もしも、カルナさんが家族に恵まれていたら   作:半月

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腕輪捜索の進展のなさに、結構荒れているアディティナンダの内面をお楽しみください。
「ロード・オブ・ザ・ブレスレット」始まるよ〜!


腕輪をめぐる冒険

 ――――とは宣言したものの。

 

「思い当たる節は全部探したんだよなぁ。それでも見つからないとなると、誰かが身につけていることや盗まれている可能性についても、真剣に考慮すべきなのかなぁ」

 

 紛失に気付いてから最初に探したのは、王宮の宝物庫であった。

 マガダ王の牢獄から救い出した王族たちから奉納された財宝で埋め尽くされていたドゥリーヨダナの執務室だったので、それらを宝物庫に移動させる際に、誤って紛れ込んでしまったのではないかと考えたからだ。

 

 流石は今世において、最も隆盛を極めたクルの宝物庫、とでもいうべき空間。

 近隣諸国から略奪及び献上された金銀財宝をはじめに、歴代の王が代々受け継いできた国宝の数々や聖仙によって授けられた宝具、神の気配が漂う秘宝中の秘宝が収集されていた。

 そして、そんな場所ならば、俺の金環の一つや二つ、紛れ込んでいてもおかしくはあるまい――と思い至り、早速、ドゥリーヨダナに宝物庫に足を踏み入れる許可を願い出た。

 

 自力で潜り込むこともできなくはないが、高名な聖仙(リシ)が宝物庫に掛けた盗人避けの(まじな)いを破るのはなかなか億劫だったし、下手に騒動を起こしてはカルナに迷惑がかかるかもしれない。それだけは避けたかった。

 

 そこで、カルナの上司にあたるドゥリーヨダナに事情を説明し、王宮の金庫番たるドゥリーヨダナの許可のもと、宝物庫に足を踏み入れることがかなった。

 とはいえ、俺のような何処の馬の骨とも知らぬ人間を宝物庫に入れるための大義名分として、アシュヴァッターマンの献上品目録の作成とかいう仕事を手伝うように言われたのは計算外だった。

 流石の俺とて、足を踏み入れた先に広がる莫大な量の金銀財宝の数々を目にした際には、この仕事を押し付けたドゥリーヨダナ相手に、少しばかり殺意が湧いたが、その調査のおかげで宝物庫には探しものがないという事実も判明した。

 

 次に考えた候補は、兵士たちの誰かが手にしているのではないかということだった。

 まず凍傷が引き起こされるかもとドゥリーヨダナ相手に冗談では口にしたものの、短期間であれば人の子であっても装着する分にはなんの心配もない。

 身につけている期間が長ければ長いほど、後から来る厄災の振り幅が酷くなるだけで、短い間ならば、嵌めた人間の身体能力の向上や病魔を退けるといった正しい効能を発揮しているはずだ。

 

 そこで、急に実力の上がった兵士がいないか聞き込みしてみたものの――結果は零であった。

 最もこの聞き込みのおかげで、特に下位カーストに属する兵士達のカルナへの心情とかが聞けたので、まあ収穫はあったと思っている。なんでも、実力さえあればカルナのようにドゥリーヨダナ王子に取り立ててもらえるかも、とのことで、カルナは実力はあるもののいまいち燻っている者達の希望の星になっているそうだ。

 

 それとは反対に家業だから兵士になったのはいいが、どうにも自分には向いていないということで悩んでいる人も多かったのでドゥリーヨダナに紹介してみたところ、事務方としての才能を発揮したらしく、人手の足りなかったドゥリーヨダナに褒められた。後は兵士としていうより、戦士の才能に優れた者達もいたので、ついでとばかりにカルナにも紹介しておいた。

 

 本筋とは違うものの、彼らからもすごく感謝された。

 肝心の腕輪は見つからなかったけど、喜んでもらえたので、俺としては何よりの収穫である。

 

 あらかた調査を済ませた後、発想を変えて、兵士たちではなく王宮の侍女を始めとする女性陣が所有しているのではないか、ということに思い当たった。

 

