もしも、カルナさんが家族に恵まれていたら   作:半月

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真相究明・下

「……一時期、俺の意識も飛んでいたから、はっきりとしたことは言えないが……」

 

 ――嗚呼、覚えている。

 途中で本性の方が露わになっていたせいで、やや記憶が曖昧でこそあるが、あの男に殺されかけた時、屋敷が燃え盛る炎によって赤く染め上げられていた光景を覚えている。

 

 光と熱の化身である俺にとって、燃え盛る炎は決して自分を傷つけるものではない。

 だからこそ、久方ぶりに表に出てきた本性の方もあれほど呑気に屋敷の中を闊歩していたのだし、寸前で主導権を取り戻した俺とて、炎に包まれた屋敷という非常識な場所で意識を失うことに対しての恐れもなかった。

 

「うん……。プローチャナという男に殺されかけたのは、()()()()()()()()()()()()()

 

 記憶をたどり、口元に指先を押し当てながらの言葉に、カルナとドゥリーヨダナがむしろ納得がいったように頷きあう。その光景に首を傾げていると、カルナが一拍おいて語り出した。

 

「アディティナンダ。――もし、お前がお前自身を殺すとしたら、一体どうやる?」

「……少なくとも、火だけは使わない。俺の本性は光と熱。魔力の具現となって現れるのは炎だ。――人間の皮を被った状態の俺を殺すなら、少なくとも水を使うことをお勧めするね」

「……カルナもカルナだが、それにさらっと答える姉も姉だな……いや、この場合、兄か? ……信頼の証なのか、それともこの程度では崩れない関係性というやつなのか……まあ、いいか」

 

 ――その通りだ、と涼やかな声でカルナが応じる。

 弟の言葉に傾聴している俺の姿に、ドゥリーヨダナが呆れたように首を振る仕草を見せたが、それ以上突っ込んでこないので、カルナに先を促した。

 

「ドゥリーヨダナは王都を発つ前のお前によって、お前の本性が開示されている、お前の見目がいかにか弱い手弱女のようであったとしても、その本性は人ならざる者だ。――であれば、自ずとお前を暗殺しようとする場合、その手段は限られる」

「カルナが拳一発で済ませたのにも、その辺の事情が関係していてな。本気でわたしが姉上殿の殺害を意図した場合、そのために取った手段が焼死であるのは奇妙だと」

 

 ――まあ、その拳一発だけでも、わたしは壁に轟音と共にのめり込み、その過程で折れた離宮の柱が一番重要なものであったせいで、見事に崩落に巻き込まれ大怪我を負ったのだが。

 

 自嘲するドゥリーヨダナにカルナが自業自得だ、と返す。つれないカルナに、ドゥリーヨダナがひょっとしてお前、まだ怒っているのか? と訊ね返せば、カルナは器用に片眉を上げて見せた。

 

「――ドゥリーヨダナは己が小心者であることを自覚しているため、暗殺という手段を用いる際には、決して失敗しないような策を講じるのが常だ。――ところが、お前の謀殺することだけに焦点を絞った場合、この事件には色々と不可解な点が多かった」

「――そうか。……だから、あんな中途半端な命令を出していたのか……」

 

 ――合点がいって、一人頷く。

 ワタシに脳みそをぐちゃぐちゃにされたプローチャナはこう言っていた。パーンダヴァとは違い、黒髪に青い目の侍女に関しては、()()()()()()()()()()()()()()と命令が出ていた……と。

 

 ――まあ、それでも、ドゥリーヨダナが俺のことを殺そうとした事実は変わらないのだが。

 

「その件についてだが――その件についてだが殺そうとしたわたしがいうのもどうかと思うが、こんなにも悪意のある偶然が重なった事例は初めてだ」

「本当にお前が言うな……と言ってやりたい気分なんだけどなぁ……。まあ、良いか――言ってみろ、ドゥリーヨダナ。――お前の言い分を聞いてやる」

 

 ――はあ、とドゥリーヨダナが大きく息を吸う。

 何かを誤魔化そうとする軽薄な気配は薄れ、黒水晶に抜き身の刃を思わせる光が灯る。

 

「……とある事情で、わたしは姉上を信用できなくなった。その理由については割愛するが、()()殿()()()()()()()、と言う確証が持てなかったがために、わたしはわたしの利益のため、早急にカルナの周辺から姉上殿を排する必要があると考えたのだ」

「…………」

「けれども、その一方で姉上殿を害することに対して、躊躇いも感じていた。プローチャナへの命令書が曖昧な内容で締めくくられていたのはそのせいだ」

 

 ――だからな、賭けをしたのだ。

 ドゥリーヨダナが語るのをただ黙って聞いていたのだが、不意に出てきた単語に虚を突かれる。

 

「――賭け?」

「そう。わたしの疑念もわたしの懸念も、全てひっくるめて、文字通り運を姉上殿()に任せたのだ」

 

