もしも、カルナさんが家族に恵まれていたら   作:半月

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というわけで、アルジュナ視点の「幕間の物語」はこれにて閉幕。
「もしカル」を読んで『マハーバーラタ』に関心が湧いた方は是非読んで見てください。クル一族の話だけではなく、インド神話や説話、よくわからない教訓とか色々挿入されているので、とても面白いですよ。

(そして、fateキャラでのインド系二次創作増えないだろうか……。『ラーマーヤナ』のラーマ主人公でラマシタ夫婦ものとかさぁ……あったら、絶対読むのに)



<下>

 ――燃え盛る炎の翼で大空を自由に舞っていた男の姿が、脳裏から離れない。

 

 

 最初は見間違いかと思ったが、あの日以来王宮のあちこちで空から舞い降りるあの男の姿を見かけるようになったため、どうやらそうではないらしいと認めざるを得なくなってしまった。

 

 ――あれは奇妙な男だった。

 御者の息子であるにもかかわらず、王族であるアルジュナに決闘を申し込む大胆不敵さを見せたかと思うと、自分自身ではなく養い親を侮辱されたことで王族に楯突いたり、かと思えばドゥリーヨダナの無茶な命令にも大人しく従っては、寡黙に佇んでいる。

 その姿を見かけるたびに、どれが本当の姿なのかわからなくなってしまうのが常だった。

 

 その神秘の源流が自分たちと同じ神々なのか、それとも羅刹や阿修羅といった異形のものか――詳しいところはわからない。

 ただあの男が自分たちと同じ、人ならざる者の血を色濃く受け継いでいるのは確かだった。

 けれども、そのことを取り立てて吹聴することなく、黙々とドゥリーヨダナの命令に従って実直に働いている姿を見ると、本当に同じ存在なのかと疑わしくさえ思ってしまう。

 

 神々の祝福を受けずに生まれてきたドゥリーヨダナの命令に文句一つなく従い、身分の低い御者夫婦の子供であるということを臆面も無く口にする。

 人外として崇められることもなしに、人の世に紛れて人と同じ様に振舞っているくせに、誰かを傷つけかねない自らの絶大な力を恐れることなく完璧に操ってのける、あの男――カルナの生き様は彼にとって、あまりにも異質すぎて理解の範囲外だった。

 

 ――わからないから、距離を取るしかなかった。

 とはいえ、仮にも彼に対して勝負を挑んできたほどの実力者である。

 あまり意識しすぎるのも、無視するのも危険である。

 そこで、カルナがいくつもの波乱を引き起こしながらも王宮に受け入れられて以降、一定の距離を保ちつつも、カルナの姿を目撃した時は注意深く観察することだけはやめなかった。

 

 ――そんな、ある日のことである。

 無双の武王として知られるジャラーサンダ王の征伐から帰還したカルナが、従兄弟のドゥリーヨダナと共に中庭にいたのを目撃した。

 

「――ふ、はははは!! まさか、こんな素晴らしい経験をこの身で味わう日が来ようとは! 未だに信じられないな!」

「……そうか、お前が満足できたようで何よりだ」

 

 心底楽しそうな笑声をあげながら、興奮のあまり頰を紅潮させるドゥリーヨダナ。

 そんな彼を小脇に抱え、燃え盛る炎の翼を生やしたカルナが天空から舞い降りてくる。

 いっそ酷薄なまでに冷徹なその横顔からカルナが何を思っているのかは定かではないが、どうやら主君であるドゥリーヨダナの兼ねてからの要望に応じた帰りであるらしいと、彼はなんともなしに推測した。

 

「――それで? お前のいう、代わり映えのない執務の気晴らしにはなったか?」

「もちろんだとも! 感謝するぞ、我が友! お前のおかげで子どもの頃からの夢だった空を飛んでみる、というわたしの野望が叶ったのだからな!」

 

 地面に足をつけたドゥリーヨダナが心底嬉しそうな表情で笑う。

 ああ、珍しいと思う。あの年上の従兄弟が嘲笑でも、憫笑でもない、心からの笑顔を浮かべたのを見たのは久しぶりだった。

 

「実に楽しい経験だった! それではな、カルナ! わたしはこれからプローチャナと大事な話があるのでな、この場で失礼する!」

 

 ――そういえば、まだ森に住んでいた頃、一つ上の兄もまた空を駆けて遊んでいた。

 風神を父親にもつ兄は地上をその足で踏み歩くよりも早くに、空を駆ける方法を知っていた。

 自由気ままな旋風のように空を奔り回る兄が、文字通り地に足をつけるようになったのは、いつの頃からだったのか全く思い出せない。

 

