もしも、カルナさんが家族に恵まれていたら   作:半月

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ちょっと内容に行き詰まったので、いつもと雰囲気変えて見ました。



拝啓、弟へ。

 ――拝啓、我が愛しの弟へ

 

 私が辺境の都・ヴァーラナーヴァタへ到着してから、はや一月が経過しました。

 お前が、お前の底意地の悪い上司にこき使われていたりしないか、身分を傘に着る同僚たちに嫌味を言われていないでしょうか。この一月余り、そうした事柄ばかりが気になります。

 それから、お前には昔から不精なところがありますが、一度や二度くらいという理由で、食事を抜いたりしていませんよね? お前のことを信頼していないわけではないのですが、ちゃんと滋養のあるものをきちんと食しているかどうか、正直とても心配です。お前が元気に毎日を過ごしていてくれれば、私としてもいうことはないのですが。

 

 王子様たちですが、この都に住まう名士たちやバラモンを中心に挨拶廻りを続けております。最初は、いつになったら終わるのやら、と思っていましたが、もうそろそろ、一通りの挨拶廻りが終わりそうなので、侍女として正直ホッとしております。

 

 さすがは神の子どもたちというのでしょうか。彼らはこの街でも、とても歓迎されております。

 都人だからこその珍しさというのも関係しているとは思いますが、とりわけ若く美しい王子たちに対する女の子たちの秋波がすごいです。全く関係のない私でさえ、彼女たちの寄せる意味深な眼差しには、辟易とする程度だといえば、この気苦労が鈍感なお前にも伝わるでしょうか。

 

 正直なところ、引っ越してきたばかりで人の出入りが多すぎます。おまけに、いまだに王子様たちの住居が仮住まいであることから、屋敷内がせわしなく、残念ながら、なかなか当初の目的を果たせそうにないです。

 

 なので、近況報告とお前の字の練習も兼ねて、暫くの間、手紙を送ることとします。

 なお、お前の上司様相手には、別に状況を知らせておりますので、安心して下さい。

 

 返信をくれると、私としてもとても嬉しいです。

 

 敬具

 

****

 

 ――拝啓、我が筆不精な弟へ

 

 先だっては、お返事有難う…と言いたいのですが、何ですか、あの手紙の素っ気なさは。返事をくれたのは嬉しいのですが、たったの数行はない、とお前に注意しておきます。

 

 それと、いくら書き慣れていないとはいえ、もう少し文字は丁寧に書くべきです。知識や教養はお前にとって武器にこそなれ、役に立たぬということはありません。この手紙への返信は短くともいいので、王宮の口うるさい者達が見ても文句がつけられない程度には美しく書きなさい。

 

 王子様たちは、都の名士の一人であるプローチャナという男に提供された大きな館へと居を移しました。武芸を得意とする王子たちの趣味に合わせたのか、立派な武器庫が併設されている四つの大きな館から構成されている、大層立派なお屋敷です。

 

 建物の名称は「吉祥」といい、王子たちがヴァーラナーヴァタの都に外遊に来ると聞いた時から建設されたものとのこと。王族というのは、どこであってもこのように歓迎されるものなのでしょうか? それとも、これは彼らが尊き神の子だからこその歓迎なのでしょうか?

 

 私のような侍女たちは元の屋敷に住んだまま、日中の時間帯や宴会などで忙しい夜の時間に、その吉祥屋敷で働いております。ちなみに、パーンダヴァの王子様たちは、今は狩猟に精を出しております。外遊の目的であるシヴァ神の大祭はもう少し先ですので、それに対する供物集めと気晴らしを兼ねているのでしょう。

 

 ところで、この「吉祥」という屋敷なのですが、どうにも気にかかるところが多々あります。

 例えば、そうですね……屋敷中に漂う奇妙な匂い、とか。そのことについて、お前の方からあの性格の捻じ曲がった上司様に少し尋ねてもらってもいいでしょうか?

