もしも、カルナさんが家族に恵まれていたら   作:半月

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我が家のカルデアのアルジュナさんにバレンタインの贈り物をしたら、カルナを射殺した矢を返礼として受け取りました。
こういう時、どういう顔をすればいいのかわからないよ……。しっかし、バレンタインイベント面白いっすね。


理想的な人の子

 ――だって、仕方がないじゃないですか。

 

 初対面の時には、無礼にも人の腕をいきなり鷲掴みにする上に、仮にも王子に対してあるまじき態度が総揃いだったんですよ。連射された矢のように人のことを質問ぜめにした挙句には、知りたいことを尋ねるだけ尋ね、そしてそのまま、脱兎の勢いで逃亡する始末。

 

 続いての対面は、尋常ならざる勢いで燃え盛る炎の中。

 

 轟々と燃える炎を背景に登場し、無言のまま、鬼気迫る気配を醸し出し、腕輪だけを注視。

 こちらが何を問いかけても答えなかったくせに、突然、ものすごい勢いで自分自身の頭を殴りつけると言う暴挙を見せつけて気絶する。どう考えても、王都からなんらかの事情があって、追いかけて来たようにしか思えないけれど、追いかけられるだけの理由に私の方は心当たりがない。

 

 とはいえ、火災現場である屋敷の中に捨て置けば、行き着く先は焼死体。

 その身元と目的こそ不明瞭ではあるけれども、クシャトリヤの守らねばならぬ、か弱い女であるのは一目瞭然。先に脱出した兄たちを追いかけようにも、意識を失った女を無視して、そのまま炎に巻かれるのを捨て置くこともできない。

 

 なので、共に連れて行くことを決意したものの、人間一人を抱えた状態で逃避行。

 煙と熱の渦巻く地下の秘密の通路を通って、街を脱出し、そのまま見通しのきかない山中を野獣や魔物の心配をしながらの決死行。おまけに、連日の狩猟や、昼間から宴会の主人として客の接待をしたり、プローチャナの夜討を警戒してよく眠っていなかったことが災いして、先に脱出した兄や弟たちとも合流することなど叶わない。

 

 その上、どんどん体力が削られていくので、仕方がなく、川辺で休息をとることに。

 

 ようやく取れた休みにホッと一息。

 文字通り、肩の荷を下ろして体を休めていれば、それまでの間、ずっと気絶していた女が、突然、起き上がったのを目撃。

 

 背後で休んでいる私に気づく気配を見せずに、何をするのだろう? とぼんやりとした頭で考え込んでいたら、羞恥心を欠片も見せず、一気に衣服を全て焼き捨て、沐浴を始める体たらく。

 

 もう、貴女何なのです……変態さんですか……? というのが、青年の言い分だった。

 

 ――ぐうの音も出ない。

 

 俺視点だと、スーリヤから賜った腕輪が行方知れずになったところから始まるのだけど。

 何日もアチコチ探し歩いて、ようやくの思いで見つけたら、いつの間にか持ち主がこの青年になっていたせいで、仕方なく、できる限り穏便に済ませるために外遊先の都まで追いかけて、侍女仕事に勤しみつつも、その隙を狙っていたのだけど。

 

 肝心の決行日に、ドゥリーヨダナの家臣に殺されかかったりとか、中身が入れ替わっちゃたりとか。それで、目覚めると目の前に絶好の沐浴場所があったせいで、後ろで疲れ切っていた青年に気がついていなかったりだとか!

 

 こっちにもそれなりの事情があるのだが、それに巻き込まれただけのこの子からしてみれば、確かに変態というか、変人というか、痴女と罵られても仕方のないことをしている。

 

 そして、客観的に一連の出来事を思い起こしたせいで、俺は地べたに這いつくばっていた。

 

「なんか、その……こっちにも事情があったとはいえ、色々と、ごめん……」

「いえ、その……どうやら言葉が過ぎたようです。友から聞いた、馴染みのない言葉の特徴に合致していたとは言い、無礼なことを申したようですね……お許しください」

 

 好青年だ、ものすごい好青年だ……!

