もしも、カルナさんが家族に恵まれていたら   作:半月

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カルナさんよりアルジュナの方が喋ってくれるから、話が進む進む。
やっぱり、思っていた以上に話が長くなってしまいました。

ちなみに、当初の予定では、原典通りパーンダヴァご兄弟とそのお母さん+アディティナンダの大所帯になる予定だったのですが、書き分けないといけない人数が多すぎるので、アルジュナと二人旅になりました。


彼と彼女?の珍道中・中

「ここからそう遠くない森に住まう、ヒディンバという人食い羅刹が旅の一行に討伐されたそうです――私の兄弟たちかもしれません」

「あー、あのシャーラ樹に住まう八本の牙を持つ羅刹か。へー、あいつ殺されちゃったんだ」

 

 交易を営む人々の集う市場で情報収集をしていた青年が、丁重に話し相手に礼を伝えながら、食べ物を物色していた俺の元へと駆け寄ってくる。

 こっちはできるだけ美味しそうな果実を探しているのに、何故かしきりに装飾品を見せたがる屋台の親父の誘いを受け流しながら生返事をすれば、青年がもどかしそうに話を進める。

 

「それだけではありません。ヒディンバだけではなく、ここから離れたエーカチャクラという都で人々を苦しめていたバカという羅刹が旅のバラモンに殴殺されたとか」

「その話なら、自分も聞いたよ。なんでも、そのバラモンと羅刹が戦ったのは木々の生い茂る林の中だったってぇ言うのに、草木一本残らぬ更地になっちまったとか。――ところで、天女のような別嬪さん、この簪はどうだね? 今ならお安くしておくよ?」

「あー、それよりもこっちの塩肉の詰め合わせとか、干した果物がもっと欲しいんだけど」

 

 適当に相槌を返しつつ、なおも装飾品を勧めてくる商売人のおじさんと会話を続けていたら、業を煮やした青年が俺の肩をその手で掴み、無理やり自分の方へと向けさせた。

 

「話を聞いてください! ヒディンバの住まう森からエーカチャクラの都はちょうど街道沿いにあるのです。それゆえ、これは同一人物によってなされたことだと思います」

「――それで?」

「私は、これが、我が兄であるビーマセーナによるものだと、ほぼ確信しています」

「だから?」

 

 問い返してやれば、青年が虚をつかれたような表情を浮かべる。

 それにできるだけ丁重になるように、青年に合わせて声をひそめながら囁き返す。

 

「期限は兄弟に再会するまで、と決めたのは君自身だろう? だったら、俺たちも君の兄弟たちの足跡を追う形で旅を続ければいいじゃないか」

「――――私が旅の行き先を決めてもよろしいので?」

「と言うか、君の進む方向を君が決めないで、なんで俺が決めてやらねばならんのだ!」

 

 思わず半眼になって睨みつければ、青年が口をパクパクと開閉させる。

 うーん。何だか、酸欠になった魚みたいだなと眺めていれば、ようやっと平静を取り戻した青年が大きく息を吐いた。

 

「貴女の都合を考慮せず、私が決めてもよろしいのですか?」

「その気になれば俺は空を飛んでいける。もともと、これだって君への恩返しなんだ。何より、嫌だったり困ったらこっちから言うぞ。でなきゃ、なんのために口があるんだ」

 

 ――でしたら、と青年がか細い声を出す。

 あまりにも頼りないその姿に、初めてのお使いで迷子になった子供を連想した。

 

 光のない、漆黒の闇夜を思わせる瞳がじっと俺のことを見つめ返している。

 そうして、一言、一言、噛みしめるように、ゆっくりと唇を動かした。

 

「私は……――兄弟たちと再会しなければならない。ですので、ここからエーカチャクラの都まで、付き合っていただけますか?」

「うん、いんじゃないか? ところで、おじさん。簪買わないけど、香辛料は欲しいから、おまけしてくれないかな?」

「――毎度あり!」

 

****

 

「――いい加減、貴女のお名前を教えてはいただけないのでしょうか……? いつまでも師に当たるお方を貴女としか呼べないのは、その……落ち着かないというか……」

「別にいいんじゃないかな、呼び名なんて。貴女であろうと、それと呼ぼうと、あれと言っても。そもそも、師匠って柄でもないし。――そんなことより、意識して魔力は出せるようになった?」

 

 紫電の光球が青年の掌の上で脈動するように雷撃の音色を奏でる。

 それに合格点をつけながら、最近盛り返されるようになってきた話題を適当に受け流しながら、集った魔力を武器のようにして扱う術を教え込んだ。

 

