男主人公より、女主人公の方が花があっていいんじゃないかと思うんですけどね。
――所変わって、ここはドゥリーヨダナの宮殿内の執務室である。
人払いして室内に三人きりになったことを確認するや否や、早速ドゥリーヨダナが口火を切る。
「――――早速だが、兄上殿。ジャラーサンダという名の国王のことを知っているか?」
「……四方を天然の要害で囲まれた山間の都・ラージャグリハを治める剛勇の王のこと?」
――マガダ国を治めるジャラーサンダは、数奇な生まれの国王である。
長らく子宝に恵まれなかった先代国王はとある聖仙の加護により、寵愛する二人の妃が同時に子を宿すという奇跡を贈られた。ところが、月満ちて妃達の腹から生まれ落ちたのは、人の赤子ではなく手足・目・口・耳をはじめとする肉体の部位をそれぞれ半分ずつしか持たない肉塊であった。
妃達は自分達が産み落とした肉塊に恐れ慄き、家臣の老婆に命じて王宮の外に捨てさせる。
母親たちにより塵のように捨てられた赤子を拾ったのは、とある
羅刹女が偶然二つに裂かれた肉塊を一つに合わせると、運命のいたずらによって怪物は完全な一人の赤ん坊として生まれ変わり、継嗣として王宮へと迎え入れられた。
長じてのち、この赤ん坊は、周辺諸国にその剛名を響かせる国王へと成長した。
――それが、マガダ国国王のジャラーサンダ……という訳である。
こうやって思い起こしてみると、現人神たる
普通に奥さん一人ずつに子供を授けてやればいいのに……と思うのだが。
いや、下手に同じくらいの寵愛を受けている妃たちにそれぞれ子供を与えたら、争いの元になると思って、そういう形で祝福を授けたのかもしれないけど……う〜ん。
その辺、大雑把というかなんというか適当すぎる。
まあ、極端な祝福と極悪な呪詛こそ聖仙の十八番だと言ってしまえばその通りなのだが……。
「――その通り。さすがは
「それで? そのマガダの王がどうかしたの? クル王国との間に戦争が起こるって噂はまだ聞いてはいないけど……」
「そうだな。まだ、戦争が起こる段階にまでは至っていない――
随分と含みのある言葉だ。いったい何を言いたいのだろう?
カルナの方へと視線を送ってみたが、執務室の窓際に涼しい顔で佇んでいるままだ。
というよりも、すでに話を聞いているせいか、特に関心を払っているわけでもないようだ。
どっちかっていうと、茫洋とした目をしている。
あれは、そう――晩御飯の献立でも考え込んでいそうな顔だ。
こら……もうちょっとくらいは真剣な顔をしなさい。
「ジャラーサンダ王は、良き王だ。彼の都は国王の庇護下で繁栄を謳歌し、民は過酷な重税によって苦しめられているわけでもない。むしろ、その庇護下にある自国民にとっては、全く文句の付け所のない名君だろうよ」
「――ふぅん? それって、つまるところ外つ国に対してはそうでもないということだよね?」
「その通り。この国王は今の所、戦闘において負けなしだ。一騎打ちで数々の王族を虜囚にしている点において、ジャラーサンダの武芸に関する噂には嘘はないのだろうな」
――……悪癖があるとすれば、それだ。
ドゥリーヨダナは静かな面持ちのまま、先ほど持ち出した地図の上に書かれているマガダ王国の名前を視線でそっとなぞる。
「この王はな、戦によって虜にした王達を自身の膝下にある洞穴に幽閉している。なんでも、百人揃った暁には、破壊神シヴァへの生贄として捧げるんだそうだ……全くもっていい趣味をしているだろう?」
吐き捨てるようにそう呟くと、ドゥリーヨダナの静かな眼差しが一転して、睨みつけるようにして地図上の敵国を睨む。
神々への供物を捧げることは、この世の富を独占している王侯貴族の大事な責務の一つだが、それでも生きた人間を生贄に捧げるなんてことは悪趣味としかいいようがないのは確かである。
――長々と導入が入ったが、ここからが本番だろう。
地図から視線を持ち上げ俺へと視線を向けたドゥリーヨダナの様子に、どこかを彷徨っていたカルナの意識も現世に戻ってきたようだった。
「俺の手飼いの間諜の一人が、なんとも耳寄りな話を伝えてくれてな。――なんでも、次のジャラーサンダの標的はこの国であるそうだ」
なんせ捕まえる王族の数には困らないからな、とドゥリーヨダナがけらけら笑う。
確かに、この国の王族を捕まえることに成功すれば――現国王の息子だけで百人、先王の子供は五人――シヴァ神への生贄なんてあっと言う間に集まるだろう。
「ここまでがマガダ王国側の事情だ。これから兄上殿の大事なカルナの話が関係してくる」
「――カルナの?」
「そうだ。本日付で正式にわたしの正式な家臣として紹介したのは良かったのだがな……」
遠い目になるドゥリーヨダナに、意外とこの王子様も目に見えないところで苦労しているんだなぁ、としみじみとした感想を抱いた。
