もしも、カルナさんが家族に恵まれていたら   作:半月

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――というわけで、第三章の始まりです。
<導入編>で3話ほど入れて、それから「不吉の家」編に移ります。

12月に入る前に第三章の一話投稿。――びっくりした?


第三章 雷神の寵児
太陽の金環


 宮廷内でのカルナの立ち位置を確固たるものとしたジャラーサンダ王討伐から、二週間後。

 その立役者の一人であるはずの俺はといえば、ハースティナプラの王宮内・ドゥリーヨダナの執務室にて、遅々として進まぬ進捗具合に、絶望のあまりだらけきっていた。

 

「あー、もう、見つからないよぅ。本当にどこ行っちゃったの、俺の腕環……」

「お疲れだな」

「さすがにこうも見つからないままだと誰かの陰謀としか思えないよぅ……」

 

 冷たい地下水に浸した布で磨き上げられたばかりの大理石の床の上に転がり、項垂れた状態でブツブツと呟く。こんなにも一生懸命になって探し回ったというのにも関わらず、どこにいっちゃったのだろう、本当。

 

「でも、気配はこの王宮から一歩も動いていないんだよなぁ……となると、置き忘れかなぁ……」

 

 カルナが扇でそよそよと風を送ってくれるのをありがたく甘受しながら、ウンウン唸る。

 

 あー、ひんやりとした大理石の床が冷たくて気持ちいい。

 ここのところ、考えすぎて茹る一歩手前までの脳みそが心地よい温度に冷やされていく。

 この間、ドゥリーヨダナが床の上を高速で回転していたのは、床の冷たさで顔の火照りを引かせるためだったのかもしれないとちょっと思う。

 

 ――それにしても、本当に一体どうなっちゃったんだろう、俺の腕環。

 あれ、スーリヤから下賜されたものだし、下手に只人が装着してしまうと災いを引き起こしかねない物騒な代物でもあるから、なんとかして回収しておかないとまずいんだよね。

 

「……しかし、これで喪失に気づいてから下手すれば三週間目か」

 

 ふむ、と考え込むように唇に親指を添えたドゥリーヨダナ。

 それまで目を通していた木簡を執務机の隅の方へと動かし、こちらに向き直る。

 キラリと黒水晶のように輝く黒い双眸が、床の上で寝そべっている俺とそこへ風を送っているカルナの方へと向けられたので、それに応じて状態を起こした。

 

「済まないな、姉上殿。前もって気にかけておくよう告げておいてくれれば、わたしの方も責任持って管理できたのだが」

 

 申し訳なさそうに眉根を下げているドゥリーヨダナ。

 それが本意なのかは置いて置くとして、彼に対し、気にするなという意味を込めて掌を揺らす。

 

「あー、完全に俺のせいだから気にしないで。下手に知らせて、好奇心にかられたドゥリーヨダナが嵌めたりする危険があるから、って判断して、告げなかった俺が悪い」

「――そう、それだ」

 

 びしり、と音を立てそうな勢いで、執務作業に勤しんでいたドゥリーヨダナが俺を指差す。

 音に聞く棍棒の名手らしく、邪魔にならないように短く爪先を切り揃えた戦士の指だ。

 少しばかり、カルナのものと似ている。

 

「その、どうにも害を与える云々というのがよくわからん。姉上殿、あの腕環はどのようなものなのか詳細をお聞かせ願いたい」

「うーん、簡単に口で説明するのであれば、そうだなぁ……」

 

 チラリ、と右腕に嵌ったままの腕環の片割れを見る。

 鈍い黄金の煌めきを内側から放ち、太陽を模した意匠の施された金環は、本来であれば四対で一つの神宝である。持ち主への厄災を退けたり、装備したものを常に最上の状態に保つ、と言った役割の他にも、いろいろな性能を持っているが、その中でも特に――

 

「ドゥリーヨダナ、懐の小刀をだしてこっちに来て」

「――? よくわからんが、出したぞ」

 

 ドゥリーヨダナがきちんと話をする姿勢になったので、俺の方も床の上に起き上がる。

 

 ……さて。百聞は一見にしかずというし、その目で確かめてもらった方が良かろうて。

 右手首に嵌められていた金環を取り外して、小脇に置き、そのまま右掌をドゥリーヨダナの方へと差し出す。外した途端、これまでになく体が軽くなったのを違和感として感じるようになった自分自身に、随分と人の器に馴染んだものだと失笑する。

 

「嗚呼、そのまましっかり構えといてね。――んで、勢いよく突き刺してごらん」

「ちょっと、待った! わたしに一体何をさせる気が!?」

 

 怪訝な表情を浮かべていたドゥリーヨダナが一変して焦った顔になる。

 その姿を床の上に座り込んだ状態のまま、ぼうっとその様子を見上げつつも、特に表情を変えることのないままに急かす。

 

