もしも、カルナさんが家族に恵まれていたら   作:半月

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「小ネタ・ドロドロぐちゃぐちゃルート<家族愛編>」を読んでもらってから、この話を読むと何とも言えない心地になります。(作者の自分も、ウワァ、ウワァと思いつつ、書いていました)
あんまり泥グチャじゃないよなぁとか思いながら、小ネタを書き上げたのですが、一見したところそう見えないだけで、かなりやばい代物でしたわ、あれ。

おっかしいなぁ、ただの家族愛だったはずなのに、どうしてこうも何とも言えない心地になってしまうのか……。


家族との再会

  ――ほお! とドゥリーヨダナの感嘆する声が、静まり返った会場によく響いた。

 実際に天空に浮かぶ的へと矢が突き刺さることこそなかったが、まず間違いなく、カルナの放った不可視の矢は標的を貫いたことだろう。

 

 ――そう思わせるだけの絶技の片鱗、そう思わせるだけの気迫の余韻、であった。

 

 その身分ゆえに試練への挑戦こそ断られたものの、ドゥリーヨダナ麾下の武将たるカルナが、この場に集った由緒正しい生まれの戦士たちを上回る実力の持ち主である、という証明は行われた。

 

 カルナを身分ゆえに嘲弄してきた者たちとて、その実力の凄まじさに舌を巻いたことだろう。

 眼の玉を剥き出しにして驚いている人々に溜飲が下がるのは、まあ、この際仕方のないことだ。

 

 ――ふふん! うちの弟は凄かろう! もっと、驚いてもいいのよ?

 

「――さて、果たすべき務めは成し終えた。……この弓は返しておく」

「は、はぁ……」

 

 弦が張られたままの長弓を、呆然としていた従者に返却したカルナが、一先ずの儀礼としてパーンチャーラ国王一家へと一礼して、物陰のドゥリーヨダナを促す。

 この場からは聞こえなかったが、パーンチャーラの王族たちにだけ聞こえるようにドゥリーヨダナが低い声で何事かを囁き、カルナを連れて天幕の向こう側に消えて行く光景を遠目に確認した。

 

 ――――挑戦者たちの最初の躓きとなっていた強弓。

 それがカルナの手で弦が張られたことで、意気消沈していた王族たちが活気を取り戻したのか、我も我もと言わんばかりの態度で、未挑戦の者たちが次々と名乗りを上げている。その光景を尻目に、俺はといえば、再び観客たちの合間をくぐり抜け、舞台の裏方――つまり、カルナとドゥリーヨダナが引っ込んだ方へと足早に向かっていた。

 

 婿選び式(スヴァヤンヴァラ)の会場が再び賑わってきたせいか、従者や侍女たちはその支度や手伝いのために表舞台の方へと回っているらしく、警備の兵士以外の姿はない。

 

 ――それをいいことにズイズイと奥へと進み、目的の人物の元へと足を動かした。

 

 

「――〜〜、カルナ……ッ!!」

「!! ――アディティナンダ!!」

 

 いくつも立ち並んでいる天幕の内の一つ。おそらくクル王国からの参加者であるドゥリーヨダナ一行のために用意された、豪華な天幕の前で佇んでいる懐かしい弟の姿に、胸の奥が熱くなる。

 走り寄ってくる俺の姿を認めたカルナが、その切れ長の碧眼を見開き、そっとその両腕を広げてくれたので――勢いよく、その胸に飛び込んだ。

 

「う、うわぁぁ〜〜! カ、カルナだ、本物のカルナだぁ!!」

 

 どこか冷え切っていた心の一部がじんわりと暖かくなっていく。

 言葉にならない呻き声を合間合間に挟むせいで、再会を喜ぶ言葉が途切れ途切れのものとなる。その代わり、言葉では伝えられない再会の喜びを動作だけで伝えられるようにと――ギュ、とその背中に回した腕に込める力をいや増した。

 

「あ、会いたかった! すごくすごく、お前に会いたかったよ!」

「――そうだな、オレも会いたかった。死んではいないと確信していたが、それでもこうしてお前の無事な姿を確認できてよかった」

 

 太陽の光をそのまま閉じ込めたカルナの胸甲は、日向のぬくもりに満ちている。

 淡々とした、響きだけを聞けば冷徹な声の裏に、確かに再会の喜びが込められていることに気づいて、ぐ……っと目の奥が熱くなった。

 