 

 あまり、自分の身を切り売りするような真似はしないように。

 

 敬具

 

****

 

 ――拝啓、我が面倒臭がりな弟へ

 

 返信、だいぶ遅かったですね。いいえ、私は特に気にしておりません。お前があの上司様に連れられて東西奔走していたのは、風の噂で伝え聞いておりますから。宮仕えの一人として、順調に武功を挙げているようで何よりです。ただ、出る杭は打たれると言いますし、その辺は気をつけておきなさいとだけ、お前を心配する肉親として伝えておきます。

 

 ――話を変えましょう。

 

 前回の手紙を受け取ってから、わざわざあの上司様に確認を取ってくれたようでありがとう。

 ――しかし、私の気のせいということですか……そうですか、それにしては少しばかり気になりますが……。いえ、なんでもありません。ただ、お前が付け加えてくれた一文が少しばかり気がかりです。あの上司様がお前に対して、嘘をついてはいないのは確かでしょう。

 

 しかしながら、弟よ。嘘をつかなくても、人というものは言いたくないことを隠しておける方法を持っているのです。お前の慧眼を疑うわけではないけれど、何もかもをそれでよし、とばかりに素直に受け止めてしまうその実直さが少しばかり心配です。それが将来、お前の禍根とならなければいいのですが。

 

 プローチャナという男について前回少しばかり語りましたが、この男はパーンダヴァの吉祥屋敷の管理人のような真似をしております。吉祥屋敷の周囲は高い壁に囲まれており、都の人々は「大事な王子様を高い塀で守っているのだ」と彼の忠誠を褒め称えておりますが、私にはどうにもそのようには見受けられません。まるで、中にいるものを決して外へ出さないように、それこそ逃げ出したりしないようにしている檻のようにも思えます。これは私の考えすぎでしょうか?

 

 このプローチャナという男を端的に表すのであれば、小狡い役人といったところでしょうか。目をいつもキョロキョロさせて、ひどく落ち着きのない男です。王子様たちには大層恭しく接しているのですが、ふとした瞬間に、厭な笑い顔を浮かべています。このようなことをお前にいうのは褒められたことではありませんが、私は、あまりこの男を好ましく思えません。

 

 屋敷の奇妙な匂いもようやく落ち着いてきました。王子様たちも屋敷に漂う匂いについては気になっていたのか、引っ越してきた当初は建築の専門家を招待したり、昼夜を問わずに建物の中を探検するようにせわしなく動き回っておりましたが、最近はそのような姿も見られなくなりました。

 

 ――これでようやく、私の方も、当初の目的を果たせそうです。

 

 戦うのはいいのですが、あまり無茶はしないように。

 

 敬具

 

****

 

 ――拝啓、遠い都にいる我が弟へ

 

 最初の手紙を送ってから、もう数ヶ月が経過してしまいました。これだけお前の側から離れていたのは、共に暮らし始めてから初めての経験です。私がお前のそばにいないのは、やっぱり、とても違和感があります。

 

 ヴァーラナーヴァタの都ではつつがなくシヴァ神の大祭が開催されました。

 正直、お前の上司様が何かをするとすれば、人々は祭りに浮かれたこの時期だと思っていたのですが、何もなかったので少しばかり拍子抜けです。ひょっとすると、お前の言った通り、私ばかりが気負いすぎていたのかもしれません。

 

 祭りが終わり、あれほど人々で賑わっていた都の雰囲気が落ち着いてきました。それを物悲しく思ったのでしょうか、クンティー王妃主催で大勢のバラモンを招いて盛大に布施を行うようです。

 

 そんな訳なので、侍女たちも休む暇もなく総動員されて、宴会を盛り上げるために働かなければなりません。そこで、立場を利用して、お酒をいつもより多めに注文しておきました。――うまくいけば、屋敷中の者達が寝静まった頃にでも、()()を取り戻すことが叶うでしょう。

 

 そう遠くないうちに戻れそうです。

 

 敬具

 

【手紙の裏面】

 

 ……。

 …………。

 ――…………やはり、この屋敷は少しおかしいです。

 

 

 ヴァイカルタナ、どうにも厭な予感が胸を離れません。お前も、決して俺の渡した腕輪を外したりしないように。もし俺の身に何かが起こったとしても、その腕輪さえあれば、我らの父のご加護が厄災からお前を必ず守ります。

 

 ――どうか、誰かの身勝手な道理を受け入れないで。

 悪意を抱く者は、ひょっとしたらお前の、俺たちの近くにいるのですから。




<裏話>
???「――……ああ、確かにその通りだ。何も虚言を吐くことだけが相手を騙す術ではない」
「ましてや一流の詐欺師ほど、嘘をつかぬというではないか」
「――恨んでくれるなよ、姉上殿。――わたしとしても、千載一遇の好機を逃すわけにはいかぬのだ」

(*更新、いつものようにスムーズにいかないとは思いますが、気を長くしてお付き合いいただければ嬉しいです*)

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