「いーから。今の俺、実は結構余裕ないから刺すなら一息にやって欲しいんだけど」

「……カルナ。お前の姉上殿は一体どうしたのだ?」

「お前の戸惑う気持ちもよくわかるが、こればかりは実際に見て見なければわかるまい。ドゥリーヨダナ、ロティカの言う通りにして見てくれ。そうすれば、全て理解できる」

「――わかった。お前がそこまでいうのであれば、従おう。……後で文句をつけてくれるなよ?」

 

 頼みの綱のカルナに促されて、ようやく決心がついたのかドゥリーヨダナが軽く息を飲む。

 

 ――しかし、カルナとドゥリーヨダナも随分と打ち解けたものだなぁ。

 ドゥリーヨダナが神の眷属の類をあまり好んでいないのは従兄弟たちとのやりとりを通して知っていたけど、なんとなく気づいているくせにカルナに対してはそういう振る舞いを見せないかなら少しばかり不思議に思う。

 

 ビーマ王子相手の毒の吐き具合を見るからに、かなり神々相手の遺恨は深そうなのに、どうして同じ半神である筈のカルナ相手ならば問題ないんだろう。今度、時間があったら直接、ドゥリーヨダナに聞いてみよう。

 

 そんなことをつらつらと考え込んでいたら、差し伸べたままの右手の上へと、勢いよくドゥリーヨダナが小刀を振り下ろす。

 

 言い出しっぺの俺は当然だが、カルナの方もその光景に対してなんの反応もしない。

 むしろ、すぐさま対応できるように、ドゥリーヨダナの側に控えている。

 

 ――――どろ、り。

 

 擬音を与えるとすれば、それが適当なところだろうか。

 俺が見守る中、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 黒金の金属が真っ赤に染まり、その輪郭が崩れ、柄の部分の黄金の鍍金にまで熱が浸透する。

 伝道した尋常ならざる熱が持ち主の手を焼く前に、カルナがすぐさまドゥリーヨダナの手首を強く握りしめることで、緩んだ掌からそれを手放させた。

 

「こ、これは……!」

 

 蒼白な表情になったドゥリーヨダナが口をはくはくと開閉させる。

 溶けた金属が床に滴り落ち、大理石の床をじゅうじゅうと音を立てて溶かしていく。

 大理石の床が焦げる嫌な匂いと、白い煙をゆらゆらと棚引く光景を見下ろし、ため息をついた。

 ……あーあ、これの光景を見ると、自分が人外の存在なんだと自覚せずにはいられないや。

 

「詳しくは言わないけど、俺の本性は光と熱、それから炎に関わるものだからね。こうやって、いくつかの枷をつけておかないと、触れた相手を文字通り溶かしかねない危険がある」

 

 一見すれば人の子のように見えるこの外見もあくまで仮初めのものにすぎないのだ。

 それを理解しているからこそ、たかが薄皮一枚にすぎないロティカという架空の女相手に人間の男たちが興奮する光景を目撃する度に違和感を禁じ得ないのだが。

 

(ヒト)の器を持って生まれて来たカルナならばともかく、俺はこうやって神格(本性)を封じておかないと、安心して人に混じって暮らせないってわけ」

 

 まあ、昔に比べると人の器に慣れて来たから、自分の意思で金環を外す限りにおいては暴走の恐れなんてないも同然なのだけど。

 でも、やっぱり手元にあるのとないのじゃだいぶ違うんだよねぇ。なんというか、安心感が。

 

 ――ここで少しばかり、俺とカルナの父親に当たるスーリヤの話を思い起こす。

 スーリヤは太陽を神格化した自然神であり、神としての格は神々の王である雷神インドラにも引けをとることのない高位の神霊である。

 

 伝え聞くその本性は、まさに太陽そのもの。

 実母に当たる無限の大女神・アディティでさえ、熱と光を司り、灼熱の神格を宿す彼を抱えきれずに放り出したという逸話が残っている。

 

 息子とはいえ、触れることができないために、ここで女神・アディティは育児放棄に走る。

 そうした理由で捨て子となったスーリヤを拾ったのが夜の女神・ラートリーであったというわけだ。まさに、捨てる神あれば拾う神あり、だ。

 

 ――親の因果は巡るというけれども、こんなところまでカルナは受け継がなくてよかったのに、とつくづく思う。

 

 余談だが、成人したスーリヤはその後、妻を娶ることになる。

 だが、その妻でさえスーリヤの発する熱に耐えきれず、己の影を身代わりに、逃亡してしまうというオチまでついている。

 

 本当に女運がないというのか、なんというか……我らの父神ながら不憫としか言いようのない。

 ちなみに破局しかけたスーリヤとその妻だが、身代わりに気づき、逃亡した妻を追いかけたスーリヤは、己の一部をお舅さんに頼んで砕いてもらったことで触れられても平気な身となった……というふうに締めくくられる。

 

 ……そういや、カルナが神々に忌避されているドゥリーヨダナの配下になったというのに、相変わらず、スーリヤからはなんの連絡もこないなぁ。

 

 放任主義、ここに極まれり! と手を叩くべきなのか?