「こうして、自分の魔力を凝らせることで即席の武器を生み出すこともできる。これには、自分自身の魔力が基盤となっているから、滅多な武器では破砕されたりしない。――けど、宝具とか神造兵器の類と打ち合うには、内に籠る神秘の格が弱いから、その辺は注意しておくといい」

 

 見本として、己の魔力を基とした、切っ先に炎を宿した短剣を生み出してみせる。 

 そして、その短剣を元の金の鱗粉を帯びた朱金の炎へと分解してみれば、青年は自らの放つ紫電を放出ではなく、凝縮という方向へ持って行こうと真剣な表情を浮かべた。

 

「ただ魔力を垂れ流しにするよりも、ここぞという瞬間に凝縮した魔力を爆散したりすることで、とんでもない瞬発力や膂力、推進力を生み出すことができる。そうだな……これを上手く使えば、力では及ばない魔物や魔獣相手にも互角以上にやり合えるようになるし、戦術も大幅に広がるんじゃないか?」

 

 青年の掌の上で、紫電が伸縮を繰り返し、その度に小さな火花が周囲へと飛び散る。

 細く長く、青年の意のままに、形のない紫電が確固たる存在感を持った実体を手に入れた。

 

 銀と紫の装飾のなされたそれに指先で触れれてみれば、静電気がピリリと伝わってくる。

 

「なるほど、矢とは考えついたね! 魔力で構成された矢だったら君の魔力が尽きるまでほぼ無尽蔵に生み出せるし、補給を気にすることもない――試しに射ってみようか!」

「それでは、そうですね……あそこに大鹿がいるようです。当分の備蓄にもなりますし、あれだけの肉付きの良さであれば物々交換にも出せることでしょう」

 

 弓矢の名手には必要な条件とされる、遥か彼方を見通す目で以って、青年がなだらかな丘の上の方へと視線を向ける。俺の目には緑の丘陵地帯の点にしか映らないそれも、弓の名手たる彼の目にはきちんとした情景となって映し出されていることだろう。

 

「――当てられる?」

「当然です。アルジュナですから」

 

 ふふん、と子供のように青年が胸を張る。

 キラキラと輝く黒曜石の瞳がすっと眇められ、背筋がピンと伸ばされる。

 そして、師から賜ったという弓に先ほどの矢を番え、キリキリと弦を引きしぼった。

 

 一瞬の静寂が場を支配し――鋭い風切り音と共に紫色の閃光がまっすぐに獲物へと飛来した。

 

 チュドーーーンッッッ!!

 

 そして、俺たちが見守っている中、眼前にあった小高い丘が、獲物ごと爆散した。

 

「…………こういう時、どういう顔をすればいいのでしょうか?」

「笑えばいいんじゃないかなぁ……多分」

 

 この後、二人で必死に掃除した。

 

****

 

「――よし! 大分、魔力も扱えるようになってきたし、ここらで再挑戦と行こうか! という訳で青年、ちょっとそこの山から飛び降りておいで」

「どうして貴女は高所から飛び落ちることに、ここまで拘泥るのですか!? 普通に地上から飛び立てばいいのでは!?」

「え〜? だって、そっちの方が手っ取り早くない? 後、なんというか、命の危機に瀕することで隠された力も目覚めそうだし」

 

 真夜中に到着した街の周囲をぐるりと囲む、峻厳たる山々。

 その内の一つを指差して指示すれば、すぐさま眦を釣り上げた青年が反発する。

 

 ――とはいえ、青年の言い分も尤もである。

 確かに、未経験者にあの高さに挑戦しろと言うのは鬼畜の所業だったかもしれない。もっとちょうど良さそうなものはないかな? と思って周囲を見渡せば、巨大な建造物が目に引いた。

 

「――じゃあ、あそこの寺院の一番高い塔からはどうだろうか? 上手くいけば見世物としてお金を稼げるかもしれないよ?」

「神聖な寺院を指差して何を仰っているのですか!? 仮にも貴女のご同輩の社でしょう! それからそういう商法には絶対協力しませんからね!」

 

 お硬いなぁと呟けば、切れ長の目がさらにキリリと釣り上がる。

 貴女が適当すぎるのです! と怒られるので、君が真面目すぎるのではないかなぁ、と嘯けば、青年の怒気がますます色濃くなった。

 

「ちぇ、仕方ない。でも、そろそろ君を屋内で休ませてあげたいから……別の手段でお金稼ぐか」

「――別に、私の体調であればお気になさらずとも……」

「まあ、頑健な神々の肉体ならば、然程は肉体的には疲労しないだろうけど、それと心は別の問題でしょう? 気疲れって言葉もあるくらいだし、魔物や雨を気にしないでいい宿屋に入れるなら、入っておいた方がいいよ」

 

 でも、ちょっとばかし寄り道したせいで、到着の時間が遅くなりすぎたんだよなぁ。

 なので、お休み中の善良な人々に迷惑をかけない手段でお金を稼ぐとなると……嗚呼、そうだ!

