もしも、カルナさんが家族に恵まれていたら   作:半月

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読者の皆さまがた、最近の字数についてどう思われますか? 一話一話の分量って、多くないですか?
今回ので、五千字未満なのですが……いかがでしょう?


白金の腕輪

 たっぷり数秒は見つめ合っていたが、どうにも思い当たる人物がいない。

 なーんか、どっかで見たような気はするんだよなぁ。うん、どっかで、確かに。

 ドゥリーヨダナの兄弟でないのは確かだが、百人も弟妹がいるんだ。顔を合わせたことのないそのうちの誰かだろうか、いやしかし……あまり、ドゥリーヨダナに似ていないような……うーん。

 

「先程から、黙られたままなのですが……私の話を聞いていましたか? 手を離して戴きたい」

 

 こちらを見下ろす相手の眉間の皺がますます深くなる。

 手を離せと言われても、俺の方とて、腕輪が不幸を招き寄せる前に回収しなければならないし。

 このまま、この青年の不意をついて強奪してしまうのが一番無難な方法かな……、どうしたものかな……とか考えながら、視線を再度下へと向ける。

 

「――あれ?」

 

 ――先ほどまでは黄金に輝いていた腕輪の見た目が、変わっていた。

 

 より具体的にいうのであれば、纏う色は黄金から儚い輝きの白銀に。

 太陽ではなく満月の細工に、そして嵌め込まれた輝石は真紅から紺碧へ。

 なのに、宿している気配は私の腕輪とそっくりなのである。正直な話、意味がわからない。

 

 わからないので――――叫んだ。

 

「――なんで!?」

「なんで、とはこちらの台詞なのですが……。いい加減になさい。いくらこの私が寛容とはいえ、さすがに限度というものがありますよ」

 

 青年が何かをつぶやいているようだが、全く耳に入らない。

 これは俺の腕輪……だと思う。断言できないのは、持ち主である俺がこんな近くにまでいるのに、全く腕輪の方が反応しないことやその文様などが全くの正反対の代物になっていることが理由としてあげられる。

 

 ――なんかよくわからないが、誰かに外見を弄られたのだろうか?

 でも、そんなことができる相手がこの人界にいるのだろうか……いや、一人だけいた。

 

 ――あれだ、あの睡蓮の主人だ。

 かつて邂逅したあの暗闇の主か、それに匹敵する神格の持ち主であれば可能かもしれない。

 

 ……いや、待て待て。

 確かにあの睡蓮の主人は怪しいが、俺の把握していない限りで、彼以外の神格持ちが降臨していたらその限りではない。

 

 ……確かに、現時点ではあの人物はかなり怪しいが、そうだと思い込むには危険すぎる。

 

 でも、これが俺の腕輪だったとすれば、どうしてわざわざこのような真似を?

 こうなってくると、その何者かが、俺の腕輪に目をつけた目的がさっぱりわからない。

 

 確かにこれは貴重な神宝だが、他のもので引き換えられない特別な効能なんてものはない。

 ――強いて言えば、俺専用の封印具という点においては特別だが、それだけでしかないのだ。

 

 ……とまで思い至って、ハッとする。

 今の俺の立ち振る舞いって、誰かに目撃でもされたら罰せられるのでは? それはマズイ。

 

 ――なんとかして、青年の気をそらさなくては。

 

「すみません!!」

「な、何なのですか、先ほどから!?」

「戸惑うのもごもっとも! ――ところで! この腕輪! 一体どうやって! 手にされたのか、お尋ねしても!?」

 

 なんか、この青年にはカルナと同じ匂いを感じる。

 より具体的にいえば、押しに弱そうである……と判断して、いっそのこと、無礼千万ではあるが、怒涛の勢いでこの窮地を乗り切ることにした。

 

 罷り間違っても、勝手に高貴な身分の青年に許可なく触れた罪で不敬罪扱いの上、処刑されないようにするためではない。戦略的かつ高尚な事情あってのことである……と釈明しておこう。

 

「友人からの贈り物です! 理解したのであれば、早くその手を離しなさい!! いい加減、無礼ですよ!」

「あっ、はい。どうぞどうぞ」

 

