もしも、カルナさんが家族に恵まれていたら   作:半月

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書いているうちに楽しくなってしまったせいで、だんだん長くなってきてしまったので、分割します。
ちょっとダイジェスト形式で書きましたので、サクサク話が進みました。

先の話へのたくさんのご感想、ありがとうございました。
どこの書き手も同じだとは思うのですが、やっぱり自分の書いた話への感想を送ってもらえると、とてもやる気が出ますね。
評価と誤字報告も、ありがとうございました。


彼と彼女?の珍道中・上

 

「――さてさて。何はともあれ、必要なのは路銀だな。魔力で服を編める俺とは違い、君の綺麗な文目の服のままでは、正体が一発でバレかねない。そうだな……この先に村があるから、そこで服を新しく買い求めよう」

「服ですか? 私の持っていた中で、最も地味な物を選んだのですが……。それなのに、これでも人目を惹いてしまうのでしょうか?」

「そりゃあ、そうだよ。――覚えておくといい、お坊ちゃん。金持ちの地味と貧乏人の地味の言葉の意義ほど、そぐわないものはないというのがこの世の真理だ」

 

 即席の使い魔の小鳥たちの目を通して、自らの現在位置を把握し、この森を抜けた先に村があるのを発見。早速、森の中で見つけた珍しい果物や青年が仕留めた動物の毛皮を、青年用の一般庶民が着る様な衣服と交換した。

 

「品物の交換に出すのであれば、屋敷を出る時に持ってきた宝玉などがありますが……?」

「あー、それはダメだ。そんな高価なものにその服はまず釣り合わないし、そうしたものを持ってきた余所者は人の噂になりやすい。俺はともかくとして、君の生存が下手な誰かに知れ渡ってみろ、すごく面倒なことになるぞ?」

 

 着心地の悪い庶民層の服に腕を通した青年が、ごわごわとした生地を興味深そうに触りながら口にした言葉に、とんでもないと言わんばかりの心地で首を振る。

 

 実際、彼の着衣は無地の白衣の様に見え、余計な装飾がないために一見、簡素に見える。

 けれど、王侯貴族とそれ以外の身分の者たちではまず服の素材や織り方、装飾の類からして異なっているため、よくよく見れば服の裾には金の差し色が施され、無地に見える布地を光に翳せばうっすらとした紋様が浮かび上がっている。

 

 つまり、少し目端の利く者であればそれがひどく上質なものであることは一目瞭然であった。

 

「それにしても、君って立っているだけで目立つね」

「あの、無性に貴女だけにはそれを言われたくないのですが……」

 

 鄙びた村に現れた――垢抜けて、見目麗しい青年。

 そんな彼へと、村娘たちが熱の篭った視線を投げかけている。

 年頃の娘だけではなく、いささか薹が立った年齢のご婦人やはたまた白髪混じりの老婆までもが、青年の洗練された佇まいに感嘆の溜息をつき、うっとりとした表情を浮かべている。ひそひそと楽しげに、あるいは思惑ありげに囁きあっている彼女たちの口から、田舎の鄙びた村には相応しくない上品な仕草の青年がやってきたことは、たちまち村中に広まることだろう。

 

 ――つまり、目立つことは避けられないということだ。

 

「よし! こうなったら、とことん目立ってしまおう! 君は何か楽器が弾けたりする!?」

「と、唐突ですね!? はい、大抵の楽器の使い方は嗜みとして習得しております!」

 

 なら、一番手に入りやすい笛にしよう。それなら、自分で作るのも、購入するのも簡単だし!

 

 とにかく先立つ物は、金銭もしくは物々交換に出すことのできる品物だ。

 幸い、この子はカルナと違って音曲の嗜みがある様だし、これは使わないと損だね!!

 

「……歌い手だとロティカやアディティナンダと関係付けて考える人が出てきそうだし。だったら、ここは舞踊家として活動して日銭を稼ごう! よっしゃ、青年ついてこい!」

「初対面の時から薄々感じていましたが、貴女、本当に強引ですね!?」

 

****

 

「いや〜。顔が良くて、楽器の嗜みのある相方がいると本当に儲かるね。こんな小さな村でここまで稼げるなんて!」

「――……いえ、貴女の踊りの腕も確かなものでした。演奏も忘れて、危うく見惚れてしまうところでしたよ」

 

 拍手の余韻がようやく聞こえなくなった頃。目に見える賛美の証として差し出された報酬の額を確かめれば、満面の笑みを浮かべずにはいられない。

 

 思わずホクホク顔で振り向ければ、それまで雄壮たる音色を響かせていた笛をその指先で撫ぜながら、興奮冷めやらぬ熱っぽい表情を浮かべていた青年の横顔が視界に映り込む。

 

()()()が芸事がさっぱりだったから、こうやって他の人と組んで合奏したり、舞踊を披露したりしたのは初めてだけど、なかなか楽しかった! なあ、青年! 当分の生活費はこうやって稼ぐのはどうかな!?」

