――朝方にはあのように言ったものの。
「――でも、カルナがオレに何かを頼んだりしてくることなんて、きっとないんだろうなぁ……」
商売道具である
今朝方、出仕する前のカルナに話した内容に嘘や偽りは欠片も含まれていない。あれは俺自身の決意の表明でもあり、あの暗闇に潜んだ睡蓮の主人との邂逅以来、ずっと心の奥底で抱いていた本心だった。
告げずとも、言わずとも、よかったことだろう。
それを敢えて伝えたいと思ったのは、俺の身勝手なわがままにすぎない。自分自身のことを蔑ろにしがちなあの子だからこそ、伝えずにはいられなかったのだと思う。
内心でそんな反省をしつつ、それでも体の方は心を裏切って、普段と変わらない日常を送る。
カルナが王宮へと向かう姿を見送った後、俺もまた王都へと向かった。
今日は特に国王に歌を所望されたわけでもないし、市内の適当な広場で歌でも謳ってお金を稼ごうかと思っての行動であった。
――とはいえ、今はお昼時。
道行く人たちは、これからまた仕事に戻る時間であるし、こんな時間に楽を奏でたところで意味はない。そんな訳で、王都・ハースティナプラの無数にある市場にて、今日のお昼ご飯となる軽食を買い求めた後、適当な段差を見つけ、比較的な綺麗な場所に腰を下ろす。
「俺が
やっぱり、それってなんだか寂しいなぁ。
だって、俺はカルナの役に立ちたい。
もし、あの子に頼ってもらえたら、俺はとても嬉しいのに。まだカルナが小さい頃はちょくちょく頼まれごとをしてきたから、その時分のことを思い出してしんみりとした気分になる。
――でも、まてよ?
よくよく考えれば、その時にカルナからは何を頼まれてたっけ?
こうやって思い出せない程度には些細な内容だったような気もする……というよりも、どっちかというと俺の方から率先してカルナの手伝いをしていたような……。
ひょっとして、俺ってこれまでに何かをカルナから頼まれたことがない……?
むむむ、と唇をきつく結んで唸っていれば、ざわざわと周囲が騒がしくなったことに気づいた。
……あれ、一体何の騒ぎだろう?
「――こんなところにいたのか、探したぞ」
「へ? カルナ? それに……」
「やぁ、数日ぶりだな、兄上殿」
「げっ、ドゥリーヨダナ!」
周囲の人並みが綺麗に二つに分かれ、ぽっかり空いた真ん中から見知った二人組が歩いてくる。
片方は言わずもがなカルナで、もう片方は今日付けで正式にカルナの主君になったカルナの悪友こと、ドゥリーヨダナ王子であった。
「確かに、男としては目を見張るほどの美形だが……少し、無理があるのではないか?」
「その点においては問題ないと断言できる」
「そうか? まあ、確かに兄上殿の奏でる歌声は天上の調べそのものだが――とはいってもだな……」
じろじろと座り込んでいる俺の全身を品定めをするように眺めているドゥリーヨダナに、カルナが常のごとく無表情を浮かべたまま太鼓判を押す。
――なんだろう、この二人組は。
カルナだけなら構わないが、ドゥリーヨダナと一緒にいるせいでか嫌な予感が胸を離れない。
「その、一体どうしたんだ? わざわざ王子様が市街にまで降りてくるなんて……」
「――――アディティナンダ」
「うん? どうした、カルナ?」
とりあえず、このまま座ったままだとどうしようもない。
膝の上に載せていた荷物を脇に置いて、立ち上がる。そうすると、段差の上に俺が立ち上がっている状態なので、ちょうどカルナの目線と俺の目線が同じ位置に並んだ。
「――率直に言わせてもらうぞ」
「嗚呼、うん」
少し離れた場所でにやにやしながらドゥリーヨダナがこっちを眺めている。
あの余裕綽々な態度がなんだか腹が立つなぁ、とか思っていたら――がしり、と両手をカルナによって掴まれた。
――――い、一体どうした!?
