もしも、カルナさんが家族に恵まれていたら   作:半月

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いくつか前の話でいただいた感想の時点では、なんとなくドゥリーヨダナの今後を予想されている方もいらしたのですが、一つ前の話を投稿した時点での皆様の感想を拝見する限り、大事な可能性を忘れていたようなので、ちょっと苦笑しました。

――さてさて、いったい何人の予想が当たったのでしょう?

(*評価、ご感想、そして誤字報告、ありがとうございました*)


真相究明・上

 目の前でしかめっ面を浮かべているドゥリーヨダナを何かに例えるとすれば、村の悪餓鬼たちがカルナ相手に仕掛けた悪戯の数々を看破された挙句、自分たちの母親に叱られている時の、罰の悪そうな顔とでも言えばいいのだろうか。

 

 ふてくされているような、いじけているような、それでいてそんな自分を認めたくないような。

 そんな中途半端な表情を浮かべたドゥリーヨダナが、唇をへの字に曲げる。

 

「これか? この姿のことか? いいだろう、教えてやろうじゃないか」

 

 むすり、とした表情のまま、ドゥリーヨダナがようやく口を開く。

 その太々しいまでに偉そうな態度、確かに俺の知っているドゥリーヨダナである。ただし、その外見は随分とすごいことになって居た。

 

「なんというか……象にでも轢かれたのか? 随分と、その、すごい姿なのだが……」

「……離宮の崩落に巻き込まれた」

「はあっ!?」

「――ということに、表向きの理由はなっている」

 

 自称・カルナに匹敵する容姿と豪語しているドゥリーヨダナの顔の半分は無粋な包帯にぐるぐる巻きに覆われており、残る左顔面は傷一つないままに秀麗なせいで、白と褐色の対比が痛々しい。

 その上、かろうじて見えている左目の周囲にも、やや薄まっているとはいえ青紫色の痣の跡があり、その輪郭の見事な様は語るまでもない。彼の全身を包んでいる衣服とて、豪勢な刺繍と飾り帯で目立たないように工夫されてはいるが、右腕はどうやら服の内側で吊るされているようだし、無事な方の左腕には火傷の痕が所々発見でき、そのせいか装飾品の類は一つも着用していない。

 

 ――現状を、端的に言ってしまうのであれば。

 ドゥリーヨダナは久しく会わない間に、包帯でぐるぐる巻きの怪我人になって居た。 

 

 道理で、この目立ちたがり屋の男が式典で大衆の前に姿を現さず、声だけに留めてたわけだ。

 

「その……俺、まだ何もしていないよ? 祟りとか呪いとか、無差別厄災……とか」

「――知ってる。というか、姉上殿のせいではないのは百も承知だ」

 

 よもや、自分でも気づかないうちにドゥリーヨダナに対する怨念めいた何かが発動した挙句、ドゥリーヨダナをこんなにも悲惨な有様に陥れてしまったのだろうか? と真剣に考えてはみたのだが、どうにも思い当たる節がない。

 なので、念のため自分の無実を証明すべくドゥリーヨダナに弁明してみたのだが、当の本人が苦々しい表情で俺の拙い言い訳を一刀両断してくれたのであった。

 

「?? ――じゃあ、なんでそんな目にあってるの? 離宮崩落に巻き込まれたのが表向きの理由なら、本当の理由って何?」

 

 頭から足先まで、ドゥリーヨダナの姿を見遣って、首を傾げる。

 俺の無意識の呪いではないとすれば、一体、何によってドゥリーヨダナはこのような怪我を負ったのか? ――あれ?