 どこか遠い、虚ろな目をするドゥリーヨダナ。

 それを淡々とした表情で見守っていたカルナが、そっとその視線を天幕の外へと向ける。

 天幕の内側の奇妙な穏やかさと反比例するように、外はますます騒がしくなっていた。

 

「――プローチャナの奴が、姉上殿を殺しても良い、殺さなくても良い。討ち漏らしてしまったせいで、姉上殿がわたしのことを殺しにきても構わない、あるいは肉親を殺されたことで怒り狂ったカルナに仇と罵られ殺されても、文句は言うまい――全てを成り行きのままに任せてしまおう、と言うのが、決断しきれなかったわたしの出した結論だった」

「……一周回って腹が立ってくるほどの適当さだな、本当に」

「――ははは。そう言ってくれるな。こんな大博打、このわたしとて当分の間はしたくないぞ」

 

 いつになく力なく笑う、ドゥリーヨダナ。

 悲しそうな眼差しでその横顔を見つめていたカルナだったが、治らない外の喧騒に、表情を険しいものとする。

 

「随分と、外が騒がしい……。――どうやら、会場で暴動が起こっているようだ」

「そうか。話の邪魔をされるのも癪だしな。――では、カルナ」

「……承知した。――アディティナンダ」

「わかってる。話を全部聞いて、それから結論を出すよ」

 

 こちらを一瞥した弟に、わかっていることを伝えるために軽く頷く。

 それを確認して、立てかけてあった弓矢を手にしたカルナが、天幕の外へと出て行った。恐らく、外の騒動を収束しに行ったのだろう。

 

「――なぁ、姉上殿。」

「なんだい、ドゥリーヨダナ」

「少し脇道に逸れることを聞くが、パーンダヴァの連中は生きているのだろう?」

「……そうだよ」

「そうか。――であれば、点と点が繋がったな、文字通り」

 

 天幕内の明かりが小さく揺らめけば、ドゥリーヨダナの影法師も左右にゆらゆら揺れる。

 まるで、ドゥリーヨダナ自身の穏やかならざる内面を示しているかのように不安定な有様は見ていて不安が掻き立てられた。

 

 ――ポツリ、とドゥリーヨダナが口を動かす。

 

「……屋敷に火をつけたのは、プローチャナではない。――()()()()()()()

「!?」

「……だから、プローチャナの奴は焦ったのだ。パーンダヴァ一行を火災に見せかけて暗殺することはもはや不可能だと――そう考えたからこそ、せめてもう一つの報酬だけは逃すまいと姉上殿を襲撃した」

 

 砕かれた欠片が一つ一つ組み合わさっていくように。

 不可解であった事件の全容が、ドゥリーヨダナの推測によって少しづつ明らかになっていく。

 

「――知っているか、姉上殿? ハースティナプラの都では、パーンダヴァ一行は死んだと信じられていた。わたしも奴らが死んだのではないか、と信じていた。……それは、何故だと思う?」

「それは……遺体が見つかったから、だ。ここにくる途中に耳にした、焼け跡から一家のものと思われる焼死体が、見つかった、って……待て、だとすれば、それは……」

 

 あの王子様と一緒に訪れた街の一つで、噂好きの職人たちが話していた内容を思い出す。

 ――そうだ、確か、彼らはこんなことを話していたではないか。

 

“――本当に気の毒になぁ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、母親のクンティー王妃共々、天にその命を召されたってことか――”

 

 息を飲む――あまりにも、出来過ぎていた。

 パーンダヴァ一行は、かなり特異な家族構成をしている。

 実母のクンティー先王妃とその実子の三人の息子、養い子である義理の息子二人。

 

 一人の夫人と夫の間に子供が多すぎる場合、それは時に軽蔑の対象となることもあった。

 それゆえ、多すぎる子供を持つ母親とその一家は敬遠される。母親一人で、五人もの息子を持つことは、下手すれば娼婦扱いされても可笑しくない。だから、滅多にあり得ることではない。

 

 ――それなのに、あの日。

 あの火災があった日は、パーンダヴァ主催の大きな宴が屋敷で開催され、各地から様々な人々が、それに参加するために邸を訪れていたではないか。

 

 侍女として働いていた宴の記憶を思い出す。

 ――その宴には、遠くから訪れた()()()()()()()()()()()が、偶々、参加していたことを。

 

「――すごい、偶然だと思わないか? 偶々、開いた宴の席に、偶々、パーンダヴァの家族と同じ構成の一家が屋敷にやってくる。それも滅多にない、母親に、五人の息子の大一家だ!」

 

 ぞっと背筋を震わせた俺の異変に気づいているのか、いないのか。

 二人だけの天幕の中で、ドゥリーヨダナは誰に聞かせることもなしに声を張り上げる。

 