 ――というより腕輪である以上、装飾品としての機能を忘れていた俺の方が間抜けだった。

 

 確かに、あれは神宝なだけあって、見目は極めて美しい。

 であれば、その美しさに魔が差した人の子がいたとしても不思議ではない……ということに、ようやっと気づいた俺であった。

 

 それに、兵士が伝令の関係でドゥリーヨダナの執務室に出入りするより、侍女や女官が王子の執務室に出入りする方がずっと日常的な光景である。実際、執務室の主人であるドゥリーヨダナ自身、ポンと置き忘れられたような形で放置されていた俺の腕輪について、ジャラーサンダ王征伐以降の慌しさに忙殺されて、忘却の彼方に置いていた感もあるので、その隙に女官の誰かが持ち去ったとしてもおかしくはない。

 

 そこで、どうすればそうした女の園に潜り込めるのだろうかとカルナに相談したところ、今のお前の性別を思い出せと真剣な表情で諭された。

 

 あまりにも違和感がなくて忘れていたが、今の俺は流離いの楽師・アディティナンダではなく、謎の美少女・ロティカであった。道理で、捜索途中に声をかけた兵士達が親切だったわけである。

 

 マガダ王国で王族達の世話をしていた時とは違い、特に何かを気にすることなく、普段の口調で喋っていたから、女の体であるという意識が薄れていた。これはいかん。

 

 思い起こせばすぐさま行動に移すべし! と、いうことでカルナと相談したその足で、ドゥリーヨダナになんとかして侍女か女官として雇ってはもらえないだろうかと談判に行けば、ならわたしの母上の世話でも焼いていろと告げられ、その日のうちに改めて王妃の世話係に任命された。

 

 というか、いつ気がつくかと思われていたらしいが、俺が王宮内を動き回るにあたってアシュヴァッターマン経由でドゥリーヨダナから渡された衣服は侍女の正装だったらしい――興味がなかったので、全く気がつかなかった。

 

 王妃のお世話に任命されたとはいえ、彼女はこの国で一番偉い身分の女性である。

 当然、俺のような新参者が出しゃばる機会などあるはずがない。内々にドゥリーヨダナが手を回してくれたおかげで、王妃の侍女とは名ばかりの俺のお役目は基本的にクンティーや王女のような高位の女性へのおつかいが主だった。

 

 ドゥリーヨダナってそういうところは結構気が利いているよなぁ。

 流石は、武力には欠けていたとはいえ、王宮の金庫番という立場を利用して、文字通り神の子であるユディシュティラ相手に引けを取らない政治基盤を築いただけのことはある。

 

 ――悔しいが、そういう目端の利くところは流石としか言いようがない。

 

 お使いと言うだけあって、本当に王宮のあちらこちらへと回された。

 王妃の部屋から国王の私室、王妃の実弟の部屋、先王の妻の館、百王子たちの妻の部屋……などなど。個人的にはドゥリーヨダナがすでに妻帯者で、奥さんがいたことにびっくりした。

 

 奥さんがいるならきっとそっくりな感じの毒女かな? とか邪推していたら、直接会ったドゥリーヨダナの正妻は、美しいと言うよりも可愛らしいと表現すべき可憐な容姿の女の子だった。

 奥さん、すごく可愛いね――と特に他意もなくドゥリーヨダナに告げると、瞳孔がかっぴらいた目で手を出したら社会的に殺す、と脅された。社会的に殺すって、どう言うことなんだろうとカルナに尋ねてみると、カルナも首を傾げただけだった。まあ、いいか。

 

 俺の紛失した腕輪がこの王宮内のどこかにあることは、間違いない。

 そして、腕輪の気配が依然として、この王宮内から動いていないことからも確かだ。

 しかし、王宮の宝物庫、兵士たちの溜まり場、王宮で働く女性陣の集い……とあちらこちらを隅々まで捜索してみたものの――影も形も見当たらない。

 

