もしも、カルナさんが家族に恵まれていたら   作:半月

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悪人とかなんとか言われているけど、なんだかんだであの場でカルナを救ったドゥリーヨダナはかなり格好いいんじゃないかと思う、今日のこの頃。
ちなみに、ドゥリーヨダナの台詞は原典より三割り増し皮肉気にしております。


宴の始末

 ――さて、と。

 カルナの豹変を目にして、一旦は止めていた足を再び動かす。

 

 広場にいるカルナを中心に、蛇のように蜷局(とぐろ)を巻きながら燃えさかる灼熱の炎。

 肌を突き刺すような怒気と殺気、それを浴びて悲鳴と共に失神する観衆、泣き出す子供たち。

 

 ――嗚呼、これは良くない。

 

 ここで思う存分戦わせてやってもいいんだけど、流石に観衆を巻き込むことはやめさせないと。

 今は頭に血が上っているせいで、元凶のビーマの姿しか見えていないようだが、後で正気に戻ったカルナが自分の作り出した惨状を目の当たりにして自身を責める姿は見たくない。

 

 ――だからまぁ、ここはお兄ちゃんの出番だな。

 

 観客席で戦々恐々と様子を伺っていた体格のいい男性の肩を踏み台にして一気に飛び上がり、そのまま大気を蹴って、広場までの距離を一息に詰める。

 

 そして、広場の中心で臨戦状態に入っているカルナの背後へ――素早く飛び降りた!

 

「はぁ〜〜い、そこまで!! お前が本気出して戦っちゃうと、ここら一帯焦土になっちゃうからね! この辺りでやめておきなさい!」

 

 場の空気をぶち壊すような、剽軽な声を出したのはわざと。

 掌をカルナの眼前へと回して、ビーマを睨みつけていた苛烈な両眼を、即興の暗闇の中へ隠す。

 突然の闖入者に背中を取られたことにカルナの体が一瞬強張るが、相手が俺であることに気づいて肩の力を抜いた。

 

「まぁ、お前がそれでも構わないっていうなら、止めはしないけど?」

 

 未だにカルナの炎が燃え盛っているのを視界の端で捉えながら、嗾ける様にその耳元で囁く。

 

「――それで? カルナ、お前は一体どうしたい? この失礼な王子様をその槍で刺し殺す? それともここでやめておく?」

 

 敢えて、カルナを煽るように言葉を紡ぐ。

 第三王子への殺害予告を口にした途端、アルジュナ王子と二人で身構えるように手にした武器を構え直すのを流し見、未だに視界を隠したままのカルナへと問いを投げかける。

 

 あの始まりの日に、母親への復讐を誘いかけたあの時のように。

 自らの欲求を押し通すのか、それとも自制する道を選ぶのか――選択権はカルナにある。

 

「――どうする? どちらにせよ、お前が望むのであれば、俺はお前を止めないよ?」

「煽るような物言いはよせ。確かに、ここでこの王子と戦うことになれば、周りの被害は免れん。……それはオレの本意ではない、この場は槍を納めることにしよう」

 

 ――そうだね、それでこそお前だ。

 どんな時であっても、力無き者たちに対する配慮を忘れることがない。

 群衆のことを引き合いに出せば、頭に血の上ったカルナが正気に戻るのはわかっていた。

 

 ……わかっててあんな風に煽ったのだから、俺も大概性格が悪いな。

 

 自分よりも背の高いカルナの視界を塞ぐために、足りない背丈を補う目的で空に浮かんでいたが、それももういいだろう。人々に気付かれる前に地上に足をつけて、一般人に偽装しておく。

 

「――ははは! 今のはお前の負けだな、ビーマよ」

 

 すでに荒ぶっていた大気は元の平穏を取り戻し、燃え盛っていた灼熱の炎も霧散した。

 尚も人知を超えた力の発露に慄きを隠せず、沈黙するしかなかった会場の空気だったが、その緊迫した雰囲気を朗々とした笑声が打ち破った。

 

「そもそも、だ。お前は王族でもないものが王子に戦いを挑むなど恥を知れ、といってこの勇士のことを侮辱したが、戦うことこそが戦士階級(クシャトリヤ)たるものの宿命ではないか。挑戦を受けたのにもかかわらず、それを身分だなんだとつまらぬ言い訳をしよって……弟の決闘にしゃしゃり出たことも含めて、貴様の方こそ戦士階級(クシャトリヤ)として恥を知るといい」

 

 ――会場の関心が、この異端の王子に集まる。

 俺とカルナを含めた人々の視線を心地よさげに浴びながらも、なおも王子はそのよく響く声を会場内に響かせる。

 