 ――それとも、なんらかの事情があって伝達できない状況下になるのか……? うーん、どちらにせよ、考えるだに不穏だ。スーリヤが全くカルナに関心を持っていないのであれば、そもそも、末端とはいえ眷属である俺を地上に送ったりなどするはずもないし……どちらがスーリヤの真意なのだろう。

 

「……どうしたのだ? 唐突に頭を抱えるなどして」

「いやいや、なんでもないよ。ちょっと色々思い起こしたせいで、鬱な気分になっただけ」

 

 ――それ、触ってごらん。

 気を取り直して、取り外したままの金の腕輪を指差す。

 恐る恐る指先で触れたドゥリーヨダナが驚いたように目を見開いた。

 

「……冷たいな。――まるで、ヒマラヤの万年雪のようだ」

「太陽を模した腕輪なのに、凍えそうなまでに冷たいってなんだか変な感じだよね。――とまあ、問題はそれなのよ」

 

 ドゥリーヨダナの手から腕輪を取り上げ、元の位置に嵌め直す。

 ああしっくりくるなぁ、もう一つの腕輪も早いところ見つけないと。

 

「本来の持ち主である俺や半神であるカルナがつける分にはまったく問題ない。俺だったら、本来の封印機能が作動するし、カルナにつけたら……そうだな、無病息災に幸運値上昇、直感が鋭くなるなどといった加護が付与されると思う。――実際に身につけなくても、側に置いておくだけなら厄除けのお守りにもなるよ」

「ならば、人間がつけたらどうなるのだ?」

 

 心配はそこなのだ、実際のところ。

 証明が無事に済んだので、再度ゴロゴロと転がりながら、少しばかり思索に耽る。

 

 誰の手に渡っているのかは不明だが、いずれにせよ、俺の側から引き離された状態のまま放っておくのは――俺にとっても、盗っ人にとっても危険すぎる。

 

「――まず、凍傷でも引き起こすんじゃないかなぁ、普通の人の子が装着した場合。あと、すぐにではないけど下手すれば全ての効能が反転する」

「反転だと? つまり厄災を招き、不幸を引き起こす呪いの腕輪になると? ――姉上殿……そんな物騒なものをわたしの部屋に放って置いたのか……」

 

 げんなりとした顔のドゥリーヨダナにペロリと舌を出す。

 いやあ、面目ない。善意がから回ってしまったことは素直に認めておこう。本当にごめんね。

 あーでも、ここまで見つからないままだとどうしよう、やる気でないなぁ。

 

 そのうちなんらかの厄災が起こると思うし、そうなってから回収しに行こうかなぁ……。

 ぶっちゃけ、そっちの方が見つけるの楽だし。それがいいかもしれない。

 

「これだ……、神々のこういうところがわたしの性に合わないのだ……。善意で行ってくれたものだとはわかるが、それがいつの間にかひっくり返って試練となる……! わたしとは違い、悪意がないところがひどく癪に触るのだ」

 

 ブツブツと頭を抱えながら何事かを呟いているドゥリーヨダナに、カルナがそっと首を振った。

 

「ロティカは――いや、アディティナンダは確かに後先考えずにその場の思いつきで行動しては、思いついたように面倒ごとを引き起こす達人だが、決して無責任な人間……? 人間ではないから――人外ではない、というべきか」

「カルナ……お前って子は……!」

 

 カルナが、あの普段から妙に俺に辛口のカルナが……俺のこと庇ってくれた!

 あまりの喜びにでろでろとした笑みを浮かべて花を飛ばしていると、鎧の澄んだ音を鳴り響かせながら、カルナが寝転んでいる俺の側に膝をつく。

 

 いつ見ても美しい、透き通った蒼氷色の双眸がじっと俺を見やる――――そうして、一言。

 

「……だから当然、自分の過失は自分でとるに決まっている。――そうだな?」

「――あっ、ハイ」

 

 気がついたら自然と背筋伸ばしてカルナの前に正座していた。

 お兄ちゃん、反省しました。これから誠心誠意努力して災害が起こる前に腕輪の片割れを探しに行きます!




この章から策略家・ドゥリーヨダナさんになります。決して褒められる行いではありませんので、お覚悟を。
では今度こそ、12月にお会いしましょう!

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