 俺が不在の間にドゥリーヨダナの執務室に出入りしたことのある侍女たちに腕輪の形状を告げて、それとなく心当たりがないかどうかを探っては見たものの、思い当たる節はないと皆して首を横に振るだけである。

 

 また、誰かが持ち出した可能性も考慮して、許可無き者がドゥリーヨダナの執務室に出入りした可能性がないかどうか探って見たが、ドゥリーヨダナは意外とそういうのを気をつけているらしく、該当する不審者などいないと告げられてしまった。

 

 なんかもう、誰もみていない隙に、腕輪に足が生えて自分からどっかに行ってしまったと言われても、今なら信じてしまいそうになる。

 

 万策つきたとは、まさしく今の俺の途方にくれた状態を指すのではなかろうか。

 気配はあるから、どっかの不届きものが私服を肥やす目的で遠くに売りつけたりはしていない……と思いたい。

 

 思いたい……とは言っても、こうも見つからないままだと軽く鬱になってくるというものだ。

 

 ここがなー、人の大勢いる王宮じゃなくて森とかだったら、火事でも起こすんだけどなぁー。

 そうしたら猛火で焼き払われた跡地を探せば一発で出てくると思うんだけどなぁ。

 仮にも太陽神直々に授けられた神宝だし、光と熱の化身である俺の本性を封じてくれるものだからなぁー……っと、いかんいかん。

 

 ――あまりにも儘ならぬ進展具合に、思考がどんどん物騒な方向へと傾いていく。

 

 嗚呼、いけない。こんなんじゃカルナにも迷惑かけてしまうなぁ……。

 憂鬱な気分のまま、結わずに垂らしているままの黒髪を軽く指先に巻きつける。

 

 ――そう、金の髪ではなく()()である。

 ドゥリーヨダナ曰く、俺の金髪はこの国ではひどく目立つらしい。

 誰かに面倒をかけない腕輪探しを目的とする以上、隠密行動を言いつけられた身としては、少しでも人目をひく可能性を低くするために、染め粉で髪を黒へと変えざるをえなかった。

 

 実際、ドゥリーヨダナの言う通りだった。

 髪の毛を染めると、昔ほど男に声をかけられる回数も減ったので助かった。

 

 しかし、外見が美少女とはいえ、皆、面白いほどこのロティカの姿に引っかかるものだ。

 マガダ王の一件といい、俺が思っていた以上に、この姿は男の欲をそそるのか。なんてこった。

 

 ――野郎ども、相手の内面を見る目をもっと鍛えようぜ!

 

「……他に何処かあるのかなぁ? ちっとも思いつかん」

 

 しかし、手放してからざっと三週間弱か。

 誰が所有しているにせよ、そろそろ災いでも病魔でも引き起こしてもいいところなんだけど、そんな傾向もないし……うん? ()()()()()()()()……?

 

「いや……、ちょっと待てよ?」

 

 ――となれば、バラモンたちの部屋とかはどうだろうか?

 もしくは、王宮内に建てられた神殿とかもあり得そうだ。

 王宮にそれなりにいる祭祀を司るバラモンであれば祟りの対象外であろうし、宮廷内に設えられた簡易的な礼拝所だったら、腕輪が奉納品として収められていても問題ではない。

 

 そして、収蔵されているだけなら、腕輪が厄災を起きなかったとしてもおかしくはない!

 

 なぜだか、今日の俺は特に冴えているような気がする。

 

 ――よし! 早速、礼拝所を巡ってみよう!