 

「――というか、どうしてカルナがお前の側にいて、そ、んな、目に……? んん? あれ、おかしくない?」

「……ようやく気付いたか――ああもう、全く。溜息しか出てこんぞ」

 

 どかり、と床に座り込んだドゥリーヨダナが、俯きつつ頭を抱える。

 丁寧に編み込まれた髪の毛を乱雑に梳りながら、ちらりと包帯の巻かれていない側の左目がこちらを見上げた。

 

「――……その、()()()だ」

「ハァッ!?」

 

 大きな溜息と共に告げられた一言に、驚愕の叫びをあげてしまった。

 正直に言わせていただくのであれば、今この瞬間ほど自分の耳の良さを信じられなくなった時はない――それだけの衝撃であった。

 

「な、なんで!? なんでカルナがドゥリーヨダナを襲うの!? こ、ここまでボコボコにされるなんて、お前、一体どんな悪いことをしたんだ!?」

「ええい! 驚くのもいいが、そうも乱雑に揺らすな! こちとら怪我人だぞ! もっと丁寧かつ丁重に扱え!!」

 

 わっしゃわっしゃ、と宝玉飾りのついた襟元を掴んで揺すれば、痛そうに顔をしかめたドゥリーヨダナから制止される。慌てて掴んでいた手を離せば、今度は安堵によるため息が零れ落ちた。

 

「なんで、って……。言わずともわかるだろうよ。――姉上殿、わたしに何をされたのか、もう忘れてしまったのか?」

「あ〜……そういや、俺、お前に殺されかけたんだっけ……」

 

 カルナと再会出来た嬉しさとドゥリーヨダナの顔面を目撃した際の衝撃の深さゆえに、すっかり脳裏から抜け落ちていた。正直に本心を呟けば、ドゥリーヨダナが頭を抱える。

 

「ああくそ……。――こ、これだからこの弟莫迦は嫌なのだ……。本当に神霊であるというのであれば……。とっとと、わたしの事情も状態も都合も何も考慮せず、仕留めにかかってきてくれるのであれば……、わたしとしても諦めがつくというのに……ここまで神らしくないとなると……」

「え……、じゃあ、カルナがお前をこんな状態にしたの?」

 

 いじけた様子のドゥリーヨダナの側に膝をついて、見えている方の左目を覗き込む。

 こうやってよく見れば、綺麗に整えられている黒髪の長さが最後に会った時と比べて短くなっているのが判明した。

 

 ――嗚呼、それにしても。

 相変わらず、星屑を孕んだように輝く、綺麗な黒水晶の目をしている――場違いにも、綺麗だなと思った。

 

「そうだとも。――簡潔にいうとだな、バレたのだ」

「バレた?」

「――そうとも。わたしが吉祥屋敷の管理人だったプローチャナに、パーンダヴァ一行の暗殺と同時に姉上殿も殺すように……と命じたことが」

「うわぁ……」

 

 改めて口に出されると、この男の外道っぷりが浮き彫りになり、殺されかけた当人としては若干引いた声を出さずにはいられない。

 非難する目で睨んでくる俺の視線に気まずさを感じたのか、黒水晶の片眼が逸らされるが、それを許さず、無理矢理に両頬を挟んで、こちらに意識を固定させてやった。

 

「――うぅ……、近い、近い!」

「だまらっしゃい! このまま首を捻じ切られたくなかったら、さっさと続きを話す!!」

「ヴァーラナーヴァタでの一件が王都にまで届いた時、カルナは遠征の最中で不在だった。それでわたしもつい気が抜けてな……」

「――気が抜けて?」

「おまけに、その時点では姉上殿に関する情報は都にまで届いていなかった。都、いや国中がパーンダヴァの一行が火災にあったという噂だけで持ちきりでな」

「――それで?」

「この時点で、わたしは遠征中のカルナがパーンダヴァの一件のことは聞き知っていても、姉上殿の件に関しては無知であると思い込んでしまったわけだ」

 

 ――気まずい、と言わんばかりのドゥリーヨダナに、こっちは正直呆れの色が隠せない。

 まあ、確かに一介の侍女と王家に連なる誉れ高き半神の一家では、噂になるのも、その死が惜しまれるのも後者の方だ。王都に、いつ頃俺の死亡が誤報という形で通告されたかは不明だが、それだってあの不吉の屋敷での騒動が収まってからのことであろう。

 

「――で、だ。それから暫くして、カルナが戦勝の報告に来た時のことだ。報酬に何が欲しいか、と尋ねてみたら、あの無欲な男が“この場では口にできない”と申すではないか」

「ふむふむ」

「珍しいことを言うものだ……と思いながら、人払いした離宮にカルナを招いた――するとだ」

 

 ――ドゥリーヨダナ、友であるお前がかつてオレに授けた薫陶を覚えているか?