目を白黒していたら、カルナが真剣な表情で俺を見つめていた。そうして一言、こう述べた。
「――――頼みがあるのだが」
――カルナが、あのカルナが、俺に頼みがあると確かにそう言った。
ぽかんと空いた口から声を出そうにも、何にも出てこない。
はくはくと酸欠気味の魚のように口を開け閉めする様子は、はたから見ればさぞかし滑稽であるに違いない。
「……アディティナンダ?」
「え、いや、その、待って」
カルナが、あの、なんでもできるカルナが!?
これまで一度たりとて俺にお願いをしてきたことのなかった、あのカルナが……!!
――まずい、一度でいいからカルナの方から俺のこと頼ってきてくれないかな〜、でも無理だろうなぁ〜と思っていただけに、とんでもない衝撃だった。
「えっと、つまり、頼みがあるの? 俺に、カルナが?」
「――その通りだが」
深々と首肯するカルナに、じわじわとしたものが胸にこみ上げてくる。
〜〜うぅ、うわぁぁ! どうしよう、今だったらインドラ相手でも勝てる気がする! あの、カルナが! 俺に頼みだって!! 信じられますか、奥さん!
「い、いいよ、いいよ!! なんだって言って! 王国が欲しいの? それだったら、任せといて! 適当な国王をちょっくら誘惑してくるから! それとも、神々にしか持たない武器? それだってお安い御用だよ、いまからちょっと天界に昇ってくるから少し待ってて! 嗚呼、もしかして誰かに育ちのことで意地悪でもされた? うん、ほんの少しの辛抱だよ! 二度とそんな口きけないように首と胴体をお別れさせてあげるから! それとも、それとも」
「落ち着け。国土も神造兵器の類も、他人の首も無用だ。――その身一つで構わない」
興奮のあまり、まくし立てる俺から一歩離れたカルナが淡々とした表情で首を左右に振る。
地味に最愛の弟から距離を取られたのが悲しくなって悄然とした心地に陥れば、視界の端でドゥリーヨダナが腹を抱えて悶絶しているのが見えた。
「――は、はっは、ははは! 最高だ、カルナ! こうも無造作に神々のご寵愛に対して首を横に振るなんて、やはりお前は面白い!」
「……そうだろうか? どちらもオレには不要だと思ったから、口にしたに過ぎないのだが」
「それができる人間、
ひーひー言っているドゥリーヨダナを恨みがましく見つめていれば、ようやく笑いのツボから解放されたのか、目尻に浮かんだ涙を手の甲で拭っている。
輝く黒水晶の瞳が、俺を視界に収めて茶目っ気たっぷりに微笑む。
「……俺としては、それを俺の前で言える王子もなかなかの豪傑だと思わなくもないけど」
「そう褒めてくれるな。さしものわたしにも恥じらいというものはある」
全く褒めていないんだけどなぁ。なんでか照れ臭そうに笑っているドゥリーヨダナに、怒りを通り越してむしろ呆れが湧いてくる。
ジト目で睨んでいれば、カルナがその視線からドゥリーヨダナを庇うように一歩前にでた。
「……ドゥリーヨダナ」
「わかっている。兄上殿も無事に見つけられたことだし、場所を移そう。ここで話をするには、少々衆目を集め過ぎてしまう」
路地のあちこちから市民が顔を覗かせて、いったい何事かと様子を見つめているのを悠揚な態度で許したドゥリーヨダナであったが、さすがにこの場で話を始める気はないようだ。
――だとしたら、何か国政に関わる話なのかもしれない。
続きは宮殿内のドゥリーヨダナの執務室で、とのこと。
そういう訳だったので、そのまま大人しく二人の後についていった。
<裏話>
カルナ+ドゥリーヨダナ=シリアル(ボケとツッコミ)
ドゥリーヨダナ+アディティナンダ=シリアス
ドゥリーヨダナにツッコミに回させるカルナさんはすごい。(小並感)
(*そういえば、EXTELLA発売から二日経過しましたね。コンシューマー持ってないんでプレイはかないませんが、今作ではカルナさんはどのような物語を紡ぐのでしょうか*)