傍目には随分と好き勝手しているようだが、それでもままならないことも多いのだろう。
「あの競技大会でのあれほどの武芸の技を見せられてなお、文句を口にする者が多くてな……。やれ、育ちがどうだの、あれはまぐれであったの、卑しい生まれの者は信用がおけないだの……。全くもって気位だけの高い奴等は面倒臭い。もっと建設的なことによく回る舌を使えないのか」
「さすがは宮廷人――まるで流れる水のようだったぞ」
感心するように頷いているカルナの姿に、思わず目頭を抑える。
弟よ、そこは感心するような場所じゃないからな。
「まあ、突き詰めてみれば、新参者が大きい顔をするのが腹立たしいのだろう。――そこでだ」
ふふん、と悪戯小僧の笑みをドゥリーヨダナが浮かべる。
「カルナにこのジャラーサンダ王討伐を命じた。兄上殿には、その助力をお願いしたい」
「そういう次第だ――頼んだぞ、アディティナンダ」
「任せろ! ……でも、兵士を何人連れて行くの? 戦争にするんでしょう?」
「いや、兵士は一人も連れて行かせない。――――出るのは、カルナ一人だけだ」
――……つまり、なんだ。
俺の弟は下手すれば単身で敵地に乗り込んだ挙句に、ジャラーサンダ国王配下の並み居る武将・猛将を一人で蹴散らし、陣中で守られている武名の誉れ高き王の首を取ってこなければいけないという訳か。
――やっぱりこの王子、あの夜のうちに生ける屍にしてやるべきだったかもしれない。
いや待て、今でもまだ間に合うかも……? ぎろり、とドゥリーヨダナを睨みつければ、微かに幅広の肩が揺れる。
「……ちなみにカルナは衆目の前で受諾してのけたぞ? それを今更になって達成できないと口にすれば、カルナ自身の名誉の問題になるな」
俺の不穏な心中を察したように、ドゥリーヨダナが飄然とした様子で言葉を紡ぐ。
あらかじめ釘を刺された俺は、心中で舌打ちするに留めた。
――それにしてもこの王子、直接的に会話したのはほんの数回であるのにもかかわらず、俺の扱いを心得ているな。
「話の通りだ、アディティナンダ。その上で協力を頼みたい」
「……それがお前の望みとあれば、喜んで。――それで? お前はどうしたい?」
――軽く首を振って、気分をさっさと切り替える。
やや
だったら、俺がすべきことは過去の責任追求ではなく、未来のためにカルナの進む先が開けたものであるよう道を整えてやることである。
「……できれば、一騎打ちに持ち込みたい」
「それなら、相手が戦支度を整える前にケリをつけないと。……前に教えたあれについては?」
「――恙無く。……であれば間違いなく先手を打てる。その上で、国王を引きずり出したい」
「なるほど……。となれば、男のままよりもむしろ……」
「そうだな。――加えて、国王は壮年の域に達する年頃だ」
「そうか……。ならば、なおのこと……」
「……ああ。構わないのか?」
ぽんぽんと進む会話に、ついていけなくなったドゥリーヨダナが目を白黒している。
余計な言葉を切り捨てる癖のあるカルナに合わせて、俺までもが要所要所を省いて話を進めているのだから、ろくな付き合いのない他人が内容を理解しようとするのは困難極まることだろう。
「う〜〜ん、それしか方法がないのか? ……個人的には、非常に複雑な気分なのだが」
「ある程度、衆目の目に晒す必要があるとオレは考えている。それにはあれがうってつけだ――だが、押し付けはすまい」
「……ま、まぁ、他ならぬお前の頼みとあれば仕方ない! うん、任された!!」
じっと真剣な表情を浮かべたまま見つめ返してくるカルナの姿に、俺も腹をくくる。
何せ、カルナの名誉と今後の進退がかかっているのだ。正直なところ、できれば取りたくない
それに、こうしてカルナに頼ってもらったの、ひょっとしたら初めてだし……うん、頑張ろう!
我ながら単純な思考回路である。でもまあ、俺はそれでいいか。
「……じゃあ、カルナ」
「そうだな――ドゥリーヨダナ」
「おお、ようやくわたしの出番か。待ちかねたぞ」
話に入り込めず、部屋の隅でいじけていたドゥリーヨダナが、カルナの声に嬉々として応じる。
何をしていたかと思えば、部屋の隅に置かれていた賭博用の遊具の骰子を振って遊んでいたらしい。……何やってんだ、王子。
「用意してもらいたいものがある」
「ほほう、それはなんだ」
「――女性用の服を一式。それも出来れば最上の素材で織られた豪奢で華美なものを頼む」
「……済まない、我が友。できれば、その用意した服で何をするのか、簡潔な説明を頼みたい」
――ふむ、とカルナが少しの間、考え込む仕草を見せる。
何を想像しているのかは不明だが、ドゥリーヨダナの顔色はややよろしくない。一体どうしたのだろうか?
