もしも、カルナさんが家族に恵まれていたら   作:半月

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第1章 日輪の落胤
太陽神の子供たち


 太陽の化身たる光輝の神・スーリヤとは、ヴァスシェーナー改め、カルナの父である。

 彼は人の娘に真言(マントラ)で呼び出された結果生まれた末の息子が、母親に川に捨てられたことに憐れみを覚え、己の眷属を一人地上へと送り出した――それが俺こと、アディティナンダであった。

 

 大雑把な情報――それも、「地上に行って末の息子を保護してこい」――しか与えられず、地上に送り出された俺はとにかく混乱した。

 

 これは何も俺に限ったことではないと思う。

 そもそも、それまで神の眷属として(ほしいまま)にしていた力の大半を封じられ、不慣れな(からだ)に押し込まれた上に、初見殺しに過ぎる人間の暮らしの只中に放り込まれたのだ。

 

 ぶっちゃけ、地上で最初に行ったことはスーリヤへの心中での罵詈雑言であった。

 

 一頻り不平不満をぶちまけて気が済んだ俺は、その末の息子の居場所を探すことに専念した。

 とは言え、この捜索自体、父神であるスーリヤの思いつきで放り出されたようなものだったので、生まれてきた子供がどんな容姿をしているのか、誰に拾われたのかさえ不明なままである。

 

 つーか、肝心の太陽神が覚えていたのが母親に当たる娘の容姿だけである。

 「黒い髪に黒い肌、人間としては飛びっきりの美少女。多分、王女」とだけ言われても、該当者が何人いると思うんだよ、あのクソ親父。真面目に探させる気があんのか。

 

 神とは基本的に薄情な癖に、愛情の振り幅が激しすぎるために問題しか生み出さない。

 嫌われても愛されても不利益を被ることが多いって、本当に百害あって一利なしだ……わりかし本気でそう思う。

 

 幸いなことに母親である王女がスーリヤに対して生まれてくる我が子に黄金の鎧を求め、スーリヤが快諾したことによって、顔と名前を知らずとも、末の息子が生まれながらに黄金の鎧を身にまとっているという事実は、探索の上で重要な手掛かりとなった。

 

 後は、王女が息子を流したとされる川に検討をつけて、その周辺一帯に、特異な成り立ちの子供がいないかどうかを探るだけでよかった。

 

 そうして見つけ出したのが、象の都(ハースティナプラ)の外れに住まう御者の養子。

 ――財宝を帯びし者(ヴァスシェーナー)と呼ばれていた子供であった訳だ。

 

 末弟を見出した俺がまず行ったのは、その子供が一定の年齢になるのを待つことだった。

 これは、いくら神の子とはいえ物の道理が分かるようになるまでには人の血が入っている以上、それなりの年数を必要とすると考えた上での判断だった。

 

 そこで、俺は旅の楽師としてその様子を見守りながら、ゆっくりと末の息子の成長を待つことにしたのである。

 

 ――が、この末弟、神と貴種たる王女の血を色濃く引くせいか、尋常な子供ではなかった。

 

 神である太陽神のお眼鏡に叶うほど美しかった母の血の影響もあってか、ゾッとする程の見目麗しい少年であるのにも関わらず、何があっても表情ひとつ変わらない。

 その上、どう好意的に見ようとも、酷薄としか称されない態度が、人の営みの中で、一層、その異質さを浮き彫りにしていた。

 

 強制的に堕とされたとはいえ、ある程度の年月を人々の間で過ごし、また情報収集の一環として楽師としての職業を選んでいた俺である。そんな俺の方が人間の心の機微に詳しくなっていて、末の息子を遠巻きにする人々の心情に理解を示せるのではないか、と思い当たった時には背筋に戦慄が走った。

 

 加えて、母親の不純な動機が災いしてか、見目麗しい容貌であるにも関わらず、真贋を見極めることのできない人間の目には、末弟の姿が黒く染まって見えると聞いた時には軽く絶望した。

 

 ――普通、半神って言ったらそれだけで人々の間で拝まれ、愛され、敬われて然るべきである。

 それが、一般的な半神とは真逆の扱われ方をされ、人々に遠巻きにされているのである。

 

 正直なところ、末弟の将来を憂えずにはいられなかった。

 

 幸いなのは、末弟の養父母が、世間一般的に善良な人間と称される人物たちであったことだ。

 だが、拾い上げた幼子から発せられる神威に、素知らぬ顔で接することができるほど鈍感な人間ではなかった為、彼らもまた、その成長に合わせて距離を置かずにはいられなかった。

 

 当初の計画では、特に接触することなく末弟が人界での一生を終わらせるのを待つ予定だった。

 

 ――が、こうした事情から目的を切り変える他なかった。

 自分が神の子であるという自覚を持たないまま人として生きようとするには、末の弟の力は強すぎる上に、その精神は只人のものとはかけ離れ過ぎていたからだ。

 

 ――そこで覚悟を決めて、末弟改めカルナの前に姿を現したのが、一年前の話である。

 

 カルナの方も、自分の周囲を、俺という得体の知れない存在がウロウロしていたことに感づいていたらしいが――細心の注意を払っていたというのにこの塩梅である。本当に将来が恐ろしい――それでも放っておいたのは、特に害意を感じることがなかったためだったとか。

 

 この“特に害意を感じることがなかった”というのが曲者で、カルナは気がつけば相対した相手のあらゆる欺瞞や虚飾を看破して、その本質を把握するというトンデモ能力の持ち主に育っていた。

 