 

 困った様子で眉根を下げ、胸元に軽く手を押し当て謝罪する青年には一切瑕疵がない。

 

 第三王子といえば、クル国が誇る半神の王子であり、その名声や人となり、武勇が誉れ高きことは、パーンダヴァの五王子の中でも一線を画している。そんな優等生から面と向かって「変態ですか?」と真顔で尋ねられてみろ、羞恥のあまり死にたくなる、というかこのまま穴を掘って埋まってしまいたい。

 

「……ええと、そうだな、相互理解を深める必要性があると思うのだけれども……。そのためにも、俺の話を聞いてもらえるかい?」

 

 むくりと起き上がり、真剣な表情を浮かべてみせる。

 目の前に座している青年を見やると、青年もまた真摯な表情を浮かべて見つめ返してくる。

 うん、少なくとも、こんな不審人物に対して真剣に取り合ってくれるという点において、この子への好感はうなぎ登りだわ……。

 

 ――これが、数多の神霊を虜にする第三王子の魅力というやつなのだろうか。

 

「君を追いかけ回すような真似をしてしまい、本当にすまない」

 

 この王子様が自主的にドゥリーヨダナの執務室から俺の腕輪を盗んだ犯人でない以上、きっと数奇なる巡り合わせの末に一時的な所有者になっていることはほぼ間違いない。であれば、俺のやるべきことはこのような事態に巻き込んで、こちらの都合に振り回す形で彼に迷惑をかけてしまったことへの謝罪が第一だろう――とまずはお詫びの意を示す。

 

「こちらにも色々と事情があるのだけれども、端的に言えば、俺は俺の持ち物である、その腕輪を取り戻そうとしていたんだ」

「――腕輪……、そういえば、王宮でもあの屋敷でも、貴女はこればかり見ていましたね」

 

 そっと、青年が自身の手首に嵌められている白金の腕輪を戸惑ったように指の腹でなぞる。

 

 美しい青い輝石に、満ちた月を模した白金細工。

 接ぎ目すらない見事な造作は、その腕輪の持つ価値の高さを言外に物語っている。

 

「どうしてそんな銀細工になっているのかはわからない。だけども、その腕輪は本来、俺が我が父より下賜された、四つで一つの神宝。俺の持ち物の中でもっとも価値のある代物で、俺が人として地上で暮らすためには欠かせないものなんだ」

 

 説明の言葉と共に、俺の両足に嵌められている、黄金造りの継ぎ目のない太陽を模した金環へとそっと視線を向ける。そうすれば、月のない夜を切り取ったような漆黒の双眸もまた俺の手足に嵌められている金環へと移った。

 

「――だから、君には悪いけど、それを返してもらいたい」

 

 そう訴えれば、青年はやや考え込むように瞼を閉ざした。暫しの沈黙の後、ゆっくり唇が動く。

 

「――――貴女の言い分もわかりました。しかし、これは私が我が友より贈られたもの。貴女の言を疑うわけではありませんが、贈られたものである以上、何の確認もせずにお渡しすることはできません」

 

 おやおや……意外だな。

 俺のことを神霊として敬っている様子だったので、抵抗無く「はい。そうですか」と直ちに渡してくれるものだと思ったのだが。

 

 だが、彼の言い分も最もなことである。

 封印のことを考えれば、少々不安だが、論より証拠である。右足に手を這わせ、足首を飾っている金環を一つ取り外した。

 

 そのまま金環を乗せたままの右掌を青年の目前へと差し出し、静かな声で彼を促す。

 

「――正義の神・マヤに誓って、勝手に取り上げたりなどしない。君の銀環を見せて」

「ええ、どうぞ」

 