 ……空を駆ける術だけではない――従兄弟たちとの関係性に罅が入ったあの日以降、色々なことを忘却してしまった様な気がする。

 

 ――愛すべき人々の数と人の世の(しがらみ)が彼らの周囲に増えるのと反比例するように、彼らは()()を失っていったのだと実感する。

 

「あの王子様、随分とご機嫌だったね」

「――――そうだな。あれほど喜ばれるとは想像もしていないかった」

 

 がさり、と音を立てながら、ドゥリーヨダナが立ち去っていく姿を見送っていたカルナの側に生えている樹木の幹が揺れる。

 

 突然声をかけられたというのに、カルナがそれに驚いた様子を見せることはない。

 むしろ、気兼ねなく応えを返す姿に、相手は一体誰なのだろうと好奇心が湧く。

 

 青々とした若葉が生い茂る幹の間から姿をのぞかせたのは、少女のようだった。

 チラリと見えた衣装の型と服の裾の刺繍文様からして、王宮で働く侍女の知り合いというのが妥当なところだろう。

 

 長い髪と若葉の陰に隠れているせいで、眼下を見下ろすことになっている彼の立ち位置からはどのような顔立ちの娘であるのかが判別しがたい。

 ただ、耳に心地よい甘やかな美声にカルナへと伸ばされる指先の繊細さ、衣装の裾から伸びる曲線美の見事さからして、相当な美少女であるのだろうと推測する。

 

「まあ、気持ちもわからないでもないか。空を飛ぶのって、確かに気持ちのいいことだからね」

「そうだな。重力から解放され、己の魔力で構成した翼で風を切るのは確かに心地よい」

 

 初めて耳にするカルナの和らいだ声音に、内心で衝撃を隠せない。

 てっきりあの男は外見同様にどのような相手であれ、金属の刃物のような冷淡さを変えることはないのだと思っていた。

 

 ――彼らの関係性については定かではないが、かなり親しい間柄であるようだ。

 

「それで? どうだい、大分過ごしやすくなった?」

「……そうだな。出仕し始めた頃よりも面と向かって罵倒される回数は確かに減少した。その分、遠巻きにされるようになったが。――とはいえ、ドゥリーヨダナがなんだかんだとオレを連れ回してくれるおかげで、すり寄ってくる輩も増えてきた」

 

 黄金の輝きを帯びたカルナの頭を、ほっそりとした指先が慰めるように撫でる。

 それを当然のように甘受しながら、不思議そうに首をかしげたカルナが娘へと問いかけた。

 

「それにしても、オレのような面白みのない男に近づいてくる者達に対して、どのように接すればいいのだろうか? ――ロティカ、何か考えはあるか?」

「うーん、それは彼らの目的次第だからねぇ……。お前経由でドゥリーヨダナから何らかの利益を得ようとしている者達であれば、普段通りに対応してやりなさい。先に彼らの方が耐えられなくなるだろうし。――ただ、何でもかんでも施すのだけはやめておきなさい」

 

 こくり、と幼子のような素直さでカルナが首肯する。

 

「そうだな。アンガの王に任命されて以降、無闇矢鱈と金品をねだられる機会が増えた。そういう者達は国の財源はドゥリーヨダナの弟たちに握られていると告げれば、おとなしく帰ってくれるので助かる」

 

 しみじみとした口調で語られるカルナの話に、娘が鈴の音を鳴らすような笑声をあげる。

 それにしても、乱雑な口調な娘である。

 彼の周囲にいた女たちは母であるクンティーを初めに深窓の令嬢や姫君ばかりだったから、甘やかな女の声で語られる語調の荒さには違和感を感じずにいられない。

 

 ただ、何故かはわからないが、そのような荒い口調が、この声の主にはこの上なくあっているようにも思えるから不思議だ。

 このところ、不思議に思うこと……わからないことばかりが増えていく気がする。

 

「――……それより、ロティカ。探し物は見つかったのか?」

「それが全然! 気配は確かにこの王城の中にあるというのに、肝心の場所がわからない。そもそも、本当にこの城の中にあるのかどうかさえ、怪しく思えてきた」

 

 そろそろこの場から離れた方がいいだろう、と決断する。

 眼下の彼らがあまりにもくつろいだ姿をさらけ出しているので、部外者である彼としては居心地の悪さしか感じない。

 

 彼が今いるのは中庭を見下ろす位置に建てられている回廊だった。

 この中庭自体があまり人の来ない場所にあるので、気分転換をしたいときによく使用していたが、最近はドゥリーヨダナ一派の出入りが増えてきたこともあり、新しい場所を探すべきなのかも知れない……と独り言ちる。