 耐えきれなくなった青年が振り払うよりも先に、腕輪を握りしめていた手を離す。

 勢いよく彼が腕を振り上げたのに合わせて、俺が掴んでいた力を抜いたせいで、青年がその場で軽く踏鞴を踏んだ。

 

「では、失礼しました!」

「ま、待ちなさい!!」

 

 青年が体勢を立て直す前に、一方的に謝罪して、戸惑う彼の真横を脱兎の勢いで駆け抜ける。

 

「――殿下!? 如何なさいました!?」

「これ、そこな娘! 何処へ行く!?」

 

 騒ぎに気付いたバラモン達が祈祷を取りやめて、近づいてくる声は華麗に無視させてもう。

 尚も追いすがろうとする誰何の声すら振り切り、駆け抜けていた回廊から勢いよく跳躍する。

 

 戦士でもないただの娘であれば、全身打撲及び骨折の重傷を負うだろうが、そこはそれ。

 ――曲がりになりにも、ただの人の子よりも優れた身体能力を持つ俺のことである。

 

 傷ひとつなく地面に無事に着地して、そのまま宮殿の中へと逃げ込んだ。

 これで、あの高貴な身分らしい青年に無礼を働いた咎で牢屋に放り込まれることも、不敬罪という名目で罰を与えられることもないだろう。

 

 ――あ。そういえばあの青年が誰だったのか、結局わからずじまいだった。

 どっかで見たような気がするのは確かだが……。とはいえ、なんというかどこでなのかは思い出せないので、どこかで会ったにせよ相当受けた印象が薄かったのだろう。

 

 でも、カルナと渡り合えるだけの美形だったし、服も結構豪華なものだった。

 あと、確か、礼拝所内のバラモン達から王子とか呼ばれていたような気がするし、それなりの地位にいる人間なのは間違いない。

 

 だとすれば、宮廷内部に精通しているドゥリーヨダナが知っている人物なら誰かわかるはずだ。

 こうも彼の手を借り続けるのもどうかと思うが、全ての事情を知っているドゥリーヨダナに聞くのが一番確実だろう。

 

 ――カルナはなぁ、人の美醜というか外見をあまり気にしないからなぁ。

 俺がいえた義理ではないが……ちょっと頼りにならんのよね。こういう、人を探す時は。

 

 

 ――というわけで、その夜のうちに聞いてみた。

 

「褐色の肌に黒髪で、カルナと張れるくらいの美青年だと? ふん、そのような人間がこのわたしを置いて他に誰がいるというのか」

「あ、そういう冗談は別にいいので。思い当たる相手を教えて」

 

 腕輪の手がかりが見つかったのは良かったが、確実に俺のものであると言い切るだけの証拠がなくてこっちはあまり余裕がないのだ。正直な話、悪辣王子の笑えない冗談に付き合っている時間すら惜しい。

 

「腹立たしいが、弟莫迦な姉上殿がカルナと渡り合えるだけの美形と言い切るほどの相手か……」

 

 ドゥリーヨダナの方も、俺が焦燥に駆られていること気づいたらしい。

 それ以上、無駄話で茶化すこともなく、真剣な表情のまま、わずかに考え込む仕草を見せた。

 

「あの腹黒は今は国に帰っているだろうし、となると……」

「思い当たる人物がいたの?」

 

 苦り切ったドゥリーヨダナの表情からして、彼にとって、あまり好ましくない人物のようだ。

 とはいえ、俺としては、彼の好悪の感情など知ったことではない。さっさとあの青年の正体を教えてもらいたいので、ぐい、と身を乗り出せば、見せつけるように深々とした溜息をつかれた。

 

「――……と、いうより姉上殿が思いつかないのが不思議でしょうがないのだが。どうして異国の王の事情には詳しい癖に、自国の王宮には疎いのだ……アルジュナだ」

 

 苦虫を十匹程噛みしめたような表情と声で絞り出された言葉に、ぽかんと口を開く。

 

(アルジュナ)? ――彼、真っ黒だったよ?」

 

 へ? と素っ頓狂な声をあげて、疑問に思ったことを率直に告げる。

 そうすれば、ドゥリーヨダナの表情が険しくなった。があ、とドゥリーヨダナが吠える。

 

「肌の色の話ではない! 名前がアルジュナなのだ! 先王パーンドゥの妻・クンティーの栄えある末息子! 神々の王・インドラの寵児にして最優の誉れ高いパーンダヴァ!! 武術競技会でカルナが一騎打ちを挑んだ王子だ! 忘れていたとは言わせんぞ!!」

「あ、あああーー!!」

 

 お、思い出した! どうりで見覚えがあるわけだ!