 神々でさえ破ることのできない神聖な誓いを立てたお陰だろう。

 これまで片時も離さずに、身につけていた銀の腕輪を青年が取り外す。優美な見た目とは裏腹に、意外とがっしりとしていた手首に嵌められていた腕輪が、ひと回り以上小さな俺の左の掌へと載せられる。

 

 ――すると。

 

「――……そんな!」

「嗚呼、やっぱり」

 

 俺の肌に触れた途端――どろり、と銀の腕輪が溶解する。

 きらきらと目に眩ゆい黄金の粒子を纏わせ、腕輪の形へと再構成される。

 

 色は、月光を溶かしたような白金から、陽光を紡いだような黄金へ。

 意匠は、銀色の満月を模したものから、金色の太陽を模したものへ。

 嵌められた輝石の輝きは、透き通った紺碧から燃え盛る炎のような真紅へ。

 

 朝日の輝きを帯びて煌めく黄金の腕輪は、俺が差し出したもう片方の掌の上に乗せているものと対であることを証明するように、そっくり其の儘、同じ形状、同じ細工飾り、同じ重さであった。

 

「……認めざるを得ませんね。確かに、これは貴女の腕輪、貴女の持ち物。――証立てがなされた以上、これ以上の反論の余地を見出せません」

 

 ――淡々と、青年が呟く。

 言うまでもなく、語るまでもなく、これらの腕輪は同一のものだ。

 

 どうして……というよりも、どうやってその細工の形状や見目が変化していたのかは不明だが、これで長い長い腕輪をめぐる冒険は一応の決着を迎えた訳だ。

 

 う〜ん、これからどうしよう?

 

 腕輪を取り戻せたのはいいけれど、俺ってば、ドゥリーヨダナに殺されかけたんだよねぇ。

 ドゥリーヨダナがカルナと言う戦力を手放すとも思えないしなぁ。

 

 基本的に俺の扱いがぞんざいなカルナも流石に肉親が上司に殺されかけたと聞いたら、それなりの反応は示してくれると思うから……、多分、俺に殺意を持っていたことをドゥリーヨダナが馬鹿正直にカルナに明らかにしているはずはないだろうし……。

 

 尚のこと、ドゥリーヨダナとの間に決着を迎えないままに、のんきに王都に戻るのは不安でしかないなぁ……。

 

 空いていた足首と右手首にそれぞれ金環を嵌め入れ、そんなことを考える。

 つらつらとこれからの予定について考えていたせいで、目の前に座り込んでいた青年が、ふるふると小刻みに震えていることに、ややあって気がついた。

 

「――ん? どうしたの?」

「――申し訳有りませんっ! 知らぬことであったとはいえ、仮にも神宝の一つを着服していたなんて……! その上、由来も知らずに己のものであると豪語していたとは……! 我が身の不徳をただただ恥じ入るばかりでございます!!」

「ふわ……っ!?」

 

 目の前で五体投地の姿勢を取られて、悲鳴しか上がらなかった。

 突然のことに恐れおののく俺の前で、青年は地面に顔を伏せ、必死に、としか例えようのない切実かつ悲痛な声を上げる。

 

「――お許しください、天上のお方。全ての責、過ちは全て己の致すところでございます。ですので、どうか我が兄弟、我が母、我が係累たちにはどうか、そのお怒りを向けませぬよう……! 切に、切にお願いいたします……!!」

「え!? ちょ、ちょっと、落ち着いて!」

 

 い、いや、青年がこうまで必死になる理由もわからんでもない。

 現人神である聖仙を始めに、神々に連なる精霊や天女、神霊たちが、傍目には理不尽な理由で罰を与えたり、呪ったり、災いと紙一重の恩寵を与えたりしていたことは、よく知られている話だ。

 そして、そうした祝福や天罰の類が神霊の期限を損ねた本人だけではなく、その縁者にまで与えられることだって、決して少なくはないのである。

 