 ――何のことだ、カルナ? 生憎、心当たりが多すぎて、ちっとも思い当たらんのだが。

 ――……そうか。とはいえ、実践すればお前とて思い出すだろう……。家臣の誼だ――せめて、受け身を取ることを勧めておくぞ。

 ――……カルナ? 待て、ま――グッハァ!!

 

「確かに! 確かに、わたしはカルナに教えたさ! 兄弟を傷つけられたら、百倍返してやれ、と! ――だがそれはビーマセーナみたいな鳥頭相手に肉体的に理解させるための薫陶であって、わたしのような頭脳活動中心の理想の上司相手にやるものではない!!」

 

 だんだん! と無事な方の左の拳で床を叩きつけるドゥリーヨダナ。

 そーいえば、この子のことも小さい時から見知ってはいたけども、第二王子に弟の百王子たちが虐められると、大体えげつない手段で報復していたよなぁ……この子。大概、天性の肉体の前に失敗していたけど。

 

「カルナの奴め……。ヴァーラナーヴァタの一件が噂となって広まって直ちに、事件現場に赴いたらしい。――それで、見つけたのだと」

「見つけた? でも、あの建物は全て燃えやすい素材で出来ていたから、残るものなんて……」

「――いいや、燃えないものは確かにあった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あの小悪党め……、あれほど証拠になるようなものは燃やしておけと言ったのにも関わらず、物証を残しおって……」

 

 ぐちぐちと文句を死人へと向けているドゥリーヨダナ。

 ついつい白けた視線を送れば、誤魔化すように咳払いされた。――こいつ……、本当に殺し損ねた相手の前で赤裸々に暴露するな。もう、潔いのか悪いのか、どれが本当のドゥリーヨダナなのか分からなくなって、正直なところ、混乱してきた。

 

「で、ここが誤算だった。わたしは、カルナが文字が読めないのだと、勘違いをしていたのだ」

「――まぁ、奴隷階級(シュードラ)に近しい平民階級(ヴァイシャ)の御者の息子が読み書き出来るとは考えないだろうな」

 

 ――この国どころか、この世界の人民の識字率は恐ろしい程に低い。

 バラモンやクシャトリヤであるならばまだしも、裕福な平民階級(ヴァイシャ)出身でない限り、ほとんどの人間は文字を読むことができない。理由としては学問所自体の数が少ないのと、それが推奨されていないこと。そして何よりも、決して安くない金品を請求されるためだ。

 

 けれども、カルナに関しては教養をつけておいて損はないだろうと、俺が幼い頃から読み書きを教え込んでいたので、数少ない例外に当たる。

 ――ついでに言っておくなら、カルナだけではなく、同じ村の子供達にも文字を教え込んだので、あの村で俺は非常に尊敬される立場にある。このご時世、知は力なり、なのだ。

 

「プローチャナの奴め、無事に暗殺に成功した暁に約束を反故にされないように、命令書を厳重に隠し持っていたらしい。――ご丁寧にも自分の寝室の床下に金属の箱に入れてまで」

「まあ、確かに。小狡そうな男ではあったな」

「全く……このドゥリーヨダナがそんな吝嗇家のような真似など、する筈もないと言うのに……見損なわれたものだな、このわたしも」

「あー、そうだな」

 

 どうして、俺じゃなくて、こいつが怒っているだろう。非常に納得がいかない。

 ぶちぶち文句を言ってスッキリしたのか、ようやく話が先に進む。

 