 確かに王宮に出入りしている時や、カルナをドローナの武術教室時代から送り迎えしていた時期から名前だけは知っていたけど、遠目で様子を伺うばかりできちんと顔を確認したことがなかったせいで、全然わからなかった!

 

 競技会の時も高台から二人の様子は見守っていたけど、基本的にカルナのことしか見ていなかったし、あの時はビーマやドゥリーヨダナ、アディラタの飛び入りとか色々ありすぎて……。

 

 正直、対戦相手の王子をじっくり見つめるわけにもいかず、また王宮を回っている時にパーンダヴァと接触する暇なんかなくて、改めて確認する機会にも恵まれなかったものだから、ちっとも気がつかなかった!!

 

 俺の反応について、頭痛がすると言わんばかりの表情で、ドゥリーヨダナが米神を抑える。

 

「……嘘を、ついているわけでもないようだな。全く、気づかない方がどうかしているぞ」

「そうかなぁ?」

「そうだとも! 何せ、あのアルジュナだぞ? 生まれた時に人が思いつく限りのありとあらゆる栄光と祝福を授けられたインドラの息子だぞ? 流石のわたしも設定盛りすぎじゃないかと内心で突っ込まずにはいられない程の量の誉れを一身に背負った、あのアルジュナなのだぞ?」

 

 信じられないと言わんばかりにじっとりと睨んでくるドゥリーヨダナに、苦笑いで返す。

 それにしても、あれが噂に聞くパーンダヴァの三男坊だったのか。

 しかし参ったなぁ……。彼を寵愛する神々の加護も厚そうだし、特に考えずに暗示や幻術をかけでもしたら、こっちが返り討ちに遭うかもしれない。

 

 どうやったら、穏便に彼の手から腕輪を取り戻すことができるのか……というか、そもそも、あれが俺のものかどうかを確かめることができるかなぁ……。

 

 悶々と考え込んでいると、ドゥリーヨダナが疲れたように目頭を揉みほぐしていた。

 それで? とやや眠そうな声が、確認方法を求めて考え込む俺へとかけられる。

 

「そのアルジュナがどうしたのだ?」

「実はね――――」

 

 とりあえず、今日会ったことを全部ドゥリーヨダナに話した。

 黄金の腕輪を見つけたと思ったこと、それなのによく確認したら白銀色の月の腕輪だったこと。

 アルジュナ王子曰く「友人にもらった」ということ、気配は俺のもののはずなのに、形状や意匠が違うから真偽判定できないこと。

 

「なるほど、友人か……となると、あの腹黒あたりが妥当なところだな」

「ドゥリーヨダナ? 心当たりがあるの?」

「ある……が、できれば口にしたくもない。……()()()()()殿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「――――ドゥリーヨダナ?」

 

 苛立ったように親指の爪先を噛むドゥリーヨダナの姿に、なぜだか嫌な予感がする。

 カルナ共々敵に回るって、どういうことなのだろう? あのカルナがドゥリーヨダナを裏切るとでも思っているのだろうか?

 

 密かに綺麗だなと思っている黒水晶の双眸に、酷薄な輝きが宿る。

 初めて見せられたドゥリーヨダナのもう一つの顔に、どうしてだか胸がざわついた。

 

「話を戻そう。どうやったら、その腕輪が姉上殿のものかどうか判別することができるのだ?」

「……腕輪を外してもらった状態で、俺が触れたらわかるはず。本当に俺のものだったら、元の姿に戻るだろうから」

 

 おそらく、一時的に所有者権限がアルジュナ王子に委託されている状態なので、本来の所持者である俺が直接触りさえすれば元に戻るだろう――と説明する。

 

