もしも、カルナさんが家族に恵まれていたら   作:半月

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とりあえず、小休止回。
今回の一件ではっきりしたが、腕輪のないアディティナンダは間違いなく、幸運値が低い。
それと作者のガチャ運も低い。FGOのガチャの排出量、もうちょっと向上してくれないかなぁ……。


沐浴

 ドゥリーヨダナの思惑は依然として不明なままではあるけれど、俺が何をしたいのか、何をするべきなのか、ということははっきりした。カルナをドゥリーヨダナの元から引き離す/離さない云々も、この暗殺指令問題に関する諸々が解決してからでいいだろう。

 

 取り敢えず、ドゥリーヨダナに直接会って、力づくで口を割らせてでも、あの悪辣王子の本音を明らかにしてやろうじゃないか。

 

 為すべきこと、やるべきことが明瞭となったので、満足する。

 こんなにもカルナ以外の存在について考え込み、自分自身という存在について思い悩んだのは、ひょっとしたら初めてなのかもしれない。うーむ、ドゥリーヨダナの分際で生意気だな、全く。

 

 ――ただ、気分だけは不思議と晴れ晴れとしていた。

 あの晩にプローチャナとかいう小男から今回の一件を耳にした時は、あまりにも精神が動揺したせいで、アディティナンダとして被っていた皮がずれて、中身(ワタシ)が出てくるような醜態を見せてしまったが、考えがまとまった今はなんとも清々しい。

 

 ――そう。

 まるで、神秘の気配の濃ゆい森の中で朝焼けを迎えた時のように、なんとも言えない清々し、さ、だ……、あれ、()()()? どう言うことだ?

 

 その瞬間――ぱちり、と目を開ける。

 真っ先に視界に飛び込んできたのは、朝露に濡れた瑞々しい緑。

 ついで、耳に入ってきたのは、小鳥たちの囀りと獣たちの吠える声。

 ひくひくと動かした鼻腔をくすぐったのは、清らかな真水の流れる水辺の匂い。

 

 視覚・聴覚・嗅覚。

 その全てが、この場所をあの不吉の家の建てられていた――辺境の都ではない、と判断する。

 

 ――――じゃあ、ここどこだよっ!?

 

 草原の上に寝転がっていた体を勢いよく起こす。

 恥ずかしい話だが、それまで自分が地面の上に寝かされていた状態であることにも、全く気づかなかった。そんな訳だったので、大きく目を見開いた先、勢いよく起き上がった先に飛び込んで来た光景に、呆然と口を開く。

 

「……川?」

 

 目の前に広がっている透き通った清流に目を奪われ、呆然と呟く。

 

 俺の意識が最後にあったのは、まず間違いなく、燃え盛る不吉の屋敷の中だ。

 太陽神の眷属であり、本性が光と熱を司っている以上、人間の器に押し込められていても、火災によって俺が死ぬことと確信していたからこそ、あのような場面でも安心して意識を失うことができたのだが……そんな俺が、何故このような場所にいる。

 

「にしても――……臭いな、今の俺……」

 

 嗚呼、それにしても、身体中から火災現場特有の煙や物の焦げた匂いがする。

 ちらりと視界に入った両手も灰や煤、噴煙の名残などで汚れているし、確実に、髪に服をはじめに、全身のいたるところが汚れているのは間違いない。

 

 そう気づいてしまった以上、このまま薄汚れた身なりのままでいるのは、とても耐え難い。

 

 ――――体を清めたい、綺麗にしたい。

 そうと気づくと、途端に衛生的な欲求を満たしたくなった。

 幸いと言っていいのか、目の前にはうってつけの川がある。

 水が綺麗な点は言うまでもないが、全身を清めるに足るだけの深さと水流の速さも申し分ない。

 

「――よしっ!」

 

 そうと決まれば、早速、沐浴と洒落込もうではないか!

 カルナほどではないが、俺とて沐浴は大好きだ。数少ない趣味の一つだと言ってもいい。

 全身の汚れが落とせるのもそうだが、なんせ気分がスッキリするし、冷たい水は肌に心地よい。

 

 そのまま立ち上がり、軽やかな足取りで川辺へと近づく。

 その道中で服を脱ぐ暇も面倒臭く、顕現させた朱金の炎を肌の上を這わせ、身にまとった侍女装束を、灰の一片も残さずに綺麗さっぱり焼き払う。どうせもう侍女として戻ることはないし、服の裾は焦げたり解れたり汚れたりしているので、上衣・下衣、それに肌着の類まで全て焼き尽くして、文字通り、一糸纏わぬ姿になる。

 

 沐浴を終えたら魔力で服を編めばいいし、今はこの解放感を味わうことに集中しよう!