 

「思いついた! 賭場に行くぞ、青年! それで、今夜の宿代を稼ごう!!」

「賭け事ですって!? 貴女、女性でありながら、その様な悪所に足を運ぶというのですか!? そもそも、女性が賭場に行くことは法によって禁止されていますよ!!」

 

 そういや、そうだった。

 人の世界において、女性は基本的に親や夫の持ち物として扱われ、財産を持たないことから賭け事に参加する事は出来ないし、そもそも賭博場への入場も、許されていなかったんだっけ。

 いっけね! ついつい、アディティナンダの時に荒稼ぎしていた時の癖で手っ取り早く路銀を稼ごうとしたから、常識的に怒られてしまった。

 

「そもそも、賭け事だなんて己の身を滅ぼすだけです! どんなに思慮深く聖典に通じる人であっても、賭け事のせいで大変な目に遭うのを私は知ってます! 類い稀なき賢人であっても堕落させる恐ろしい遊戯、それが賭博です! だから、他に手段がなかったとしても、賭場だけは絶対ダメです!! ――そ、そんな引いた目で見ないでください! あと、私は貴女が賭博場に入るのに、絶対に協力なんてしませんからね!」

 

 いつになく激しい拒否反応を見せる青年。

 その姿に、俺だけでなく、暗くなった小道を共に歩いていた街の人々までもが、ドン引きした視線を憤る青年へと向けざるをえない。

 

 ――本当にどうしたんだろう、この子。

 なんというか、そこそこの付き合いだが、これまでの過剰な反応は初めて見た。

 この間の、自分の魔力放出だけで村々を荒らしていた怪物を退治してこい、という課題にさえ、内心はどうであれ、楚々として仕草で承諾していたというのに。

 

「一応の付き合いで聞くけど……賭博で嫌な目にあったことでもあるの?」

 

 庶民の間では人気のある遊びだが、王宮ではどうなのだろう。

 というか、あまり品のない遊びとして上流階級には敬遠されている賭博に、蝶よ花よと囲われている筈の王子様が、どうしてここまで過敏な反応をするのだろうか。

 

「私の……一番上の兄が……大の賭け事好きで……」

「あー、なんとなく察した……」

「従兄弟が、偶に長兄のことを賭け事に誘って……兄も最初は断るのですが……」

「な、なんか、辛そうな思い出だね。無理に話さなくてもいいんだよ?」

 

 どんよりとした青年が、憂いを帯びた面差しで訥々と語る内容に、オチが理解できた。 

 ――後、ここで彼の言っている従兄弟とは、十中八九、ドゥリーヨダナのことだろう。何やってんだろう、あの悪辣王子様は。

 

「この様なこと、本人の前では到底言えませんが……下手の横好きとは兄の賭け事好きを指すのでしょう」

「そ、そうなんだ……」

「ええ……。普段は、決して運の悪い方ではないのに……何故か、いつも賭け事では負けるのです……いい加減、向いていないことに気づけばよろしいのに……」

「それ、お兄さんに対して一度言ってみたらいいんじゃないか?」

 

 そう言えば、青年は諦めきった表情で微笑む。

 その諦観混じりの微笑みは傍目から見ればひどく美しかったため、ここに若い娘たちがいれば黄色い声の一つや二つをあげたことだろう。

 

 ――――ただ、俺の口から言わせてもらうのであれば。

 最も人生の喜びにあふれた青春の盛りの子が、浮かべていい類の表情だとは到底思えなかった。

 

「――それは、そのようなことは……できません。弟は兄に従うものですから」

 

 この世の真理を述べる様に青年は告げたが、うちの弟がしょっちゅう俺の言うことに逆らっていることを踏まえるに、それは決して真理などではないと思う。

 

****

 

「――最近、気がついたのですが」

「なんだい、青年?」

 

 ふと思いついたと言わんばかりの雰囲気で、何もない宙空にぷかぷかと揺蕩う青年が、真下で見守っている俺へと声をかけてきた。

 