 

 気づけば握りしめていた回廊の欄干から手を離し、視線を中庭から廊下の先へと向ける。

 ――ふと、濃密な睡蓮の香りが鼻先をくすぐる。

 そのおかげで、廊下の暗がりから抜け出るようにして、よく知った顔がこちらへと歩いてきていることに気づいた。

 

「――――クリシュナ、貴方も来ていたのですか」

「久しぶりだね、愛しい友よ。ここ最近、随分と色々あったようだけど、元気にしていたかい?」

 

 蓮華のような微笑みを浮かべながらゆったりと歩み寄って来た親友の言葉に素直に頷けば、微笑ましいと言わんばかりにますますその笑みが深くなる。

 自分と同じ褐色の肌の上に鮮やかな黄色の衣を纏い、王者のように悠然としている友の姿を見て、カルナの登場以来ざわついていた心が落ち着いていくのがわかる。

 

 アルジュナをはじめとするパーンダヴァを常に正しい道へと導いてくれた知恵者・クリシュナを友と呼べることは、つまらぬことにも思い悩みやすい己にとって、つくづく僥倖であると感じずにはいられない。

 

「それにしても、何を見ていたんだい? ――……ははあ」

 

 先ほどまでアルジュナが佇んでいた場所で歩みを止め、やや身を乗り出すようにしてクリシュナはひょいと眼下の光景を見下ろす。

 

 しばしの沈黙のうち、得心がいったように感嘆とも取れる声を出す。

 

「どうしたのですか、クリシュナ? 何か、貴方の興味を引くものでも?」

「……っふ、くくく。いやいや、君が気にかけるほどではないよ。――それにしても、随分と愛らしい姿になってしまったものだ」

 

 親友の整った口唇が三日月の様な弧を描く。

 クリシュナに従って、彼もまた地上の様子を見下ろしたが、その言葉に該当するような相手が見当たらず、内心で首を傾いだ。

 

「……興味は尽きないけれど。アルジュナ、今日は君に授ける物があって来たんだ。――手を出してくれないかい?」

「贈り物、ですか。貴方がくれるものはどれも私にとって役立つものばかりです。ありがたく受け取ることにしましょう」

 

 ふふふ、と微笑む親友の言葉に素直に従って両手を差し出せば、ますます喜色を増したクリシュナは懐から見慣れない刺繍の施された小さな包みを取り出す。

 手のひらにズシリとした重みを感じる。――大きさに反してある程度の重さを持っていることから、おそらく貴金属で作られた装飾品の類だろうか?

 

「――さあ、開けてごらん。近い将来、必ず君の助けになるものだから、その時が来るまで肌身離さず身につけてもらえると僕としては嬉しい」

「……これは、腕環ですか? なんと見事な……」

 

 王族の一人として美しい工芸品や美術品を見慣れた彼の目から見ても、友からの贈り物として授けられたそれの造形は実に見事だった。

 白い三日月を二つ接ぎ合わせて出来た様な、それ自体が儚い輝きを放っている銀細工の腕環だ。

 透き通った紺碧の輝石を中心とする、満月を模した文様が彫られている。

 

 思わず感嘆の声を上げてしまったアルジュナを嬉しそうに見つめ、クリシュナはそっと囁く。

 

「――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「わかりました。貴方の言葉の通りにしましょう。それにしても、一体どこの名匠の作品なのでしょうか? こんなにも美しい銀細工を始めて見ました」

 

 ――つい、好奇心にかられて問いかけた彼の言葉にも、クリシュナはただ慈愛に満ちた蓮華の微笑みを浮かべるだけだった。

 

 

 ……親友の言葉の真意を知るのは、それよりも先のこと。

 彼を構成する無数の歯車の一つが、カチリと音を立てて再び回り出した瞬間だった。




<裏話>
カルナ「ところで、ロティカ。いや、アディティナンダ。どうして木の上に座っているのだ?」
ロティカ「女の姿になってさらに背が縮んでしまったからだよ、畜生!」

(*「幕間の物語」内に、次章のヒントが入っているので、よかったら探して見てください。それでは、また書きためたら一気に投稿しますので、12月に期待してくださると嬉しいです*)
(*次回、アルジュナ強化。カルナさんが鎧なければ互角に張り合えるくらいにしとかんと、戦っても面白くないよね!*)

(*実は頭の中ではアディティナンダの末路とかエンディングの内容とか全部決まっているので、あとは書き出すだけなんですよね〜。誰か脳内の文章を一気に文字化してくれる秘密道具でも作ってくれないかなぁ……*)

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