 

 あー、全くもって、気が楽である。鼻歌が溢れると言うものだ。

 それに髪についている煤と灰、あと髪粉を落としたい。変装のためとは理解していても、毎晩のように他の侍女仲間の目をかいくぐって染め直したりするのって、すごく大変だったんだよなぁ。

 

「ふん、ふん、ふふん」

 

 ちゃぽん、と足先を心地よい冷たさの水へと浸す。

 そうして、ゆっくりと爪先から太もも、太ももから腹部……という具合に薄汚れた全身を水の中へと沈めていく。そうやって、胸元のあたりまで水に浸かってから、大きく息を吐いた。

 

 あー、気持ちいい。

 

 流れる水が体の汚れを落とし、髪についた様々な不純物を取り除いてくれる。

 なんともまぁ、心地のよいことだ。やっぱ、風呂……じゃなかった沐浴っていいわぁ……。

 うっとりとした心地になりながら、黒く染めた髪を水につければ、触れた先から染め粉が水に溶けて、そのまま流れていく。

 

 人々の喧騒の聞こえてこない、静かな、静かすぎる森の中である。

 聞こえてくる音は鳥の囀り、木々の合間をかける風の奏でる草木の音色。

 さらさらと流れる川の流れに、時折聞こえる獣の息遣いや魚たちの立てる水音。

 久方ぶりに人間たちから離れたところにいるおかげで、下手に人間らしく取り繕わなくていいので、なんというか、気が楽である。

 

 暫し、人目を気にしなくて良い心地よさに身を委ねるが、このままではいけないと首を振る。

 

 ……こうやって、ゆっくり沐浴を楽しんでもいいけど、俺はドゥリーヨダナに会って、事の真相を追及しに行かなくちゃいけないしなぁ……。――よし!

 

 じゃぼん、と勢い付けて、水の中へと潜る。

 川底に背を向けて、潜った先で目を見開く。そうすると、ぼやけた視界が目の前に広がる。

 

 朝日を浴びてキラキラと輝く水面に、腰まである長い髪に付着していた髪粉や灰、煤と言った不純物が浮かびがり、溶け混んでいったかと思えば、それらはそのまま下流へと流されていく。

 

 水草のように水中を漂う自分の髪が、元の赤金を帯びた金色に戻ったことが確認できたので、勢いよく水底から急上昇する。ぐんぐんと体が水面へと近づき、そのまま勢い付けて飛び出したことで、大きな水しぶきが上がった。

 

「――ぶっはっ!! あ〜〜、さっぱりした!」

 

 水を吸って重くなった髪の毛を片手で掻き揚げ、大きく息を吸う。

 顔面を伝う水滴を空いた手で軽く払って、目元を濡らす水滴を拭う。

 

 いやぁ、水の中で目を開けるのって、なんだかとっても勇気がいるよね? こういう綺麗な川であったとしても、きちんと水中の光景が確認できるわけでは無いし、俺自身、沐浴は好きだけど、太陽神の眷属で光と熱が本性だから、こういう水の中に身を沈めるのって新鮮な反面、少し怖くもあるんだ、よ、ね…………。

 

 ……。

 ……、…………。

 ――…………う、わぁ。

 

 光を吸い込んでしまいそうな、漆黒の双眸とかち合い、なんとも言えない空気が充満する。

 

「――その、こちらから、声をかけようかと……思ったのですが……」

「あ、うん……。その、ごめんね……、水浴びのことしか、頭になかった……」

 

 必死にこちらから目をそらしつつ、不躾にならない程度に自分の無罪を主張している青年の姿に、なんだかとても居た堪れなくなって、こちらとしても強く出られない。

 

 目を覚まして早々、目前に飛び込んできたのが絶好の沐浴場所であったのと、全身の汚れを落としたいという欲求にかまけたせいで、周囲の状況をきちんと確認していなかった俺自身のせいでもあるし……なんというか、色々と申し訳ない……。

 

「その……、私は後ろを向いておりますので、服を着てもらってもお構いないでしょうか……?」

「あ、はい……。なんか、その、色々とごめんね……」

「謝罪は結構ですので……先に服を……」

 

 そう言って、くるりと後ろを向いた青年の言葉に甘えつつ、ゆっくりと水から上がる。

 

 しかし、この青年、運がいいのか悪いのか。これで相手が正真正銘の女神だったら、勝手に裸を覗き見た罰ということで何をされても文句を言えない立場だよなぁ……。

 例え、本人の方に責があっても、覗いた本人が悪いというのが女神の理屈であることは古今東西の常識だし……。俺じゃなくて、相手が性に奔放な天女とかだったら、覗きにかこつけて性的な意味でこの子、喰われていたのかしれない。