「――英雄も河も源は同じだ。どちらもその源流はわからない。身分を説くというのであれば、戦士階級(クシャトリヤ)に生まれてバラモンへと至った聖仙はいくらでもいる。生まれを詰るというのであれば、こうしてこの場にいる名のある武者の方々がどのような謂れで生誕したのか、己自身のことも含めて振り返ってみればどうだ? それくらいなら、お前の羽毛よりも軽い脳味噌でもできるのではないか?」

 

 そう言うと、王子はやや皮肉げにビーマへと微笑んで見せた。

 

「ましてや、太陽の光輝に包まれたこの素晴らしい戦士を拾い上げ、このような武人となるまで育て上げた老人を貶すことなど! ――それこそ、王族としてどころか、人としても恥ずべき振る舞いではないか!!」

 

 涼やかな黒水晶の瞳が、カルナの姿を収めてキラキラと輝く。

 ――嗚呼、これはこれで綺麗だな、と場違いにもそう思った。

 

 それにしても、するすると毒を吐く癖は、昔からあまり変わっていないようだ。

 なまじドゥリーヨダナの声音が、透き通った清流のような流麗さを宿すだけに、口を挟むのが難しいし、皮肉を言われてもすぐさまは気付きにくい。

 

 自分の声の魔力を知ってかしらずか、それに加えて、とドゥリーヨダナが滔々と言葉を紡ぐ。

 

「――習得した武芸の一端を先のアルジュナとの対戦で垣間見せ、身に宿す神秘の力を皆の前で発現し、自分ではなく己の父親の名誉を守るために槍をとる! ――まことに見事な戦士ではないか! むしろ、お前の方こそ、この男の高潔さと孝心を少しは見習うといい」

 

 そうすれば少しはマシになるだろうよ、と小さく呟いた声は広場内の俺たちにだけしか聞こえなかったようだ。

 やや芝居がかった仕草で、ぐるりと体を回したドゥリーヨダナは、会場内にいる者たちへと――身分の貴賎を問わずに声をかける。

 

「――よく聞け、皆の衆! この場に集った全ての階級の者たちよ!! わたし、ドリタリーシュトラ国王の息子であるドゥリーヨダナは、ここに宣言しよう! この黄金の鎧に身を包んだ男こそ、アンガ国王の地位とわたしの友情をほしいままにする値打ちのある男だと! ――わたしの言葉に不満のある者は、止めはせん。今すぐ! この勇者の前に立ち塞がり、見事その槍をへし折ってみるといい!!」

 

 ドゥリーヨダナの、まるで火を吐くような演説は聴衆たちを歓喜と興奮の渦へと叩き込んだ。

 

 それまでカルナの気迫に押されて震えていた者たちも、すっかりとその恐怖を忘却の彼方へと捨て去って、歓呼で持って応じている。

 それに機嫌がよさそうに片手を上げて鷹揚に頷いているドゥリーヨダナは、巡るめく展開に呆然としていたカルナに向かって、いたずらっぽく片目をつぶった。

 

 一方の俺といえば、すっかり置いてけぼりにされたカルナと二人、ドゥリーヨダナ王子の見事な手腕に、ただ感嘆の息を吐くだけだった。

 

「いやはや凄いものだな、あの王子様。あっという間に、群衆をお前の味方につけてしまったよ。あれが生まれながらに人の上に立つものの素質なのかね?」

「……なかなかの手際の良さと扇動の技術だな。オレやお前ではああもいくまい」

「そうだね。……それよりも、お前はあれでよかった? 生まれて初めてあんなにも怒ったんじゃない?」

「――かまわない。一時の怒りに我を忘れて暴虐の限りを尽くし、無関係な者を巻き込む方が、二人の父の名を穢す所業になるだろう……礼を言う」

 

 傍目には分かりにくいままだが、ビーマに対しては怒っている状態のままのようだ。

 いつもの三割り増し険しくなった眼光で、ビーマの方を睨んでいる。

 

 カルナの代わりに、失神することも叶わず腰が抜けたままのアディラタに近寄って立たせてやることにした。

 

「――アディラタさん、大丈夫?」

「アディティナンダ様……申し訳ありません。多分、儂は分かっていてあんなことをしてしまいました……。誠にカルナのことを思うのであれば、あのような振る舞い、するはずがないというのに……」

 

 緊張の糸が切れたのか、ボロボロと涙をこぼし出す老人に苦笑して、その涙を拭ってやる。

 そういや、この服って王宮からの借り物だったっけ……まぁ、いいや。

 

「うん、そうだろうね。外見(見た目)がどんなに変わったとしても、カルナはカルナだ。貴方のことを、自分の知らない老人だって言い放ったって、別に仕方がない場面だったのに、あの子はそんなことしなかったね」