「端的に、か……。オレは言葉を紡ぐのはあまり得意ではないが――そうだな、着る」
「ま、まぁ、服だものな。確かに、着るものだ。だが、先ほどから気になっているのは、その服を誰が着るのか、ということなのだが……」
「? ――オレではないぞ」
「そ、そうか……であれば、アディティナンダ殿か? 確かにお前の兄上殿は、息を呑むような華やかな顔立ちに華奢な体躯の持ち主だが、どう見積もっても男にしか見えないのだが」
「――ドゥリーヨダナ。アディティナンダが男に見えないというのであれば、医者にかかることをお勧めするが……?」
ドゥリーヨダナが何やらカルナ相手にまくし立てているせいで全く頼りにならないので、代わりに俺が廊下に出て適当な女官に声をかける。
王子の命令であると断って用事を言い付けると、一瞬不思議そうな顔をされたものの、快く命令を受け入れてくれた。――うんうん、躾が行き届いているようで何よりである。
「――それじゃあ、カルナ。今、女官さんに頼んだから、服が届いたら教えてね」
「承知した」
ぺこり、と頷いたカルナに軽く手を振って謝意を伝える。
そうして薄布で区切られた隣の部屋へと移ると、纏っている服の上着を脱いで、肌の上に下着だけを身につけた軽装姿になった。
「あの時はどうなることかと思ったが、巡り巡ってこの呪いをこんな感じに使用することになるなんて……災い転じて福となる……といったところかなぁ」
部屋の片隅には黄金作りの大壺が飾られている。かなり立派なものなので、周辺諸国か有力な臣下の誰かからのドゥリーヨダナへの贈り物だろう。
よくよく磨き上げられているせいで、カルナの鎧に似た色合いの壺の表面は鏡のような滑らかさを保っている。そこに映し出されている自分自身の影を見つめながら、ひとりごちた。
「――――さて、と」
俺の四肢に嵌められている太陽を模した細工が施された金環の一つに手をかける。
今回は、そうだな……左手首につけているものでいいだろう。
金環をくるくると回しながら、手首から手の甲、指先を通って、俺の腕から取り外す。
それを適当な台の上に置いて、金の壺の表面を――正確には、そこに写っている俺自身の姿を凝視し、そして目を閉じる。
大きく息を吸って、吐いて――
「――――っん!」
強大な神の力を人の器に押し込めるための神具から解放され、抑圧していた力の一端が朱金の炎という形で世界に顕現する。ぶわり、と室内に無造作に広がる魔力の波が熱を帯びた。
――同時に、それまで俺自身を固定していた世界の元素が一旦綻び、ほんの少しばかり崩れたその部分から、ちょっとした不純物を孕みつつも<俺>という存在が再構成されていくのを全身で感じる。
……よし、成功だ。
「ふふん、さすがは俺だな。元がいいからか、文句無しの出来栄えだ」
「――アディティナンダ。頼まれたものを持ってきたぞ」
部屋の境に垂らされた薄布を片手でかき分けたカルナが、その隙間から顔を出す。その手には先ほど、女官へとお願いしたものが無造作に抱えられていた。
「どーよ、カルナ! 彼の高名なジャラーサンダ国王とて思わずふるいつきたくなるほどの美少女ぶりでしょう?」
――くるり、と振り返って胸を張る。
そうすると腰の長さまで伸びた金の髪がふぁさり、と音を立てながら翼のように広がった。
「ああ……どこからどう見ても女人に見えるな。これで本性が男だとは誰も思うまい」
「そうでしょう、そうでしょう! 貴方もそう思うでしょう?」
――ねぇ、ドゥリーヨダナ王子?
そう言って誘うように微笑んで見せれば、カルナの後ろから顔を出したドゥリーヨダナは驚愕に目を見張り、かぽりと音を立てて口を開いた。
インドの呪いと祝福の内容に、突っ込んだら負けだと感じずにはいられない。
例・子宝を望んだら、二つに裂かれた赤子が生まれた。
例・美女を振ったら、不能にされた。
例・気付かずにそこに置いてあった飲み物を飲んだら、男なのに妊娠した。
例・夫が欲しいと祈ったら、来世で祈った回数分の夫ができると予告され、その通りになった。
――――訳がわからないよ。
(*でも、だからこそ、性転換できるアディティナンダは大したことないよね?*)