 つまり、この青年は、自分の犯した罪のせいで、自分の親戚たちに災いを与えかねないことを危惧して、こうして神霊の類であると判断した俺相手に釈明しているということか。

 

 ――全ての責任は自分にあり、他の人々を巻き込まないでほしいと。

 

 まあ、仮にも太陽神の神宝を知らぬことではあったとはいえ、公然と着用していた訳だ。

 その真実が明らかになった以上、知らぬ存ぜぬを通すよりも素直に謝って、神罰天罰の類を己一人の身で引き受けようとするのは、別に間違いじゃない。

 

 ――でもそれって、落ち込むなぁ……。俺、そういうことする神霊のように見えるのか……。

 

「……あのさ、君の言い分もわかるのだけども」

「――っ! 申し訳有りませぬ!」

 

 びくり、と青年の体が震える。

 こうしてみると、よく鍛えられた理想的な戦士の体つきをしているのがよくわかる。

 身近な戦士といえば、カルナとドゥリーヨダナだが、ひょっとしたら、この子はカルナよりも体格がいいし、背も高いのかもしれない。

 

 そんな姿を見ていると、物分かりの悪い神だと誤解されたことへの怒りも萎んでいく。

 

 そんな他と比べようにもならない戦士が、身分制度の頂点に立つような王族の子息が、ただ神霊の眷属である、という理由だけで、人間社会において底辺に属する俺のような軟弱な風来坊に傅いているのは、ひどく……滑稽というか、やるせなささえ感じる。

 

 ただ神の眷属である、という理由だけで、敬われるのであれば、どうしてカルナはあんなにも他の人たちに侮蔑され、嫌悪され、遠巻きにされ続けてきたのだろう。

 

 カルナという個人が、どうしようもない乱暴者で、狼藉を好み、弱き者を蹂躙することに喜びを見出すような卑劣漢であったのならば、そんな風に敬遠されてきたとしてもどうしようもない、と納得できた。

 

 ――だけど、カルナはそうではないのに。

 

 あの子がどれだけ素晴らしい戦士で、その性根が清廉潔白であったとしても、ただ御者の養い子であるという理由で、どうしてあそこまで嘲弄の対象にされなければならないのだろう。

 捨て子を哀れんだアディラタとラーダー夫妻の慈悲深さと性根の正しさはどうして賞賛されることなく、カルナを非難する材料として扱われなければならないのだろうか。

 

 ただ神の眷属である、という一点において、こうやって敬われている人間もどき。

 育ちの親が御者だったという一点において、貶され続けているカルナの現状。

 

 それは、一見すると相反しているように見せかけて、本質的には同じなのかも知れない。

 

 とはいえ、こればかりは天地の始まりよりこの地に伝わる風習に根付いたものだ。

 俺のような、純正の神にも人間にもなりきれないような半端者が語るようなことではないのかもしれない……――けど、納得がいかないものはいかないんだよなぁ……。

 

 はぁ、と溜息ひとつ零して、思考を切り替える。

 カルナのことは俺の永遠の課題ではあるけれど、今は彼の問題を解決すべきだ。

 

「あのね、顔を上げてくれないかな? それと、その五体投地の姿勢も止めて欲しい」

「――……ですが!」

「黙 っ て 話 を 聞 か ん か」

 

 少女のものとは思えないほどにドスの効いた声音に、青年がびっくりしたように肩を竦める。

 

 青年はわずかに逡巡したようだったが、やがて、そろそろとその身を起こした。

 そのまま、青年の漆黒の双眸と視線が、俺のものと歯車のように、かっちりと噛み合う。

 

「俺は、俺なりに、この腕輪を取り戻そうとして、情報を集めたりしていた。その時に、君に渡されていたこの腕輪が君の友人から君への贈り物だったからこそ、肌身離さずに大切にしていたんだってことも知ってる」

 