「あ……、そう、ですね。それで、いいのではないでしょうか……。私も、兄弟たちで合奏したりしたことはありましたが……ここまで好き勝手に、自由に一人で吹かせていただいたのは初めて……です。それに、ここまで聴衆が明け透けに私の演奏を喜んでいただいたのも……初めての経験でしたが……。――……存外、悪くないものですね」

 

 夢見心地の状態の青年が思わず零した言葉に、これまでの彼の生活が若干気になったが、まあいいやと黙殺する。

 

「――それにしても、お見事でした。かつて、叔父の寵愛する国一番と名高い楽師の演奏を歌声を聞いたことがありましたが……、貴女の舞にも、その時の彼の歌に感じたものと同じような感銘を受けました」

「そ、そうか! 耳の肥えている王子様にそんな風に褒められるなんて、俺の舞も中々だね! ウン、自信ツイタヨ!」

「そういえば、彼の楽師もこの国では珍しい黄金の髪をしておりました。貴女のものは、それよりも赤みの強い色彩をしておりますが――ひょっとして」

「気ノ所為ダヨ!! それより、これ! 君の取り分!!」

 

 下手に話を続けて、やぶ蛇になってしまわないように、今回の報酬の三分の二を入れた皮袋を青年の手に押し付ける。急な話題転換に目を白黒させつつも、しっかりと青年が当分の路銀を受け取ったのを確認すると、自分の分の報酬の入った袋の紐をきっちりと締め、懐へとしまう。

 

「――! 私にまで、今回の報酬をお渡しいただけるのですか!?」

「なんでそこまで驚くのさ! こっちが吃驚するよ!!」

 

 中身を確認した青年が素っ頓狂な声をあげたせいで、俺の全身が驚愕のあまり飛び上がった。

 

「だって、今回の儲けは俺と君の両方の力があってのことでしょ? それに、俺と違って君は半神とはいえ血肉を持つ人の身なのだから、食事をしたり、服を買ったり、寝床に入る必要があるじゃないか! ――というか! 寧ろ、君の方がお金を必要とするじゃないか!!」

 

 ぽかんとした表情で皮袋を握りしめる青年に、いささか不安を感じながらも、すぐに使える金銭の必要性を訴えるべく、滔々と言葉を紡ぐ。

 

「そういう訳で、それは君のお金だからね! 必要なものは自分で選んで買って、欲しいものがあったらお財布と相談して購入するかどうか勝手に決めなさい! ――いいね!?」

「あ、しかし、その……勝手に、というのは……」

「欲しいものの相場とか! 値切りの仕方とか! あるいは庶民の買い物のやり方とか! わからないことは教える! 全部教えるから、あとは君の好きにしなさい!! と言うか、して!」

 

 もう、この子、面倒臭い! なんで、いちいち躊躇う上に、伺いをたてるのだ!

 王族ってこんなに窮屈なの? 人間歴が浅い俺にはよくわからん!!

 

****

 

「――という訳で、きちんと食事して、夜露を凌げる場所で一晩眠って、英気を取り戻しました! 早速ですが、これより修行に移りたいと思います!!」

「あの、それは構わないのですが……いえ、むしろ待ち望んでいたのですが……何故、このような場所に?」

 

 赤褐色の地肌に散らばる鮮烈な緑色の斑模様が一望できる、そんな場所で。

 切り立った、とも、峻厳な、とも称えられるような断崖絶壁の天辺で宣言すれば、嫌な予感に口唇を引きつらせている青年が躊躇いがちに質問を投げつけてくる。

 

「だって、君の最終目標は空が飛べるようになることでしょう? だったら、最初に、自分の目指すべき場所を実体験してもらうのが一番かと」

「普通、死にますよ!? こんな場所から安全装置も無しに地上に向かって飛び降りたら!!」

 

 褐色の地肌から血の気が失せた青年が、もはや耐えきれぬとばかりに絶叫する。

 それに対し、俺は首を傾げるばかりだ。

 

「――なんで? そりゃあ、わりかし丈夫な作りの人の子でも、ここから飛び降りたら死ぬのは確実だけど……。君は、半分だけとはいえ、神の子でしょ? だったら、この程度で死んだりなんかしないから」

「本当ですよね? 本当なのですよね? その言葉、本当に信じられるのですよね!?」

 

 難敵を打ち倒せというクシャトリヤの試練でもないというのに、何故こんなにも確実性の薄い命令に従わなければならないのだ、と言わんばかりの苦悩と不安を露わにする青年。

 その悩める姿に、安心しろと伝えるために、飛びっきりの笑顔を浮かべてみせる。

 

「大丈夫だよ! 似たような場所から飛び降りた半神の子供のことを知っているけど、その子はピンピンしていたから、きっと君も大丈夫!!」

 

 ――俺だって、この程度ならかすり傷ぐらいで済んだし!

