと言う*)
(*五人同時の結婚についてですが、そうなった理由の一つがドラウパティーが美しすぎた女性であったことが問題だったのでしょう。実際、年齢順に結婚を行うべきだと辞退したアルジュナの申し出に対し、ユディシュティラは兄弟間の結束が崩れることを恐れて、あんなとんでもないことを宣言した……と読み取れる描写がありました*)
(*そう言う事情があるのはわかるけど、でもやっぱりないわー……*)

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