 侍女として働いていた間、俺だってそれなりに情報収集をしていた。

 その結果、明らかになったのは、青年が友人から送られたという腕輪をひどく大切に取り扱っていたということだ。友人がどのような方法で入手したのかは不明だが、俺は青年自身の過ちによって、この神宝を手に入れたわけではないということを予め知っていたことになる。

 

「そんな君を責める気は毛頭ない。そんな君のご家族も、不当に罰する意思もない。だが、君はちらりとも思わなかったのか?」

 

 ――であれば、ひょっとすると。これは、あまり胸のすく予想ではないのだけれども。

 

「――その友人が誰かは知らないけど、これが尋常な腕輪ではないということを気づかずに、君に渡したとも考えにくい」

 

 これは仮にも神霊の持ち物、太陽神から与えられた希少なる神宝。そんな大切なものが神の眷属の手から失われたことで、そこから引き起こされるかもしれない災いや二次災害があったかもしれない可能性を、決して忘れてはいけないことなのだ――と言外に示唆する。

 

「ならば、その友人が、何らかの意図を持って……こういう言い方は俺の好みではないが……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 見た目や意匠が、高度な幻術によって、全くの別物へと変換されていたこと。

 嵌めていたのが神々の王の血を引く半神の王子であったからこそ、不当な所持者への災いが引き起こされなかったとは言え、そのせいでここまで発覚が遅れたこと。仮に腕輪を取り返す際に動いたのが人間的な思考の持ち主である俺ではなく、真性の神霊であったワタシが対応した場合、不当に所持していた王子へと報復が与えられたであろう可能性の高さ。

 

 その辺を考慮するに、この腕輪の送り主は、この青年に対して害意を持つ相手だったのでは?

 

 だとしたら、すごく手の込んだ嫌がらせにしか思えないが…………。

 ――もしかして、ドゥリーヨダナ? いや、その可能性は低いか……う〜ん。

 

「それはあり得ません」

 

 ――――凛、とした声が俺の思考を遮った。

 切れ長の、漆黒の双眸が、射抜くように俺を見据えている。

 

「これは我が友、■■■■■より贈られたもの。確かに本来の持ち主は貴女であったようですが、彼が不当に私を害する目的で、この腕輪を贈ったなどということはあり得ません。――何より、あの聡明なる友が意味もなく、そのようなことをするはずがない」

 

 ……ん? 変だな、友人の名前のところが聞き取れなかったような気がしたが……気のせいか?

 とはいえ、それ以上に気にかかることがあった。

 

「――その結果、死に追いやられたとしても?」

 

 ……そう、それが引っかかるのだ。

 今の俺の心理状況、それに基づく行動規範はまともな神霊のものではない。逆説的な物言いだが――()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 けれども、気位の高い神々ならば、己の大事にしている神宝が盗まれ、自らの預かり知れぬところで人の子の所有物になっている状態を看過するとは考えにくい。

 贈り物という形で受け取って、一時的な腕輪の持ち主になっていたこの青年に非がないことは明白だが、そうした理屈で納得しない、怒りが収まらないのが、()というものだ。

 

 それに対して、目の前の青年は否定するように左右に首をふった。

 

「当然ですとも。その時に彼の行動の真意が不明でも、それは我が友の深謀遠慮に理解の及ばなかった、至らぬ私の責任です」

 

 微塵も疑っておりません――とでもいうべき、真摯な双眸に揺らがぬ姿勢。

 

「――何より、世界の統治者である天上の神々によって死がもたらされたと言うのであれば、そうされることには必ず意義があり、その行為には必ず意味があるのだと教わっています」

「――……っ!」

 

 ――何だ、それ。

 

 こちらへ向けられた曇りのない眼差しに、心底、絶句せざるを得なかった。

 

 ――……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 この時代、人と神が密接に関係して生きているこの世界では、人は神々を恐れ敬い、その言葉を絶対の託宣として、ひれ伏し謹んで受け入れるもの。それを良しとしないドゥリーヨダナや、(神霊)による再三の忠告にも耳を貸さず、己の正しいと思うこと、自らの信念を貫いて生きているカルナの方が、人間として異端なのだ。