「はい。……儂は、儂は自分自身が恥ずかしい。カルナを拾ってから、家内に子宝を授かり、アディティナンダ様がいらしたのをいいことに――カルナに対して父らしいことなど、何一つ満足にしてやれなかったというのに……。それでも、こんな儂相手にも、あの子は、あの子は……!」

 

 そう言って、こらえきれない様子で滂沱の涙をこぼす養い親の姿に、少し離れたところで様子を伺っていたカルナが、ギョッとした表情を浮かべながら、駆け寄ってくる。

 

「ど、どうしたのだ? やはり、オレがあなたのことなど何も考えずに怒りに身を任せたせいだろうか……? すまない、あなたのためといいつつ、どうやらオレは配慮に欠けた振る舞いをしてしまったようだ」

 

 オロオロするカルナに、ますます涙を流すアディラタ。

 生来不器用な性質であるせいか、どう慰めればいいのかわからないままに、カルナは困惑の表情を浮かべて俺の方を見やる。

 

 でも、俺としてもなんでアディラタが泣き出したのか、よく分からない。

 人の子は、自分の身と心が傷つけられた時に涙を流す者ではなかったのだろうか?

 

「――逆だ、カルナ。アディラタは、嬉しいのさ。お前はアンガ国の王に任命されたのに、アディラタを父として蔑ろになどしなかった――お前にとっては当然の振る舞いも、それと同じことをできる人間なんて、実際のところ数えるほどしかない。それをその老人は理解しているからこそ、余計に心に響いたのさ」

 

 涼やかな声が、俺たちへと投げかけられる。

 先ほどまで民衆に挨拶をしていたドゥリーヨダナが、静かな面持ちで俺たちを見つめていた。

 

「ドゥリーヨダナ王子……」

「――ドゥリーヨダナ」

「お、王子殿下……!」

 

 アディラタが慌てて、王族への礼を取ろうとする。

 それを片手で制しながら、ドゥリーヨダナはこちらへと歩み寄ってきた。

 

「済まんな。折角、アンガの王にまで任命しておいてなんだが、競技会は日暮には終わらせると定められている。お前をアルジュナのやつと戦わせてやりたかったが、どうやら時間切れらしい」

 

 斬りつけるような目で自身を睨みつけているビーマの視線も物ともせず、困ったように肩を竦める王子様の言葉に空を見上げる。

 王子の視線の先には、さっきまで我が物顔で中天に輝いていた太陽の姿はすでになく、西側の空は柔らかな朱金の色に染まりつつあった。

 

「夜は、神々と魔物たちの時間だ。であれば、下手に競技会を長引かせてしまうのはまずい」

 

 ということは、俺が歌を披露する時間もなかったから……今回の報酬は棚上げか。

 まぁ、しょうがない。それにしても色々と惜しかったなぁ……。

 あんなに間に邪魔が入りさえしなければ、カルナの滅多にない我儘も叶えてやれただろうに。時間的にはそう長くなかったのに、次から次に色々と起こりすぎて、なんだか大変な一日だった。

 

「カルナ、我が屋敷に来い。今日はお前のために宴を催そう」

「承知した。だが、少し待っていてほしい。オレも父と話したいことがある」

 

 軽く首肯したカルナがアディラタの方へと向かったのを見送って、改めてドゥリーヨダナが俺の方へと振り返った。

 

「――さて、類まれなる音曲の才持つ楽師殿よ。よろしければ、今宵一晩わたしとこの隣の勇士のために謳ってはいただけないかな? ――無論、報酬もたっぷり弾むが」

「――私に否やがありましょうか? 何より、我が弟を挑戦への不名誉から救っていただけましたこと、王子殿下に心より御礼申し上げます」

 

 カルナが少し離れたところでアディラタと話しているのを横目で見ながら、なるたけ失礼のないように、ドゥリーヨダナ王子からのお誘いに頷いた。

 

 どうやら、アディラタは群衆に合わせて先に帰宅するらしい。

 あの老人も、今回のことで色々と思うことがあったのだろう。無理に引き止めるのもなんだか違う気がするので、ドゥリーヨダナが馬車を出してやるという厚意をありがたく受け取っておいた。

 

「――さて、長居をすると面倒だ。二人とも、わたしの屋敷について来い!」

 

 テキパキと家臣の者たちへの指示を出しきったドゥリーヨダナは、そう言って破顔した。




(*Grand Orderの五章のPVをみたら皆同じ意見を抱くと思う「ここら一帯大惨事」。インド英霊マジ怖い*)

(*ビーマ好きの人はごめんね! でもほぼ同じこと、あいつ原典でもカルナ相手に言ってるから、こんな風に反論されても仕方ないよね?*)

(*ちなみにビーマは雑魚じゃないよ! アルジュナに次いで、兄弟の中では強いんだよ! ーー一応!*)

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