 偉大なる神々でさえ、麗句の響きに騙されてしまうことが多々あるというのに、年端のいかぬ半神の少年が、一般的には悪行とみなされる事柄――つまり、嘘や見栄、虚飾――を次々と看破していってしまうのである。

 

 ――察しがいいと称するには鋭すぎる観察眼であった。

 しかも、相手の内面を看破しすぎた結果、言葉足らずになり、他人の触れられたくない部分を、槍で刺す勢いで貫くことに配慮しない性格に育ってしまった。

 

 ――しかし、問題はこれだけに留まらなかった。

 

 次に俺を驚愕の淵に叩き込んだのは、父親の名を教えて以降のカルナの行状であった。

 沐浴の際に、バラモンから施しを求められて何も布施として渡せなかったことを恥じたために『沐浴の時にバラモンに何かを乞われたら、惜しみなく与える』という誓い――()()()()()()()

 

 問題は、滅私の精神で他者の要望に応じるようになっていったことだ。

 人の欲望なんて千態万様な上に、日常の些細なものから無理難題の類にまで至る。

 気がついた時には、それら全てを、カルナは一つ返事で承諾するようになっていた。

 

 カルナの、あまりにも自分の身を顧みない振る舞いに気づいた瞬間、文字通り血の気が引いた。

 もともと頼みごとを断らない性格だったが、それが自分自身を切り売りするような言動に至った挙句、いい意味でも悪い意味でも極端化したのである。

 

 いつか、その身に余る他者の欲望を押し付けられ、潰されかねないと、気が気ではなかった。

 

 今よりも幼かったカルナが「父に恥じない生き方をする」と決意して以来、それを損ねよう・犯そうとするモノから守ろう、と心に決めた途端にこれである。

 こんなことなら、父親の名前――それも、俺に難題を押しつけた元凶である――なんて教えなければよかったのか、と幾晩も考えずにはいられなかった。

 

 無論、カルナにはカルナなりの心情と考えのあってのことだということは判っていた。

 

 ――けど、それとこれとは別である。

 

 人のそれとはかけ離れていても、天に属する俺にも感情というモノはある。

 それを悪い意味で揺さぶってくるカルナの所業に一度頭にきて、「お前なんかは財宝を帯びし者(ヴァスシェーナー)ではなく、自分の身を切り取る(カルナ)とでも名乗ってろ!!」と初めて叱りつけた。

 

 叱られた当の本人はと言えば、その時こそ精一杯殊勝な顔つきをしていたが、どんなに脅し(すか)しても頑として屈することはく、結果的に俺の方が折れざるをえなかった。――ちなみに、その出来事以降、周囲に「カルナ」という名が浸透し、行状を改める気の無い本人もそのように名乗るようになったというのは完全に余談である。

 

 あれもそれも全部スーリヤのせいである。あの野郎、父とはいえ、いつか絶対ぶん殴ってやる。

 

「……まぁ、何はともあれ。健やかに育ってくれたことだけは幸いなのかなぁ」

 

 走馬灯の連想させる勢いで俺の脳裏を横切っていった思い出の数々を思い起こしながら、俺は少し離れたところで棒を振っていたカルナへと焦点を合わせる。

 

 強大な神の力を十全に使いこなすためには武術を学ぶことが適切であると判断し、武術の心得とでもいうものを教え出したのだが、いかんせん非戦闘員である俺では限度というものが存在した。

 三界に匹敵する、比類なき勇士の素質をもって生まれたカルナとは反比例して、戦車を引く太陽神の眷属でありながら俺の体質は戦いに不向きである。

 

 ――ぶっちゃけ、戦闘技能の優劣については月とすっぽん、天と地ほどの差がある。

 従って、俺がこのままカルナに戦い方を指導するというのは論外であった。

 まあ、カルナであれば天性の才能でもって自力で境地に至ってしまう感も無きにしも非ずだが、できることならば優れた師を与えてあげたい。

 

 どこかに高名な武術の師匠となるべき人物がいないだろうか……。

 これが数年前だったら「斧持つラーマ」の異名で知られたパラシュラーマとかがいたのだが、いかんせん既に隠遁済みである。

 

 そんなことを考えている間に昼間の鍛錬の時間が終わってしまう。

 そのまま、カルナが日課としている沐浴に向かったことを確認してから、その場を離れた。

 

 いくら優れた師をカルナに充てがおうと思っても師となる相手の情報がない。

 しかも、一般的には武術の技とは上位のカーストの者だけしか習得が許されていないのも困る。

 全くもって、人の世というのは不必要な(しがらみ)が多くてうんざりしてしまう。

 

 俺とカルナの共通認識では、人間とは全てが等しい価値を持つ存在である。

 だが、これは俺たちの間だからこそ通用する見解であって、万人受けするものではないのだ。

 

 ――はてさて、身分にこだわらず戦いの術を教えてくれる者はどこにいるのだろうか?




<登場人物紹介>

・アディティナンダ
 …この物語の語り手であり影と個性の薄い主人公。
 容姿は、Fateのカルナさんとよく似た面差し、背の中程まで伸びた金髪に紺碧色の瞳の、やや華奢な体格の美男子。肌の色が健康的な蜂蜜色なので、カルナさんよりは血色がいい感じ。
 自称・カルナの兄で、人間の皮を被っているだけの高位の神霊。インドラと同格である太陽神の眷属なだけに、神性は高いが、封印しているのでかなり弱体化している。

(因みに、ヴァスシェーナーからカルナへの改名の経緯は原典とは違います。
 Fate wiki だと昔からカルナで名称が固定されているっぽいので、そう名乗るようになってもおかしくないような逸話を勝手に拵えました。)

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