 

 頼まれていた王妃からのお使いもきちんと済ませたし、この時間帯は俺の休憩時間である。

 礼拝所に潜り込んだところで神々に祈りを捧げたくなって、とでも口にすれば、篤信の表れとして咎められることはないだろう。

 

 ここんところ落ち込んでいた気分が、久しぶりに上昇する。

 自然と足取りも軽やかになり、あっちこっち渡り歩いたおかげで勝手知ったる王宮の回廊をいくつも通り過ぎて、奥まったところに設けられている礼拝所へとたどり着く。

 

 白檀をはじめとする香木の匂いに、神々に捧げるソーマ酒が並々と注がれた壺。

 蜂蜜の甘い香りを漂わせる米料理など様々な供物が並ぶ中を、スイスイと通り抜ける。

 礼拝所のあちこちには聖火が置かれ、この王宮で神秘の気配が色濃く宿す空間をぼんやりと照らしていた。

 

「――! 気配が強くなった……?」

 

 馴染みのある気配が一層強くなり、この場に俺の腕輪の片割れがあることを直感する。

 よかった、これでカルナに良い返事ができそうだ。さっさと腕輪を見つけて、ロティカの姿をやめて、アディティナンダの姿に戻りたい。

 

 どんどんと進めていた足をピタリと止める。

 他に誰もいないと思っていたが、どうやら先客がいるらしい。

 彼方から木霊するように聖典を独唱するバラモンたちの声が聞こえてくる中、薄暗い礼拝所の祭壇前に誰かが跪拝しているのが見える。

 

 ――見た感じ、どうやらかなり高位の身分の者らしい。

 汚れひとつない純白の衣に、金糸や銀糸をふんだんに用いた華やかな刺繍文様。

 後ろ姿しか見えないが、大臣か、下手したらドゥリーヨダナの兄弟の誰かかもしれない――少なくとも、一介の侍女もどきが迂闊に声をかけていい立場の人間ではないのだけは確かだ。

 

 まあ、どうでもいいから、早く立ち去ってはくれないだろうか。

 俺的には、さっさと腕輪を探し始めたいのだけれども……困ったものだ。

 

 ――そんなことを考えつつ、侍女らしく頭を低くして相手が立ち去るまで様子を伺う。

 

 微かな衣擦れの音と鼻をくすぐる芳香が漂う。

 先客がどうやら祈り終えたのだと悟って、相手が通り過ぎるのをそのままの体勢で待つ。

 先客――それも若い男のようだ――が、俺の脇を通り過ぎようとしたその瞬間、視界に黄金に輝くものが飛び込んできた。

 

「――――!?」

「――っな!」

 

 思わず、手を伸ばす。その指先で相手の手首を掴み、そこに嵌められている腕輪を凝視する。

 

 ――……間違いない、俺の腕輪だった。

 鈍く輝く黄金に、太陽を模した細工、炎を閉じ込めたような真っ赤な輝石。

 

「…………見つ、けた」

 

 ずっと感じていた気配が一段と強くなる。

 ようやく見つけ出すことができた安堵感で全身が満たされていく。

 

「――……申し訳ありませんが、その手を離してはいただけないでしょうか?」

 

 一息ついていた俺へとやや強張った声がかけられる。

 瞬間、腕輪に釘付けだった視界に褐色が映り込み、誰かの腕を掴んでいたのを思い出した。 

 しかし、一体誰だろう? 俺の腕輪を勝手に持っていた不届き者は――そう思いながら、掴んでいる腕の先を辿っていけば、闇夜を切り取ったような漆黒の瞳とかち合った。

 

 すっと通った鼻梁に、くっきりとした切れ長の瞳、薄い唇。

 艶のある黒の蓬髪に、鞣した皮のように滑らかな褐色の肌。

 柳眉を潜め、やや吊り目がちの黒い目に困惑を宿している表情でさえ、絵になる佇まい。

 神々が好むところとする理想的な美しさの持ち主だが、それは顔面に限った話ではない。

 ほっそりとした体つきに見えても、肩幅は広く、よく鍛えられた均整のとれた体躯である、と一目で判別できる。

 

 なんというか、弟のカルナに引けを取らない美形だ……というのが第一印象だった。

 

 ――しかし、この青年……どこかで見たことのあるような気がするが、どこでだったっけ?




サンタイベントですが、雪景色じゃないですか。
水着サーヴァントや軽装サーヴァント連れて行くと、なんだか見ているこっちが寒くなります。
――イシュタル凛ちゃん、めっちゃ寒々しいわ。

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