 

 軽く現実逃避をしつつも、全身に朱金の炎を這わせ、濡れた髪にたっぷりと含まれた水分と肌に浮かぶ水滴を一気に乾燥させる。そうして、乾いた肌の上に魔力で編んだ服を纏えば、どこにでもいそうな村人その一の完成である。

 

 ちなみに、今の肉体の性別は女だが、こんな深い森の中で女性用の衣装とか纏えば、あっという間に地面から生えている木の根っこやらに引っかかって大変なことになるのは間違いないので、ここは敢えて男性用の服を選ぶ。

 

 ――依然として後ろを向いたままの青年の背中を見やる。

 あの屋敷の中であった時のままの姿、黒い衣服に、弓矢と箙を帯び、腰には刀剣を佩いているが、あの時とは違い、衣装はところどころに灰や煤がこびりつき、噴煙の匂いを纏い、上等の靴も千切れた葉っぱや泥、夜露の類で汚れていた。

 

「…………うん?」

 

 ひょっとしなくても、この子……。

 あの屋敷の中で俺が気を失った後に、そのまま捨ておくのではなく、拾い上げてくれたのか? そのまま、あの燃え盛る屋敷を脱出して、森の中を気絶した俺を抱えたまま走り抜けたのだとしたら、俺たちの格好にも納得できる……というか、十中八九それでしかないだろう。

 

 水浴びに気を取られていたとは言え、俺がこの子の気配に気づかなかったのも、夜の間ずっと走り抜けていたせいで、ひどく疲れ切っていたのも関係しているのではないだろうか。

 目覚めた時の俺が気づいた汚れの類が火災現場特有のものだけで、森の中でつくような汚れが見当たらなかったことから、この子が気絶した俺を抱えていた、あるいは背負っていたことは間違いない。

 

 下衣の裾に乾燥した泥がこびりついていたり、背中の真ん中以外の布地が幹の色に汚れているところを踏まえるに、森の中を必死に走ったものの、彼自身、無理がたたって、この川の側で動けなくなったというのが妥当なところか。

 

 であれば、疲れ切っていたこの子の気配を、俺が察し得なかったとしても致し方ない。

 それに、今まで気づけなかったのは、この子に悪意も殺気もなかったってことも関係しているだろうしなぁ……。

 

「あのね、もういいよ。服着たし、こっち向いてくれると助かる」

「……は、はい。では、失礼します」

 

 本性の方があの燃えさかる屋敷で彼相手に何をしようとしていたかは想像がつく。

 そんな訳で、まずは俺の方には敵意がないということを態度で示すために、寸鉄を帯びず、無抵抗の状態であるということを強調することにした。

 

「この通り、何も君を害する物は持っていない。お……私が君を害する気がないことは理解してもらえた?」

 

 直接地面の上に腰を下ろし、両手を上下に持ち上げた俺を見て、青年が切れ長の瞳を見開く。ざっ、と漆黒の双眸が不審な行動がないかどうかを見通すように全身を確認した後、立ち上がっていた青年も少し離れたところに腰を下ろす。

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――……えっ?」

「……何処の神の眷属か、あるいはさぞかし名のある天女の一柱であるとお見受けします。先程は大変失礼いたしました。どうか、ご容赦、ご寛恕のほどをお願い申しあげます」

 

 ま、ず、い! そーいやすっかり忘れていたけど、俺ってば、神霊の一種だった!

 思い起こせば、初めて王宮内で顔を合わせた時、この子、王宮の礼拝所にいたし、かなり信仰の深い人間じゃね!? だったら、俺に対する応対の方法も丁寧になるよ、そりゃそうだ!!

 

 というか、神を神とも思わない、むしろ憎んでいる系のドゥリーヨダナとか、普段から俺への扱いがぞんざいなカルナと長らく一緒に居すぎたせいで、まともな神霊がどのように扱われるべきなのかをすっかり忘れていた!

 

 ――それにしても、この子すごく対応が丁寧だなぁ……。

 動作のどこにも取り繕っている感じがしないし、本心から誠実にこちらを敬っている感が半端じゃない。そりゃあ、インドラもこのような息子がいれば、さぞかしご満悦だろうよ。

 

「――……頭を上げなさい、インドラの息子」

 

 こうなれば、精一杯、神霊らしく威厳ある態度と口調を見せつけるしかない。

 

「私が人として人の中で暮らしている以上、天界での私のあり方を地上にまで持ち込むことはありません。ましてや、貴方は私の恩人であり……いや、こんな喋り方は性に合わんな、やっぱり――……コホン!」

 

 旅の楽師として、お偉いさんたちの前で相手の気を損ねないようにお上品に喋って来たりはしていたけど、俺自身が敬われるべき対象として遇されると、途端に居心地の悪くなるという事実が今回発覚した。やっぱ、慣れないことはするべきじゃないね。

 

「えーと、つまり、地上には地上のしがらみや理屈があることは、私も重々承知しております」

 

 それに、この子ってば、第三王子でしょう?