 ここしばらくの話だが、魔力で構築された雷を利用して空を高速移動することよりも、雷霆を司るインドラの支配下にある水蒸気や風を操作して空を舞う方が、自分に合っていることにこの王子様は気づいたらしい。その姿に、波打ち際に漂っている海月の様だな……と感想を抱きつつ、この前立ち寄った先で手に入れた弦楽器を軽く爪弾きながら調律を続ける。

 

「――それですよ。貴女、ご自分の名前を教えないばかりか、私の名前さえ、一度たりとて呼んだことありませんよね?」

 

 ふわり、と木の葉の様に舞い降りた青年が、ほぼ断定口調で問いかけてくる。

 どこか拗ねている様にも見える青年の姿に、また変なことを言うなぁ……と首をかしげた。

 

「いや、本名で呼んでどうするのさ? 君の生存がバレる可能性がある以上、そうやすやすと口にしていい名前ではないと思うのだけれども」

「それは勿論ですが……貴女、他に人が居なくてもそうではありませんか。思い起こせば、貴女は私のことを“青年”や“君”としか呼んでいない」

 

 だって、そこまで君に関心を抱く必要性がないのだもの。

 ――と正直に告げたが最後、なかなか繊細そうな青年の心をぶつ切りにしてしまいかねない。なので、ぐっと言葉を飲み込んで自重することにした。

 

 しかし、名前か……。今まで曖昧にしてきたけど、それもそろそろ限界と言ったところだな。

 できれば、彼との接触は最小限に済ませておきたいから、縁に繋がりかねない接触はできるだけ最小限に収めておきたかったのだけど……どうするべきか……そうだ!

 

「――じゃあ、君が考えたらいいじゃん」

「――え」

 

 適当な名前が思いつかないし、ぶっちゃけどうでもいい。

 そもそも、ロティカもアディティナンダも、カルナのために考え、名乗るようになった名前だから、この王子様相手に使うのは少しばかり憚りがあるんだよなぁ。

 

「――私が? 貴女の呼び名を決めるのですか?」

 

 この様な些細な疑問にも取り組みだしたのは、出会った時より心に余裕が生まれてきたからか。

 ――まあ、人間の常識的にも、お互いのことをいつまでも名前を呼ばないと言う行為は失礼にあたるかもだし、その辺、きっちりと踏まえている性格の子だからと言うのもあるだろう。

 

「だって、俺は別になんと呼ばれようがどーでもいいし。気にしてるのは君だけじゃないか」

 

 でも、カルナとこの子が敵対する可能性が今後もかなり高い以上、下手に馴れ合いすぎるとお互い大変になるだろうし……今みたいな付かず離れずの距離感が一番だと思うんだけどなぁ。

 そもそも、この子が兄弟と再会するか、もしくは魔力を完璧に操れる様になったら、とっとと別れるだけの関係でしかないのだから、わざわざ自分の素性を話す必要性もないし。

 

「それより、もうそろそろ、エーカチャクラの都だ。休憩はこの辺にして、都で聞き込みをしないと」

 

 都を守護する代わりに生贄を求めたという羅刹・バカ。

 それを打倒してのけた偉大な人物の存在を聞き知っているというバラモンの屋敷を訪ねるべく、俺は青年を先に進むように促した。




<(さらっと出てきた)登場人物紹介>

・羅刹 ヒディンバ
…不吉の屋敷から脱出したパーンダヴァたちが疲れ果てて眠っていた森を拠点としていた羅刹たちのボス。
 同じ羅刹の妹に久しぶりのご馳走だから、料理してもってこいと命じたら、肝心の妹が唯一目覚めていたビーマに一目惚れ。殺したがらない妹に激怒して、妹共々一家を鏖殺しようとしたが、怪力無双のビーマに返り討ちにされた。ちなみに、その妹こそガトートカチャ(カルナを殺すべくインドラによって創造されたデザインベビー)の母親であった。

・羅刹 バカ
…ややこしい名前だが、決して馬鹿ではない。エーカチャクラの都とその一帯を支配していた食人鬼で、周辺を守護する代わりに生贄を要求していた。パーンダヴァ一行が世話になっていた屋敷の家長がその時期の生贄で、一家への恩返しということで、クンティーの命令を承諾したビーマによって殴り殺された。

・一番上の兄
…語るまでもなく、あのお方。多分、そのうちきちんと登場する……はず。

(*次回で、珍道中は最後になります。カルナよりもアルジュナの方がよく話すので、本当にさくさく書けました*)

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