「なるほどな……。しかし、はら……友人から贈られた腕輪を外す状態となると、その機会も限られそうだな。少なくとも日中に機会を伺うのは難しいだろう……夜間が無難といったところか」

 

 ドゥリーヨダナの頭の中では一体どのような思考が繰り返されているのだろうか。

 先ほどの酷薄な輝きが嘘のように普段の表情を取り繕っている彼の姿に、心理的な距離を感じてしまった自分に内心で小さな衝撃を覚える。

 

 カルナとドゥリーヨダナは友人関係だけども、俺とドゥリーヨダナはそうじゃない。

 なのに、どうして俺は彼の振る舞いにこうも寂しさを覚えたのだろう? カルナのように弟でもない――そんな彼だというのに、どうして?

 

 それに気づいているのかいないのか、ドゥリーヨダナが一段と声を潜めて、俺へと囁きかける。

 

「――これはまだ内密の話なのだが……パーンダヴァの連中は近々とある街に赴く。あの五人兄弟に、母親であるクンティー妃を有した大所帯だ。どいつもこいつも王宮で蝶よ花よと育てられてきた連中だ。当然、人手を必要とするだろう――そこに潜り込め」

「……つまり、侍女として彼らの世話係としろと?」

「端的に言ってしまえばその通りだな」

 

 でも、流石にバレるのではないか?

 そう思って見つめ返せば、視線の先で、ドゥリーヨダナが皮肉げに唇を歪める。

 

「――身分の高い者達というのはな、基本的に己より下位の存在を認めないものだ。同じ人間として扱わない、と言い切ってしまえる程度にはな。だから平気で自分の身代わりとして切り捨てることもできる。女ならなおさらだ。……わたしの父上の出生の話など、その最たるものではないか」

 

 ドゥリーヨダナの憎々しげな表情に、今更ながら彼の過去が気になる。

 カルナの身分を問うことなく取り立てた一件や半分冗談で行った下級兵士達の紹介を受け入れたことから、彼はひょっとしたら王宮に住まうもの達よりもその周囲の者達――つまり下位階級の者達の方を信用している、のか?

 

 うーん、やはり人の心はよくわからない。

 特にドゥリーヨダナなど、複雑きわまる人間の代表的なところもあるし……ややこしいったらありゃしない。

 

「であるから侍女という身分ならば、彼らにとって姉上殿は家具のようにしか映らないだろう。重要なのは自分たちは心地よく過ごすことができるかどうか、だからな。人としてみない以上は、奴らとて特に一介の侍女に気にかける様子も見せないだろうよ。そこをついて腕輪を奪取するといい。回収次第、すぐに奴らから離れてアディティナンダの姿で帰還しろ」

「――ドゥリーヨダナは、違うのか?」

 

 チラリ、と黒水晶の双眸が俺を見やる。

 そのどこか疲れたような輝きに、ドゥリーヨダナという人間が、ひどく虚勢を張った生き方をしているのだと思わずにはいられなかった。

 

「……王子であるわたしがこのようなことを口にするのは奇妙極まりない話かもしれんが、わたしは黄金と宝石で着飾る連中よりも、汗と血で己を飾る者達の方が信じられる。――彼らの言葉に偽りはなく、彼らの言動に面倒な裏を考える必要もないからな」

 

 答えになっていない答えだったが、それ以上彼と言葉を交わすことはなぜだか憚られた。

 

 もう夜は遅い、と王子は告げる。

 仮にも女の姿をしているのだ。カルナが心配する前に、奴の元へ帰ってやれ――というのが、その夜最後にかけられたドゥリーヨダナの言葉だった。




(*この小説はアディティナンダの一人称で進むため、彼が目にした人物をよく観察している時のみ・あるいは記憶に残る時のみ、相手の外見情報が描写されます。読み返してもらればわかりますが、これまでアルジュナは一度としてアディティナンダの興味の範囲内に含まれておりません。服装や彼の姿を遠目に見たり、動作を確認したことはあっても、実際にちゃんと顔を合わせたのは今回は初でした。アルジュナ側もそうです*)

(*あと、思っていた以上にアルジュナが親友からもらった腕輪の形状の差異に関して、前回のアディティナンダの勘違いに突っ込まれなかったので驚きました*)

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