 普段、この子の叔父にあたる国王に仕えて、この子の従兄弟であるドゥリーヨダナと忌憚のないやり取りを繰り返し続けてきたせいか、ものすごく神霊っぽい所作に違和感がある。

 

「とは言え、私は基本的にあんまりそうやって敬われたりしないので、正直な話、そんな風に神様っぽく扱われると、こちらとしてもなんというか居心地が悪くて……」

 

 ――嗚呼、そうなのだ。

 こちらを神様として敬おうとしている彼には申し訳ないが、ひどく居心地が悪い。

 地上でカルナの兄として、ただの楽師として過ごして来たせいか、人間らしく扱われないこの状況に違和感すらある。

 

 カルナの養父母はなんとなく俺が人外であることを察してはいるものの、カルナの養い親として俺が礼節を持って対応しているために、大げさなまでに俺のことを敬ったりとかしないし、村の人たちだってそうだった。アシュヴァッターマンは気がついていないふりをしてくれているし、その父親のドローナは俺のことなんて基本的に眼中にないし……つまり、慣れない。

 

 ――本当は、こっちの方が正しいのにね。

 

「だからその、よっぽどのことがない限り、君にも、君の家族にも天罰下したりとか、呪ったりとかしないから……」

 

 ううん、なんと伝えればいいのだろう?

 こうやって、真正面から俺のことを神霊として対応してくれる人間はずいぶん久しぶりなもので、自然と口調もしどろもどろになってしまう。

 

「できれば普通に、その、人間みたいな対応をしてくれると、こちらとしても助かるのだけども――その、駄目だろうか?」

「しかし、それは……いえ、そこまで仰るというのであれば……」

 

 躊躇いがちに、目の前の蓬髪がゆっくりと持ち上げられる。

 やや困惑を宿した漆黒の双眸と目があったので、敵意がないことを示すように微笑んでみせると、鏡のように映し出された眼球の中の俺も、それらしく微笑んでいるのが見えた。

 

「その、正直、どうしてこんなところにいるのかとかあんまりよく分かっていないんだ。そして、それは君もそうだと思う……。俺の正体とか、事情とか、色々と理解出来ていないんじゃないかな? ――違うかい?」

「……はい、その通りです。では、お言葉に甘えて、お尋ねしたいことが、あるのですが……」

 

 しかし、この子、本当に敬虔というか篤信深いというか……神霊に対する礼節というべきものをきっちりと押さえているなぁ。そりゃあ、父神にあたるインドラも溺愛するし、それ以外の神々だって、この美しく敬虔深い若者を寵愛しても、むしろ当然というか……。

 

「あの、貴女は噂に聞く、変態なのでしょうか……?」

「――よーし、歯ぁ、食いしばれ。そのお綺麗な顔に渾身の一撃を食らわせてやんよ」

 

 前言撤回である。

 灰どころか、塵も残さずに人間一人焼き尽くすのに、どれだけの火力が必要だったけ?




<裏話>

???「――いいかい、我が友。もし、君のことを執拗に追いかけ回したり、同じ言語を話したりしているのに、理解することのできない人間とかがいたら、そいつはまず間違いなく変態の類だから、よく覚えておくといい」
アルジュナ「よくわかりました、我が友よ。――幸い、これまでそのような相手には出会ったことがないのですが……」
???「いやいや、世界は広いからねぇ。君の想像の及ばぬことなど、それこそ星の数ほど存在するのさ。気をつけたまえよ?」

元凶はこいつ。

(*不吉の家編はこれで最後かな? 次回から、ようやく「ドラウパティー姫の婿選び編」です。3、4話ぐらいでまとめたいなぁ……。ちなみに、これより共同戦線入ります。アルジュナの強化とドゥリーヨダナの真意、アディティナンダの自覚とか色々入る話になりそうです*)
(*第3章までなんだよなぁ、こんなギャグっぽい展開書いたり、アディティナンダの内面を深めたりとか。ちなみに第四章が前日譚、第五章はクルクシェートラということで、内容はお察しください……*)
(*それから、ご感想、いつもありがとうございます。やっぱり、読んでくれる人がいて、その感想を言語として伝えてもらえると、作者冥利に尽きますね。誤字報告にも、感謝しております*)

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