 宥めるように俺の背中をポンポンと叩いてくれているカルナに、それって本来ならば年長者である俺の役目じゃないかなぁ? と思いつつも、まぁいいかと今ばかりは大事な家族のぬくもりに堪能することにした。

 

「――旅の途中で、大きな戦に出陣したと聞いたよ? スーリヤの鎧の恩恵があるとはいえ、お前の肉体までは不死身ではないんだ。怪我とか、しなかったか? 味方の陣営に嫌味言われたりとか、お前の育ての親を愚弄されたりとか、そういう目にはあってない?」

 

 自分よりも上にあるカルナの碧眼を覗き込む。

 そうやって、次から次へと矢継ぎ早に問いかける俺をあやすように、今度は頭を撫でられた。

 

 ――むむ! これは間違いなく年長者だけに許されるべき技である。

 いかん、このままでは兄としての威厳が……! あ、今は姉だった。なら、いいかな?

 

「相変わらずの心配性だな。問題ない、お前に報告しなければならないほどの苦境に陥ったりなどはしなかった」

「本当か? 途中で高位の聖仙とか怒らせたり、やっかみで呪われたりとかしてない?」

「安心しろ。そうした事柄からはこの腕輪が守ってくれた」

 

 そっと身を離したカルナが、左腕に嵌めていた金環を目の前に差し出す。

 日が暮れつつある夕焼け空の下でも、眩い黄金の光とそこに込められている絶大な守りの力を確認して、ホッと肩の力が抜ける。

 

「よかった、本当に良かった……! ずっと心配だった、不安だった。――お前が俺の目の届かない場所でひどい目にあっていないだろうか、とか、お前を厄介に思っている誰かに理不尽な呪いを掛けられたりしないか、とか、一日たりとて考えない日はなかったんだよ……!」

 

 怪我も呪いも、やっかみも大して被害をこの子にもたらすことはなかったようだ。

 それを実際に確認できたことで、強張っていた肩の荷が下りる。

 別れる前、念のために、俺の封印具合を埒外として、この子に太陽神の腕輪を渡しておいて――本当に良かった。

 

 俺が側に居ない間に、降りかかる理不尽な災厄からこの子を守れない分、預けて居た腕輪の加護がこの子をきちんと庇護していたようで、心の底から安心した。

 

「アディティナンダ……いや、この姿の時はロティカ、か」

 

 一息ついている俺へと、今度はカルナの方が問いかけてくる。

 呼び慣れない呼称に少々躓きながらも、カルナによって命名されたもう一つの名前の響きは優しい。

 

「お前の方はどうだった? ――失われていた腕輪は取り戻せたのか?」

「嗚呼、うん。その辺はバッチリだよ?」

 

 ――ほら、と。

 手首に嵌めた金環をカルナの目前へと差し出せば、ふっとカルナの険が表情から抜け落ちる。

 そうか、と安堵したようにカルナが呟くので、もう心配ないよということを伝えるためにニッコリと微笑んだ。

 

「――では、これを返しておく。オレには不要な物だ」

「そうだな。この腕輪がお前の助けになれて、本当に良かった」

 

 カルナが片腕に嵌めていた腕輪を抜き取って、俺の方へと差し出してくる。

 万年雪の冷たさを宿す金環を受け取って、胸元で握りしめる。そうすれば、本当に久方ぶりに全てが揃ったことを喜ぶように、金環に象眼された真紅の宝玉がチカチカと瞬いた。

 

「それで、ロティカ。――お前はどうするつもりだ?」

「嗚呼、どうするって、この姿のこと? そりゃあ、いい加減元の姿に戻るつもりだけど……。そうだ、その天幕借りてもいい?」

 

 ――なんか大事なことを忘れてしまっているような気がするが、さて何だったのだろう。

 カルナの問いかけに含まれている微妙な、それこそ戸惑いのような感情に、内心疑問に思いつつも、そのように応えを返せば、カルナが困ったように眉根を下げた。

 

「そのことなんだが、ロティカ……――」

 

 カルナが何事かを伝えようとしたのとほぼ同じ瞬間に、表舞台の方から大歓声が聞こえてくる。

 人々の興奮と渦を巻く熱狂、驚愕などの感情が、こんな裏方にまで届く。周囲でパーンチャーラの人々が慌ただしく動き回っているのを感じ取り、これはやばいと焦る。

 