 

 そう、この青年の方が理想的・模範的な人としての在り方をしている……。

 それは、わかるのだが……何と言うか、それって――――

 

「つまらない、なぁ」

「!?」

 

 愕然とした表情を浮かべてこちらを凝視する青年に、自分の思っていたことが意図せずして自らの唇よりこぼれ落ちていたことが判明した。

 

「今、何と……?」

「――別に、何でもない。聞き間違いだよ、気にしないで」

 

 嗚呼、そうだ。

 なんかとても物足りないし、何より、()()()()()

 

 だって、そうじゃないか。

 

 ただ神々の思惑に従って、唯々諾々と生きるのではなく、己の道は己で決める、邁進してやる! と豪語して、大胆不敵に振舞っているドゥリーヨダナ。

 そのあり方は見ていて面白いし、その不遜なまでの存在感にはどうしても引き込まれてしまう。

 

 何度忠告しても、何度警告しても、それでも頑として己の生き方を歪めようとしない、折ろうとしないカルナの凄絶な在り方、その清廉なまでの克己心。

 

 彼らの目の前に立ちふさがるあらゆる障害を、己の力量を頼りに、乗り越えて行く気概。

 それは、俺の言葉に従っていたら、到底生み出されるものではなかったのだ――と心底思う。

 

 そう考えれば、なおのこと、あの二人の特異性と魅力に気がついてしまう。

 

 ……嗚呼、そうだ。

 目の前にどのような難敵・困難が立ちはだかっていたとしても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――――だからこそ、ワタシ(■■■■)は彼らの在り方と価値を承認し、それを守護し、庇護することを、自らの責務として課したのではなかったか。

 

 一瞬、そんなことが脳裏によぎる。

 でも、その未知の可能性を秘めた人間の具体例で出てくるのがカルナは兎も角として、ドゥリーヨダナだからなぁ……。

 

 俺って、結構趣味が悪いのかも知れない。

 その点、この子って優等生すぎて、正直面白みを感じないなぁ……本人にはかなり失礼だけど。

 まあ、俺以外の神霊が頼まれずとも庇護してくれそうだし、どーでもいいか。

 

 実際のところ、俺が悪食なだけで、真性の神々はこの青年のような性根の者こそ、理想的な人の子として寵愛を注ぐんだろうなぁ……。うーん、憎まれるのも大変だけど、愛されすぎるのも大変そうだなぁ……この子も気の毒に……。

 

「あの、何でしょうか、その眼差しは……」

「いや、別に?」

 

 おっといけない。

 自分のことを棚に上げて、青年を憐れんでいたのが表情に浮かび上がってしまったようだ。

 

 俺だって、やや人寄りになったとはいえ、神の端くれ。

 根本的に人間とズレがあるのを自覚しておかねば……人間であるカルナの兄(アディティナンダ)としても。




まだアルジュナの優等生の時代で、英雄になる前だから、あまり自分の価値観に疑念を抱いていない。
とはいえ、この時代的に正しいのはアルジュナの方で、間違っているのはドゥリーヨダナ。

――以下、ちょっとした考察。
一見すると、あまり共通点のなさそうなカルナとその上司さんですが、神々の忠告に耳を貸さず、いうことを聞かなかったという共通点があるんですよね。
ドゥリーヨダナは言うまでもないですが、カルナもパーンダヴァとの関係が悪化するにつれて、父親であるスーリヤが度々助言を送ったりしています。
それでも、ドゥリーヨダナに恩があるので……と言って、結局聞き入れず、そう言う意味ではこの二人は神々の意向に沿わず、自分の行く道を自分で定めたと言う経歴は一致していたりするのです。

だからこそ、この二人は神々(特に、某合理性の化身とか)の大いなる謀によって排斥されてしまったのかも……と考えると面白いですね。

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