「その上、宴に出された酒のせいで屋敷の中で眠りこけた結果、偶々、彼らは揃って遺体となって発見され――偶々、パーンダヴァ一行と発見者たちに勘違いされるだなんて――」

 

 ドゥリーヨダナが目元を覆って、張り裂けんばかりに哄笑する。

 愉快で愉快で堪らない――――そう言わんばかりに、ドゥリーヨダナが嗤う。

 

「あまりにも出来過ぎている――あまりにも、よく出来た話ではないか?」

 

 ――理解できるか? と、ドゥリーヨダナが嘲笑の笑みを浮かべる。

 顔は笑っていると言うのに、その黒水晶のような左目にはギラギラとした炎が燃え盛っていた。

 

「あの屋敷を燃えやすい材料で建てるように命じたのはわたしで、管理人のプローチャナに火をつけて奴らを殺すように命じたのもわたし。姉上殿を殺すようにプローチャナに命じたのもわたし――全ての因果はわたしの策から始まっていると言うのに、だ!!」

 

 ドン! とドゥリーヨダナが柱を拳で殴りつける。

 憤懣やるかたないと言わんばかりのドゥリーヨダナに、なんと声をかけていいのかわからず、伸ばした手は虚しく空を掻く。呻くような、天を呪うようなドゥリーヨダナの独白は、尚も続いた。

 

「わたしの企みを感知した奴らならば、屋敷に火を放って逃走する機会など、いくらでもあったさ! それなのに、何故、あの日に奴らはそれを決行した? ――決まっている、自分たちの身代わりとなってくれる人々が、()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 燃え盛る屋敷を背景に、血走った表情で俺を殺そうとしたプローチャナ。

 燃えやすい素材とはいえ、あまりにも早く火の海と化していた大豪邸。

 姿を見せないパーンダヴァの一家、遠くから漂ってきた肉の焼ける匂い。

 弓矢に剣を帯びた完全な武装姿で、一人屋敷の奥で佇んでいたアルジュナ王子。

 気を失った人間一人を抱え込んで、地下の秘密の通路から脱出したと言う王子の台詞。

 

 あの日に経験し、目撃した全ての情報が、ドゥリーヨダナの推察を肯定する。

 けれども、そうであるならば、それはあまりにも――――

 

「――何もかもが、パーンダヴァの人々に、都合が良すぎる……」

「その通りだとも、姉上殿!! その上で神霊(あなた)に問いたい。――人間というものはの神々(お前等)の無聊を慰めるための箱庭の人形、あるいは神々(お前等)の記した台本通りに進む舞台の端役でしかないのか?」

 

 思わず口をついた言葉に、ドゥリーヨダナが狂気の笑みを浮かべる。

 顔の半分が包帯に包まれているせいで左右非対称な容貌が浮かべるその表情は、ひどく悪意に満ちていて、さながら悪鬼のように歪んでいた。




<考察という名の感想>

 この不吉の家の話は原典にもある重要な出来事の一つなのですけども、自分はこの話を読んで非常に気味悪いと感じたのは、ドゥリーヨダナが口にしているように、あまりにもパーンダヴァに都合よく世界が動きすぎているところ(ちょうど家族分の身代わりがやってくる)とそれを疑いようもなく利用したパーンダヴァの思考回路なんですよ。
 一家を謀殺しようとしたプローチャナが火事に巻き込まれるのは正直自業自得なのですが、全く無関係の他人をこうも簡単に時間稼ぎのための生贄として用いることのできる当時の風習というか考えこそ、自分が原典を読んでいて一番なんとも言えない気持ちになったエピソードでした。(まあ、読んだのが日本語訳だけなので、ひょっとしたらその一家は神々が姿を化けた云々とかそういうオチがあったのかもしれませんが……)

 とは言え、そうした一部の特権階級だけが特別だという社会において、万人が等しく価値を有するというFateカルナさんの考え方とその考えを持つ男を臣下にできたFateドゥリーヨダナって、本人の言動もさることながら、当時としては、かなり革新的な価値観の人間だったのではないでしょうか。


(*ドゥリーヨダナって、本当に複雑なキャラクターなんですよねぇ。
 こうして、『マハーバーラタ』とFateの二次創作に手を出して分かったのですが、この人、本当に捕らえどころがないと言うか、なんと言うか……。公衆の面前でカルナを身分の低さゆえに罵倒したビーマ相手に飛び上がって怒り出すような熱血ぶりを見せたかと思うと、こうやって5兄弟を暗殺するために大掛かりな罠を仕掛けるような卑劣さを垣間見せる。やってることって正直褒められることばかりではないのですけども、現代日本人的な感覚からしてみれば、ドゥリーヨダナの主張の方が納得できると言うかなんと言うか……*)
(*と言う訳で、次回は人間ドゥリーヨダナと人間もどきのアディティナンダの話です。呪われた子として差別されて来た彼だからこそ、気づいていること・世界の仕組みに疑いを持つことって、かなりあると思うのですよ*)

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