「まずい、こんなところに無関係な人間がいると思われたら、つまみ出される! ごめん、カルナ! 勝手に入るよ!!」

「待て、アディティナンダ!」

「ふぇ!? もしかして、誰か居たりする?」

「――……いや。いい加減、あの男も腹を割って話す頃合いだ。気にするな。それよりも、誰かに気づかれる前に、早く中へ入れ」

「――? わかった」

 

 せっぱ詰まった様子のカルナの態度に一度は足を止めたものの、何かを悟ったような声音のカルナに促され、急いで天幕内部へと足を踏み入れる。

 飛び込んだ先の天幕の中では、従者の誰かが、暗くなりつつある時刻に配慮したのか、内部のあちこちに小さな明かりが灯されている。そのお陰で薄ぼんやりとしている天幕内に、自分以外の誰かの気配があることに気がついた。

 

「――おいおい、新しい侍女か? この天幕にこれ以上の明かりを持ち込む必要はないと、何度言わせる気だ?」

 

 どこか毒を帯びた、流れる水のような通りの良い声に、思わず素っ頓狂な声が出た。

 

「――! ド、ドゥリーヨダナ!?」

「こ、この、硝子で出来た鈴を転がすような、耳にだけは心地よい魔声はよもや……!」

 

 天幕内の明かりが届かない奥まったところで佇んでいるらしき人影が、ギョッとしたような声をあげる。聞き覚えのある、否、聞き覚えしかない声の正体に、ぐいぐいと歩を声のする方へと進めれば、やや分厚めの薄衣の向こうに見える人影が慌てふためいてる。

 

「――お前、神霊にあれだけのことをしておいて、よもや報復がないと思い込んでいた訳ではなかろうな!」

 

 実際には、カルナとの再会が嬉しすぎて、頭からドゥリーヨダナのことはすっぽりと抜け落ちていたのだけども、神の威厳とかあの時の怒りとかが込み上げてきて、自然と表情が険しくなる。

 

「ま、待て! せめてもの慈悲だ! 頼むから、その薄衣はそのままにしておいてくれ!」

「問答無用! この俺の人間性がわずかでも残っている限りは、命乞いまでは聞いてやるから、大人しくしろ、この悪辣王子!!」

 

 腕輪が四つ揃っているお陰で、ワタシが出てくる気配は感じられない。

 俺ではなくてワタシだと、ドゥリーヨダナの真意を確かめる前もなく火達磨されかねないので、少しばかりその事実に安心する。

 

 ――ぐい、と薄衣に手をやり、そのまま勢いよく引きちぎる。

 カルナに比べれば非力としか称しようのない俺の筋力だが、それでも人間以上の性能を誇っている。どこぞの神の加護でもかかっていれば話は別だが、見目こそ優美であるが只の織物にすぎなかった薄衣は悲痛な音と共に引き裂かれた。

 

「……………どうしたの、それ?」

 

 かなりの間抜け面を晒している自覚はある。

 あるのだが、それ以外にどんな顔をすればいいのか、ちっとも思いつかない。

 

 先ほどまで抱いていた、燃えるような怒りの感情もドゥリーヨダナに対する様々な思惑も、何もかもが彼方へと吹っ飛ばされてしまい、ただ尋ねることしかできない。

 

「ああ……これだから、誰にも見られたくなかったというのに……」

 

 ――悄然とした面持ちで、片手で顔面を覆うドゥリーヨダナ。

 それに相対する俺の方も何と言っていいのか分からなくて、途方に暮れる。

 ――嗚呼、もう! こういう時に真性の神霊であれば、相手の事情など御構い無しに問答無用で沙汰を下すのであろうけど、中途半端に人間性を獲得してしまった以上、この現状を見ないふりをして報復をなすのは非常に心地が悪い。

 

 けれども、このまま黙りこくっていたところで、どうにもならない。

 ので――必死に考えて、その言葉を口から絞り出した。

 

「――なぁ、ドゥリーヨダナ。その姿は、一体――?」




(*敢えて、ここで切る! 今回はこれで4000字です。
 何だか、最近字数が多くなっていっているので、ちょっと皆様にお尋ねしたい。
 前回、前々回が7000〜8000字くらいだったのですが、長すぎて読み難かったりしましたか?*)

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