「――で、だ。カルナは火災の一件を聞いた時、まずは姉上殿の仕業ではないかと考えたらしい」

「まぁ、確かに。炎と熱は俺に縁深いものだからなぁ……。可能性は一番高かっただろうなぁ」

「それで、遠征からの帰りに空を飛んでヴァーラナーヴァタの屋敷の跡地で手がかりを探していた。その途中で、王都からやってきた侍女の一人が行方不明になっていると言う話を聞く。――それが自分の肉親であると察するのは、さぞかし早かっただろうな」

 

 ――そうして、物証を見つけたという訳だ。

 そう言って、やれやれと言わんばかりにドゥリーヨダナが肩を竦める。自分の悪事の証拠を突きつけられて、なおかつ自分の目と鼻の先にその被害者たる俺がいるというのに、なんという太々しさだ……ここまでくると呆れを通り越して、感心するしかない。

 

「後は簡単だ、それこそ御伽噺のようにさくさく進んだと言ってもいい。カルナは焼け跡から命令書を見つけ、それを読み終えて、このドゥリーヨダナがよりにもよって肉親相手に暗殺指令を出したことに気づく。それでも愚直で忠義に厚いあの男は、大勢の前でこのわたしを弾劾するのでも、肉親を殺されたことに対する復讐に駆られるのでもなく、拳一発分でケリをつけたという訳だ!」

 

 ほーら、全てを話してやったぞ! と嘯く。

 どこかふてくされたドゥリーヨダナにイラっとしたので、その首をキュッと締める。

 絞殺される寸前の鶏のような悲鳴を上げたドゥリーヨダナの声を聞きつけたのか、それまで文字通り蚊帳の外だったカルナが天幕の中へと入ってきた。

 

「――アディティナンダ、気持ちは分かるが落ち着いてくれ」

「安心しろ、カルナ。――俺は今までになく落ち着いているぞ」

「……そうか。だが、ドゥリーヨダナの顔が土気色に見えるのは、気のせいではなさそうだ」

「――ぶっはぁ! よくぞ言ってくれた、カルナ。それでこそ、わたしの友だ」

 

 道化のように笑っているドゥリーヨダナ。

 その目をまっすぐ射抜けば、軽薄な笑いはさっと失せて、能面のような顔つきになる。

 

 直感的に、悟った――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 カルナもそれに気づいて一つ溜息をつくと、ドゥリーヨダナを宥めるように続きを促した。

 

「――ドゥリーヨダナ。お前は肝心なことを話していない。お前がお前自身を守るために露悪家を気取っていることは知っているが、語るべきことを語らずにいて自身の首を絞めるのは、愚者のすることだぞ。――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「――はぁ。そうだな、姉上殿。一つ、聞きたいことがある」

 

 ずれた包帯を所在なさげにいじり、めくれた襟首を整えたドゥリーヨダナが観念したのか、不意に真剣な表情を浮かべる。カルナは天幕の柱の陰にひっそりと佇み、薄暗い天幕の中でも炯炯と輝く碧眼でそっと俺たちの様子を伺っている。

 

 ……静かだった。

 ――この時ばかりは、天幕の外で盛大な式典が行われていることが嘘のように、静かであった。

 

 すぅ、と――大きく息を吸ったドゥリーヨダナが、口を開く。

 

「――……姉上殿にお尋ねしよう。屋敷に火が放たれたのは、貴方がプローチャナに殺されかける前だったのか? それとも――()()()()()()()()()()()?」




まだ女の姿のままなのですが、他に人がいないのでカルナはアディティナンダと呼び掛けています。
あー、もう、当初の予定であったとはいえ、この部分はきつい。これからドゥリーヨダナの内面についても書かなければいけないので、シリアスが続くとなると気が重い。

……自分、本当はカルナとアディティナンダ兄弟のほのぼのが書きたいんだ……!

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