 

「で、では……決心して……」

 

 なんだか日を追うごとに、青年の言動から丁寧さとか慇懃さとか崇敬の念が失われつつあるような気がするのだが、きっと気のせいに違いない。

 

 ――ゴクリ、と生唾を飲み込んだ青年。

 そんな彼を勇気付けるためにも、かつてのカルナに課した修行の内容を思い起こす。

 

 ……そういえば、あの時は結局どうなったのだっけ?

 

「――このような高所で怯むなど、アルジュナにはあってはならないことだ……! いまいち、この方の適当な性格は信頼がおけないのだが、それでも一度は師事すると決めた相手……! このアルジュナが、その言葉を信じなくてどうする――よし!」

「あれ? でもなんか忘れているような気がする……? なんだっけ?」

「――それでは、行きます!!」

「待った!! そういえば、あの子は身に帯びたよろ――って、もう遅い!!」

 

 そういや、カルナはあの鎧のおかげでかすり傷一つ負わずに無事だった。

 遅まきながらそのことを思い出して制止の言葉をかけたものの、時すでに遅く――青年は半神であったとしても無事では済まないだろうほどに険しい崖から身を躍らせた後だった。

 

「――〜〜っ!!」

「あー、あー、マズーーい! よーし、掴まえた!! 大丈夫? どこか欠損していない!?」

「あのですね! そこまで心配して下さるのであれば、もう少し計画性を持って、修行の内容を定めてはもらえないのでしょうか!?」

 

 泣きそうな顔になっている青年の手を空中で掴み取り、自分の首に彼の腕を回させる。

 依然として空に浮いたままの状態ながらも、なんとか安定した位置を確保した青年が耳元で叫ぶのを、その背を叩いて宥めてやれば、鼻を啜る音が聞こえたような気がした。

 

「ごめん、ごめん。でも、腕の二つや三つが失くなる前にちゃんと掴まえたでしょ?」

「人間に腕は二つしかありません……! もうやだ、この方……」

 

 まあ、羅刹でも神々でもない限り、人間の腕は二本しかないよなー。

 それにしても、カルナは俺の感覚派理論についてきてくれたけど、この青年の真面目っぷりから、もう少し理論づけたり、本人の脳みそで考えさせてから実践に移した方が性に合っているのかもしれない。

 

「うん、悪かった。君の性格からして基礎をしっかり納めてから実践に移した方が、習得しやすいのかもしれない」

「そうですよ……。どんな戦士だって、弓の持ち方を習う前に狩猟に参加したりしませんから……」

「ええと、泣かないでよ?」

「誰も泣いてはいませんよ!! 貴女、ここ最近、私のことをそこらの幼児と変わらぬ年草の子供か何かと勘違いしておりませんか!?」

 

 確かに、青年は泣いてはいなかった。

 それどころか、顔を真っ赤にしながら、こちらへ滔々と語り出そうとしてきた塩梅だった。

 

「よろしいですか! このアルジュナ、生まれ落ちた瞬間に我が父より祝福を授かり、この世に比類なき勇者として成長するように定めづけられているのです!! そのアルジュナがこのようなことで驚きこそすれ、泣くような真似をする訳が――って、むが!」

「ええい、耳元で叫ぶな! それより、もうちょっと今の状況を堪能しなさい!! ――ほら!」

 

 あまりにも鬱陶しいので、首にしがみ付かせたままの青年の頭を抱きかかえ、息を止める。そうやって、ちょっと冷静になった青年の視線を眼下に広がる光景へと向けさせる。――そうすれば、その途端。

 

 ――ほぅ、と。

 抑えきれない、堪えきれなかった感嘆の溜息が、青年の口より零れ落ちた。

 

「――……ああ、なんと見事なのでしょうか」

 

 果てなど知らぬと言わんばかりにどこまでも続く大空と色彩鮮やかな沃土。

 天空で輝く日輪、その恩恵を受けて、生き生きと脈動する地上のあらゆる生命。

 地上にいる限り、決して目にすることの出来ぬ、至高の景色が眼前に広がっていた。

 

「初めて知りました……。大地には終わりがあるのに、空はどこまでも続くのですね……」

 

 それまでの、漆黒の双眸ではない。

 ――景色を堪能している青年の瞳には、光を受けて煌めく黒曜石の輝きが宿っていた。

 

「取り敢えず、この景色が自力で見られるようになるまで修行頑張ろうね!」

「そうですね……。できるだけ早く習得するように致しましょう……自分の身の安全の為にも」

 

 やっぱり、だんだんこの子の態度から尊敬の要素が薄くなっているのではなかろうか。

 あと、遠慮とか、そういうのも――そーいや、カルナが今の態度になる前もこんな感じだったなぁ……。




<裏話>

カルナ・アディティナンダ=フィーリング派、あやふやな説明で相互理解が可能。
アルジュナ=ガチガチの理論派。感覚で説明されると混乱する。

(*個人的に、アルジュナの目の輝きに注目してくれると楽しいです。あと、地の文での呼称とか*)

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